852. 倒れた勇者 ~遡る記憶・守られたい想い
コルステインの消えた後。ドルドレンは再び闇の中にいたが、耳には外の音が届き、肌の下には血潮が脈打つ温もりを感じる。
暗い世界にいるのは、目を閉じているからだ。目を開けた時、再び光を見る。光に照らされた世界を見る。
俺の心の目が開けば。俺のこの暗闇も、あるべき場所に戻るだろう。
この夜から、勇者である以前に、一人の人間として。ドルドレンの探求が始まった。
コルステインの目が開いて顔を向けたのを見て、親方は『どうだ』と急いで訊ねる。ミレイオも答えを待つ。コルステインは教える。
『ドルドレン。龍気。ない。龍。取る。した』
『え?ドルドレンの龍気?男龍に取られたのか?そもそも龍気、こいつは人間なのにあるのか?』
驚く親方に、ミレイオがすぐ説明。『違うわよ。ビルガメスの毛の龍気も合わせて、コルステインはドルドレンの体の気力のことを、そう呼んでいるのよ』細かいことで遮らないで、と注意する。
『そうなの?ドルドレンは龍気を取られて、動けないわけね?』
『そう。ドルドレン。弱い。気持ち。ダメ。自分。生きる。思う。する。大事。龍。教える。する』
ああ~・・・・・ ミレイオは目を見開いて、手をポンと打った。『そういうこと。そうなんだ』合点がいったように頷く。『何だ、早く言え』親方は解説待ち(※下手なこと言うと訂正される)。
ミレイオはコルステインにちょっと待ってもらって、親方に向き直る。
「要はさ。タムズはドルドレンから気力、ほぼ取り上げたのよ。彼を強くするために」
「気力取ったら、強くなるも何も。身動き取れなきゃ、本末転倒じゃないか」
「バッカねぇ。身動き取ってる間は、何にも根本的なものなんか変わりゃしないわよ。それは表面的に済む場合だけでしょ?普通、自分の常識と固定概念で動き回ってんだから。
そうじゃなくて、最初よ、最初。タムズがこんなことしたのは、ドルドレンが、根っこから立ち上がる力を付ける為よ」
「よく分からん」
「だからさ。あんた、明日漏らすかもしれなくて、この状態(※と言って、ドルを顎で示す)だったらどうするよ」
「冗談でもそんなこと言うなっ そんな状況になったら必死だぞ。何が何でも・・・お前だってそうだろう」
ミレイオは馬鹿にしたような目で親方を見て、咳払いする。親方も何の話か分からないため、単刀直入に言えと、面倒そうに伝える。
「単刀直入?今、あんた自分で言ったじゃないの。必死だって。それよ、この子が求められてるのは」
『タンクラッド。分かる。ない?』
頭の中に、コルステインが話しかけてきた。振り向くと首を傾げて、青い目でじっと見つめている。親方はそれがカワイイので、ニコッと笑う。ミレイオが見ていて、その代わり様にちょっと引く(※『気持ちワルッ』て感じ)。
『どうもな。ちょっと分かりにくいな』
『ドルドレン。弱い。気持ち。ダメ。一人。自分。生きる。する。弱い。ない』
『んん?弱い気持ちがダメ、ってのは分かるが。一人・・・自分一人で生きるつもりだと、弱さはない、のか?』
親方の理解にコルステインは頷いて、親方の胸をナデナデ(※よく出来ましたの意味)。
親方は、コルステインと二人で話していると、自分がちゃんと理解しているのに、外野(←ミレイオ)がいると調子が狂うなと思った。
『えー。つまりだ。タムズ・・・タムズは龍だぞ。彼はドルドレンを強くしたいから、わざと龍気を取り上げたのか。自分一人で龍気を作るような気持ちを持て、と』
『そう。龍気。ない。動く。ない。生きる。欲しい。する。動く。龍気。出来る』
ふーん。親方はそんなこと、あまり考えたことがないので少し勉強になった。
龍気・・・じゃ、ないんだろうが。ドルドレンは人間だから。
気力が生まれるのは、生きたい気持ちから、と。そう言われると、まぁ、そういうもんだろうと思うけれど。にしても、そこまで総長が弱い気力には思えない。
修道会で騎士を率いた総長は、気力が強くないと務まらないような。総長にそれを言うなら、俺くらいもその範囲じゃないのか?と親方は疑問。
なぜ、俺にはこの試み、なかったんだろう?と不思議に思っていると、思考が筒抜けな親方は、コルステインとミレイオに『タンクラッドは必要ない』と言われた。
『あんたは生き延びて、なんぼでしょう。何があったって、自分のやり方じゃなきゃ嫌がるし。そんだけワガママな俺サマ野郎が、弱気なんて誰も思わないわよ。殺そうったって、中途半端じゃ死にゃしない、っての』
『何て言い方だ!中途半端に殺すだと?』
『タンクラッド。死ぬ。ない。大丈夫。タンクラッド。生きる。欲しい。いつも。強い。大丈夫』
ミレイオには怒ったものの、コルステインに『タンクラッドは、生きようといつも欲している、強い人だから大丈夫(※親方翻訳はドラマチック)』と言われると、ホロッと嬉しくなる。
『そうか?お前に言われると嬉しいな』
『勝手にやってなさい。ここ、シャンガマックが寝るんだから、もう行くわよ。あんたたちも外でしょ?コルステイン、タンクラッド連れて馬車に移動して。私は宿にいるわ』
二人でニコニコしているので、面倒臭いミレイオは切り上げる。二人に窓から出ろと指図し、とりあえず今日は事情が分かったから、明日の朝、皆で話すことを決めた。
それからコルステインは、親方を片腕に抱えてミレイオに『明日。夜。また。ドルドレン。話す。する』と、明日も状況を調べることを伝える。ミレイオはお願いし、3人はドルドレンの部屋から出た。
入れ替わりでシャンガマックが戻り、部屋の明かりを消したまま、彼は総長の様子を少し調べて(※お漏らしチェック)上掛けを掛けてあげると、自分も横のベッドに入った。
「聞こえてるのかな。話しかけて良いのか分からなくなりますね。
今日。テルムゾという村に入りました。魔物の被害なのか、土が・・・フォラヴが調べています」
シャンガマックは少し報告をする。聞こえているかどうかも分からない総長に、いつもと同じに接しようと思う気持ちが、彼の口を開かせる。
「そうだ、あと。あなたは興味がないかもしれないけれど。村の手前で、遺跡を見ました。
これまでのと、少し違うんですよ。絵も違ったし、文字も・・・配列が違うのか。
壊れた遺跡の小さな石板。この辺は丘ばかりで、山から遠いのに、山の絵があって。山から何か取り出しているように見えました。もしかすると、昔の記念碑のような存在なのかな・・・何か、新しい手がかりだと良いですが」
遺跡の話をしていても、総長は分からないか、と思ったシャンガマックは、ちょっと笑って『もう寝ますね』と伝える。それから一呼吸置いて、囁くようにもう少し続けた。
「総長。ミレイオに、さっき聞きました。総長は今、試練を受けているんですね。
俺はあなたが、きっと越えると信じています。あなたはいつも、そうやって自分の背中を見せながら、俺たちに『必ず進める』ことを教えてくれたんだ」
静かに語りかけた後、シャンガマックは黙り、少しして寝息が聞こえてきた。シャンガマックにも、長く疲れる一日だった。
ベッドに横たわる、反応のないドルドレン。その耳に、部下の言葉は聞こえていて、全身にじんわりと感謝が行き渡る。
もし。俺が立ち直った後、シャンガマックに何かあったら。無い方が良いけれど、万が一そんな時は、俺が必ず守ってやろうと思った。俺が必ず、彼を導いて、どんな状態でも諦めずに、光の元へ連れて行こう・・・・・
ドルドレンは思う。自分がどこにいるのか、漠然としていたことに気が付いて、これまで理解していたことは、心の深くまで届いていなかったのではないかと。
深く考えることを避けていたわけではなかった。決して、そんなことは選んでいない。
人から受けた気持ちや恩も、軽く捉えたことはない。感動することも多い。感激に動くことも数え切れない。
命懸けで皆を守ろうとした時、負ける時まで・・・殺されるまで戦おうと決めて生きていた。
差別される人。立場の弱い人々に、どうにかしたくて、手を差し伸べたことも沢山ある。
他人の気持ちを理解することから始めるのは、誰もがしなければいけないと思うし、常に自分にも他人にも、希望はあるものだと、信じて生きていた。
この自分が。どうして『生きる力が弱い』と判断されたのか。男龍は『弱さを壊す』と言った。コルステインは『一人で生きろ』と言った。
俺は、ずっと一人だった。馬車に居る間は2~3人、馬車を離れてからも、彼女は度々出来たけれど、修道会暮らしでは長く付き合えないから、1年付き合えば長い方だった。誰かに依存したことなどない。
ベリスラブ総長が統率する騎士修道会の、彼の所属する北西にいたが、総長は厳しかった。力強くて近寄れない。威圧はしないが、威厳に満ちて、簡単に近寄れる相手ではなかった。
誰もがそう思っていた男だった。だから勿論、個人的に仲良くなるなどはなかったし、依存もない。俺はいつでも、俺だった。
馬車・・・物心付いた時には、子供も大人も大勢いる移動生活が自然だと、信じて疑わなかった。
親父はいつも女が違って、誰が自分の母親か知らないまま。シャムラマートやドラガが親かと思っていた。実の母親が馬車にいないようだと知っても、特に気にもならなかった。
親父もジジイもよく分からない家族だが、馬車の男たちは、親父やジジイを慕っていたから、変なの・・・としか。その程度の感覚で過ごした。俺は、一歩引いていた程度。
友達は沢山いた。家族だったし、兄弟だった。全員兄弟で、全員が友達だった。どこから加わっても、馬車で一緒に移動して、一緒に食べて歌って暮らせば、皆が家族。楽しくて、安心出来て、居心地が良い印象ばかり。
ただ。このままじゃいけないと思ったから、馬車を出た。馬車に揺られて、ハイザンジェルを周回し続ける旅の者。一生をそれで終える。俺には抵抗があった。
流れる景色に見える、沢山の町。沢山の家。沢山の人々・・・仕事、出会い、環境。いろいろ気持ちを整理して、馬車を下りて騎士になったのが16の時。
騎士修道会は、厳しい部分もあれば、そうじゃない部分もあった。
差別はよく受けた。『馬車上がり』と言われて、物が無くなったり、仕事に落ち度があれば、自分はそれだけで『いい加減』『物盗り』の言葉を受ける。
それに気付いたベリスラブが、すぐ守ってくれたから、細かい嫌味以外は大事にならなかったが、大人になるまでの数年間は、生まれと育ちだけで、どれほど頑張っても、差別の対象から外れることはなかったと思う。
俺が自分を、強調する場面があったとしたら。それは強さだった。強くなった頃から、差別を受けなくなった。
鎧を着けて、剣を握って、オシーンに稽古されて、すぐに強くなった。オシーンは当時、現役の騎士だったから、誰が相手でも容赦しなかった。
『負ける理由を、自分以外に探すヤツは馬鹿だ』
いつも言われた。剣を落とすまで捌かれて、最後に負けると、励まされることなく『負けたことを知れ』と命じられた。若い俺には嫌な男だったが、何度挑んでも、決して態度を変えなかったのが、なぜか信頼出来た。
負けたことを知る。どういう意味か、分からなかった。もしかして、今も分からないのか。強くなったから、感覚的にしか・・・感覚。感覚?
言葉ではなく、感覚で理解した。悔しさと恥ずかしさと、諦めたくなる一瞬と。心の内に湧き上がった熱をかき集めて、負けないための動きを学び始めたのだ。
動きだけでは足りないと気が付いて、自分の癖を探した。よく意識すると、自分の繰り返す癖が見えた。それも直すようにした。それでも勝てなかった時、オシーンは俺に言った。
『ドルドレン。お前は、負けない気なのか。勝つ気なのか。お前を見ていると、負けたくないふうにしか見えない。それじゃ負けるぞ』
その言葉を考えて考えて、一人で何度も稽古して、ようやく気が付いた。『俺は勝ちたいんだ』と。勝つことを考えていたはずが、一歩下がって『負けたくない』ことにすり替わっていたと気が付いた。
その日。俺は初めて、オシーンの剣を落とした。
『良かったな。勝ったんだ。お前に教えてやる。強い奴より、動こうとする奴の方が、多くのものを手に入れる』
オシーンの言葉はいつも、若い俺には難しくて。何度も考えることになった。祝いの言葉を貰ったのは、後にも先にも、あれだけだったような気がする。
きっと。強さがあるだけでは、手に入らないと。動いて初めて、手に入る。強くても動かなければ、その手は空っぽのままなんだろう。今は、そう思う。
イーアンが来てから。ようやく半年過ぎたくらい。それでこの変化だ。
彼女が現れて、引き込まれるように彼女と一緒に動いているうちに、彼女がいないと不安に感じるようになった。それまで付き合った女性にはない、特別な安心があったからだと思う。
ここら辺かな、とドルドレンは立ち止まる。
それまでの人生で、自分が誰かに依存したり、いないと不安だったり。そうした記憶がないのに、イーアンが来てから突然、そう変わった自分がいる。
つまり、それまでの人生でも知らない間に溜め込んでいた『不安』があったわけだ。自覚していないだけで、きっとあったのだろう。それは何か――
現れたイーアンは、優しいだけの女ではなかった。思い遣りを大切にして、戦いもした。
思い遣るがあまり、血を流しても怒りに吼えても、俺たち騎士を背中に隠して、自分を盾に剣に変えて、魔物に突っ込んだ。誰にも協力を頼まず、最初に自分が被害を受けようとした。
あの強さ。その思いの強さ。剣の使い方も知らないうちから、知恵を駆使して、一番危険な部分を引き受けた。自分で武器を作ったら、それを使って倒し始め、龍に乗れるようになれば動き回り、タンクラッドに剣をもらってからは、龍と一緒に剣一本で戦った。
クローハルは、ある晩、俺に怒った。『彼女を好きにならないでいられるヤツがいるのか』と。自分たちの命を守り続ける女を、好きにならないでいられるのか、と怒鳴った(※弓部隊長は心から恐れる)。
そう、そうだ。その通りだ。
尤もと思いながら、ドルドレンはクローハルの言葉にハッとした。今、別の視点から見つめてみれば。
クローハルも、騎士修道会に置き去りにされたんだ。ちゃんとは知らないが、ザッカリアのような不憫な元で育ち、ある日突然。そんな話を聞いたことがある。
俺とはまた違うが、守られていることへの喜びが・・・彼にもあった。守る立場の俺たちが、守られていること。クローハルは、守られていることを感じていたんだ。
小柄で、若くもなくて、いつもは鈍いイーアン(※えらい言われよう)。笑う顔が印象的で、少しズレていて、誰にでも一生懸命で、遠慮がちで、我慢してくれて。
そう。受け入れると考え込んで、我慢したり、動いて良くしようとするのだ。そして、相手の気持ちを守ろうと、いつも頑張るイーアン。
ドルドレンは考える。そんな人に、俺は会ったことがなかったんだ。
考え込む騎士の思いは飛び交う。一つの方向を見たと思えば、別のことも目端に浮上する、あれに気が付けば、これもそう。これに気が付けば、あっちにもある・・・そんな具合に、記憶が交錯し続ける。
馬車は。守られていた。黙っていても、食べていられ、寝る場所があり、楽しかった。
騎士修道会では。守られないから、強くなるだけだった。
そのうち、外に出るようになったら、俺が強いか見た目が良いか。それだけが話題になった。
最初はそれでも良かった。強さを認められたかったし、見た目の良さも迷惑じゃないと思っていた。
でも、それだけを見ている相手が増えて。俺を見れば、強さ?格好良い?そればかり。
俺の機嫌が悪くても、俺が愛想尽かしても、俺が空しくても。もっと大雑把に言えば、俺の過去も、俺の性格も。そんなことはさておき、見て分かる俺に取り付こうとした輩。
そんな浅い笑顔と付き合いが、馬車の気心知れた仲といつも比較されて、俺は人と距離を置くようになったのだ。
30も半ばになる頃。すっかり笑わなくなった。笑う意味があまりない気がして、自然に笑わなくなったような。そうした出来事も特に思い出せない。
そして。魔物が出た。信じられない報告だったが、胸の中の血が騒ぐ瞬間だったのを覚えている。
今。正に俺の運命が、この時を待っていたと感じた。そして、勇んで飛び出したものの。
そこからは地獄のような毎日が繰り返されて。突然、守りっ放しの緊張の日々が始まったのだ。
守っても守っても、空しいほど、見ている前で誰かの命が滑り落ちて消えてゆく。どれほど傷ついても、どれほど祈っても、何も変わらなかった。酷くなることだけは感じていた。
総長も副総長も消えてしまった。すぐに俺が代行に任命されて、それからイーアンに出会うまで。
いつ死ぬんだろうと思いながら、死ぬ間際まで一頭でも多く倒そうと。自分が殺されるまで。いや、殺されるんだろうと――
『俺は。俺より強い誰かが、俺をしっかり守ってくれる、安心が欲しかったのだ。空しい努力も、惨めな結果も、何も関係なく全て包み込んで、ここから先は任せろと守ってくれる誰かが。
俺の本当の。普通の、何の変哲もない・・・寂しい時に寂しいと言えて、苦しい時にムリだと言える、小さな本音が。言えなかったのだ。言っても、続きがないと思っていたから』
呟くドルドレンは、最初の扉の前に立っていた。
守られたい、安心したい。だけど ――扉に手を当てて、ゆっくり押し開けながら、次の疑問が浮かぶ。
『守られたい気持ちが、依存へ。それと、生きる力を弱くする関連は?そこまで依存している気もしない』
疑問の続く、ドルドレンの長い夜。
別の場所では、夜11時頃に戻ってきたフォラヴが、馬車の影にいたコルステイン(※親方付き)に離れた場所で挨拶してから、やっと自室へ戻った。
風呂場の明かりが落ちておらず、自由に入れると知り、有難く入浴。疲れた体を温めてから部屋に戻った妖精の騎士は、ベッドに潜り込み、瞬く間に眠りに落ちて行った。
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