854. 倒れた勇者 ~信じ切れない誰?
『守られたい気持ちが、依存へ。それと、生きる力を弱くする関連は?そこまで依存している気もしない』
初日の夜から、時間の感覚も消えたドルドレンは、夜中も朝も昼も関係なく、自分を探す心の中。
誰かが話しかけると、それは耳に入るので、その時だけは意識が引き戻されるが、終われば探索は続く。
心の中は迷宮のようで、壁も見えないだだっ広い空間と思えば、手を伸ばした先が閉ざされてもいる。進んだと感じたら、すぐにまた別の足枷がやってきて、頼んでもいないのに足首に重さを付ける。
悩んでも分からない時間が過ぎた。
見つけたつもりで、何か違う。気がついたつもりが、意味が繋がらない。悩んで、絞り出して、自分の苦手な部分も嫌だけど目を向けて、手にとっては目に近づけて見てみるものの。
『どうしてなのだ。俺は自分の弱さも、認めている気がする。もう見れるものはないぞ』
暗い森の迷宮の中で、ドルドレンは座り込んだように途方に暮れた。
『そもそも、だ。俺に生きる力が弱いという、それは何だろう?そこまで弱いとは思えない。死にたくない気持ちなら誰だってあるものだし、俺も勿論、死にたくなんかない』
それは別に。イーアンがいても、一人でいても変わらない気がする。命にかかわる出来事に遭遇して、『もう人生終わりかなと思っていたんだよ』とはならない。まだ30代だし、結婚してないし、家建てたばかりだし。
『俺は死ぬわけに行かないぞ。冗談じゃない。家建てて一ヶ月も住んでいないのに、主人が臨終する気があるわけないだろう。
奥さんと結婚もしていないのだ。心は夫婦だが、ちゃちゃが入り過ぎて(←運命)ちっとも結婚まで辿り着かない。
それに俺は、イーアンと仲良し老夫婦を目指す、老後のことまで考えて、家を建てたのだ。建てたのはタムズだけど』
死ぬ気があるどころか、生きる気満々だっ!
奥さんの手料理だって、今のところ、一番食べた回数の多い一位は、悔しいことに剣職人だ(※親方圧勝)。それも、俺が抜かなきゃいけない目標(?)なのに、死んでる場合じゃない。
風呂だってそうだ。家の風呂も入ったが、時間や仕事の都合では、支部の風呂に入ったわけで。そうすると別々だ。
一緒に入った回数だけで見たら、もしかするとザッカリアの方が多いかも知れない(※お子たま圧勝)。
一緒に過ごしている時間だって、バカに出来ないぞ。俺は支部で一緒だったが、工房と執務室じゃ離れ離れ。
最初はダビ、出かけるようになったら次はタンクラッド、落ち着いたかと思えば、強敵ミレイオ!
馬車じゃ、ミレイオに抱えられっぱなし(※座布団代わりだから)。ミレイオは風呂でも何でも、自分の側にイーアンを置きたがる。俺より触ってる頻度と回数が、断然多い!
ここまで言ってしまうと、嫌でも男龍も意識する。彼らはイーアンと同族だから、俺がいても関係なく連れて行く。本人が乗り気じゃなくても、抗議して断っても、全く無視。ビルがメスに至っては、一緒に寝る(※気にはしている)のだ。
ドルドレンは悩む。
『俺が死ぬ気になる理由が・・・一つも見当たらない・・・・・
どうにかしなきゃ、と思うことしかないのだ。全てにおいて、俺が旦那である特権を、優先出来る環境を整えたいのに(※祈り)』
これは依存でも何でもないぞっ ドルドレンはうーんうーん唸りながら、どの辺が『依存』で、どの辺が『生きる気力が少ない』のか、必死に考える。
どんなに頭を悩ませても堂々巡りなので、ここで始発点へ戻ってみることにした。
『俺が。イーアンに会いに行った。それがどうも、男龍の目から見たらダメ・・・?じゃないな。そこじゃない。その手前だ。多分。
えーと。だから、イーアンが空へ行った後だ。彼女が彼らに何を話したのか。でもイーアンは、俺を悪く言うようなことは、ないだろうから。きっと起こった出来事を伝えて、自分がどう振舞って良いか分からないと、そうした内容だったんではないか』
起こった出来事は――
『彼女は、タンクラッドと始祖の龍の思い出を見た。それでミレイオが、彼らが二人きりだったから疑って。イーアンもタンクラッドも、違うと言い張っていたのだ。俺はミレイオの言葉が、先に耳に入って・・・ん』
ふと、嫌な感じにざわめいたドルドレン。もう少し、この感覚に近づくことにする。乗り気じゃないが。
『それで。そんなことはないだろう、と思いつつも。彼らが汗だくだったし、俺は二人がくっ付いていた、とそこまでは信じて。うぬ。嫌だな。
何していたんだ?と訊いた。汗だくになるほど、くっ付いている時間。何が理由か。違うなら違うで、はっきり違うことを聞きたかった』
思い出しながら、気持ちがざわざわしてくるのを感じる。
最初に言葉に出来る感覚は『苛立ち』や『不安』や『疑い』。これは、どこから出ているかと言えば『イーアンへの呆れ』『タンクラッドの執着』、『自分を無視した行動への腹立たしさ』。
ドルドレンは、ハッとする。嫌な気持ちを並べて気がつく。
『苛立ちは=イーアンへの呆れ、だ。イーアンはいつも、誤解を招くようなことをして、俺を気にしていないみたいだ。何度も注意しているのに、俺が忘れた頃に繰り返すから。
不安は=タンクラッドの執着、だろ・・・いつ取られるかと。仲良くなっても、彼を理解したつもりでも、気を緩めるとイーアンを取られそうに。いや、俺じゃなくて。いつか彼女が彼を選ぶんじゃないかと。
疑いは=俺を無視した行動、だ。二人は、俺を無視している気がする。俺がいるのに。大人なのに言い訳して、どこまで本当か。俺が知らない間に、育んでいる愛情や近づく距離がありそうな感じ』
探り始めると、気持ちが沈むようなことばかりが出てくる。もうこれ以上は考えたくない、と感じた。
『でも。これだ。きっと。ここにあるのだ。男龍が俺に感じたもの。俺が見ないで置いたもの。彼らは見つけて摘み上げ、それは要らないと判断したのだ』
ここまで考え、一つ『やっぱり』と思うこと。
それは、戻ってきたタンクラッドに打ち明けた『彼女を信じられない』部分。これを言葉にして頭に浮かべると、それに対して自分が肯定している。
『俺は、イーアンを信じられないのだ。愛してるはずなのに、彼女の行動が、いつ誰になびくのかと思うようなことばかりで』
つらつら、芋蔓を引くように出てきた気持ちに、ドルドレンは慌てた。『誰になびく?イーアンが?』そんなことをぼやいた自分に驚く。
イーアンが。俺以外の誰かになびくように見えている自分がいる。タンクラッドだけじゃない。
『ミレイオは、俺が世の男全てに対して、彼女を取られる不安があるだろう、と指摘した。
彼女がどんなに良くしたところで、俺が感じて作る不安がそうさせている・・・あ。あれ。あっ』
そうだ、最初に言われていた。ミレイオは教えてくれていたのだ。俺はその『不安』を探し出したつもりで、捕まえた正体を間違えたんだ!
ここでもう一つ、すぐに気がつく。『違うっ 俺は、間違えているほうを選んだ。正体を知りたくないからだ』
だから、家があればと思った。二人の空間で独り占め・・・それが不安を解消していたと自分に勘違いさせた。
『それで会えば済むだけの話と。そう思った。思った途端、それが正解で、本当の愛みたいに感じた。彼女への不安は、自分の求めが生んでいると思ったから、少しでも気持ちを宥めれば解決すると解釈した』
そして、この言葉も間違えていることに、また気がつく。ドルドレンは言いながら、焦る。
『違うぞ。違う。自分の求めが生んでいる?
そこも違う、違和感がある。嘘だ。俺の求めが、彼女を側に置きたい欲求、それだけに絞られてしまっている。良く見せ過ぎだ。俺の求めは、だって本当は―― 』
自分が嘘ばかり言っていることに気がつき始めて、ドルドレンは慌てる。
何だ、これは。自分は、正直な気持ちで生きていたと思っていた分。イーアンへの想いは、心の底から湧き出た純粋な愛と考えていた分。嘘がひょいひょい、真実のように、口に上ることに気がついて、愕然とする。
『俺は。俺はだって。本当は』
タンクラッドは言った。『お前は不安を守ろうとしている』『お前の不安は、タムズの言う殻じゃないのか』彼は、そう言っていた・・・・・
『俺は。彼女がいなかったら。彼女が俺から誰かのところへ移ったら。俺は一人になって。また傷だらけで、耐えなければならないのだ。俺は一人じゃ癒せないのだ。彼女が教えてくれて、彼女が癒してくれた。彼女が俺を守ってくれたから』
言葉を捜さず、気持ちを鷲掴みに引っかき出して、ドルドレンは夢中で本当の心を口にした。そして、呟く。涙が落ちるなら落ちたと思う、苦しい一言。
『そうだ。俺は足りていないから』
俺は足りないんだ。そう思った時から――
見た目だけ。強さだけ。誠実な性格や道徳的な自分。平等で理解ある正しさ。思い遣りを尊ぶ優しさ。
それは、俺なんだ。俺なんだけれど。
『なのに。俺みたいなのが、ごろごろ出てきた』
イーアンが来た当初は、ただ男所帯に入った女に近づく煩い虫くらいにしか思わなかった。追い払うだけで、相手にもしなかったけれど。でも。あっという間に、懸念が生まれた。
それまでそんな風に感じたこともなかった仲間が、変わり始めたのに気がついた時から。
最初が、フォラヴだった。ツィーレインの谷ではっきり意思を伝えて、俺に挑んだ。あの涼しい印象しかない優男が、この変わり様は何だと驚いた。
シャンガマックもそうだ。ハルテッドが来た時、誤解で泣いたイーアンを守るために、彼は魔法を使い、俺を男として敵対した。一度も俺に、敬語以外で話したことがない男が、あの日、男同士の言葉に変わった。
人間味の薄いダビだって。イーアンのために出来ることは何でもしていた。ロゼールは、弁当一つで俺を睨み付けた(※分けなかったから)。クローハルも、ブラスケッドも。俺が不甲斐ないと怒鳴った。
ハルテッドは俺の胸倉を掴んで『独り占めして』と怒鳴り込んだ。あの、ふらふらして気まぐれなハルテッドが、イーアンには一貫して優しかった。
タンクラッドもミレイオも、男龍もそうだ。
タンクラッドは激怒する。イーアンに何かあると怒鳴り込んで、攫われた日には俺を殺そうとするほどの勢いだった。
彼の、何一つ混ざるもののない、生粋の愛の強さ。彼女のためなら、出来ないことさえこなそうとする。
ミレイオも。賢くて道徳的で、常に側にいて守り、イーアンのためなら誰を殺すことも躊躇わないと言い切る。
男龍なんか。もう―― ドルドレンは眩暈がするような感覚を覚える。
『ビルがメスの愛に、俺が敵う気がしない。俺は男龍の力もなければ、彼らのような崇高さも・・・唯一、種族を関係なく在るはずの、愛さえ』
これが答えだ。答えの、種。
ドルドレンは、不安でいっぱいの自分を、ようやく見つめる。
暗い森の迷宮に、手枷も足枷も付けてしゃがみ込み、すすり泣くように黙り、その場に留まる。
『俺は。何一つ、誰にも勝てない気がしたんだ。愛さえ、無理じゃないかと。それを全部、イーアンのせいにしていたんだ。
俺が俺を信じられないから。イーアンも信じられなかったんだ』
――その弱さが、君を困らせ、自信を奪う。自信がないと、イーアンを傷つける。
タムズは、俺の気力を奪う前に、そう話していた。俺の弱さ。これの事だったと、うな垂れる頭。
自分を信じられないことをひた隠しにして、『俺が俺を好きでいられる状態を作ってくれるイーアン』に、全部・・・預けていたのだ。気がつけば、全部。
俺が自分を好きでいられるのも、イーアンが笑顔で『愛している』と言ってくれるから。
俺が強く戦えるのも、イーアンが俺を立てるから。
俺が弱い勇者でも、微笑んで抱きしめてくれる。『あなたは強い上に、もっと強くなる』と言ってくれる。
俺が抱きしめれば、本当に幸せな顔をする。俺が愛を囁けば、喜びに浸る。
俺が怒っても苛立っても、彼女はいつも自分が反省する。いつも俺の言葉を考える。いつも俺の・・・・・
『何やってんだ、俺は』
全てをイーアンの反応に任せていた自分が、ちっぽけになった気がした。自分で判断する前に、イーアンの反応で善し悪しを求めた。
俺が彼女に求めていたのは、俺の求める正解だけ。それが気に食わない反応だった時、俺は『彼女を信じられない』と疑う。
イーアンは、俺の気持ちを汲んでいない、俺の思いを大切に捉えていない、俺の心を無視している、と。
『嫌なヤツ・・・・・ 』
自分で自分が嫌になる。彼女に求めたことは何だ、と言われたら、良くも悪くも全部とは。
彼女が俺の顔を誉めても、嬉しくない時は、俺が他の女に回されかねない気がするから。
俺に嫉妬しなくなったのも、俺より他の誰かが優位だと思うから。
イーアンが、他の男にも人間的に接しようとするのが腹立たしいのも、親切な笑顔を向けるのが不愉快なのも、妬きもちどころか。
『これか。俺の自信のなさは。俺の不安は。彼女の頼もしさと優しさに、あっという間に依存して。
それが取られたら大変だと、俺の状態を振り返って見たら、同時に俺くらいの男がワンサカいるのも見えて、怖くなったんだ。
顔が良いだけで誉めそやされて、強さだけで駆け上がった騎士修道会の、『最強』だ。
鎧の色で『騎士修道会・宵の明星』なんて、あだ名も付けられた。
人の器も磨いて、正しくあろうと精神も強くして。でもそれは、磨けば磨くほど、どうでも良いような上辺の輩にしかウケなかったから、見返りも得られなかった気がした。
見返りを求めて、人の器を磨いた気はなくても、思っていた反応じゃないことが続いて、差した嫌気に見返りもちらついた。
そんな折に、魔物出現だ。必死に戦っても仲間は死ぬ。民間人も死ぬ。俺一人分の強さの高が知れた。
ひたすら戦って、自信も何も干上がった頃に、後は死ぬだけと思っていた時に。
イーアンが来た。イーアンに出逢った。
思えばあの時、俺は自分をもう一度、信じるべきだったんだ。彼女に癒しを受けて、どっぷり甘んじていないで、それを本当の喜びとして自分を立て直すべきだったんだ』
ドルドレンは思う。俺はイーアンを信じたい。
俺が俺を信じていないのは、イーアンに任せていたからだ。俺が自分を信じていた時は、いつだっただろう・・・・・
自分を信じられれば。俺はイーアンを疑うなんて、もうしないだろう。彼女を信じるだけの男に変われるのだろう。
コルステインは、『俺は一人しかいない。イーアンも別の一人だ』と言った。
『自分を信じて、立ち上がった時。君は弱さを既に後にしている』
タムズの言葉がドルドレンの中に響く。自分の弱さが何か。何が依存だったのか。それが見えた今。
後は、俺が自分を信じるだけ。ドルドレンの疲労した思考は、気がつかないうちに深い眠りに落ちて行った。
まだ。もう一つ、気がつくべきことを残して。
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