859. テルムゾの魔物退治 ~コルステインの紫電
宿に戻った親方は、ミレイオが真っ先に風呂に入ったと知り、大振りな溜め息。自分の服の臭いも気になったが、何はともあれ、シャンガマックに報告に行った。
部屋からは音楽が聞こえ、扉を開けると二人は総長を見守るように座っていて、帰ってきた親方に笑顔を向ける。でも、すぐに真顔に戻ったザッカリアが『何の臭い』と小さい声で褐色の騎士に訊いた。親方ショック。
「その。あれだな、ちょっと風呂に入ってくる。それから話をするから。ミレイオがもうじき来るだろう」
部屋に入る前にそう言うと、背中の剣を下ろして、親方も馬車に着替えを取りに行った。そんなに臭っているとは。風呂へ向かうと、入れ違いでミレイオ。ちらっと見られて『洗濯物。預けなさい』と言われた。
それには答えず、そのまま横をすり抜けて親方も風呂へ入り、髪の毛など臭いが付いていそうな場所は懸命に洗った。
風呂から上がって、ようやく報告。シャンガマックの待つ部屋へ行くと、ミレイオがもういて『大体話した』とのこと。洗濯物は床に置けと、腕に抱えた服を指差して言われ、臭いに嫌そうな顔をされた。
「タンクラッドさんとコルステインで、夜に行くんですか」
親方が床に服を置き、椅子に掛けると、すぐにシャンガマックが心配そうに訊ねる。そういうことになったのか、とミレイオを見たが、ミレイオはつーん。
「そうみたいだな。ミレイオの話では」
「何よ。コルステイン一人に任せたって良いのよ。それじゃあんたが嫌だろうから」
「コルステイン一人に、やらせられるわけないだろう!お前は人情もないのか」
「バカねぇ。コルステインは気にしないわよ。あんたが、のめり込んじゃってるだけでしょ」
言い合いを聞いていると、何やら、二人の間ではすれ違いがあったのかと、シャンガマックとザッカリアは気がつく。
コルステインを大事にしているタンクラッドには、場所が場所だけに『頼むよ』と言えないものがあるのだ、とそれは分かった。
とはいえ。この後も話し合った末、堂々巡りで詰まる所は、コルステインに頼るしかない話だった。
「例え。ただの土の山でも、ですよ。重さもありますから、人力の範囲で調べたり何なりは、時間も手数もかかります。たい肥は、使い物にならないかも知れないとは言え、村の人たちの所有ですから、適当に扱うことも出来ないし」
シャンガマックは、コルステインに頼むことを、適役とまでは言わないものの、自分たちが行うには日数も手数もかかり過ぎると思う。それを丁寧にタンクラッドに伝えると、タンクラッドも最後に折れた。
そうしたことで、夜。タンクラッドとコルステインの二人で、たい肥場へ向かうことに決定する。シャンガマックは、夜間のたい肥場を調べることを、村長に話しておこうと言った。
「ちょっと行って来ます。役場はそこですから、歩いても10分くらいです。一応、話だけでも通しておいた方が良いから」
褐色の騎士はそう言うと、皆に総長を任せて部屋を出て行った。残った3人は、ドルドレンを何となく眺めながら、魔物の話をぽつりぽつり交わし、ザッカリアも弦を鳴らしては、魔物退治の後の心配を口にした。
そう。無事に退治出来たとしても。その続きがある。土をどうにかしないといけない。フォラヴ一人が努力して済む規模ではないし、ミレイオの消滅させる力でも、消滅対象が限定せず、汚染を取り除くには範囲が広過ぎる。
どうしたものかと、話題はそこに留まり、話している間にシャンガマックも戻ってきて、皆は夜が来るのを待った。
食事はミレイオとザッカリアが一緒、フォラヴ、シャンガマック、親方の分はお持ち帰り。それを決める頃には夕闇も迫る。親方はそろそろと思い、立ち上がって表へ出た。
背中に背負った剣を、使うのかどうか。コルステインがいるなら、自分の出番もなさそうだが『何でも任せるわけにいかん』頼むのだって嫌なのに、剣さえ持たないなんて、とんでもない。
「嫌だな。あいつに頼むのか。可哀想だ。皆が嫌なことをさせるなんて(※シャンガマックどうした)」
親方は何度も溜め息をついて、首を振り振り。頭をぶんぶん振り振り。たい肥場へ歩きながら『コルステインに何て言おう』と悩み続けた。
林を抜ける頃には、人影もなく、たい肥場が黒い影に変わって親方を待っていた(※待ってない)。『気が重い』特大の溜め息を吐き出し、タンクラッドはコルステインを呼ぶ。
呼んですぐに青い霧がふわふわ、向こうの空から近づいてきて、タンクラッドの側まで来て、翼のある人型に変わる。にっこり笑うコルステイン。何も知らないカワイイ顔なだけに、親方の胸は張り裂けそうだった(※大げさ)。
『タンクラッド。何。ここ。どう?』
ここは何の用で来たのか、とコルステインは周囲を見る。親方はそっとコルステインに抱きついて『すまんな。お前に頼みがある』小さな声で呟く。抱きついたタンクラッドの様子が気になり、コルステインは体を少し離して、顔を覗く。
『タンクラッド。困る。する。何?』
『ごめんな。あの、あれだ・・・前のあの山。あれに魔物がいるかもしれないと。それを倒さないといけないんだが』
あれはクサイ・・・そう言えない。心が痛むタンクラッドが指差した先を見つめる、青い瞳。何度か瞬きして、うん、と頷いた。『魔物。いる。そう。でも。下』コルステインは、何てことなさそうに教える。
それからタンクラッドの体をちょっと離して、鳥の指で鍵爪をたい肥の山の下に向けて、タンクラッドに話す。
『魔物。動く。ない。コルステイン。倒す』
『良いのか?あれ、汚いんだ。俺が出来れば良いんだが』
『大丈夫。汚い。何?コルステイン。魔物。倒す。お前。ここ。いる』
ニコッと笑ったコルステインは、タンクラッドの顔を鍵爪の背でナデナデすると、ゆっくり体を離して、たい肥の山に歩き始めた。ハッとしてタンクラッドは追いかけ『ちょっと待ってくれ』とお願いする。
振り向いたコルステインに、魔物を静かに、毒じゃない方法で倒したいと相談する。コルステインは、詳しく聞きたがったので、親方はたい肥を指差して『あれは本当は、村の人間が大切にしているんだ』と話した。
『だけどな。魔物が毒で、大切な土を壊した。だから土を綺麗にしたかったんだが、それが出来なくて困っている。
そのうち綺麗にするために、あの土の山は崩したくないんだ。毒も使えない。どうしたら良いだろうな』
長いけれど、通じたかなと思うと、よーく考えた様子のコルステイン。うん、と頷く。
『分かる。魔物。悪い。した。土。壊れる。した。・・・でも。あれ。大事。毒。使う。ない。そう?』
『そうだ。そうなんだけど。お前に出来るか?』
大丈夫、と微笑んだコルステイン。タンクラッドに待っているようにもう一度言い、コルステインは黒い翼を広げ、たい肥の山の上に飛んだ。
何をする気だろうと見ていると、たい肥の山のすぐ上で、コルステインは両腕を広げる。次の瞬間、タンクラッドは目を疑った。
夜空に浮かぶコルステインの黒い影が一瞬、真紫の光に包まれたと思ったら、コルステインの体から、紫色の雷が何百と放たれて、たい肥に降り注いだのだ。すぐ後に、ガラガラガラと雷鳴が追いかけるように辺りに轟き、光は消えた。
周囲に焦げる臭いと、たい肥から煙が立ち上がる中、コルステインは、驚いているタンクラッドの元に戻る。
『お前は。何て力を持つんだ。何て素晴らしい存在だ』
感動どころか。畏怖に近い思いを受けたタンクラッドは、壮大なコルステインに、笑いながら腕を伸ばす。嬉しそうなコルステインもそっと抱き寄せて『コルステイン。出来た。魔物。倒す。した』と完了報告。
抱き寄せられたタンクラッド。そうだった、魔物退治してもらったんだ、と思い出す(※感動で忘れてた)。
『そうだ。魔物。あれ、どこにいたんだ。お前は下にいると言っていたが。あの山の下か?土の中なのか』
『タンクラッド。見る。する?』
えっ・・・あの強烈に蒸した臭いの中に行くのか、と怯むが、コルステインが頑張ってくれたのだから、と思い直して(※頑張ってない)行く、と頷く。
『臭い。何?嫌?どう』
思ったことが筒抜け親方。臭いって何か、それが嫌なのか、どうするのと訊かれ、説明に悩む。
コルステインは勘を働かせ、タンクラッドはもしかして、あそこで息が出来ないのかと訊ねてみると『そんなところだ』と言うので、青い霧に包んであげた。
『お前は、何て優しいんだ。こんなことも出来るのか』
親方は、大津波戦の時の総長を連れたコルステインのことを思い出し、青い霧は水の中でもどこでも外気から遮断していると理解した。
『タンクラッド。大丈夫。息。する。行く?』
青い霧に包んで、片腕に抱えたタンクラッドにもう一度訊くと、今度は行くと言う。コルステインも了解して、一緒にたい肥の上に飛んだ。
たい肥場の上から見た状態に、タンクラッドは目を丸くする。『何でこんな場所に』驚いて周囲を見渡す。
詰まれた幾つものたい肥の山。外側の山を残し、中央にあった山は壊れていた。落雷で壊れたわけではなさそうだが、壊れた奥・・・つまり、地面の下に大きな黒く燻ぶる塊が見える。それはよく目を凝らして見れば、幼虫のようだった。サナギに似た、手足を縮めた幼虫が、そのまま炭化している。
「こんなデカイ虫なんかいないぞ。何でこんな場所に、こんな・・・これも魔物」
呟くタンクラッドの言葉が聞こえないコルステインは、彼が何かを感じているので、頭に話しかける。
『タンクラッド。これ。魔物。何?変?』
『そうだな。変な形だ。これはもう、死んでいるんだろ?土はどうなったんだろう』
『うーん。魔物。死ぬ。する。でも。コルステイン。土。分かる。ない』
コルステインには土の状態までは分からない。魔物は死んでいるようだから、それは完了にしても。タンクラッドは、コルステインに先ほどの林に戻ってもらい、イーアンとここで話してみると伝えた。
「俺の連絡珠でも出るのかな。あいつ、ドルドレンのじゃないと出ない気がする」
自分の連絡珠を持っているのだが、何となく使いにくい雰囲気だったので、ザッカリアが預かるドルドレンの連絡珠を使っていたのだが。そんな心配は要らず、呼んだらすぐに応答してくれた。
『イーアン。俺だ』
『ええ。タンクラッドの珠ですから。何で使わないのかなと思っていましたが』
『まぁ、それは良い。状況報告だ。今、コルステインが倒した魔物がいる。お前が話したように、南北の魔物を繋ぐ線を、村の中に探した結果、一つ奇妙な場所があった。
それは、たい肥場だったんだが、ここの地面はまだ汚染されていないのに、たい肥自体は毒素でもあったのか、村人が使用したら作物が枯れたという。
それでコルステインに頼んで、たい肥場を調べてもらうと、たい肥場の地面の下に魔物がいると分かった』
『ふむふむ。面白い。いえ、深刻なのに面白がってはいけない。それで』
『コルステインに、たい肥をそのうち、綺麗にして使いたいから、壊さず、毒も用いず、魔物を倒したいと相談したら、彼女は雷を落とした』
イーアン。ここで、全然関係ないが、親方が『彼女』とコルステインを呼んだことに反応。でも聞き直したら照れそうだから、黙っておくことにする。
『雷・・・それはまた凄まじいことを。さすがコルステイン』
『そうだろ?凄いんだ。本当に凄いヤツだ。お前にも見せたかった。真紫の光が、たい肥場に降り注いで、あっという間に魔物が死んだ。
倒したのを見せてくれたが、それがな。何だか幼虫みたいなんだ。形がサナギのようで。でもデカイんだぞ。とんでもないデカさの塊で。真っ黒だが』
『何と。サナギ?それが、肥やしに毒を媒介していたのでしょうか』
『分からんが、そうとしか思えんだろう。たい肥の山の真下だからな。コルステインは倒す前、魔物は動かないと話していた。だから身動き一つ取らないサナギと』
イーアンは少し待ってもらい、思いつく限りのことをまとめる。
レンコン・ジャガイモどころか、冬虫夏草だ、そりゃ、と思う。冬虫夏草は確か菌だったような・・・でも、深く考えるのは止めて。とにかく、そこにいたのは巨大なサナギ。
養分扱いなのか。もしくは真逆の扱いで、毒の塊の虫をそこに置いた媒介なのか。
とにかく。今すぐ思いつく次の行動は二つ。
『タンクラッド。コルステインはそこにいますね。お願いして、村中、飛んでもらって下さい。それでまだ魔物の気配があるかどうか、調べて頂いて。コルステインが、ないと判断すれば大丈夫です』
『分かった。この後そうする。他にあるか。サナギの死体はどうする』
『それが問題ですよ。村の方が見たら腰を抜かします。対処も難しい。雷を落としたのですものね・・・あ。あ!電流!電流か!』
イーアンが何かに気がついたように、声を上げる(※頭の中だけど)。タンクラッドも何かと期待に胸を膨らます。こんな時は大体、イーアンは面白いことを言う。
『どうした。何だ、言ってみろ』
『電流ですよ。って、知らないか。電気が流れることを言います。電流と言うの。それですよ。良いですか、イケると思うんだけど・・・よく聞いて下さい。コルステインがいる夜の間に実行します』
イーアンが思いついたのは、土の浄化。もし金属を含む土なら、燃やしてはマズイが、電気なら分解出来る。
電気を作り出せない世界だから、電気に関わる方法はこれまで却下してきたが、ここへ来て、コルステインという素晴らしい存在に出逢えたことを、今日改めて感謝した。
お読み頂き有難うございます。




