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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
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86. 賑やかな朝

 

 昨晩からのいろいろな流れを話し合った4人。



 気付けば、朝日も部屋に差し始めたところで、『午前中は睡眠を取るように』と総長に労われ、フォラヴとシャンガマックは各自部屋へ戻った。



「ドルドレンも眠って下さい。本当に申し訳ないことを」


『自分が勝手に外へ出たから、こんなに皆さんに心配させて迷惑をかけて』とイーアンが謝り続ける(実際そう)。

 ドルドレンはそんなことどうでも良かった。『イーアンが一種類でも多くの魔物の体を使いたがっているのを、よく分かっているのに、我慢させようとした自分がいけなかった』と言う(これは甘やかし)。



 とにかく寝ずに心配して疲れているのだから、と、イーアンはドルドレンの体をベッドにそっと押し倒した。


「お願いです。眠って下さい。私はここにいます」


「イーアン、じっとしていられるのか。無理だろう(←信用していない)」


「いいえ。あなたが起きるまで、書き物でもしています。ここにいます」


「紙はあるのか」 


 ドルドレンがイーアンの部屋の机を見る。紙もインクもペンもない。イーアンも黙る。『下(作業部屋)だったわ』と困った顔で呟く。ドルドレンが起き上がって、仕方なさそうに笑った。


「俺は眠らなくても、1日2日は平気だ。イーアンが起きたからもう元気も戻った」


 イーアンは実に申し訳なさそうな顔で、最愛の人を見つめた。そして大きな背中に腕を回して抱き締めた。ドルドレンも抱き締める。謝ろうとするイーアンに『イーアン』と囁いて止める。


「とにかく、目が開いてくれてどれほど嬉しかったか。もうそれで充分なんだ」


 そう言いながら、イーアンの頬にキスした。『君がいないと俺は死んでしまう』焦がれる想いを囁きながら、愛情を籠めて、頬から滑らせた唇をイーアンの唇に重ねた。



 その時、ノックが。 部屋に響き渡る、ノックの音。



 不快な表情でドルドレンが舌打ちする。イーアンはちょっと笑って俯いた。『こんな朝っぱらから』とドルドレンがぶつぶつ言いながら扉に向かう。開けながら『何だ』と言いかけ、扉の外を見た瞬間に慌てて閉めようとするが、扉は開かれた。



「イーアン、どうだい。おお、意識が戻ったか!」


 扉とドルドレンの隙間をすり抜けて、クローハルが駆け寄った。ベッドに座ったままのイーアンは逃げる間もなく、クローハルに抱き締められる。ドルドレンが血相を変えてクローハルの後頭部を殴る。


「何してるんだお前は。離れろ」 「喜んだだけだろ?朝から殴るな」


 腕を解いた(次は顔を殴られると察知)クローハルは、憎々しげにドルドレンを毒づく。


「お前だけが心配していたわけじゃない。このバカ。思い上がりが。ほぼ全員が心配しているのが分からないのか」


 大きく息を吐いたクローハルは、けっと言い捨てて、イーアンに向き直って跪く。何もなかったような笑顔。


「良かった。本当に心配したよ。たった1秒しか抱き締められなかったが、この手に君を抱き締めた温もりは消えない。今の俺がどれだけ幸せか伝わるかい?眠れなくて、身を切られるようだったよ。

 ああ、嬉しすぎて忘れるところだった。イーアン、贈り物が」


「よく喋る男だ」


 ブラスケッドが戸口に現れて、ハハハと笑っている。


「朝から何でそんなに口が回るんだ。イーアン気がついたか。良かったな。土産もあるぞ」


 クローハルが『おい、言うな』と止めたが、ブラスケッドは笑って相手にしない。


「昨日、ドルドレンと俺たちでいくらか倒した魔物があるだろう。さっき裏庭に入れたから、後で安全に解体すると良い」


 片目の騎士が『魔物を裏庭に入れた』との言葉に、イーアンはぽかんとした。ドルドレンも『何?』と聞き返す。ブラスケッドが口を開くより早く、クローハルが立ち上がる。


「良いところ取るな。俺が言ったんだ。イーアン、君がまた危ないのは心臓に良くないんでね。日中に皆の目があるところで、魔物を好きにすれば良いと思って運んだんだ」


 わぁ、とイーアンが目を丸くして一気に嬉しそうな笑顔に変わった。クローハルがニヤッとする。


「わざわざ敷地に運んで下さって・・・昨晩は大変ご迷惑を掛けた上に、心配をお掛けしてしまったのに」


 喜びも束の間で、自分が皆を危険に晒したことを思いだすと、イーアンはお礼の続きが反省と謝罪になって俯いた。


「謝らないで。無事で本当に良かったし、君を助けに行けて嬉しかった。魔物をいじる時は教えてくれ、俺が側にいるから」


 クローハルがベッドに腰かけて、イーアンの顔を覗き込んで慰める。イーアンの頬に手を伸ばしかけて、力強く手首をドルドレンに鷲掴みにされ、舌打ちして引っ込めた。ブラスケッドが笑った顔のまま、『まぁ』と流す。


「とりあえずはそんなことで。イーアン。死体の魔物から何か取るときは、今後は声をかけるようにな」


 ブラスケッドの言葉に、反省しながら『はい』と答えるイーアン。クローハルが『可哀相な言い方するな』と食って掛かってる。ブラスケッドは笑いながら『そうだ、そういえば』と続ける。


「昨日、イーアンが青白い光に包まれていたのは何だったんだ?ドルドレンが持っていたナイフも奇妙な白い光が飛んでいたが」


「イーアンはさっき目覚めたばかりだ。いろいろ話したいだろうが、今は休ませてくれ。」


 まぁそうか、とブラスケッドは頭を掻いた。クローハルは『本当に気が利かない』と呆れた。このやり取りが鬱陶しくなったドルドレンは、二人に『朝からご苦労だった』と告げて廊下へ追いやった。



 扉を閉めて鍵を下ろすと、ドルドレンが振り向いて『イーアン、もう昨晩のことは気にするな』と微笑んだ。ベッドに戻って、イーアンを抱き寄せ、鳶色の瞳を見つめた。


「俺は本当に、イーアンが今無事に、この腕の中にいるだけで良いんだ」


 後で一緒に裏庭へ行こう、と約束して、愛する人をしっかりと抱きしめた。イーアンは『もう、一人でしません』と約束した。お互いの体の温もりが、心の底から喜びを生む。ひたすら抱き締めた体に腕を這わせ、確かな存在を確認する。



「好き過ぎて朦朧とする」 「はい」



 ドルドレンは再びイーアンに口付けた。どんなに口付けしても、満ちているのに足りない、不思議な感覚があった。そのままベッドに横にゆっくり倒れて重なる。



 ノックが聞こえた。


 ドルドレンは無視した。『誰かが』『聞こえない』囁きながら甘くキスを続けるドルドレン。再び遠慮がちにノックが繰り返された。



『おはようございます。トゥートリクスです』



 これにはドルドレンは無視できなかった。『くッ』と声を漏らし、苦笑いしてイーアンにもう一度キスをすると、『彼は昨日、泣きそうだったんだ』とイーアンに伝えた。本当は泣いていたが、それは男だから言わなかった。イーアンがドルドレンの腕に手を置いて『私が出ます』と微笑む。



 扉を開けると、トゥートリクスがビックリした顔でイーアンを見た。


「イーアン!!」


 澄んだ緑色の瞳に、わっと涙が溢れ、笑顔のままトゥートリクスがイーアンに抱きついた。『良かった、良かった、元気になった』とイーアンの両肩をがっちり抱き締めてわんわん泣いた。

 イーアンはドルドレンを見て『これは許してあげて』と目で合図した。ドルドレンはものすごく複雑な心境だったが、少し我慢した。


 イーアンがトゥートリクスの体に手を回して、背中を優しくとんとん叩く。時々撫でながら、『泣かないで』と微笑んで見せようとするが、トゥートリクスはしがみ付いて泣き続けた。



「もう大丈夫です。本当に心配かけてごめんなさい。本当にごめんね。もう絶対一人で動かないから」



 と、子供をあやすようにトゥートリクスをなだめて、緑色がかる艶やかな黒い髪を撫でた。よしよし、と頭を撫でながら、ちらっと背後を見ると、ドルドレンが見ないように顔を両手で覆っていた。申し訳ありません、と思いながらもとにかくトゥートリクスをなだめる。


 ようやく泣き止んだトゥートリクスが、真っ赤な目で鼻をすすって、体を起こす。


「イーアン。俺の涙で汚れたかも。鼻水とか付いたかも」


 と言うので、イーアンは笑いながら頭を振って『そんなの泣いたら普通よ』と、びっしょり濡れた褐色の頬を両手で包んで、きゅっと拭ってから『心配してくれて有難う』とお礼を言った。


「もう大丈夫かな」 


 イーアンが大きな目を覗き込むと、トゥートリクスは恥ずかしくなったのか、鼻をすすりながら頷いた。



「俺、朝食作りました。元気出ると思ったから」


 これにはイーアンがやられた。ああ・・・涙が溢れそうになる。大人だから我慢。でもちょっと無理かも・・・・・


「イーアン、野菜が好きだと思って、ロゼールとヘイズに手伝ってもらって、皆で作りました。」


 もう無理です。


 笑顔のままのイーアンの目からぽろぽろ涙が落ちて、手で口を覆う。『なんて優しい子なの』と涙の溢れる鳶色の瞳で、真ん前に立つトゥートリクスを見つめた。トゥートリクスが口をちょっと開けたまま、その褐色の肌を真っ赤にした。


「あの。下で、広間に。俺、あとロゼールが。ヘイズも。出来てるから」



 つっかえつっかえ、トゥートリクスがどうにか内容を伝えた。『待ってます』と言ったかと思うと、走って逃げてしまった。


 突然消えたトゥートリクスに唖然としたイーアンは、濡れた目のままドルドレンを振り返る。ドルドレンが『はーっ』と大袈裟に溜息をついてベッドから腰を上げ、イーアンを引き寄せながら扉を閉めた。



「イーアン。俺はね。イーアンが感動するのは良いことだと思う。俺はイーアンの感動した顔を見ると、とても胸が熱くなる。で。恐らくトゥートリクスには効果が強すぎる」


「はい?」


「自分が心配した女性が、自分の思い遣りに感動して涙を流したら。大体の男はその気になる。トゥートリクスは()()()()()も、大人の男なんだよ。若いけど」



 ――どう見ているかは知っているが。子供にしか見えていないだろうな。イーアンの年齢を聞いたことはないが、多分親子の差があると思っているはずだ。若く見えるから姉でも良い、と思ったが。



「イーアン。トゥートリクスのことをどう見えてる?」 「大きな子供です」


「うん。多分そうだと思った」 「どうしてですか」


「彼はイーアンを、母には重ねていないと思うからだ」 「他人ですもの」


「そうじゃなくて。母のように姉のように見えていたにしても」 「あの子は子供くらいの年ですよ」


「・・・・・」



 ――イーアンは確か。ディドンの時もこんな具合に『誉めてあげなきゃ』みたいなことを言っていたが。だが実際にディドンは、最初の反抗で鼻っ柱を(優しく)折られた以来、イーアンに付いて回っている。

 君は誰でも手に入れてしまうのか。魔物も、若者も、年配も、ジゴロ(あいつ)も。どうなんだろう、それ。



 ドルドレンの頭の中で、ぐるぐる回り続ける難しい問題。どう言えば、理解できるかを考えるが、当人が意識していないため、的確な答えが出ない。


 イーアンはちょっと考えていて『私くらい年齢が離れている相手を、恋愛対象にするとは絶対思えませんが』と前置きした。


「でも傍から見たら、そう見える以上。気を付けたほうが良いですね。ドルドレンに余計な気を揉ませるのもいけませんし」


 何だか思い上がっているみたいで、そう捉えるのは嫌なのですけれど・・・・・ と恥ずかしそうに付け加えた。 ――イーアン。思い上がりではない。それが正解なのだ。よく分かってくれた―― ドルドレンは心の中で拍手してホッとした。



 安堵したドルドレンは、『朝食を頂きに行こうか』とイーアンを誘った。着替えたり風呂に入りたいかもしれないが、風呂は朝掃除していないし、朝食を作って待っているらしいから、と思ってだった。


 イーアンも『はい』と即答した。後でお風呂に入ります、と言って。



 忙しい朝。二人は、健気な騎士の待つ広間へ向かった。




お読み頂き有難うございます。

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