855. テルムゾ被害情報収集
ミレイオはお皿ちゃんを使うことにして。もう一頭の馬車の馬・ヴェリミルにシャンガマックとザッカリアが乗り、3人は移動する。
お皿ちゃんも堂々と乗り回すには、まだ人々に説明もしていないため、馬の横について、人目のない道で使うミレイオ。
「歩くのと変わらないわね」
遅い、と笑うミレイオに、シャンガマックも馬の上から笑って『聞き込みしながら、村長に会いに行きましょう』と提案をする。
「総長なら、最初にその地域の長と話すんです。自分たちの目的と行動の方法を。忘れていましたが、道すがら、村長のいる役場にでも立ち寄れたら。その時にでも、龍やお皿ちゃんで移動することも伝えられます」
「そうね。ドルドレンはそう言えば。分担する時は必ず、知らせに行っていたわね。自然体だから気にしてなかったけど」
「いざ、自分が動くと分かりますね。彼はいつも、数十名を率いて動く立場だから、自分が責任を持っていることを、誰にでも伝える必要を知っています」
シャンガマックはそう言うと、お婆さんに教えてもらった橋向こうの、右に向かう道に馬を向ける。ミレイオも馬の横を滑りながら、褐色の騎士の話に頷く。
「ドルドレンは、特に弱い子じゃないと思うのよ。そうした部分はあるってだけで。極端なのよね。
あんたが見ていた総長の背中・・・それって、すごく重い責任を背負っているでしょ?でも。そんな、ビクともしない、しっかりした男の印象しかないじゃない。
それが、ドルドレンを形作ってきた部分だと思うのよ。逆を言えば、徹底する意識が強いって話だけど」
風景の変わった道を進みながら、ミレイオは話す。シャンガマックもザッカリアも、話を聞きながら、傷んだ色の土や、木々の葉の色が悪くなっている様子に目を向ける。
「ただ。上手く、帳尻合わせられないで来ちゃったのかもね。甘ったれのところは、本当に甘ったれ。所構わず、イーアンにもタムズにも抱きつくでしょう?大好きって感じ。
私もイーアンにはそうだけど・・・ドルドレンは、ちょっと違うのよ。あの子は本当に、相手に甘えてるって感じだもの。
その辺だろうね、甘えた時。彼の中で一気に、子供みたいな感覚が飛び出すのは。離れると不安で仕方なくなって、くっ付けば離れたくない。
タムズが他の誰かに優しくすると、すぐ気になって寄って来るとか・・・ね」
「イーアンにもそうだよ。イーアンが外から戻るとね。ギューギュー抱きしめて、頬ずりするの。サグマン(※執務の騎士)に苛められてるから辛いって。子供なんだ」
ザッカリアの話に、ハハハと笑う、ミレイオとシャンガマック。シャンガマックも笑って『そう言えば』と思い出したことを言う。
「最後のイオライから戻った翌日だったか。イーアンが何度も厨房で揚げ物をして。俺はロゼールに聞いたんですけど(418話参照)。
理由は何だったかな・・・とにかく、イーアンが何か、総長に話して。それで、辛くて泣き出した総長のために、唐揚げ・・・イカタコって材料で(※正式名称オラガロ)。その唐揚げを、何度も作ったみたいです。総長はイカタコ唐揚げが大好物だから、泣き止むまで食べさせたとか」
ミレイオは苦笑いで『全く』と首を振る。ザッカリアも『俺も、あれ好き』と嬉しそうにシャンガマックを見上げる。
「イーアンがさ。いくらドルドレンが傷つくようなことを言ってもね。言いたくて言ってるわけじゃないでしょ。仕事とかさ、大体は相手のあることだろうし。
それを聞いて、辛くて泣くのもどうかと思うけど。何度も料理させて、自分が泣き止むまで食べるって・・・ザッカリアが言うみたいに、本当に子供よ。イーアンも甘いからねぇ。
実際、彼は甘えたいし、守ってほしい。でもその部分が、大きな責務と釣り合うことなく、ズレてるんでしょうね」
確かに両極端だな、とミレイオの話を聞いていて思い出す、シャンガマックも頷く(※甘ったれ総長36才)。
前方に広がる風景の、荒涼とした感じと、振り向く後ろの緑色の風景の差。それと同じくらいに。
「ミレイオ。総長の心も、こんな感じなのでしょうか」
「そうね。でも風景は、どっちが良いって好みの問題だけど。あの子の心は、ちゃんと混ざって折り合いつくのが、最善だと思うわ」
ミレイオが答えてすぐ、ザッカリアが指差す遠く。『あれ。そう?家があるよ』彼の教えた先には、緩い坂の上の家が見えた。小高い丘の上にある家は、幅があるようで、農家と分かりやすい建物。
そして。恐ろしいくらいに、そこまでの風景は色がなかった。
土は枯れ、何か滲んだように染みがつき、道沿いの木は病気にかかったのか、葉は黄ばんで薄っぺらく垂れ下がり、続く道を進む馬の足元で、溜まった枯れ葉の山が音を立てた。
道も横の丘も、雑草さえ枯れている。中には生き残っていそうな、黄緑色の背のある雑草も見えるが、それも大して多くはなかった。
「ここまで酷いと、季節も何もないですね」
手綱を取るシャンガマックは、植物の傷み方に眉を寄せる。ザッカリアも不安そうな顔で『可哀想。いきなり枯れたんだ』と呟いた。
「ザッカリア。何か見える?枯れたところとか」
ミレイオが聞いてみると、ザッカリアは、うーんと首を傾げて『早く枯れたのは見えたよ』と言う。でも、誰かが来たわけではないと教えた。
3人は道を上がりながら、殺伐とした様子に胸を痛めた。農家の敷地に入ると、シャンガマックは馬を下り、ミレイオもお皿ちゃんを仕舞う。
「人。見えませんね。家の中か」
シャンガマックは建物の側へ近寄り『おはようございます』の挨拶を、少し大きな声で繰り返した。それから外にはいないと確認し、家の扉を叩く。
素朴な大きな民家は、小さな花を付けた緑が、玄関先に植木鉢で飾られているだけで、本来は緑の庭だったと思われる広い前庭も、黄ばんだり枯れたりの植物に覆われていた。それはとても異様な雰囲気だった。
暫く待つと『どなたか来ましたか』と家の中から声が聞こえたので、シャンガマックはすぐに『旅の者です。宿でこちらを紹介してもらいました』と大きい声で答えた。
すぐに扉が開き、シャンガマックと同じくらいの年齢で、背の低い女性が出てきて、驚いたように少し仰け反る。見上げた男の精悍さに、少々面食らった様子だが、気を取り直して『うちにご用ですか』と訊ねた。
「手紙を書いてもらいました。端の向こうの宿屋です。この土のことで、知りたいと話していたら、こちらの農家を訪ねてみてはどうかって」
言いながら手紙を渡す男に、少し照れながら女性はそれを受け取って中を見る。『ネテリの宿ですか。はい、あのお婆ちゃんは。ええ、知り合いです』女性は宿のお婆ちゃんと分かって、信用したようだった。
「俺は仲間と来ています。彼らが仲間で・・・ハイザンジェルから魔物退治に派遣されて。テイワグナの魔物を退治するための旅を」
シャンガマックが言いかけて、女性は驚いて遮る。『ハイザンジェルから?魔物を倒しに来たんですか!』口に手を当てて、目を丸くする女性に、褐色の騎士も微笑んだ。
「そうです。昨日、この村に着いて。仲間の一人は今、土を癒すために動き始めています。俺たちも、村の人に情報を聞きたいんです。教えてもらえますか」
彼が仲間と言った、後ろの二人と馬を見て、外で話そうと思った女性は家を出てきた。
一人の人は、妙に派手で刺青がある。馬に乗った若い少年は、深い茶色い肌に明るい瞳で、信じられないくらい綺麗な顔をしている。
そして、訪ねてきた人も・・・ちらっと見上げると、褐色の皮膚に、黒い瞳。切れ長の目にまっすぐな高い鼻。引き結んだ唇。明るい茶色い髪。部族のような黄金の首飾りと腕飾りが似合う男・・・・・
女性は、嫌なこと続きの最近で(※廃業寸前)神様が贈り物をして下さったことに感謝した(※ちょっとイーアンに似る人)。朝から良いもの見れたお礼(?)に。
「おはようございます。ご覧の通りの有様で、前なら紹介出来た素敵な植物は、何もないんです」
馬に乗ったままの少年と、刺青男にも挨拶して、栽培地を前に話を切り出した。刺青男が『おはよう』と笑顔を向け、『ちょっと。気の毒で悪いんだけど。教えてくれる?』と。彼はオカマと認識。
「宿のお婆ちゃんはね。ここが最初の被害だったと話していたの。どんな具合で変化したのかしら。ここで栽培していたのは、染料植物?」
「染料植物もありました。でもうちは香料の植物栽培が主で。どちらもやられてしまったけれど、見える一帯は全部そうです。こっちの斜面は香料植物でした。低木ばかりで、すぐ毒が回ったのか、葉が全て落ちてしまいました」
「香水?香水用の植物かしら?」
「はい。テイワグナでよく流通している種類です。自生種は背が高くなるのですが、栽培は小さな背で止めて、枝を横に張るように育てますから、それでやられるのが早かったのかも」
女性が腕をぐーっと水平に動かした、彼女の言う『見える一帯』は、ほぼ彼女の家の敷地と分かる。相当な量の収穫物が消えたのだ。
「全滅しちゃったの?」
気の毒そうにザッカリアが女性に聞くと、彼女は首を振って『少しは移動しました。急いで』そう言うと、家の裏手の丘の斜面へ3人を案内した。
裏の斜面には、隔離した場所を用意してあり、直に土に触れないような棚に、栽培している植物を囲っていた。
「僅かです。でも、樹木は引き上げられないし、植え替えも難しいので。ここにあるのは草ばかりですが、これでも無いよりは」
悲しそうな表情に、3人はかける言葉も無い。
女性の家は、彼女とご主人とお兄さん家族が、この畑を営んでいる話で、ご主人とお兄さんは、現状の回復に見通しが立たないことから、隣の村で組合に相談をすると出かけていた。
「給付金が下りるかどうかも。うちだけじゃないし。でも年間の収益がもう、ほぼ無い状況ですから。これから夏にかけて、葉も茂る時期なのに」
そう言うとため息をついた。女性が気の毒で、ミレイオは彼女の腕を撫で『魔物は倒すから。それだけはするわよ』と伝える。
女性は、腕を撫でてくれた優しいオカマに、少し驚いたものの『充分です』ニコッと笑って答えた。
「警護団は、魔物が現れたわけじゃないから、違う原因ではないかって。見に来たのは一度だけでした。隣の村も被害を受けて、あっちは食品の香料植物なんですけれど・・・香水よりも出荷が多い、食品の香料植物は、大量に栽培しますから、広範囲の被害が深刻です。村が潰れる勢いです。
毎日。土の色は悪くなるし、村の外側から始まって・・・村の中に向かって、色が変化しているのを見ると、侵食に意識があるみたいで気持ち悪くて。どこかに魔物がいるような」
「気の毒でならない。少し、あなたに聞きたいのだが。ここへ向かう間に、生き残っている雑草を見ました。近くで見ていないけど、あれは」
「雑草?」
シャンガマックが同情しつつも質問をすると、女性は訝しむように眉をひそめて『雑草』もう一度繰り返した。
「どこですか?緑なんて、鉢や棚に上げた植物しか、もう・・・・・ 」
女性の反応から、シャンガマックは雑草の雰囲気を伝える。『多くはないです。背が高くて黄緑色で』茎一本から、細い枝がぐるぐると出るような形を説明すると、女性は何か思い出したような頷き方をした。
「ありますね。でも、そんなに。そうです。多くはないです。害虫よけの雑草で、どこかの農家が種を撒いたと話していたので。その種が飛んできたのでしょうね」
その雑草が残っているのか、と女性が訊くので、シャンガマックは見た辺りを指差して『これから枯れるのかも知れないが』いくつか同じような植物があったことを教えた。彼女は嫌そうに顔をしかめる。
「雑草なんかが生き残って、皮肉です。手塩にかけて何十年も、おじいちゃんの代から大切にしてきた木がやられて、雑草が生えているなんて」
気持ちが分かるだけに、下手に励ますことも出来ない3人は、水に影響がないかの質問に移り、『水も怖い』と答える女性の様子で、水からの被害は発症していないことを知る。
それから、他に回るなら、同じような農家があることを教えてもらい、彼女の名前を出して良いらしいので、お礼を言ってそこから離れた。
「男が給付金の話し合いに出かけているから、彼女は留守番だったのね。サニ、だっけ。サニの家族は、こんな惨状じゃ、食いっぱぐれるのかと思うと・・・魔物退治だけしか出来ない事がツライわ」
ミレイオはお皿ちゃんに乗って、枯れた植物の様子を眺めた。ザッカリアもサニが可哀想で、何とかしてあげたいと言った。
「お金がないの。お金をもらうと大丈夫かな」
「一時的にはどうにかなっても。受け取ったお金が尽きる前に、収入源を作らなきゃ。植物を育てるって年月だもの。サニの家は樹木だから、大変よ」
子供の質問に、ミレイオが教えて再びため息。シャンガマックも、馬を進めながら通り過ぎる風景に、遣る瀬無い呟きが漏れる。
「彼女の家の敷地、ここが全部なんだと知った時は愕然としました。これは大変ですよ」
「フォラヴは?フォラヴが土を元気にするでしょ?木や草もそうしたら」
「そこまでは分からない。フォラヴの力で出来る範囲がある。彼が側にいると、植物は早く成長するが、それにしたって、村を全部なんて無理だと思う」
ザッカリアは、フォラヴならと期待したようだが、幾らなんでもそこまではムリだろうと、シャンガマックは思った。暫く考えて、次の農家が見えてきた脇道に入った頃。シャンガマックは思い付く。
「魔物。退治出来たら、その後に。俺は精霊に聞いてみます。俺たちが出来ることが、ないかどうか」
「そうね。訊けば教えてくれるかもね」
3人は向かった先の農家でも、また、その後に回った、民家や被害を受けた野菜農家にも、サニにした話と同様『ハイザンジェルから魔物退治の旅』と言うだけで、藁をも縋るような人々と接した。
実のところ、身元を証明するものも何もない自分たちが、その一言だけで、ここまで手放しで縋られるとは思っていなかったので、彼らの反応には少なからず驚いていた。
姿の見えない魔物が、姿の見える魔物と、どれくらい違うのか。
シャンガマックは、幾たびの戦いを思い出して比べていた。総長なら、何て言うだろう。
姿もなく、ただ進行し続ける変化に、身包み剥がされる人々の悲しみは、姿の見える魔物への恐怖より、もっと根深い傷を与える気がした。
見えないから、戦いようがない。探して見つからない以上は、手の打ちようがない。
シャンガマックたちは、朝から回って、農家25軒と被害に遭った民家、簡易集荷市場、合わせて被害44件の話を聞いた。
集荷市場では仕事にあぶれた人たちが集まっていたので、ここで一斉に情報を集めることが出来た。
終わった時刻は昼近かったが、集まった情報は多く、村人の数人が村長のいる役場に同行してくれたので、村長にも自分たちの滞在目的を伝えることが出来た。
村長も頭を抱えていて、何度も『助かります』を繰り返し、『ハイザンジェルの騎士修道会。警護団が話していましたよ』と、警護団のことも話してくれた。
「オウィド地区の警護団は、農家上がりって言うかな。自警団でしたので、戦うのも苦手なら、調査なんて私らと変わらないです。害虫や駆除剤には詳しいけれど。魔物は腰が引けて」
村長は地図を見せて、オウィド地区の警護団施設がある場所を教える。そこは離れていて、二つの村からずっと先にあった。駐在所は次の村との間らしいが、いる時といない時があるよう。
「この前。あなた方のことだと思うんですけど、報告が回って。それを話してもらいました。え?写し?ないですよ。写しは、こんな小さな村なんかに、くれないですよ。
そう、それでね。ハイザンジェル騎士修道会を捕まえた警護団が、龍の裁きにあって・・・なんて。すごい話を聞いてしまい。龍、本当にいるんですか?」
「います。俺たちも龍に乗って動きますから、怖がらないで良いですよ。俺たちを捕まえた人たちは、聞く耳を持たなかったから、龍が俺たちを助けてくれただけです」
答えたシャンガマックは、良い機会なので、騎龍の話も押さえる。村長は信心深いのか真顔で、うん、と頷いた。
「とんでもないことしますよ。テイワグナを見放さないで下さいね!そんな人ばかりじゃ、ありませんから(※必死)!
普通は、龍の話が出たら、もうね。期待しかないはずなんです。こんな状況に入った国は、期待だけです。どうか宜しくお願いします。手伝えることはしますから」
村長は、宿代を出してくれると言い始め、滞在するならその間は自由に動いてほしい、と話した。シャンガマックは宿代に関しては断ろうとしたが、ミレイオに『受けろ』と囁かれて了承した。
それから3人は宿へ戻り、馬を休ませて、まだかまだかと待ち詫びる親方に会いに行った。
お読みいただき有難うございます。




