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魔物資源活用機構  作者: Ichen
見つめ直す存在
866/2953

866. タムズの試験

 

 お昼前の時間。フォラヴは目を覚ます。体よりも精神的に疲れていた自分を癒すため、村を出てから休ませてもらっていた。


「フォラヴ。起きた?」


 音が聞こえて気がついたザッカリアが、上のベッドに声をかける。フォラヴは体を起こして微笑む。


「はい。少し楽になりました」


「ミレイオに話して、お前の体に栄養があるものを考えてもらおう」


 友達の顔を見て、シャンガマックはお昼を気にする。フォラヴは2階から降りて、水を飲むと、眩しそうに外を見た。


「もう。お昼ですか。よく晴れて」


「無理するな。眠れるなら眠っても。さっきミレイオが、お前と選んだ布を向こうの馬車に運んだ。お前の香袋を作ると言っていたよ」


「ミレイオが?本当に。あの方は優しい」


「シャンガマック。香袋じゃないよ。枕だよ」


 枕に石鹸を少し入れるんだよ、とザッカリアが教える。そうだったか?とシャンガマックは笑う。

 二人の会話を聞いて、どちらにせよ、ミレイオが自分のために香り高い寝具を用意しようとしてくれているのは分かる。フォラヴは村でもらった香水の籠を撫でて『嬉しいです』と呟いた。


 次の村も同じような被害、と聞いている。明日には到着する村だから、今は休んで回復しておこうと、フォラヴは思う。


 立て続けに力を使うことはなかったので、今回の件では、想像以上に精神的に疲れている・・・ミレイオは、疲労した妖精の騎士の顔を見て、『あんたが元気になるもの。なんだろ』と何度も言っていた。


 フォラヴの好きなもの。綺麗なもの。香り良い自然のもの。欲の入らないもの。説明し難いが、見る人が見れば、すぐに分かる好みでもある。ミレイオはそれを感じ取ってくれている。



 少しすると、道を逸れた木陰に馬車は止まり、昼の太陽を遮る大きな枝の下で休憩時間に入る。


 ミレイオは食材と調理器具を出して、火を熾したドルドレンに手伝わせながら、ちゃかちゃか料理。『野菜多いのだ』ドルドレンが気がつく。ミレイオは彼を見ないまま、芋の皮を剥く手を止めず『フォラヴ。野菜が好きだから』と教える。


「俺も好きだけど。肉も多いと」


「肉料理は夜ね。今はフォラヴ。頑張ったのよ、あの子」


 そう言うと、ミレイオは塩漬けの肉が入った木箱を、ドルドレンに渡し『それは()()()()()()に焼きなさい』と笑った。えへっと笑うドルドレンは、頷いて肉を切り、焼き始めた(※ドル料理は脂っ気満載)。


 ミレイオはお昼が出来てすぐ、皆を呼び集めて皿に料理を盛り付け、配る。フォラヴの様子がどうかな、と思って見ると、血色は悪いものの微笑みは復活。


「どう?食べれるかな」


「ああ。ミレイオ。あなたは本当に心の温かな方です。何て良い香りでしょうか」


 ミレイオは、芋と干しキノコのチーズ煮を、柔らかく炊いた香菜入りの穀物にかけて渡す。『早く元気におなり』白金の髪を一度撫でると、フォラヴを側に座らせた。『食べ切れなかったら食べたげる。無理しちゃダメよ』そう言って、自分も食べ始めた。


 朝。役場のおもてなしで、フォラヴは野菜しか食べなかった。その野菜も茹でただけのもので、横の親方とドルドレンが、肉を口に詰め込む姿に並ぶと、誰の目にも弱々しく映った。


 元気な男たちは、穏やかなミレイオの料理の上に、ドサッと脂まみれの塩焼肉を塊で乗せ、がつがつ食べる。

 ドルドレンは底無し、親方も遠慮ない。シャンガマックも金鉱発見から勢いが付いたか、食欲旺盛。ザッカリアは普通だが、野菜は好きじゃないから肉軍団に加わる。


 放っておくと、際限なく肉を食べ続けるので、ミレイオは様子を見て取り上げた(※ブーイングを受ける)。


「食べて良いとは言ったけど。この塊、全部焼いちゃ、夜の分なくなるじゃないのよ」


 ダメダメと油紙に包んで木箱に仕舞い、今ある量で満足するように命じた(※従う)。

 一日最大/4kgが、肉の使用量。昼に2kg以上食べられると困る。次買うのは、もっと脂身とスジの多い安い肉だな、とミレイオは思った(※デカイの二人用=脂身&スジで、咀嚼数を稼ぐ計画)。



 楽しい昼食はゆっくり過ぎる。フォラヴは、ミレイオの作った料理を『大変美味しい』と誉めて完食し、ドルドレンがいる食事風景は、皆を一層、安心させた。昼食後、皆で片付けて、いつでも出発が出来る状態にしてから。


「よし。タムズを呼ぶ」


 緊張するその時を宣言したドルドレン。仲間は彼の言葉に、同じように少し緊張が生まれたが、きっと大丈夫と思っているので、呼ぶように促した。


 ドルドレンは、タムズの名前を何度も心の中で呼ぶ、忙しかったら悪いな、とも思う。すぐに帰れるように、質問に簡潔に答えられる用意もする。何度目かで、空が白く光った。


「来た」


 ドキドキする胸をぐっと掴んで、ドルドレンは白い光の玉を見つめる。昼の光の下でさえ眩しい、その白い光。やって来たタムズは、ミンティンと一緒に馬車の前に降りた。


「立ち上がったか。ドルドレン」


 微笑んだ男龍に、深呼吸して頷くドルドレン。『はい』しっかり答えて、彼の金色の瞳を見る。

 タムズは笑顔で近づき、ドルドレンの顔を覗き込むと、うん、と頷いた。


「私の大切なドルドレン。君は強くなった。私の目の前に立っている。それが何よりの証拠だ」


 よく頑張ったね、と。タムズは腕を伸ばして彼の頭を撫でた。ドルドレンは嬉しかったが、満足そうな笑顔を向けるものの、前みたいに抱きつこうとはしなかった。それは頭に浮かばなかった。


 変化に気がついたタムズは、撫でる手を止めて『来ない?』と訊ねる。

 ドルドレンは何だろうと思って男龍を見つめ、その質問にちょっと考えた。タムズは意外そうに『ふむ』の声を落とす。


「そうか、そんなに変わるものだね。ふむ・・・そういうものなのか。面白い」


「何だろう。俺は何かしていない?」


「君はそれも分からないのか。ここまで違うんだな。そう、では。どうしようね」


 タムズの言葉が分からないドルドレンは、何が分かっていないのか、少し困って眉を寄せた。その顔を見てタムズはハハハと笑う。


「良いんだよ。君が困ることではないんだ。だけど私が少し困るとは」


 タムズが何を困るのか、何の話か思いつかないドルドレンは彼を見上げて、答えを聞きたいとお願いした。するとタムズは笑顔でゆっくり両腕を伸ばし、ドルドレンを包み込む。自分の腹に彼の頭をつけて撫でてから『君はいつも。私を見るとこうしていたよ』と答えた。


 男龍の思いがけない行動と言葉に、ドルドレンは嬉しくて、赤銅色の体をぎゅっと抱き締める。


「そうだった。そうなのだ。忘れていた。でも、タムズにこうすると嬉しい」


「そうだね。私も慣れたらしい。だから少し、君がこうしないと足りない気がしてしまうね」


 優しいタムズに感動するドルドレンは、温かなタムズの胴体を抱き締めて目を閉じる。幸せ一杯の顔で目を閉じる彼に、タムズはにっこり笑って頭を撫でる。


「私が君の邪魔をしないといいけれど」


「そんな心配は要らないのだ。俺はもう大丈夫。でもこうしていると幸せなのも、確かだ」



 二人が笑顔で抱き合っている様子を、仲間は離れた場所でじっと見つめる。

 ザッカリアは、ドルドレンの変化を理解しているものの、まだ子供みたいと思った(※厳しい)。ミレイオも、座った場所で彼らをボーっと眺めながら、ドルドレンはあれが自然体なのかもと思っていた。


「総長は。きっと。あれ、あまり変わらないんじゃないですか」


 褐色の騎士はちょっと笑って、横の剣職人に呟く。タンクラッドも顔が笑っていて『そうだな。彼の場合は、愛情表現の枠なのかもな』額を掻きながら、首を傾げた。フォラヴも苦笑いで『幸せそのもの』見つめて呟く。



 タムズは貼り付くドルドレンの頭を撫でながら、あれからどうだったのかと経過を訊ねた。

 ドルドレンは体を起こし腕を解くと、真面目な表情に戻って、話す順序をさっと組み立て、説明し始めた。


 男龍は荷馬車の後ろに腰掛け、彼を横に座らせて話を聞く。

 話を聞きながら、タムズは片腕を伸ばしてドルドレンを抱き寄せ、頭を撫でた。自分がこうしたことを好んでいる、それに気がついて可笑しく思う。


 彼のこの行為に、ドルドレンは少し驚いたように見て、すぐ笑顔で受け入れると、大人しく撫でられるまま、自分の話を続けた。


 話を聞くだけ聞き、タムズは彼に最後に質問する。


「君は、私が取った行動を酷いと思うかね」


「え。思わない。そんなこと考えないのだ。どうして」


 誤解をさせる言葉でも言ったかと、気にするドルドレンは、自分はとても大きな機会を与えられたと思うことを、しっかり伝える。それは自分一人では、得ようと思わなかったかも知れないし、男龍が人間の自分に、こんな形で関わってくれたことを感謝している、と話した。


「そうか。君は()()()()がある。ビルガメスが君なら信用しても良いと、最初の頃に言った。私も思うが、今日は特に思うよ」


「有難う。勿体無い言葉だ。コルステインも根気良く教えてくれた。大きな力に支えられて、自分を変える大きな時期を迎えたことに、俺はただただ、感謝しかない」


「コルステインも君を支えた。あれは言葉が難しいだろうが、心で生きているから。ある意味、非常に純粋な魂に直結する存在だ。力の程は甘く見れないがね」


 タムズの言葉に、タムズがコルステインのことで、何か知っているのかなと思う。でもそれは今、関係ないし、ドルドレンは質問しないで置いた。


「ドルドレン。私はさっき。『君に鍛え甲斐がある』と言った。その言葉の意味を聞きたいか」


 金色の瞳が静かに向けられ、ドルドレンに次の課題を持ちかけたように聞こえる言葉。ドルドレンはハッとして、彼を見た。


「私たち男龍はね。自分の魂の力を自覚するために、何度も龍気を取る。そうして躾けるんだ。自分しか作れない龍気を漲らせる方法を学ぶ」


「俺にもう一度。そう言っているのか」


「だとしたら、受けるかね」


 ドルドレンは考える。迷うわけではなく、人数の少ない旅のことを気にした。それをタムズにすぐに打ち明けると、タムズは微笑んで、ドルドレンの顔を撫でた。


「君は。何て忠実なんだろう。私の祝福を受けた男よ。君は恐れなくなった。そして自分の力を信じた。愛は外へ向き、仲間や関わる物事へ真っ直ぐに注がれている」


 ドルドレンがその言葉の意味を考えて見つめると、タムズはドルドレンの額にキスをして、ニコリと笑う。ドルドレン、ちょっとクラッとする。


「聞きなさい。龍気を取るつもりはないよ。今のは試しだ。本当はそうではない。

 明日。イーアンは帰ってくる。だが今後も度々、彼女はイヌァエル・テレンへ動く。旅の最中だから、君たちに苦しい時間があるかも知れないが、その時間を理解してほしい」


「そうなのか。分かった」


 タムズの話したことを、ドルドレンは了解する。

 女龍(イーアン)は、イヌァエル・テレンを背負う存在としても呼ばれている。魔物の王を退治する旅も一緒に動き、イヌァエル・テレンの変革の挑戦にも動く。

 自分は、そうした相手を妻にしたんだと、しっかり頷いた。


 ドルドレンの返事が潔く、何も質問せず、何も拒まなかったことに、タムズは少なからず驚く。男龍の表情に、意外そうなものを見たドルドレンは、微笑んでもう一度頷いた。


「俺のイーアンは。空でも、俺たちの旅でも、精霊に選ばれたのだ。俺は彼女を支えようと思う。彼女のいない時間を、彼女がいるように守り、彼女の存在が大きな空に、俺も出来ることをするつもりでいる」


 心に触れる、静かな意気込み。タムズは、彼の灰色の瞳を見つめる。


「これほど変わるのか。これが本当の君か。ドルドレン、約束しよう。私の愛は君を守ることを」


 短い言葉で、感心した思いを伝える男龍。


 自由な太陽の民、人間の男。精霊に愛される彼ら。その意味は、こうして垣間見えるのかと感じる。

 自由とは、自分の魂を放つ責任を持つ。魂の触れるもの全てに、自分の存在が関わる責任こそ自由。


 彼はそれをこの3日間で選んだ。見つけ出し、選んで、それ以外を後にした。そのことが彼を通して伝わることに、タムズは嬉しく思う。



 少し照れたように、はにかむ黒髪の男の頭を撫でて、タムズは『君は()()()()がある』と言い直した。

お読み頂き有難うございます。

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