860. テルムゾの魔物 ~希望の試み
イーアンはタンクラッドに、馬車に乗せた材料で、金属の棒を20本くらい用意して、それをたい肥場を囲むようにして地面に突き刺すように教える。たい肥ではなく、その周囲の土に円に配置して長さの半分を差し込む。
それからコルステインにもう一度、たい肥場の真上、出来るだけ地面からの距離が近い幅で、雷を落としてもらってくれと頼んだ。
『たい肥場の周囲の林が無事であることから、そのサナギは地中の周囲に、毒素なり何なり、拡散していなかったと思います。真上の肥やしの山にだけ、毒を出したのかもしれません。理由は知りませんが。
とにかく、そのサナギの死体が、どこまで生煮えかに寄りますから、もう一度行いましょう』
『それでどうなるんだ。土から毒が消えるわけじゃないだろ?サナギはもう死んでいると』
『そうです。コルステインが倒した、と言ったなら、それは倒されています。今、私は死んだ具合を話しているのです。それが私の思う毒の塊なら、そいつで実験出来る上に、村中の土を早くどうにか出来るかの可能性も見えてくるのです』
『俺が金属棒を差し込んで、コルステインが雷を落とすことによってか?』
そうです、とイーアンは答える。
『あなたは私の説明を、例え一度も目にしたことがなくても、常に確実に叶えてくれました(※燻製箱&箸=イーアン・ドラマチック解説)。今回も、私の想像していることを、一分の狂いもなく叶えて下さいます』
親方は胸を打たれる。じーん・・・・・ イーアン・・・お前って。何て素敵なんだ。『俺はお前が本当に好きだ』つい、しみじみ伝えると。イーアンは『それは良いので』と切る(※冷たい)。
『それとですね。今日倒した2頭の魔物。ミンティンが凍らせた、あれ。そちらにも直に、雷を落としてもらって下さい。周囲に何もないのであれば、良いですが。感電・・・えー。側にいますと危険ですから、人や家畜がいないことを確認して、極力魔物だけに』
『そうなのか。分かった。そう伝えておく』
『宜しくお願いしますね。では。明日また結果を教えて下さい。
コルステインが雷を落とした後、明るくなったら肥やしを調べて下さい。植物に、微量で良いから、肥やしを与えてみるのです。植物が犠牲になるので、微量ですよ。具合が悪くなったら大変』
『それ、今思いついたんだが。フォラヴに確認させられんか?あいつなら、土がどうなったか、感覚で知るような(※肥やしが言語道断なの忘れてる)』
ああそうだった、とイーアンも頷く。それならフォラヴにお願いして、肥やしの土の変化を聞いて下さい・・・と、なり。
通信を切ったタンクラッドは、やる気満々。『よし。イーアンが俺に頼んだ以上、あいつが大喜びする結果を出してやろう(※親方は金属棒差すだけ)』親方はコルステインに、今の話を聞かせ、一度二人で宿へ戻った。
それから馬車に積んでいた材料の中から、1m超の金属棒を20本ほど出し、それを持って再び、たい肥場へ向かう。
途中、飛ぶコルステインを見かけた村人は何人かいたが、龍がいたとか、退治がどうとか、言われているのもあって、そこまで騒がれなかった。
たい肥場に着いた親方は、たい肥の山から少し距離を取った地面に、様子を見ながら、20本の金属棒を順々に差し込む。
その棒が何を目的にしているのか、それはよく分からなかったが、言われたように実行する。『何せ。俺はイーアンの思うことを、寸分違わず叶えているんだからな(※嬉)』ちょっとニヤニヤしながら、親方は金属棒を全て差し込み、終わるとコルステインに雷をお願いした。
『コルステイン。雷。する。タンクラッド。離れる。する』
あっち行ってて、と林を指差されたので、タンクラッドは小走りに急いで避難。『出来るだけ地面に近い場所な』確認すると、コルステインは頷き、翼を広げて浮かび上がって、たい肥の山の頂上近くで両腕を上げた。
紫と白の混じる閃光が暗闇に輝き、コルステインの体が一瞬の影に映った時、土砂降りのような勢いで、数え切れない紫電がその一帯を襲った。タンクラッドが差した金属棒に、引き寄せられた何十本もの雷が、その場を包む真紫の光のテントの如く見せる。
タンクラッドは、二度目の落雷の迫力に鳥肌が立つ。すぐにガラガラガラガラ、空気も振動させる雷鳴が、耳を破るほどの大音量で響いた。
恐怖と言うのか、畏怖と言うのか。偉大な存在に圧倒されるタンクラッド。人間が敵うわけもない、絶対的な存在なんだと魂の奥で感じる。
その後、辺りが暗くなって、コルステインはタンクラッドの元に戻った。それは長い時間に思えたが、実にほんの数秒で、ニコリと笑うコルステインは、雷を操る畏怖の存在ではなく、いつものカワイイ顔のコルステインだった。
『お前は。本当に凄い。素晴らしい存在だ。俺はお前と会えて、最高に幸せだ』
『タンクラッド。好き。コルステイン。大事。する。お前。ずっと。好き。守る。する』
肥やしの燻ぶる臭いの中で、二人はお互いを見詰め合って笑顔。コルステインはタンクラッドをぎゅっと抱き締め、それから青い霧で包んで、片腕に抱える。
また同じように、サナギのあった真上に飛んで様子を見せ『ない。もう』と地面に開いた穴を示した。
『本当だ。あのサナギ。いないじゃないか。崩れたのか』
雷で黒コゲかと思ったら、もうそこにいなかった。ここは完了と判断した親方は、コルステインに次の仕事~魔物の死体に雷~をお願いする。
その前に。『村にまだこんなのが居たらたまらん。ぐるっと飛んでくれるか。もし魔物の気配があれば倒そう』コルステインに、南北の現場に行く前の調査をお願いし、二人は村の上、夜空をくるーっと飛んだ。
結論。『ない。魔物。ない』らしいので、コルステインが言うなら大丈夫。
そのまま、コルステインに抱えられて、午後に倒した(←ミンティンが)魔物の場所へ案内し『あれだ。あれにだけ、雷を使えるか?』指差して聞いてみると、コルステインは頷く。すぐにタンクラッドを青い霧で包み直し、彼を見て『お前。一緒』そう言った。
何だって?親方がその意味を聞こうとするより早く、コルステインは空いている方の腕を伸ばし、魔物めがけて放電。真横で、ガンッ!と殴るような音がしたと思ったら、ほぼ同時に、バリバリバリバリ轟音が響き、親方は失禁するかと思った。
魔物に向けたコルステインの顔が、白紫の閃光に縁取られ、その壮絶な力の持ち主の顔に、親方は3度目の感動に震える(※失禁はしなかった)。
『終わる。した。良い?』
終わったけどあれで良いのか、と訊ねるコルステイン。親方、感動のあまり、コルステインの頭を抱えて、初・頬ちゅーをした。コルステインきょとん。
でも何やら新しい喜びだと分かり、嬉しそうに笑顔を向けた。顔が近い、それも嬉しい。
『本当に。本当に。コルステインは凄い。俺は感動する。何てお前は凄いんだ。後もう一つあるんだ』
『分かる。行く。する。コルステイン。タンクラッド。とても。好き。嬉しい』
ちゅーっとされたことに機嫌良いコルステインは、タンクラッドの顔をじっと見て、同じように頬に口を付けた。だからどう、というのは分からないが、同じことをしたら喜ぶと思った。
生まれて初めて、ちゅーっとされても、コルステインにはナデナデとあまり変わらない。
でもタンクラッドは。コルステインに頬ちゅーをしてもらって、気恥ずかしいし、何かこう・・・芽生える嬉しさを感じていた(※47才♂)。
タンクラッドが照れている笑顔で、それが嬉しそうだったので、コルステインは良かったと思う。それから、もう一頭の魔物に案内してもらい、同じようにして雷を放ち、二人は宿へ帰った。
宿に戻って馬車の横にベッドを出すと、コルステインに待ってもらい、親方は皆に報告へ行った。
総長の部屋に入ると皆が集まっていて、フォラヴも戻っていた。
「凄い臭いです。何かを燃やしましたか」
眉を寄せたフォラヴは、火事でもあったのかと心配する。親方は少し驚いた。肥やしの山の燻ぶる臭いじゃないのかと思う。
「そうね。何が燃えたの?大丈夫なの」
ミレイオも異様に煙臭いと言う。何が燃えたかは言わない方が良さそうなので、とりあえず『大丈夫』とだけ答え、扉に近い場所に座る。
それから何があったかを話し、嫌そうなフォラヴに苦笑いしながら、タンクラッドはコルステインと、イーアンの助言を実行したまでを伝えた。
「凄いことがあったんですね。それじゃ、あ。俺、もう役場の人いないかもしれないけれど、一応言いに行って来ます。朝方、驚いて騒がれても困るんで」
「大丈夫だろう。魔物退治って、言ってあるんだから。どっちみち、朝が来たら確認しろと、イーアンに言われてるんだ。土の変化を」
立ち上がりかけたシャンガマックを座らせ、タンクラッドはそう言うと、フォラヴを見た。
フォラヴはただでさえ疲労している状態で、さらに肥やしチェックを求められていると理解すると、見て分かるほどのグッタリさを表し、ものすごーく嫌がった。言い訳を沢山して、どうにか勘弁してと願う、妖精の騎士。親方も気の毒だと思うが、大切なことも伝える。
「お前しかいないんだ。イーアンは、植物を犠牲にして肥やしの安全性を見ることに、懸念していた」
「う・・・うう、そう。そのとおりです・・・イーアン。あなたは草一本にまで優しい。でも。私は、私は」
泣きそうなフォラヴに、ミレイオが心から同情する。背中を撫でて顔を覗きこみ、自分も一緒について行ってあげる(※最大限の優しさ)と励ました。
ミレイオの手を握り、よよよと頭を寄せて、ミレイオの胸ですすり泣くフォラヴ(※肥やしイヤ)。本気で嫌がっている様子が、可哀想でならないミレイオは、彼を抱き寄せてよしよししてやった。
そんなことで。とにかく魔物退治の一日は終了し、包んでもらっていた食事を一気に食べ終わると、親方はコルステインが待っているからと、皆を部屋から出した。
今日も、ドルドレンの頭の中に、コルステインを送り込む。外にいるコルステインを呼び、様子を見てきてもらったが。
昨日よりも早く戻ったコルステインが言うには『ドルドレン。まだ。分かる。ない』だった。
細かく訊いてみると、どうやら昨日よりは前進したようだったが、どうにも引っかかっている部分が否めなかった。それは、他人の目には映るが、本人がそう捉えないようにしている以上は、本当の理由に辿り着けない部分。
『明日また。お前に入ってもらう時に、俺の言葉を伝えてくれ』
タンクラッドは、コルステインに伝言を頼むことにした。
自分探しに手こずるドルドレン。もし、本音まで到着を果たしても、もう一つ裏に、壁があった場合、彼一人の経験を探っただけでは、その壁を見つけることも出来ない。
「案外。それだけが問題の根源って、話もありそうだけどな」
親方は呟く。それから、シャンガマックとミレイオに状態を話すと、優しいコルステインと馬車へ戻り、お休みの挨拶をしてから眠りについた。
コルステインもタンクラッドを抱え込み、空を見る。青い瞳が夜空を見つめ、二つのことを思う。イーアンが早く帰って来ると良いなと思うこと。それと、ドルドレンが早く、自分で生きると良いなと思った。
*****
「イーアン。もう寝るか」
「そうですね。もう連絡もないでしょうから」
イヌァエル・テレンの卵部屋でも、おじいちゃんとイーアンは寝支度。といっても、寝転がるだけ。おじいちゃんは大きくて邪魔なので、出来れば帰ってもらいたいのだが、なぜか居続けている。
卵ちゃんたちと赤ちゃんたちも、寝る時間だが。元気な赤ちゃんたちは寝やしないので、出来るだけ赤ちゃんは子供部屋に移動させ、卵ちゃんだらけにして眠る。それでも眠っている間に孵ると、眠い目をこすりながらあやす日々。
「俺の腕の中にいろ。少しは落ち着いて眠れるだろう」
横になるビルガメスはイーアンに腕を伸ばし、自分の胴体の前にイーアンの背中を寄せる。おじいちゃんが簡易タープ代わりなのだが、おじいちゃんも登られてグラグラするので、あまり意味は無い気もする(※動くから落ち着かない)。
「ビルガメスだけでも、家に戻って眠られては」
「そうもいかんだろう。毎日全部、卵が孵ってるんだから。ここで抜けるわけにいかん」
「相当な赤ちゃんたちですよ。一気に人数が増えました」
ハハハと笑う二人は、卵ちゃんたちに囲まれて眠りにつく。夜は月明かりに照らされる室内。おじいちゃんは発光しているので、ぼんやり明るい。卵ちゃんたちもぼんやり明るい。イーアンの角も(※角だけ)ほの白く光る。
龍気の満ちる中、静かな時間が訪れ、イーアンは眠る前に、地上の魔物のことを考えた。
――コルステインが電気を使える。それがどれほど、助かるか。
イーアンが親方に、コルステインが雷を使ったと聞いた時、それが出口に思えた。
接地・・・アースは金属棒を地中に差して、アースを差し込んだ円の中心にコルステインが来て、地面に近い場所から雷を落としてくれたら。
コルステインと地面までの間に、火花放電が起こる。これだけで、その範囲の表面殺菌も出来る。放電電流は土壌中に広がって、高電界強度域を作る。イーアンの予想する毒の種類、もし本当に重金属だとすれば、土壌中の重金属は電気分解法が使えるはずなのだ。
雷の電圧を付加すると、土壌の水の電気分解が起こる。酸性化と、電気浸透流によって移動する、汚染物質の浄化が出来る、はず(※何かの科学雑誌で読んだ)。
全部じゃないだろうし、特定有害物質に反応する対処なんだと思うが、それにしたって残留が10%以上とはいえ、うんと減らせる浄化方法なのだ(※これは地質調査のセミナーで見た)。
あの植物。雑草ちゃんがヒントだった。重金属含有率の高い地域で生息する種類。同じじゃないんだろうが、植物本体に高濃度の重金属を溜める。わざわざ吸収する方に根を伸ばすのだ。
スタンレヤ・ピナータという名前の、背の高い植物は有名。10年以上前に読んだ記事で、凄いこと考えるな、と思ったことがある。
こうした植物は、ハイパー・アキュミレイター植物と呼ばれていて、この植物の使い道が、重金属を土壌中から吸い上げる、ファイトレメディエーションという環境浄化手法。
汚染土壌で栽培し、重金属を吸い上げてから刈り取って、また栽培して吸い上げる。それを繰り返すというのだ。
土の入れ替えも無く、コストもかからず、エネルギーも控えられる。ただ、刈り取った植物は燃やしちゃダメだろうし(※危険)処理をどうすんだろう、とイーアンは記事を読んでいて思ったのだ。何かきっと、良い方法があるのだろうが、記事にはそこまで書いていなかった(※残念)。
ということで。
イーアンは、雑草ちゃん二種類は、もしかすると奥の手で使えるのではと思っている。
だがそれよりも、村が植物栽培を収入源としているのであれば、そっちを回復するのが必須で、そうなれば、そこら中にハイパー・アキュミレイター植物を植えるわけにも行かないだろうし・・・どうしようかと考えていた。
手がかりは金属じゃないか、と思う部分だったので、もう一つ期待していることがある。それはミンティンで気がついたのだ。ミンティンは、魔物退治に地震レベルの振動を起こした。あの仔の地震は短かったが、この前のテイワグナの地震は連発で振動も大きく、もっと長かった。
あの辺りは鉱脈があると思う。ブガドゥムは金属を採石で集めていた。温泉も沢山あった。今、皆がいる場所はなだらかかも知れないが、大きな範囲で見れば、まだ山脈の影響を受けた地域だ。
もしかすると、近くに山があったのではと思ったが、それはないことを聞いた。となれば『地下ですよ』ひっそり呟くイーアン。空洞が近くにある可能性があるのだ。
魔物は、その土地の何かを影響させた体の場合が多い。これまでの経験上、そうではないかと思う。今回は金属を含んでいた。
その、毒素を吸い上げていると思われた二種の植物は、ある金属を連想させた。それぞれ植物の種類が異なるが、どちらも重金属を蓄積するタイプの植物に類似している。親方は『イオライにも群生している種類と似ている』とも話していた。イオライ山間部は金属産出地域なのだ。
これらも併せて考えると。教えてもらった魔物の情報から想像したのが、金属を溜めこんだ地盤が近いこと。
地震で急激な圧力低下が空洞内で生じれば、液体中に溶解していた金属粒子が、凝固する可能性があるのだ。凝固して固体化するなら、採掘出来る。
イーアンは希望を持つ。もしかすると。使い良い金属を採掘することが出来たなら。また別の収入源を作れるかも知れない。
『採掘時に出た残土は、ミンティンの作った穴に入れてもらえばね』そんなことを思いながら、イーアンは温かなおじいちゃんの腕の中でウトウトし始める。
皆が無事、魔物も退治して、村の状況にも回復の兆候が見える働きかけが出来ますように。今は身動き取れないイーアンは、ひたすらお祈りし続けて眠りについた。
お読み頂き有難うございます。




