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魔物資源活用機構  作者: Ichen
見つめ直す存在
861/2954

861. 旅の十八日目 ~浄化される土

 

 翌朝。フォラヴは、嫌でも肥やしの側へ行く羽目になった。



 起きて皆と顔を合わせてから、出発までの食事の時間もずっと。フォラヴは頼み倒し、どうにか肥やしの真ん前だけは行かないで済む約束に漕ぎ着ける。


 最初は『そうは言っても』『近くで見なければ分からんぞ』『何箇所か試さないと、一部だけじゃ意味無いんだ』の繰り返しを親方から返されて、フォラヴは朝から泣きそうだったが、可哀想でならないミレイオも横から参戦したので、タンクラッドは『現場近くまでは来い』の譲歩はしてくれた。


「お前たちは。俺やコルステインには平気で行かせて。自分の時だけはそんなに嫌がるのか。その態度はどうかと思うがな」


「あんただって、嫌がってたじゃないのよ。コルステインがやってくれたから良いようなもんで」


「だから。それがおかしいだろ、と言っているんだ。無理に行けとは思わんが、自分の時の態度が酷いもんだ」


「私、昨日行ったじゃないの!何もしてないわけじゃないでしょ。それに肥やし検査は、フォラヴじゃなくても出来るじゃない!あんたでも、草使って」


「タンクラッドさんの言うことも分かりますよ。コルステインがいなかったら、俺たちは自力でどうにかしなきゃいけなかったんです。その可能性はいつでもあると思うんです。コルステインが動けたから、頼んだようなもので」


 シャンガマックは、親方が責められるのは違う気がして、肩を持つわけではなくても、ちょっと口を挟んだ。イーアンも総長も、思いも寄らず不在状態。コルステインだって、今後その可能性はあるのだ。


 さすがにシャンガマックに言われると、ミレイオもフォラヴも黙る(※総長・下の世話担当を買って出た勇敢な男)。タンクラッドは褐色の騎士を見つめ、極上の優しさを込めて微笑む。シャンガマック、赤くなる。


「有難うな。バニザット。お前の理解ある言葉に俺は嬉しい」


「タンクラッドさんだって、嫌だと思うけれど。俺と交代もしてくれるし、たい肥場に何度も行ってくれたんです。臭いだって嫌でしょう。だけど我慢してくれるんだから・・・皆が理解しないと」


「俺もそう思うよ。タンクラッドおじさん、体が臭くなっても頑張ったもの。凄いよ!」


 シャンガマックの思い遣りある言葉に、ザッカリアもニコッと笑って、親方を誉めた(※つもり)。親方は子供の言葉に、少なからず傷を負ったが(※『体臭い』)有難うと返しておいた。


 フォラヴとミレイオは黙りこくる。だって嫌なんだもの・・・・・ 心の中でそればかりが巡るが、口にはもう出せなかった。



 こうしたことで、4人は今日は一緒に動く。フォラヴは土の浄化を、肥やしチェック後に引き続き行うらしいので、皆は龍で動くことにする。宿の老夫婦は『龍を見たいから、家の前で呼んで良い』と言ってくれた。


「村の人も、龍を昨日見ていますから。大丈夫ですよ」


「昨日は雷が落ちたみたいだけれど、あれも龍?」


 お婆さんとお爺さんが質問するので、雷はコルステインだけど適当に頷いて流し、皆は宿の敷地の広い場所に出て、それぞれ笛を吹く。


 不思議な笛の音が響いた後、やんわり空は光り、小さな点が3つ現れて近づいてくる。

 老夫婦はじっとそれを見つめ『本当に龍ですよ』と囁き合った。親方とフォラヴ、ザッカリアの龍が来て、ミレイオはフォラヴと一緒に乗り、驚いて感動している老夫婦に挨拶をすると、4人はたい肥場へ向かった。


 お爺さんとお婆さんは、こんな時代になったけれど龍が見れて、生きてて良かった、と笑う。そしてご近所さんに、少し自慢しに出かけた。



 たい肥場にあっという間に到着した龍。龍もあまり乗り気じゃない場所。少し離れ気味にしているので、親方は察してやり(※特にバーハラーは嫌がる)たい肥場手前の林付近で龍を降りて『帰るなよ。待ってるんだぞ』と念を押した(※帰ろうとした)。


「龍だって嫌なのよ」


 ミレイオのぼやきを無視し、親方はザッカリアと一緒にたい肥場まで歩く。さすがに目立つ龍と一緒の動きのため、村人もちらほら集まり始める。龍はやはり少し怖いのか、林に待つ龍は遠回りに避け、村人も10数人来た。


「おはよう。俺なんかは、近所なんだよ。昨日、凄い雷だったけど。あんたたち?」


「おはよう。そうだ。俺たちが・・・いや、俺ともう一人が(※しっかり強調)雷で魔物を退治した」


「あんたじゃないでしょ」


 村の人の挨拶交じりの質問に答えた親方。ミレイオがさくっと刺して首を振る。親方はイラッとするが、これも無視した。村の人は雷で倒したと知って、目を丸くする。


「龍もいるし。そんなことして倒すんだね!もう普通じゃ戦えないよね」


「いや。偶々、今回はそうしただけだ。ここにいないが、仲間の中には知恵で圧勝する者もいる(※By心の妻)。誰でも魔物を倒せることを教える人だ。今、ここにいないのが残念だがな」


「そうなんだ。でも勇敢だね。それは見習わなきゃね。それで、どうなの?魔物はまだそこに死体があるの」


 村の人はたい肥場を見て、不安そうに訊く。親方はその心配がないことを教え、今日はたい肥が使えるかどうかを、確認しに来たと話した。妖精の騎士が倒れそうな呼吸をする。


「使えないかも知れないが。魔物がいなくなってどうかと思った。気になるだろ?」


「そうだね。ダメでも仕方ないよ。確認するなら、うちの苗一つあげようか?」


 横で聞いていたフォラヴは、すぐに止めた。『いけません。小さな苗も一生懸命生きています。私が確認を』そこまで言うと涙ぐむ。


 涙を浮かべる、貴公子のような男に止められて、村のおじさんもビックリしながら頷いた。『有難う。そんなに思ってくれて』しどろもどろになりながらも、そんなに苗を大切にしてくれるのかと、村の人たちは囁く(※フォラヴ肥やしイヤ)。



 そして一人のおじさんは、フォラヴが村の向こうで、土の色を戻していた様子を思い出し『このお兄さんだよ。土の汚れを、不思議な力で無くしてくれている人!』と大きな声で言う。


 フォラヴの2日間の取り組みは、村の外れから始めて、昨日の夕方には、村の中の土も浄化し始めていた。それを見ていた人たちは、彼が癒しの精霊なんじゃないかと話していた。


「そうか。あなたが。あの枯れた土を元通りにしてくれた精霊の人だったか。それで(※涙か、の意味)」


 おじさんたちの感謝の眼差しは、フォラヴに注がれる。フォラヴ、逃げ場を失う。引き攣りながらも懸命に微笑を浮かべ、数分後に待ち受ける、肥やしへの挑戦を覚悟した。



 こうして、親方はおじさんたちと一緒に肥やしを取りに行き、おじさんたちは直に触らないよう、その辺の板切れに肥やしを置いて、フォラヴの元へ戻った。


「直に触って良いと思わん。害があっては大変だ」


「そうだね。この肥やしも、お兄さんが使えるようにしてくれるのかな?」


 期待を込めて、青ざめるフォラヴに肥やしを差し出すおじさんたち。おじさんたちには、心優しい精霊の人が、痛んだ肥やしに悲しんでいるようにしか見えない。空色の瞳を涙に潤ませながら、フォラヴはごくりと唾を飲んで、ゆっくり頷いた。


「わ。分かりません・・・使えるように。なるのか・・・どうか。でも。やるだけ。やります」


 震える唇が、どうにか言葉を発しながら、フォラヴはミレイオに背中を支えられて、そー・・・っと、肥やしに手を伸ばす。

 指先どころか、手首丸ごとガクガク震え、眉も思いっきり寄って、顔も背けているが、両肩に手を置くミレイオに『頑張って』と励まされ、フォラヴは、肥やしにギリギリ触らない近さで手を止める。


 それからフォラヴの力が流れると、フォラヴは背けていた顔を肥やしに向け、あれ?と呟く。


「この肥やしは。無事ですよ」


 焦げ茶色の乾いた肥やしをじっと見つめ、もう一度手をかざすフォラヴ。やはり何も、歪んだものを感じない。毒でも魔性でもあれば、必ず自分の感覚が反応すると思うのに。ふと気がついたフォラヴは、ハッとしてたい肥場を見た。


 彼の動きに、ミレイオが『どうしたの?』と驚いて訊く。親方もザッカリアも、おじさんたちも、たい肥場を見て『何かあるの』の質問を口々に言う。フォラヴはたい肥場を見た後、視線を目の前の肥やしに戻した。


「臭いが。ないのです。たい肥なのに」


「ん。あ、そうだな。昨日はこんなもんじゃなかったのに」


 フォラヴの言葉に、親方も気がついた。言われてみれば、あの刺激臭は漂わない。ミレイオも(くす)ぶる臭いだけは強く感じていたが、それに紛れていると思っていた。ザッカリアは『最初からそんなに思わなかったよ』と言う。


「たい肥場に雷が落ちたからじゃないかな。燃えるわけじゃないけど、発酵が終わっちゃっただろうから」


 おじさんの言葉に、フォラヴはゆっくりと頷き『それにしても』思うことを続ける。


「臭いは。そうでしたか。そうですね。でも、それともまた違う・・・村の土を汚染した禍々しさが、ここにありません。毒もないでしょう。この肥やしには」


 おじさんたちの目が見開かれ、何人かが肥やしの別の場所から、また少し板に載せて運んでくる。


「これは?これも?」


 嫌だけど、最初の抵抗が消えたフォラヴは手をかざして、無事であると教える。『大丈夫です。使えますでしょう』妖精の騎士の言葉に、村の人たちは、信じられないといったように、互いを見合わせて笑った。

 これはどう?、こっちも大丈夫かなと、おじさんたちは他のたい肥の山から取った肥やしもお願いし、フォラヴは確認して、どれも無事であると答えた。


「使えるかもしれないって!試そう。俺のところの苗で」


「苗はまだ、危ないかもしれないだろう。側にある・・・ちょっと気になるが、あの小さな花はどうだ」



 親方はたい肥場の脇、後方に生える雑草の花を指差す。雑草の花は白く小さく、群生していて、村の人たちはそれを見て少し止まった。親方は彼らの表情が変わったので、何だと訊ねた。


「あの花だけが残ったのか。たい肥場を囲む草は枯れたのに」


「あれだけ増えたな。あんなには無かったと思うけど」


「これまで、あんなに増えたことも無かっただろう。他の雑草に紛れているくらいで」


 彼らの呟きに、親方とフォラヴは、つーっと視線を合わせる。『村の中・・・毒と共に生きる花』木の精霊が教えたその花はこれかと、二人はぴんと来た。


 フォラヴは、たい肥場の横を通って、白い小さな花を付ける雑草に進んだ。ミレイオは、フォラヴが自分から動いたので驚いたが、彼が何かをしようとしている気持ちが強いと分かり、黙って見つめる。



 妖精の騎士は小さな花々の側まで来て、その群生を前に暫くの間、動きを止めて見入った。


 『あなたたちは。その体に多くの毒を。これほど可愛らしいのに』呟くフォラヴは、白い花の存在に困惑する。

 小さな白い花は近くで見ると、さらに小さな花を集めたぼんぼんみたいな形で、ポコンとした白い頭が可愛い雑草。何も知らなければ、子供が摘みそうな花だった。


「でも。不思議ですね。あなた方の足元、その根の先の土。そこには、あなた方の持つ毒がありません。これはどういうことなのか」


 白い花に話しかけ、フォラヴがそのまま考えていると、親方が側に来て『何か気がついたのか』と花を見て言った。

 フォラヴは、この花は大量の毒を持っていることと、しかし、生えている土には毒がないことを教える。


「あのな。イーアンに昨日相談した時。イーアンがちょっと言っていたんだ。ここにサナギのような魔物がいたと、俺が話しただろ?その魔物が、たい肥に毒を入れていたと、イーアンは考えている。

 それでイーアンは、近くの林に害が出ていないから、目的は知らないが、周囲には拡散していないのではと」


「だとしますと。この花は拡散されていない毒素の、一番端っこの場所で、わざわざ数を増やして毒を受け入れたことになります。この花たちと同じ線上にいた植物は・・・ご覧下さい。皆、枯れています」


 フォラヴが教えるように、白い花の群生以外は、その線に他の植物が生きていない。そこから少し遠ざかると雑草は少しずつ広がって、林の木々も立つ場所なのだが。



 二人は、肥やしの山と、白い花の群生を交互に見てから、花の処分を考える。フォラヴが言うには、白い花は毒があるものの、根から毒を出していないことと、これ自体には魔性がないことから、この花は触らずにいてもと。


「でも。これは農家の方々が決めることです。私は何も言えません。触らなければ良いような気もしますけれど」


「そうだな。彼らに相談しよう」


 二人が林の木立近くにいる皆の元へ戻り、確認した白い花の状態と対処について伝えると、農家の人たちは『危ないなら片付けたい』と眉を寄せた。それは普通の反応だと思うので、フォラヴは口を出さなかった。


「とにかく。たい肥は使えそうか。いきなり苗で試すのもどうかと思うから、損失の少ない植物で試すと良いだろう」


 親方は、白い花で試すことが無理だと分かったので、他の雑草ではどうかと彼らに言ったが、彼らは『いずれにしても自分たちの栽培種に使うのだから』と、そこにこだわっていた。早くも信用している様子に、旅の一行は驚いた。


 それから、親方は農家のおじさんたちと、たい肥場の内側の山、昨晩にサナギの魔物がいたところへ向かい、大きく開いた穴を見せた。穴の中は黒ずみだけが残り、白い灰が僅かに穴の表面に付いていた。


 雷で焼き払ったのか、崩れたのか。自分も直接消えたところは見ていないと話し、親方はその魔物が、たい肥場の肥やしに毒を与えていたと思うことも説明した。


 気味悪そうに、大きな穴を覗き込むおじさんたちに、タンクラッドは『もう魔物はいない』と改めて伝えた。それはコルステインが保障してくれたのだ。



 一通り終わった後。農家のおじさんたちは帰り、4人は龍に乗る。フォラヴは土の浄化に向かうと言い、本当はもう少し滞在したい旨も、皆に伝えた。


「思ったよりも。範囲が広いので・・・今日でこの村に3日目ですが、後2日は残りたいと思います。難しいでしょうが」


「後で。ゆっくり話しましょ。今ここで決めることじゃないわ」


 ミレイオはフォラヴにそう言うと、お皿ちゃんに乗って、彼と彼の龍を送り出した。



 この後、3人は一度宿へ戻り、総長と待つシャンガマックに、状況の話をした。シャンガマックは、フォラヴの話を聞くと『もう少しいても良いような気がする』と答える。


「総長もこの状態です。次の村に移動するにしても、次も同じことをするのであれば、この村で出来るだけ、良い成果を出して次の村へ行った方が、経験が活かせるかも知れません」


「そういう考え方もあるな。宿泊費は村長が出したと、宿屋の主人も話していた。魔物は退治したが、これまでと訳が違う。最初に徹底的に付き合うと、同じようなことを迎えても楽かもな」


 思わぬ長引き方だが、こうしたこともあるだろうと、皆の中にも思う部分がある。


 入国して半月足らずだが、立ち寄る先々で魔物を倒す。民間の武器や戦い方の急ぎも、必要に感じる。フォラヴが戻ったら、滞在も考慮して、行動に無理がないよう伝えることにした。

お読み頂き有難うございます。

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