867. オウィド地区警護団 地方行動部東駐在所
報告も終わり、合格をもらったドルドレン。タムズは『卵を生むから』と空へ戻った。
戻る前にもう一度、ドルドレンの頭にキスをして(※3m級タムズのぶちゅ)『何かあったら呼びなさい』そう教えると、ミンティンと一緒に白昼を翔け抜けて消えた。
毎度のように、ポーッとして見送るドルドレン。
あんなカッコイイ男龍に俺は愛されたんだ、と新たな力が湧く(※力の正しい使い方)。『俺も。彼らのようになるのだ。人間だけど』出来る限りね、と頷く。
そして、待っていてくれた皆にお礼を言い、馬車は午後の道を出発する。向かう先は警護団駐在所。
タンクラッドは、ミレイオと荷物の話がどうとかで(※採石した袋)荷馬車に入り、ドルドレンはザッカリアを横に乗せて、彼の楽器を奏でてもらいながら手綱を取る。後ろの馬車では、シャンガマックが御者、フォラヴは休むということでお昼寝。
「ザッカリア。お前にお礼を。その音で、俺がどれだけ心安らいだか」
「ベルとハイルがね。総長が好きな歌って教えてくれたんだ。だから覚えたの」
嬉しいことを言ってくれる子供に、ドルドレンはもう一度有難うを言い『お前はもう、ベルたちと同じくらい上手い』と誉めた。照れる子供の肩を抱き寄せ『本当だぞ。自信を持て』と笑う。
「俺ね。ベルくらい、沢山弾けるようになりたい。それで、ハイルみたいに歌いたい。でも歌は難しいんだ」
「歌。難しいか」
「うん。何て言ってるの?俺は分からない」
「ああ・・・・・ そうか。馬車の言葉だから。お前は分からないのか」
馬車歌は、自分たちの言葉。ハイザンジェルの誰も使えない。いや、他の国の人間も使えないと思う。馬車の家族じゃないと・・・ドルドレンは、奏でる指元を見ながら、ザッカリアに『歌いたいのか』と訊ねた。彼は頷く。
「あのな、俺は歌える。歌い手じゃないが、覚えているんだ。ハイルほどでもないなぁ。でも、まぁ。お前が教わった曲・・・だから歌える曲ばかりだったのか。それなら歌えるぞ。側にいて、旅の間に覚えれば良い」
ドルドレンがそう言うと、ザッカリアのレモン色の瞳がきゅーっと大きく丸くなる。『ホント。総長の言葉も覚える?俺は覚えられる?』教えてほしかったのか、と思うくらい、反応が良い。ドルドレンは笑って『良いよ。覚えられるだろう、お前は賢い』と答えた。
「俺。いつも弾くよ。だから歌って。俺も歌えるようになりたい」
「そうか。嬉しいな。お前は俺の息子みたいだ。俺とイーアンの息子だ。ギアッチは最初の父親だが、俺たちもお前の親なんだ。
俺の言葉を覚えろ。ギアッチの賢さと心の広さ、イーアンの知恵と勇敢さ、俺の言葉と馬車の歌を、お前のものにするんだ」
満面の笑みで子供は頷く。『頑張る。ちゃんと覚える』約束して、早速、楽器を弾き始める。
ドルドレンも聞きながら口ずさみ、子供が嬉しそうに見つめるので、ゆっくり弾くように手で合図し、合わせてゆっくり発音してやる。ザッカリアは時々手を止めて、今のこうか、と真似し、ドルドレンに教わりながら、曲を奏でた。
ザッカリアが何度も何度も同じ曲を弾き、ドルドレンに意味を教わりながら、馬車は道を進み、警護団駐在所に入る道近くまで来た頃。
反対方向から駐在所に向かう馬車を見つけ、その黒い馬車から、警護団が乗っていると判断したドルドレンは、少し離れた場所から声をかけた。
「オウィド地区の警護団駐在所は、ここだろうか」
「こんにちは。ちょっと待って」
御者が大声で答え、黒馬車の中にいる誰かに話す様子を見る。馬車は寄ってきて、小道の入り口で止まった。ドルドレンも馬車を向け、側へ寄って挨拶をする。
「ハイザンジェル騎士修道会の者だ。報告に寄るのだが、時間はあるだろうか」
御者が何かを言う前に、扉が開いて、ドルドレンと同じくらいの年の男性が下りた。小太りだが、動きは良さそうな雰囲気に、彼は何か稽古をしているのかとドルドレンは思った。
「ハイザンジェルの。聞いています。こんにちは。遥々よくお越し下さって」
村の人みたいな挨拶に、ドルドレンも、うんと頷く。ザッカリアはじっと見ている。
警護団の男性は、道の先を指差して『この続きに、ちょっと道が細いですが。駐在所があります。そちらで伺います』と場所を教えた。
彼が再び馬車に乗ったので、黒馬車の後をついて行くことにし、旅の馬車は細い林道を進んだ。暫く進むと、少し開けた場所に駐在所があり・・・何とも。
駐在所横に家庭菜園らしき畑や、馬車のための屋根付き納屋がある様子が、牧歌的というか。警護団と言うよりは、引っ込んだところに暮らす農家の一軒のようだった。
黒い馬車は止まり、旅の馬車も空いている場所に。警護団の男性が3人下りて、御者のおじさんもタバコを吸い始める。警護団はドルドレンに、中へどうぞと指差して先に歩いた。
ドルドレンは、御者台を下りてから親方とシャンガマックを呼び、二人の話を報告するように言い、一緒に建物へ付いて行く。
基礎は石積みの建物だが、上半分が木製なので、どう見ても民家。
中も広くはなく簡素で、机と椅子、棚があるが、それらは誰かの家から、使わないものを運んだような雰囲気で、給仕場も簡易的ではなく、普通に料理が出来るくらいの様子から、駐在所にいる間の警護団員は『別の場所で休暇』のような過ごし方に思えた。
食卓用の椅子が6脚置かれた長机に、警護団の二人とドルドレンたちが掛け、早速、状況報告を始める。
警護団の一人は何をしているのかと思えば、『お茶がね。オウィド地区は有名なんですよ』と朗らかな笑顔でお茶を選んでいた。何種類か置いているらしい。
シャンガマックは、テルムゾの村長が『警護団は農家出身』と話していたことを思い出す。
彼らの年齢は30~40代で、何となく小太りだったり、たるんだ皮膚を見ると、屋内勤務のように感じるが、小回り良く(?)動くところを見ると、自発的な稽古の多少はあるのかも知れない。
親方もそれは感じているようで、彼らののんびりした印象や口調、連れの騎士たちと同年代と思われるにしても、目つきや体つきの差があるので、彼らは本当は何もしない仕事なのかと見当を付けた。
粗方の出来事を話すと、その間だけでも警護団の3人は驚いたり、質問したり、落ち着かなかったが、報告書を作成しようとドルドレンが次を促した時は、もっと落ち着かなくなった。
「報告書の作成?やったことないんですよ。どうしましょうか、困ったな」
えええっ ドルドレンは目を見開いて、同じ年くらいの男に『嘘だろう』と目で訴える。褐色の騎士も驚きが顔に出る。
騎士たちの顔を見た警護団は、恥ずかしそうな感じもなく『だって。こんなこと有り得なかったから』と当たり前のように言い訳する。本部では書類作成業務もあるけれど、地方はまずない、と言い切る(※それはないはず)。
親方は、横で絶句する二人の騎士にちょっと笑い『環境が異なるんだ。仕方ない』と呟いた。それから、ドルドレンに『報告書は、ハイザンジェルと同じに教えてやれば』と提案する。
「いや。そうだが。だが、国境の警護団も、ブガドゥムの駐在所も、報告書は書いたぞ」
「ああ。あの人たちは、私たちと仕事が少し違うからですよ。
国境治安部は、あんな場所の勤務なので、報告書は誰でも書かないといけないし、ブガドゥムは町の中にあるんで、町の申請なんかも受け付けて書類作成の頻度が多いんです」
説明を聞いても、何がどう仕事が違うのか、騎士二人には理解し辛い。親方が苦笑いで頷いて『だそうだから』と流し、とにかく書いてしまえ(※時間勿体ない)とドルドレンをせっつく。
こんなことで、ドルドレンとシャンガマックは、それっぽい線の引いてある紙をもらい、自分たちで書けるところは書くことにした。
シャンガマックが『記入はテイワグナの公用語が良いか』と訊くと、警護団の一人が『あ。普通に』と返した。普通、が何なのか。質問が全く通じていないが、聞き返すのも面倒なので、シャンガマックはテイワグナ公用語で書いた。
親方は脱線。よく思うこと。何で書類にテイワグナの公用語が使われていて、自分たちと話す時は、皆が世界共通語を話すのか。彼らは旅人と話さない時は、テイワグナの言葉で話すのか。変な感じだなと思う。
親方・脱線思考時間はあっさり終わり、ドルドレンが見ている側で、シャンガマックが書き上げる。ちょっと手を止め、ちらっと親方を見た彼は『遺跡。どうします?』と、金鉱を伏せた言い方で訊ねた。
ドルドレンは話にしか聞いていなかったが、親方が答える前に部下に『それは関係ない』と教えた。シャンガマックは頷いて、退治までを記し、警護団に紙を渡す。親方も総長の判断と同じだったから、何も言わなかった。
それから、テルムゾの村長にもらった一筆を添え、報告書を警護団で回してもらうようにお願いした。警護団の3人は『勉強になった』と笑顔で受け取り、彼らの旅の無事を祈る。それから不安を口にした。
「これから・・・ティティダック村ですか?テルムゾは何とかして下さったみたいだけど、ティティダックもどうにかなるでしょうか」
「そのために行くんだ。どうにかしたいから、助けに行く」
親方が答えて立ち上がり、お茶の礼を言う。騎士たちも警護団に気をつけるように言い、民家のような施設を出た。
馬車に戻ってすぐ、親方が荷台に一度入って出てくると、片手に握った龍の鱗を警護団の3人に渡す。『何かに入れておけ』そしてこれが何か、説明して、驚く彼らに『無理はするな。だが無駄に恐れるな』と教えた。
旅の馬車は、警護団に見送られて出発する。御者のドルドレンはザッカリアをまた横に乗せ、荷馬車に入ったタンクラッドの行動を少し考えた。
「どうしたの?」
ザッカリアが総長の表情を見て、何を考えているのかと質問する。ドルドレンは子供に『タンクラッドのことを』と答える。
「彼の動き方を考えていた。彼は一人で生きてきた男だが、何と言うか。誰のことも理解する。立場も強さ弱さも、すぐに相手に何が必要かを判断するように見えた」
子供は、難しいから分かりやすく言って、と頼み、笑う総長は頷いて『タンクラッドは、どんな相手もすぐに見抜く気がする』と教えた。
「タンクラッドおじさんは優しいんだ。おじさんは自分でそう思ってないみたいだけど、優しいから、他の人を石みたいに見る」
石。石って何だ、とドルドレンが聞くと、ザッカリアは『石だよ。おじさんが使うでしょ。金属の石』と言う。
「教えてくれた。金属の石を山から持ってくるでしょ。石の中に欲しい金属や、違う金属や、石があるんだよ。それをこうして、ぐるぐる回して見てから『この石はどんな石』って思うんだって」
「ふぅん。石・・・そうか。いろんな角度で、すぐに見分ける。ふむ、面白い」
ドルドレンは、こんな話をしていると、ザッカリアにも学べると思う。タンクラッドだけではなく、もしかすると、自分の目から落ちた鱗のお陰で、仲間全員から学べるものを見られるかも知れない。
そう思うと、明日イーアンに会ったら。また別の視点で彼女を見るのだろうかと、少し楽しみになった。
昼下がりの道を進む馬車で、次の村までの、僅かな休憩の時を皆は過ごす。魔物が襲うこともなく、にわか雨に少し降られたり、虹を見たりして、夕方頃には野営に丁度良さそうな場所に入った。
周囲に民家はあるが、距離が離れているので、特に旅の馬車が停まっても問題なさそうな空き地で、転々と大きく育った木が生えている。その木が目隠しになるくらいに、枝を広げて葉を茂らせているので、馬車の夜は落ち着いて過ごせそうだった。
野営準備をし、肉料理を作ってもらって、皆は暗くなる空の下で夕食。
星空に変わる時間、煙の立ち上る先を見つめて、ドルドレンはイーアンを思う。後で連絡するつもり。イーアンも俺が変わったと思うのかな。もっと好きになってくれるのか。それともこれまでどおりなのか。
そんなことを思いながら、夕食の時間は過ぎ、片づけを終えて休む時間に入り、ドルドレンはイーアンと連絡球で話し、彼女が、明日の午後には馬車に戻ることを聞いて、嬉しくなる。
明日に到着する村の話をし、慌しいだろうけれど夜は一緒だよと言うと、イーアンも喜んだ。幸せを感じるドルドレンは、お休みを言って連絡を終えると、ティティダックの村で会えることを楽しみに眠りについた。
同じ頃。馬車の外に置いたベッドに眠る親方の横で、コルステインも、親方を腕に抱えた姿勢で、明日行く村の方向を見つめていた。
コルステインはじっとその村の方を見つめ、それから腕の内で眠るタンクラッドを見て、やはり起こさないでおこうと決める。
魔物がいるのが分かる。その魔物はもうすぐ動き出す。それも分かる。コルステインは本当は、一人で退治に行こうかと思ったが、自分一人で行くと人間が怖がるから、それは出来なかった。
夜空色の体に、向かう村から伝わる微震が、何度も感じられる。それが魔物の準備であることも分かる。
早く倒した方が良い気もするけれど。長い睫を伏せて、寝息も静かに落ち着いて眠るタンクラッドを見ると、起こすのも可哀想で、教えることも止める、コルステイン。
コルステインの心配は、自分が居ない時間に魔物が出ることだった。空を見上げて、イーアンが早く帰ってくると良いのに、と思った。
お読み頂き有難うございます。




