853. 旅の十七日目 ~テルムゾの魔物探し
翌朝。少し遅れて起きたフォラヴは、自分の部屋の机の上に、食事の包みがあったことに気が付いた。
「ああ。申し訳ないことを。お食事を包んで下さっていたのに、気が付かなかった」
疲れた顔を少し擦ると、着替えを済ませ、顔を洗って、包みを手に並びの部屋の扉を叩く。音がしないので、皆はもう食事へ出たのかと1階へ行くと、1階のホールにタンクラッドとミレイオがいた。
「おはよう。昨日、遅かったの?」
「おはようございます。少し。でも日付が変わる前には戻って。この、お食事に気が付かず」
すまなそうに開けていない包みを見せるフォラヴに、親方が手を伸ばす。『何だ、食べれないのか。じゃ、俺が食べる』良いぞ、と引き受け、その場で開けて食べ始めるタンクラッド。
宿の主人に水を貰い、ホールの席で一人むしゃむしゃと、昨晩の食事を食べる親方に、フォラヴは『お腹が痛くなったら大変ですよ』と何度か心配したが、ミレイオがその度に『放っておきなさい。こいつが死ぬわけないから』と止めた。
ミレイオを睨んだタンクラッドは、あっという間にフォラヴの夕食を食べ切ると、水を飲み干して『少しは腹の足しになるな』と呟いた。
「ザッカリア待ちだ。まだ寝ているんだろう。シャンガマックは声をかけたから、食事を運ぶ」
「そうでしたか。総長はまだ」
「その話もあるんだ。ザッカリアが来たらな。シャンガマックには昨日教えておいた」
フォラヴと親方が話していると、ザッカリアが起きてきて『食事まだ』の挨拶を交わす。ミレイオが側に座らせ、ザッカリアを待っていたと教える。
ミレイオは食事前にこの場で、ドルドレンの話と、フォラヴの話をしようと言う。
「フォラヴも、すぐ出かけるだろうから。食事しながらでも、と思ったけれど。報告だけね」
「総長はどうですか。何か分かりましたか」
「ドルドレンは男龍の・・・何だろうね。何て言おうか。彼を強くする試みって言うかな。そんな具合だわよ。
気力を一旦、全部取られちゃったわけ。でも生きてはいるから、徐々に気力は、溜まるもんなんだけど。
休むと回復するでしょ?それと同じだから心配はないわけ。でもなぁ。あれだけ取られると、2~3日じゃ、自然回復は無理でしょうね」
「総長。どうなるの?ご飯も食べないでしょ」
「そうね。そこなんだと思う。腹は減るでしょうから・・・体は生きてるからねぇ。だけど飲み込んだり何なりってさ。生きてて当たり前に出来る気がするけど、実はそうでもないのよ、これ。
ドルドレンがその『生きてて普通に出来ていたこと』が自力で動かせるまでも、ちょっと見ててやらないと危ないかもね」
ミレイオの話は、3人にはチンプンカンプン。どうして、体が生きているのに、飲み込むこともしないのか。そんな目で見ている彼らに、ミレイオは少し教える。
「簡単に考えて。寝てる時、食事出来ないでしょ。水飲めったって、口に入れられたら咽るもんよ。寝てる時って、起きてる時と違うじゃないの。
寝てる時とは違うけど、ドルドレンは『動く』ことを選んでいない状態なの。本人は動きたいだろう、としてもよ」
「総長は。そこまでして強くなれと・・・男龍に求められたのですか」
フォラヴは少し同情的な目を、ミレイオとタンクラッドに向けた。気力を全て取られるなんて、想像したこともない。
「らしいな。俺も先日、似たようなことがあったが。あれももしかすると、俺は無事だったが、何かあったのかも知れないな(※親方⇒生死の天秤に乗せられてた)」
親方が答えて、男龍の関わり方なんだと思うことを教える。『とにかく。ドルドレンは暫く様子見だ。フォラヴの話を聞かせてくれ』あっさり総長を置いて、親方は妖精の騎士に昨日のことを訊ねた。
「私は森へ出かけました。あの小さな森を守る木の精霊と会話し、この村の魔物は植物であると知りました。
私は魔物を突き止めるまでの間、土の汚染が進行するのを止めたいのです。土を浄化することに徹し、力を使い切りそうであれば、森へ通って補充します。
皆さんには、村の中にいると教えられた、魔物を探し、退治して頂きたいのです」
真剣な顔が辛そうなフォラヴは、空のような瞳を皆に向ける。『私が探せたら良いのですが。こうしている間にも土が、悲鳴を』そこまで言うと、少し泣きそうな言葉の詰まり方でお願いを切る。
「それは良いわよ。そのつもりで私たちは旅しているんだから。魔物探して倒すのは、お願いでも何でもないわ。でも、フォラヴ。村の中にいる・・・?植物なんでしょ?魔物は」
「そうです。木の精霊は言いました。
魔物は、村の中。花の中。種の中。こぼれた種は土を齧る。毒を出す。毒と共に生きる花・・・と」
「それだけ?情報って」
ミレイオは、もう少し情報ないのかと覗き込む。幾ら何でも、それじゃ分からない。フォラヴも困っていて『気配が・・・あるかも』と情報ではないことを言う。
タンクラッドも呆れて、窓の外を見た。窓の外には宿屋の花壇に花が咲き誇り、向かいの店屋にも、吊るし鉢に、こぼれんばかりの花が目に鮮やかに映る。
「フォラヴ。お前、見て分かるだろう。これだけ花があるんだぞ。村に入ってここまで来る間に、どれだけの花畑を見たか。
確かにな、枯れたようなのも目立ったし、ごっそり抜かれている畑も見えたが。花壇の花も合わせたら、栽培しているだけに、村は植物だらけじゃないか」
親方に言われて、フォラヴも恐縮する。『手がかりがないのです。私もどれかと訊ねましたが』困ってしまって声が小さい。
「木の精霊が言うには、毒が溜まるのだそうですが」
「だから。そんな大まかな情報では探しようがないだろう。一見して、土がおかしな色をしている所は全て、毒素でも入っているのだろうが・・・範囲が。如何せん広いぞ」
親方は悩む。フォラヴにもう一度、他にないか、木の精霊に聞いてみてはどうだと伝える。彼も頷き『今日、浄化して力の補充に行く際に、また質問します』と答えた。
「俺。イーアンに聞くよ。きっと、聞いたらイーアンは教えてくれると思う」
「ザッカリア。気持ちは有難いが。イーアンだって、見なきゃ分からんぞ。場所も知らないし」
「でも聞いてみる。何か教えてくれるかも。イーアンはね、魔物がいたら、周りを見ろって言うの。どんな魔物で、どこにいるかって、それから考えるんだよ(※『魔物が出たらこうしましょう講座・基礎編』)」
フォラヴはハッとして、俯いていた顔を上げ、『そうです。戦法指導で彼女はいつも』そうだ、と目を見開いた。
「ザッカリア。イーアンに聞いて下さい。確かに見てもいない場所を知ることは出来ませんが、彼女なら、どこから見つけようとするのか、動きだけでも聞けるでしょう」
フォラヴは戦法指導を聞いたこともあるし、戦った後の報告会議でも聞いた。それを思うと、進め方を知ることは出来そうである。
それを聞いて、ミレイオとタンクラッドは目を見合わせ『私たちでも出来そうだけど』『魔物探しはないけどな。宝だったらな(※お宝>魔物)』と、何やら心外そうにぼやいた。
フォラヴの報告も終わり、することも決まったので、4人は食事へ向かった。
昨日同様、シャンガマックの食事を包んでもらい、朝食を終えると、妖精の騎士はすぐに馬に乗って出かける。行き先は村のはずれで『何かあったら・・・村にはいますから』と伝えた。
妖精の騎士を見送った後。
早速、ザッカリアは連絡珠を出す。『ギアッチも、魔物で困ったらイーアンって』そう言いながら、腕を組んで、面白くなさそうにする中年二人を前に、イーアンを呼び出す。
少しして、慌てたようにイーアンが出た。『ドルドレン?』声が急いでいるので、ザッカリアは違うと答える。
『総長は寝てるよ(※男龍のせい)。俺だよ、ザッカリア。総長の珠、俺が持ってるの』
『あら。そうでした。この前も、ザッカリアが応答して下さいましたね。どうしましたか。ドルドレンは』
『うん。総長は寝てるの(※×2)。俺たち今、魔物でね、困ってるから教えて』
『タムズが行きますよ。呼んだ?』
『いいの。探すの、これから。あのね、今いる村は土が汚れているんだ。何だっけ・・・染める草と香水の草みたいなの、作ってる村なんだよ。
それでね。フォラヴが精霊に教えてもらったら、土に毒があるんだって。それで。ちょっと待って』
ザッカリアは忘れてしまったので、ミレイオに『何だっけ?フォラヴ、魔物のことなんて言ってた?』と訊ねる。ミレイオが『花の中、種の中、こぼれた種が土をかじって毒を出す、のよ』と教えると、それをそのままイーアンに伝える。
『毒と一緒に生きてる花があるって。分かるのはこれだけなんだよ。でも、村は花もあるし、土は広い場所が汚れているから』
『なるほど。どこか分からないと。これから探したいのですね?』
イーアンは何となく用件は理解できる。少し考えて、タンクラッドに代わるように伝えた。すぐにウキウキした親方の声が響く。
『どうした。俺に用か。卵はどうだ。子供は生まれたか。子供たちは元気か(※お父さん気分)』
『おはようございます。そっちじゃありませんでしょう、今』
ざくっと切られて、親方は沈む。イーアンは業務的にてきぱき伝える。
『良いですか。まず、シャンガマックはどうしましたか。彼は植物に詳しいです。彼の意見も聞いてみて下さい』
『彼は総長の世話で、付きっ切りだ。漏らしたらシャンガマックが変えてくれる(※最大条件)』
イーアンは固まる。そうか、気力で動けないから。とにかく、それは後ですぐ男龍に訊くとして、今は魔物(※寝てる伴侶<業務)。
『分かりました。では、まず。最初に、村の方に、土壌汚染による植物の変化を聞き込みして下さい。
まったく変化していない植物の環境と、打撃を受けた植物の環境を調べるのです。
それと、水は無事か、それも伺って下さい。この数日で雨が降ったなら、川にも流れます。生活用水にも土から染みるでしょう。村民の体調の変化など、反応が出やすいご老人やお子さんのいる家庭に聞いて下さい』
『イーアン。聞き込みか。それは良いが、目的は何だ。その続きが知りたい』
『集めた情報から、土に入った毒の種類を考えます。その毒に耐性のある植物を探すのです。私が見れない以上、ご面倒をおかけしますが、皆さんの聞き込みによる情報で絞ります』
親方。ちょっと感動。すごいぞ、イーアン。お前は何て戦闘向きなんだ・・・『俺はお前が好きだ』思わず伝える、しみじみ。イーアンは『それは良いので』と切り捨てた。
『有難いお言葉ですけれど(※お礼は言う)。とにかく、今お伝えしましたことを、ミレイオとザッカリアにもお願いして下さい。
情報が同じようなことを示し始めたら、私にまたご連絡下さい。次を考えましょう』
それでは頑張ってと、一方的に通信を切られた寂しい親方。子供に珠を返せと取り上げられ、ミレイオに『何て?早く言いなさい』と突かれた。
余韻に浸る間もなく、渋々、言われたことを二人に伝えると、ミレイオも『あら~。さすが』と笑った。ザッカリアも嬉しそう。
「俺、シャンガマックにも話すよ。教えてくれるかも」
「どっちかって言うと、タンクラッドより、シャンガマックの方が聞き込みするなら向いてるんじゃないの?」
「何だと?俺に総長の世話を」
ミレイオの思いつき。この後、少し言い合いした後『シャンガマックの方が植物に詳しい』理由で、嫌々、タンクラッドは総長の下の世話を見守る係となった。
「早く帰って来いよ!ある程度、情報集めたら戻れよ。1時間だぞ、1時間!」
総長の部屋で、事情を話したミレイオに押し付けられて、くさくさしている親方は、留守番を時間制限。はいはい、と往なすミレイオとザッカリア、シャンガマックは外に出た。
「じゃ。聞き込みしましょ。まずこの宿のお婆ちゃんに聞こうか。花、影響なさそうだけど」
外に出て花壇を見たミレイオは、そう言いながら、腰に手を当てて体を前に折り、『ん?』の声と共に花壇に眉を寄せた。
「どうかしました?お婆さんを呼びましょう」
「シャンガマック。花壇じゃないわ。鉢よ、全部」
あれ?シャンガマックも一緒に覗き込む。見れば花壇と思い込んでいた場所は全部、鉢植えだった。何でだろうと二人が顔を見合わせると、ザッカリアが呼んできたお婆さんが側へ来て『花がきれいでしょう』と微笑む。
「ええ、とても綺麗よ。どうして花壇なのに、鉢に入っているの?」
「これですか?土が。見ましたか?村の中まで入り込んでいる場所は、限られているけれど・・・土が悪くなってしまって。
村の南から始まったみたいなんですが、この一週間で、土がどんどん変わるものだから、花壇から鉢に移しました。いつやられるか分からないでしょ?」
それで、と納得するミレイオ。シャンガマックも眉を寄せて『気の毒に』と同情する。
「ねぇ、悪くなる土って南から広がってるの?どこら辺かしら」
「ええっと。ここをね、前の道。これをこっちに、真っ直ぐ行くと。橋を渡るのですが、渡った後に右へ行きます。
道端に木が並んでいて、そこに入るとすぐ分かります。木も葉が落ちていたり黄色くなっているから。その先に、最初の数日で植物が駄目になった農家があります」
丁寧に教えてくれたお婆さんは、続けて『この土のこと。何がご存知なの?』と旅の人に訊ねた。それから、言いにくそうに一度目を逸らし、また顔を上げる。
「魔物の仕業じゃないかって。皆が話しています。姿を見た人はいないけれど、こんなことが起こるなんて魔物しか考えられないです。お客さんたちを怖がらせて申し訳ないけれど」
お婆さんは、旅の人が、魔物を知らないと思って教えてくれたようで、ミレイオとシャンガマックは目を見合わせて微笑んだ。それから褐色の騎士はお婆さんに伝える。
「有難う。大丈夫です。俺たちはハイザンジェルから、魔物退治に派遣されたんです。テイワグナの魔物を退治するために旅を」
騎士の言葉に、お婆さんはビックリして『本当』と3人を見回す。
3人が笑顔なので、お婆さんは少し泣きそうな顔で『有難う。ハイザンジェルは大変だったのに。テイワグナにも来てくれて』嬉しそうにお礼を言った。
そして、これが魔物の被害だと報告しても、魔物かどうか分からないことで、警護団が調査に来ない不安なども話してくれた。
「これから調べに行くのなら。先ほど話した農家に手紙を書きます。それを見せて下さい。少しは話も聞きやすくなると思います」
お婆さんは思いついたように、そう言うと、すぐに宿の玄関へ戻り、一筆書いた手紙を渡してくれた。
3人はお礼を言い、仲間が残っているからと留守を頼み、最初の打撃を受けた農家へ向かった。
お読み頂き有難うございます。
本日は朝と夕方の2回投稿です。お昼の投稿がありません。
皆様に良い週末でありますように。いつもいらして下さることを心から感謝して。




