857. テルムゾの魔物退治 ~龍にお任せ
「こっちも同じだな。本当によく当たる」
大した人だ、イーアン・・・褐色の騎士は龍の背で呟く。
村の北側、やはり離れた場所に、色の変わり始めた箇所があり、近づいて見てみると、同じような大きさで花があった。色も違うし、形も違うが、花に違いないと思える。
周囲を見渡すと、色の変化のある場所の向こうに、昨日見た遺跡がある。『こっちだったのか』視線を動かせば、自分たちが通った道も見える。フォラヴが気がついたのは、この辺りからだったと思い出す。
「彼はすぐに気がついた。彼を呼ぶ声が聞こえたんだろう」
こちら側の土は、赤と言っても朱色に近く、橙色がかったような変色だった。村の北側は一見すると、だだっ広い草原で、山はない。緩やかに隆起する丘と言えそうなものくらい。遺跡に描かれた『山』は何を示しているのかと、シャンガマックはふと思った。
しかし、今は遺跡ではない。報告を急がねばならず、龍と一緒に村の中、人のいない場所まで戻った。
人目につかないように降りて龍を一度帰し、シャンガマックは宿に急いだ。宿に入ると、タンクラッドが総長のベッドの横に椅子を置いて座り、うつらうつらしていた(※午睡)。
「タンクラッドさん。お疲れ様です。戻りました」
「おお、バニザット。お帰り、戻ったか。どうだった」
「ミレイオたちはどこですか?皆に」
「店だ、まだ。先に俺に食事を運んでから、ミレイオとザッカリアは店で食べている。フォラヴは出かけた」
そうか、と了解し、シャンガマックは先に報告をする。皆に一度に言えれば楽だが、タンクラッドに話しておけば大丈夫と思い、南も北も見てきて、魔物の様子や何を感じたのかを伝えた。
「それ。どうやって退治するんだ。お前は何か知っているか」
「いえ。特には。近づくと危険ですから、イーアンが言っていたようにミンティンに任せてしまっても」
「戦う必要がない場合もあるからな。下手に戦って怪我をしたり、被害を広げるくらいなら、龍に頼んだ方がよほど良い場合もある」
騎士ではないタンクラッドの意見に、何が何でも剣で戦おうとする騎士修道会の感覚が、和らぐシャンガマック。こうした経験が、自分に幅を持たせる気がした。イーアンはいつもそうだったのだ。
意表を突くばかりではなく、その意表は肉弾戦を避ける目的を重視していた。彼女が騎士ではないからこそ、戦法の力点が、自分たち騎士の動きと大きく違ったのは驚きでもあり、新鮮で印象的だった。
シャンガマックは、タンクラッドに『自分もそう思う』と伝え、ここは龍に頼んで終わらせようと二人は決めた。
「イーアンがな。この後が厄介だと言っていたんだ。恐らく、フォラヴが取り組んでいる部分だ。後始末だな」
「俺も心配です。魔物を倒して、土を戻して。せめてそれくらいはと思います。魔物を退治したら、精霊に聞いてみますが、土を戻したところで・・・戻さないよりは良いですが。村人の収入が」
酷い状態を思い出し、シャンガマックはそれ以上言わなかった。親方も察して『イーアンにも相談するから』と励ました。
親方も、自営業の大変さはよく分かる。それも生産物を収入源とする場合は、自然に大きく左右されるので、今回の村は実に気の毒だった。
「ただいま・・・あら。シャンガマック。早かったじゃないの。何か分かった?」
「俺、おまけしてもらったよ。肉ね、焼いてもらったの」
ミレイオとザッカリアが扉を開けて、気楽そうに入ってきた。シャンガマックはこれからお昼。報告内容をざっくり伝え、タンクラッドに話したように『今回は龍が良いかも』と付け加えた。
「あ。そう。じゃ、そうしましょ。行くわよ」
さらっと了解したミレイオは、子供の背中を押して『人のいないところで龍呼ぶわよ』と教えて、タンクラッドをちらっと見ると『早く』と急かして廊下に消えた。
「じゃ。行くかな。終わったら戻るから。今回は回収も何もなさそうだし、行ってくる」
「はい。気をつけて」
親方が剣帯を背負って出かける背中を見送り、シャンガマックはお昼を買いに行った。ドルドレンはピクリとも動かず、そして有難いことに皆の心配は起こっていなかった(※お漏らし)。
ミレイオはお皿ちゃんで、親方と子供は龍を呼ぶ。すぐに龍が来て、ちょっと村人に見られて驚かれたものの『凄い、本物』の感想を聞き、やはり大丈夫なんだと理解した。
「テイワグナは楽ねぇ」
お皿ちゃんに乗って浮かんだミレイオは、人の反応に感心する。『どこもこうだと良いんだが』親方が同意しながらザッカリアと龍を浮上させると、3人は南を目指して飛んだ。
村は敷地が広いので、方向を確認して、シャンガマックの教えてくれた場所へ反れないよう、ゆっくり飛び続ける。
とはいえ。2~3分もする頃には村の敷地はとうに後にし、目の前に、色の変わった枯れた土地が見えてきた。
「見てよ。全然、色が違うじゃないの。気持ち悪いわ」
「酷いな。想像以上に酷い。こんな範囲で浄化出来るんだろうか」
「怖い色だよ。これ、取らないと皆死んじゃうよ。動物も死んじゃう。虫も」
どうにか出来るのかしら、とミレイオも呟く。『こんな色の土、自然だったらまぁ。見たこともあるんだけど。急にこうなるってなると、本当に汚された感じね』ヨライデの崖などに、同じような色があると教えるミレイオは、『自然と全然違う』そのことに嫌そうだった。
「早く呼びましょう。ミンティン。一度降りる?」
「そうだな・・・離れた場所に降りるか。お前たちは乗ったままでいろ。バーハラー。ミンティンを呼ぶから、ミレイオを乗せても」
ええっ? 燻し黄金色の龍はちょろっと刺青パンクを見る。ミレイオは龍の仕草に眉を寄せる。
『何よ。嫌だっての』乗っても良さそうじゃないのよとぼやくと、仕方ないなといった顔をして、つーん・・・笑う親方は『フォラヴの龍も、ミレイオを乗せたぞ。乗せていてくれ』と頼んだ。
「すごくヤな感じ。あんたそっくり」
「そういうことを言うな。バーハラーは誇り高いんだ」
余計ムカつくと舌打ちするミレイオは、面倒そうに首を回す龍に移って『落としたらタダじゃおかないわよ』と呟く。龍は無視(※オカマのいうことなんか知らない⇒龍は男らしいのが好き)。
仲の良くなさそうな二人を笑って往なし、タンクラッドは笛を吹いてミンティンを呼ぶ。すぐに空が明るくなり、ミンティンが来た。
「ミンティン。悪いな。ちょっと手伝ってくれ」
やって来た青い龍に飛び乗ると、浮上してもらって指差す。『あれだ。魔物がいるんだが。お前、あれを凍らせてくれないか』そう訊ねると、青い龍はちらりと親方を見た。
「ん?あれだけか、って顔だな。違うのか?ここにはあのデカイ花、一個だろ。岩みたいに見えるけれど、あれ魔物だ」
そんなの分かってますよ、といった顔をして、ミンティンは首をゆらゆら。もう一度親方を見てから、前に向き直って口を開ける。
親方は、ミンティンがカーッと口を開けた後、白い炎が出るのを見つめる。イオライの遠征で手伝った時、ミンティンを降り、アオファの頭の上からそれを見たことがある。
「こういうの見ると。やっぱり龍は凄いなと思うんだ」
いつも思っているけどな、と呟いた親方に、白い炎を噴出しながら、ミンティンは少し笑ったようだった。
ミンティンの吐き出す白い炎は、真下にある岩のような花を引き攣らせる暇もなく、あれよあれよと言う間に白い塊に変えて行った。
ミンティンが、自分に感じられる魔物の気配を、完全に消したと認めるまで、白い炎を吐き続けた後。口を閉じた青い龍に、親方はお礼を言った。
「イーアンがな。お前に手伝ってもらえと言ったんだ。凍らせて倒すようにと。お前が止めたということは、これもう、解けても死んでるんだよな?」
親方が訊ねると、ミンティンはちょっと顔を横に向けて、金色の目で親方を見てから、もう一度前を向いた。当たり前だろう、といった感じだったので、親方はそれ以上、疑いに繋がるようなことを言うのはやめた(※ミンティン誇り高い)。
「じゃ、次だ・・・え?おい、次行くぞ。ミンティン。そっちじゃない」
今度は北の魔物だと思って、次の行き先へ向かおうとした親方は、青い龍が、凍りついた魔物から村へ向かって動いたので慌てる。
「どうした。こっちは村だ。ほら、もう」
ミンティンは村の見える近くまで来ると、上空に留まる。親方は何かがあると思うものの、それが何か分からず、気にして近くに来たザッカリアとミレイオに事情を話した。
「何?終わったんでしょ?あっち行かないと」
「俺もそうだと思うが。ミンティンが何かを知っている。ここで止まったってことは、この辺で何かを探す必要があるんだ」
「シャンガマックは何も言っていなかったけれど。何だろう」
「タンクラッドおじさんの龍も下を見てるよ。俺の龍も。お前、何かいるの?」
ザッカリアに言われて見ると、2頭の龍も真下を見ている。下は地面に染みが広がる様子が見えるだけで、それは、あの魔物から村の中まで同じ状態だったことから、彼らには違いが分からない。
分からないから。こんな時はお任せしようとタンクラッドは決める。
「ミンティン。お前たちが感じている危険を取り除いてくれ。俺たちには感じられない。ミレイオさえ感じないんだ。ここで対処することがあるなら」
話している最中に、ミンティンは動き出した。『うお』親方は急いで背鰭に掴まったが。
真下に急降下した青い龍は、親方の胴体に巻いていた背鰭を解いて、乗り手を放り出した。『何するんだ!』宙に放られた叫ぶ親方を、バーハラーがキャッチ。というか、ミレイオがキャッチ。
「ヤダ、重い!何で私に」
「煩い!落とすな、今乗るから」
わぁわぁ言いながら、中年組は龍の背中に二人乗り。バーハラーはちょっと不愉快(※扱いがイヤ)。二人が喚いている間に、青い龍は旋回しながら地面に突っ込んでしまい、ものすごい量の土を飛び散らしながら、あっという間に土中へ入ってしまった。
「何あれ。あんなこと出来るの?」
「出来たから、いないんだ。中に何があるんだ」
「ミンティンは魔物を見つけたんだ。魔物の根っこだ」
ザッカリアがミンティンの掘った穴を見つめながら、二人に教える。『根っこがあるんだ。村を通って、もう一個の魔物と繋がる、太いのが』ミンティンが根を捕まえた、と急いで教える。
「何だって?根っこ。言われれば、そうか。そらそうだ。植物の魔物なら、根か何かはあるか」
「どこまで魔物で、どこまで現存生物が絡んでいるか、ちっとも分からないわね」
3人は上空で待つ。土中に潜ったミンティンは5分ほどそのまま姿を見せなかったが、どうしたかと思った矢先、地面が揺れた。揺れ方が普通ではなく、まるで手に持った楽器を揺らすような、集中的な振動だったので、3人は度肝を抜かれる。
「どうなの!どうしたの?!これ、ヤバイんじゃないの?!」
「お、落ち着けっ ヤバイだろう(※否定しない)!ミンティンは何を」
「来るよ、戻ってくる!どいてっ!」
ザッカリアの大きなレモン色の瞳が、まん丸になって慌てる。龍は急いで脇にどいた。その瞬間、掘られた穴が爆発するように噴き上がり、最後の振動と共に青い星が、真上に勢い良く飛び出した。
「ミンティン!」
タンクラッドの見上げた空に、青い龍。その口に、龍の胴体と同じくらい太く、その体よりもずっと長い、何かを銜えている。青い龍は首を振り上げて、銜えているものを思いっきり投げ飛ばした。飛ばしたと同時に、親方とミレイオの乗るバーハラーが追いかけ、口を開いて熱波を出す。
熱波は、放り投げられた長い根を、見る見るうちに萎びさせ、数秒の間に炭化して壊した。親方もミレイオもビックリ。口を開けたまま、何が起こっているのか、全く理解が追いつかないまま、龍に翻弄される。
バーハラーは役目を終えるとすぐ、ミンティンのいる場所へ戻った。ザッカリアが様子を理解しているようで、二人に話す。
「ミンティンは、一番大きい根っこを千切って取ったんだよ。千切る時に揺れたんだ。
花は先に死んだから、種は飛ばないけど。種は花の中に入ってて、種も死んだよ。でも根っこが残っていたら、また同じことが起こるからだ」
「そうなの。それで。でも何?バーハラーも動いたわよ。この龍じゃないと、出来ないことだったの?どうしてだろ」
「ミンティンが手伝わせたんだよ。たまには皆で戦うの」
あ。そういうこと・・・ただそれだけの・・・そうなの、ミレイオ頷く。親方も頷く。チームプレーだったのか。多分、ミンティン一人でも充分だと思うが、そうじゃないんだなと理解した。
3人は青い龍にお礼を言い、真下の地面に空いた、おっかないくらい大きな穴をじっと見てから、これはこれで、後で考えようと話し合う(※人力でどうにか出来る気がしない)。
「よし。じゃ、次へ行こう。ミンティン。お前は大活躍だ。本当に頼もしいったらないよ」
笑う親方に、ミンティンも少し笑ったように見えた。貴重な龍の笑顔を、親方は目端に映して、そっと微笑むに留める(※イーアンはあれこれ訊く)。
3頭の龍と3人は、村の反対側の魔物へ向かい、そこでも同じようにミンティンが白い炎で凍らせた。こちらはどういうわけか、冷凍後にミンティンが叩き壊した。理由は何だろう?と親方たちが思っていると、壊れた中心に根株があるのが見えた。
「あれ。また、いろいろあるなぁ。あれが残っていると、また増えるのか」
「同じような種類の植物を、模したわけじゃなかったのね。でも、根っこでこの二つの魔物は繋がっていたわけだ」
親方たちが龍の背で話していると、ミンティンは上を取り除いた根株にも、徹底的に白い炎を浴びせて、それを真っ白な塊に変えた。
「これで。終わりなのか」
口を閉じた青い龍に訊ねると、龍は首をゆらりと横に振る。その動きが、親方には『まだ』に見えた。眉根を寄せる親方の反応に返事をするように、ミンティンは村を少し見つめ、それから誰に何を言われたわけでもないのに、つるる~っと帰ってしまった。呆然と見送る3人。
「 ・・・・・ミンティン。帰っちゃったわよ」
「うむ、帰ったな。どうしたら良いんだろう(※お任せ時間強制終了)」
「一度戻ろうよ。シャンガマックに話してさ。ミンティンが村を見ていたから、きっと村に何かあるのかも」
「村に何かある。として、それは俺たちで、ってことか。そうだな、シャンガマックとイーアンに伝えよう」
まだ終わっていなさそうな雰囲気から、次の行動を考えないとならない。でもそれは、どこまでが終了し、何がまだ残っているのかを知らないと動けない。
親方たちは一度村に戻り、龍を降りて宿へ帰った。時間は2時半。シャンガマックは総長の横で、近くの遺跡の資料を広げていた。
お読み頂き有難うございます。




