869. ティティダックの地震
先に宿屋を押さえた、シャンガマックと親方とミレイオ。
ミレイオがくっ付いているので、風呂だ部屋だと煩く気にし、どうにか良さそうな宿を手配した。
『少し値が張りますけど。一人250ワパンだから』それでもお風呂があることと、掃除が行き届いていることは、ミレイオには必須だった。
「今日、あの子帰ってくるのよ。お風呂ないとダメでしょう。地下へ連れて行っても良いけど、そんな暇あるか分からないし」
とのことで、一人250ワパンの結構な出費。そして食事は出ないので、外の食堂を使う。親方は、部屋に泊まれない人なので『無駄遣い』と呆れていた。
親方の言葉にミレイオが反応すると、ケンカするので、シャンガマックはさり気なく、親方の言葉に続けて『(無駄遣い)じゃない範囲で良かったです』と繋いだ(※中年の世話もする)。
それから3人は、総長たちが戻る前に、宿の人に教えてもらった、二村合同農業組合の建物を訪ねた。
歩いてすぐのところで、丘を下る道の畑の中にある建物を見つけて、そこへ立ち寄る。用事はミレイオとシャンガマック。親方は話だけなので同行。
木箱の沢山詰まれた敷地を通り、家畜の声も奥に聞こえる建物の入り口に立って、シャンガマックが挨拶。
すぐに中から人が出てきて、見慣れない来客に眉を寄せた。『誰ですか?何か御用ですか』非常に警戒されているので、シャンガマックは『テルムゾ村で香料畑を営む、サニに教えてもらった』と最初に伝える。
「テルムゾのサニ。え。ビゾンの妹のか」
「彼女のお兄さんとご主人が、ここへ来ていると、教えてくれました。彼らに、テルムゾが助かったことを伝えに、俺たちは来ました」
「何だって?今、何て」
シャンガマックの言葉に目を丸くしたおじさんは、玄関口で立たせたままの3人をさっと見渡して『誰なんだ』ともう一度尋ねる。シャンガマックは頷いて『ハイザンジェル騎士修道会の魔物退治』と答える。
「騎士?この人、騎士?」
目一杯指差されたミレイオは、物凄く不満そうな顔をした。絶対違うでしょ!と、叫ぶ驚きのおじさんに、ミレイオもそっぽを向く。
「んなわけないでしょ。彼よ、彼。私は付き添い」
「えっ、オカマ!」
「関係ないでしょ!」
「オカマが騎士の付き添いするの?どうして!」
「煩いわね!偶々よっ」
やり取りに後ろで親方が口を押さえて笑う。褐色の騎士も笑いそうになるが、一生懸命、真顔を通す。騒がしい玄関口に、最初から成り行きを見守っていた、中にいる人たちも集まってきて、珍客の正体を確認し始めた。
結局。テルムゾで何があったかを話して、どうにか理解してもらってから、右端にいた背の低い男性と、少し背がある、体格の良い男性が自己紹介するまでに至る。
「私がサニの夫です。パウク・ギファです。こちらは義兄のビゾン」
「数日前に、そちらの畑に聞き込みで訪ねました。俺はバニザット・ヤンガ・シャンガマック。ハイザンジェル騎士修道会の騎士です。サニに被害の一部始終を聞き、テルムゾの魔物を退治したので、あなた方に伝えようと思って」
「そうでしたか。魔物、いたんですね。やっぱり。サニは何か言っていました」
夫のパウクは体格が良い男性で、シャンガマックと同じくらいの年。見るからに、見た目の良い騎士に、パウクは少し気圧されていた。
褐色の騎士は首を振り、『出発前に、そちらで生産している植物の葉を頂きました』とだけ答えた。
「最初に調査で伺っただけなので。お土産に葉を頂きましたが、ここへ来ることも話していませんし、特に他には」
「はい。分かりました。有難うございます。その、じゃ。もう村は。でも土も木もやられていますから」
パウクは給付金の話まで出せず、それは兄のビゾンもそうだった。組合員もよその人間に聞かせることでもないので、誰も先を続けなかった。
それは親方もミレイオも、勿論シャンガマックも理解するので頷いた。
「とにかく。一報のために立ち寄りました。それだけです。でも、村長が復興の企画を出しているので、一度村へ戻られても良い気がします。
それと一つ、大切なことが。たい肥場に咲く白い花。あと、枯れ地に残った雑草二種類の話を頼みます。刈り取っても焼却せず、天日干しで乾燥させて、村の外にある穴に埋めて下さい。それでは」
シャンガマックは連絡するだけしたので、サニの夫と兄に挨拶すると外へ出た。
「あまり、喜ばなかったわね」
歩きで戻る道で、ミレイオが呟く。親方は『そう簡単にはな』無理があるんだろ、とミレイオの呟きを拾った。
「土が戻って感動するのは、間近で見ていればの話だろう。見ていないで報告だけ聞いても、収入のために動いた人間は、収入源が断たれている現状がどうにかならん以上は、気持ちも動かん」
「金鉱の話。出せなかったですね」
シャンガマックは、報告書を書く時も総長に止められたのを思い出す。今も言わないでおいたが、言ったら喜んだかとも思った。見透かしたように、親方は彼を見る。
「言う必要がないんだ。そのうち知れ渡るにしても、今は違う。
今の場に、サニの家族しかいなかったなら、言えるが。大きな収入源が降って湧くなんて、早々ある話じゃない。羨みの対象になる」
「特に。被害を受けてる真っ最中の人たちにはね。そう見えるでしょうね」
親方に続けたミレイオに、シャンガマックは視線を移して『そう見える・・・ですか』分からなさそう聞き返す。ミレイオは頷いて『人間ってそうじゃないの』と言った。
「助かって良かったね、って。どれくらいの人が本当に言えるかしら。
自分ところが悲惨だと、他の誰かが助かったり、良いことがあると羨むもんでしょ。やっかみよ。羨んで、やっかんで。それで済むだけなら良いけど、捌け口・矛先になりかねないのよ」
そうか、と呟いたシャンガマック。そんな風に思うのかなと、少し疑問もあるが。深刻な状況だと起こる気もする。大津波戦の後、地元民の男性たちの態度が近かったことを思い出した。
「複雑ですね。難しいことでもないんだろうけれど」
「そうだな。気持ちは状況で移ろうからな」
宿屋が見えてきた道で、シャンガマックの心を理解する親方が答えた、その時――
地面が揺すられた。『うおっ、掴まれ!』親方は急いでシャンガマックを引き寄せる。ミレイオも足元の揺れに驚いて飛び上がり、背中からお皿ちゃんをするりと出して乗った。
「何よ。津波?また?」
グラグラ震えた地面は5秒ほどで治まり、親方は抱えたシャンガマックを離す。揺れ方は地震のようでもあり、何か違うようでもあり。ミレイオはお皿ちゃんに乗ったまま、少し上がって村の斜面を見渡す。
村の人が表に出て騒いでいる。声も慌てているのが聞こえる。
「何だったんだろう。あ、ドルドレンの馬車」
向こうの丘の端に派手な馬車を見つけ、ミレイオはドルドレンたちが戻ると教える。『宿へ行きましょ』気にはなるけど、と眉を寄せながら、3人はまた歩き出す。
「結構揺れたぞ。津波の時とは違うが、何か変だ」
「揺れ方、横揺れですけれど。何かこう・・・震源が近いような。あ、木が倒れて」
褐色の騎士は、倒れた栽培棚の木を見て、悲しそうな顔をする。低い背で収穫しやすく繋げた木々は、連結したように傾いている。親方も溜め息をついて『土も枯れて、木もやられている。根が支えていないんだ』気の毒だ、と呟いた。
宿に着いて外で待つ3人。暫くすると、馬車が側へ来たので、奥へ入れるように誘導し、馬車を停めたドルドレンとザッカリアに『地震が』の話題を持ちかける。
「今の。何なのだ。津波の時と違うぞ」
「馬車だから、あんまり分からなかったけど。馬は怖がっていたよ。セン、大丈夫かな」
「大丈夫だ。ヴェリミルもいるから。一緒にいれば落ち着くだろう」
心配そうな子供の頭を撫でて、総長は地震が気になると仲間に言う。『フォラヴは?』いない姿に、訊ねると、まだ帰ってこないと答えが戻る。
「参ったな。どこまで行ったのか。まだ1時台だから、食堂もやっている。食事が出来そうなのだが、彼がいないと」
「先に食べましょ。何か私も嫌な予感がするわ。いつ食べれるか分からないでしょ」
とは言ったものの。近くの食堂に入ってすぐ、ミレイオは皆の分を注文し終わると、出かけると言い始めた。
「ここ。店員がおばさんだから安全よ。私、フォラヴ探してくる」
落ち着かない様子で出て行き、店のすぐ外でお皿ちゃんに乗ったミレイオは、飛んで行ってしまった。お店の人が窓から見ていて、残った仲間の客に振り向き『あれ。何』と真顔で訊いた。
「飛ぶんだよ。お皿」
すぐにザッカリアが正直に教えてあげて、そういうもの、とまとめた。お店の人は、やたらカワイイ顔の少年が教えてくれたことを、覆す疑問をする気になれず『そうなの』で終わらせてくれた(※未消化)。
「食事を終えたら、被害に遭った農家を回ろう。テルムゾと同じように、どこから被害が始まったのか、どんな被害で、生き残っている植物があるかどうか」
親方は出てきた食事を食べ始め、総長とシャンガマックに言う。ザッカリアに『何か見えるか』と訊ね、ザッカリアは少し目を上に向けたものの、首を振る。
「分からない。何かあるのかも」
「どういう意味だ」
ドルドレンは、子供の様子がちょっと変なので、もう少し詳しく訊ねる。ザッカリアは料理を食べながら、首を傾げて『よく見えない』と言う。ドルドレンもゆっくり食べる気になれないので、むしゃむしゃ口に入れつつ『見えないって?』その意味を訊ねる。
「うーん。だからね。暗いの。よく見えないんだよ。何かあるのかもしれないけど、暗くて分からない」
「暗い・・・夜とか、どこかの中とか。お前が見ようとして、見ているわけじゃないのだものな」
「そう。俺が見ようと思うよりも早く、何かが見えることが多いんだ。でも今は見え難い」
暗い何かを想像するが、一向に分からないドルドレン。そしてザッカリア。二人はせっせと食べる手を休めず、暗い意味を考える。シャンガマックも、その言葉の意味を思い、そして気づく。
そろそろ食べ終わりそうな早食いの親方も『暗い』について巡らせていたが、もしやと過ぎるものがある。
「サナギ・・・・・ 」
「え?」
親方の呟きに、ドルドレンは顔を向ける。シャンガマックは、親方を見て頷いた。
ザッカリアは『サナギって。たい肥場にいたやつ?』と、知っていそうな二人に訊ねる。親方は、レモン色の瞳を見て頷き『地中にいたんだ』そう答える。
「サナギ。何であんな場所にと、俺は思った。イーアンもサナギの意味を不思議に思っていたんだ。コルステインも『動かない魔物』と。でも、だぞ。もしかすると」
*****
皆が食堂に入ったくらいで、お空のイーアンも、そろそろ帰り支度の頃。ミレイオのお土産も持って、赤ちゃんたちに挨拶してを繰り返す。
まだ早いだろう、と煩いおじいちゃんに『もう行かないと』ビシッと撥ね付ける。
「朝の卵は、まだ孵ってないんだぞ。俺の卵が孵らなかったらどうするんだ」
「それまでの卵ちゃんは皆さん、立派に孵りました。その子もビルガメスが抱っこしていれば孵ります。だってさっき、揺れていましたもの」
「お前が孵すんだ、イーアン。こら(※叱る)」
「もう、孵りますよ。この子はもうすぐ・・・あら」
イーアンが押し付けられた卵ちゃんを抱っこし、柔らかい白と金色のマーブル卵ちゃんをよしよしすると、メケッと音がして、殻がパリッと割れる。『ほら。出る寸前』イーアンがニコッと笑うと、卵の中から小さな口が、ぐっと突き上げた。
おじいちゃんは『お前が抱いたから』それでだぞと、しつこかったが、イーアンは『この子が出るところだった』と返した。
卵ちゃんは赤ちゃんになり、ビルガメ・ベイベは無事に誕生。
殻から出てきた赤ちゃんを、よいしょと抱き上げると、イーアンはちゅーっとして、ニコッと笑って『何て可愛いの。あなたは、立派なお父さんと同じ、素敵で悠々とした男龍になります』頬ずりして伝える。赤ちゃんもニコッと笑う。
小さな角がちょんちょんと、おでこに並ぶ白い龍の赤ちゃん。ビルガメスは嬉しそうに、その子を手に乗せて、じっと自分を見る大きな金色の目を見つめる。
「お前の兄弟は沢山いるぞ。イーアンの祝福を受けた兄弟たちが。お前も受けたな」
そう言って微笑むと、赤ちゃんはえへっと笑う。ビルガメスは卵部屋の卵たちを見て、皆、卵が揺れているので、もう孵るのだろうと思う。
「イーアン。戻るのか」
「はい。気になるのです。タムズが行っても良いのでしょうが、今日は戻る約束ですし。少し早めに行きます」
「気になる・・・そうか。お前、またここへ来ないとダメだぞ。子供がお前を探す」
おじいちゃんは次の約束をきちんと求め、イーアンは『ちょくちょく来るから』と宥めた。
イーアンとしても、この一週間で孵った赤ちゃんsの、あまりの多さに驚いている。放ったらかすのも出来ないので、ちょいちょい通おうと思っていることを伝えた(※通う母)。
「俺はまだ部屋から出ないでおくが。どうする。誰かと一緒に戻るか」
「いいえ。私とミンティンで戻ります。男龍も頑張った一週間で疲れていますでしょう」
イーアンが立ち上がったので、ビルガメスはその手をそっと掴んで引き寄せ、側に立たせた。金色の瞳で、自分を見上げる女龍を捉え、生まれたばかりの赤ちゃんを片手に、大きな男龍は囁く。
「お前が戻るのが。少し。困るな」
「ビルガメスでも、そう思われるのですか。そう思って頂けることを有難く思います」
「気になるのは中間の地の魔物か」
「はい。何やら胸騒ぎがします。この時間はコルステインもいません。もしかしますと、私の想像が現実になる可能性があります。それは防ぎたい」
真剣な顔で言うイーアンに、引き止めることが酷に思えたビルガメスは、小さく頷いて了解する。
「お前が居てくれたから。こんなに沢山の男龍たちが生まれた。俺の感謝を受け取れ」
「ビルガメスもずっと一緒に居て下さいましたよ。私だけではないのです」
座るビルガメスに抱き寄せられ、イーアンは大きな彼に両腕を広げ(※でか過ぎるから貼り付く感じ)笑顔でお礼を言った。
『素晴らしい時間でした。愛する赤ちゃんたちの成長を祈ります』そう言って体を起こし、下を向くビルガメスの顔を見つめると、彼の顔を両手に挟んで引き寄せ、その額にキスをした。
おじいちゃん。驚き。
イーアンは、でこちゅーならファドゥにもするので(※ファドゥは既に習慣)感謝だし、と。おじいちゃんにも素晴らしい体験時間の感謝を、でこちゅーで捧ぐ。
それに、ビルガメスたち(男龍全員)は祝福だとか信頼だとか、そういう時は、でこちゅー&頭ちゅーが普通。自分も女龍なので、それに準じる気持ちもあり。
ちゅーっとした後に、ニコニコしながら顔を離したイーアンに、ビルガメスは何も言えず。
とび色の瞳をじっと見つめて『お前は俺に』と呟いた。そこから先は何も出てこない。イーアンはにっこり笑って『また来ますよ』と挨拶した。
それから、固まるおじいちゃんの掌にいる赤ちゃんにも、ちゅうううっとして(※こっちは口)『大好きですよ』と笑顔で頷いた。赤ちゃんも、うん、と頷く。
イーアンは卵部屋でお別れするので、固まったまま、自分をぼうっと見ている大きな美しい男龍に笑い、手を振って『また来ます。ビルガメス』ともう一度言うと、子供たちに手を振りながら外へ出て行った。
卵部屋の建物から出た、イーアンの胸中は切り替わる。建物の外へ出た一歩で、空を見上げて6翼を出した。
「ミンティン。来て下さい。ドルドレンたちが危ない」
ミンティンの名を呟いて、ぐっと気合を入れると思いっきり翼を宙に叩いて加速する。
真っ白い龍気の塊となって、イーアンは一直線に地上のドルドレンたちを目指して空を翔け抜けた。
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