851. 倒れた勇者 ~心の森の中で
宿に残っていた4人は、フォラヴに『待たずにいて良い』と言われているので、その夜は4人で夕食と話し合う。
向かいの飲食店は、夕方も早くから開いていたので、4人はそこで料理を注文したのだが。
シャンガマックはテイクアウト。お持ち帰りをお願いし、『俺。宿で食べます』とのこと。料理を包んでもらうと、彼はいそいそと戻って行った。
「フォラヴの分も。帰りに包んでもらおうか」
褐色の騎士を見送ったミレイオは、ぼそりと呟く。甲斐甲斐しいシャンガマックに、少し感動している様子の刺青パンク。
親方も頷いて『フォラヴも何時に戻るか分からんからな』と了解し、皿を運んできた店屋の主人に、帰りがけにもう一人分包みたいことを伝えた。
「今日はミレイオも泊まるでしょ?」
ザッカリアは、運ばれてきた揚げ芋を口に入れて訊ねる。ミレイオは微笑み、子供の皿に揚げ芋と茹で野菜をたっぷり乗せた。ザッカリアは、茹で野菜に不満そうな目を向ける。
「私がいない間に何かあっても困るから。宿代かかるけど、ドルドレンが起きるまでは泊まるわ」
「お金だったら大丈夫だよ。イーアンが稼ぐから」
笑うミレイオと親方。ザッカリアはニコッとして『本当だよ。イーアンが戻ったら、手品で稼ぐよ。俺も手伝うの』と嬉しそうに言う(※母は休む間もなく働く設定)。
「大丈夫よ。イーアンに働かせるほどじゃないの。私たちの作る物も、どこかで売れると思うし。町まで行けばね・・・買い取ってくれる場所も探せると思う」
だから平気よ、とザッカリアに笑ったミレイオに、ザッカリアは『手品のが良いよ(※母を働かせる発言)』と、手品にこだわり続けた。中年二人は、彼がとても手品を見たいんだというのは理解した。
「そうだな。イーアンは手品で楽しませてくれるから。こんな時は見たい」
「ザッカリアの音楽も和むわ・・・あ、そうだ。あんた、ドルドレンに聴かせてやりなさい。宿にいる時間、ドルドレンはあんたの楽器の曲が好きだから」
笑った親方にミレイオが答えながら、ふと、思いついて言う。大きなレモン色の瞳を向けて、子供はしっかり頷く。『ベルとハイルが教えてくれた曲は、総長の好きな曲』と答えた。
「ベルたちが・・・そうなのか。あいつらも情が厚いから。それなら、ベルやハルテッドの想いも乗せて。ザッカリアが聴かせてやると良い。ドルドレンも喜ぶ」
それを言いながら、親方も思いついた。『お。もしや。でも』思いついてすぐに眉を寄せる。ミレイオは何かと思って、訊ねる。
「む。あのな、ほら。ジジイだ。あいつに連絡球を持たせているからな。ジジイの馬車歌も、ドルドレンの頭の中に届くかと思ったんだが・・・喋らなくても済むから」
「ちょっとそれは。どうよ。やめたら?私、賛成し難いんだけど」
ジジイの名に反応するミレイオも、眉を寄せる。親方も複雑な表情のまま、ミレイオの目を見つめ返して頷いた。『だよな。ダメだよな』こじれても困るしな、と思いつきを撤回した。
それから3人は食事を終え、フォラヴ用の持ち帰りも包んでもらって食事処を出る。宿に戻り、暗くなる前に風呂を済ませると、シャンガマックと交代(※イヤイヤ親方)して彼も風呂に入らせた。
ミレイオがドルドレンの様子を見に行くと、嫌そうなタンクラッドが『バニザットのようにはなれない』と呟く。何が、と訊ねると、親方はドルドレンを指差した。
「あれ。あら?この子、服が。えっ、もしかしてとうとう(※漏らしたか)!」
「違う。漏らしてない(※読み取る)。単に着替えさせたんだろ。下着はそのままだと思うが、寝たきりだから」
畳んだ洗濯物の服がベッドの足元にあるのを見せ、ミレイオに落ち着かせる。ミレイオも理解して『へぇ』と一言。シャンガマックの愛情はすごいな、と感心するばかり。
「よっぽど。恩を感じて。シャンガマックはイイコね」
「そう思う。あいつの親父も恩に着る男だった。良い育てられ方をしたのかもな」
そんなことを話していると、シャンガマックが風呂から戻ってきた。
ミレイオは彼に、コルステインを呼ぶから、シャンガマックはミレイオの部屋にいるようにと伝える。『コルステインに事情を確認してもらうの』終わったら呼ぶ、と言うと、シャンガマックは少し驚いたようだが、了解して下がった。
「呼ぶか。もう暗い」
部屋の明かりを消し、窓を少し開けてタンクラッドはコルステインを呼んだ。外は夕闇が迫る頃。ゆっくりと煙のような青白い霧が入ってきて、それはすぐに翼のある人の形に変わった。
『タンクラッド。ミレイオ。これ。ドルドレン。何?どう?』
『コルステインに頼みがある。ドルドレンの頭に入れるか?』
『何。する。ドルドレン・・・入る。大丈夫。出来る。何?』
龍気が消えているドルドレンであることを知ったコルステインは、入れると答える。自分が入ってどうしたいのかと訊くので、ミレイオが話す。
『ドルドレンはね。龍に何かされたの。でも何か分からない。彼に訊けたら、何があったか教えて』
『訊く。ドルドレン。龍。する。何?』
『えーっとね。龍が、ドルドレンに、何をしたのって。訊くのよ』
『分かる。ドルドレン。訊く。龍。何。する。した。分かる。待つ』
そうそう、と頷くミレイオに、コルステインはニコリと笑って、ドルドレンの枕もとのヘッドボードに両手を置き、そのまま黙る。
「入ったか」
タンクラッドが囁く。ミレイオも頷いて、二人は暗い部屋でコルステインが戻るのを待った。
ドルドレンは聞こえていた。
宿に運ばれたのも、シャンガマックが同室で見守るのも、フォラヴが宿泊地の土の為に動いたのも。その後、一度出て行ったシャンガマックはすぐに戻り、食事を自分の横で済ませ、間もなく彼ら二人が来て(※漏らしたって言われた)コルステインが呼ばれたのも。
そして、ドルドレンは頭の中でコルステインと出会う。
人間の体で翼のあるコルステインは近づいてきて『ドルドレン。コルステイン。来た』ゆっくり話す。
『コルステイン。お前は俺と話せるのか。助かったよ』
ドルドレンはコルステインの腕に触れ、コルステインはニッコリ優しく笑い、彼を抱き寄せた。頭の中だから、コルステインも嬉しそうに、ようやく抱き締めたように満足な顔をする。
『先にどうしてお前が来たのか、教えてくれ』
『ドルドレン。龍。何。する。した?ミレイオ。訊く。する。コルステイン。来た』
ミレイオが送り込んだと分かり、ドルドレンは急いで答えを言う。
『ミレイオが気付いたか。良かった。あのな、龍が来て、俺の弱さを壊すと。えっとだな、気力を奪われた。俺は動けないんだ』
コルステイン。少し考える。ドルドレンは、考えている様子のコルステインが分からないかも、と思い、もっと分かりやすい表現を考える。コルステインは抱き寄せた体を離し、彼を抱えて座る。
『ドルドレン。動く。ない。龍。お前。取る。龍気?』
『そうだ、そんなところだ。龍気じゃないけど、気だな。そう。気を取ったんだ。だから動けない』
コルステインは理解する。だから首の龍気がないのか、と分かった。そして続けて理解する。ドルドレンは動けるわけがないことを。
『龍気。ない。お前。動く。ない。そう。お前。動く。生きる。ほしい。する』
『え?』
今、すごいヒントを貰った気がしたドルドレン。もう一度言ってくれ、とお願いする。青い瞳はしっかりと灰色の瞳を見つめ返し、ゆっくりと教える。
『お前。動く。生きる。ほしい。する。動く。出来る』
『コルステイン。それはもしかして、俺が生きることを求めると、動けると言うのか』
コルステインは頷く。それからドルドレンの胸に指を当てて『お前。生きる。ここ。違う』そう言うと、頭を両手でそっと掴んで『お前。ここ。生きる。する。動く』そう教える。
ドルドレンは考える。それから言葉にして確認する。
『えーっと。ここは(※心臓)体、だろ?体が生きているから、そうじゃないと』
コルステインは見つめて促す。ドルドレン、続けて頭を触り『俺が、生きたいと思う・・・ことか?』と訊ねると、青い瞳は笑みを湛える。
正解らしい。強く望む、生きたい気持ち。でも。漠然としていて、どうするとそうなのか分からない。
それを伝えると、今度はコルステインが悩む。頑張って伝えてあげたいようだが、言いかけては首を捻り悩んでいる。
『言うのが、難しいか?近いことでも教えてくれ。俺がまた訊くから』
『うーん。コルステイン。ギデオン。好き。した。分かる?』
突然、ギデオンの話になり、ビックリするドルドレン。もしかしてギデオンも、こんなことがあったのだろうか(※絶対そんな悩まないヤツに思える)。青い瞳は考えていることを、丁寧に選びながら、腕に抱える男に向ける。
『コルステイン。ギデオン。いない。寂しい。とても。寂しい。コルステイン。探す。する。した。でも。ダメ。ギデオン。いない』
あ、と思うドルドレン。コルステインの思い出話だと気が付く。ギデオンを失った寂しさで探した話。
『いない。でも。どうして?分かる。ない。コルステイン。ずっと。探す。した。
でも。ギデオン。ない。寂しい。寂しい。寂しい・・・コルステイン。消える』
『えっ!消えちゃったのか』
驚いて遮ったドルドレンに、違う、と首を振るコルステイン。消えたらここにいないだろう、と言うような目で見られた。黙るドルドレン(※急いだ反省)。
『消える。する。待つ。精霊。コルステイン。待つ。言う。した。お前。いる。教える。した』
ああ・・・理解した。コルステインは、消えかけたのだ。あまりに寂しくて、存在が消えかけた。
それを精霊が止めた。俺がいると教えて・・・ギデオンではないが、俺が生きていることを教えて。それによって、コルステインは生き延びた。そう、話してくれているのかと分かった。
『お前は・・・そんなに寂しくて。そうだったのか』
ドルドレンは、ぎゅっとコルステインの体を抱き締めた。何て一途なんだろう(※今タンクラッドだけど)。消えてしまうほどに寂しくなって。でも希望の光は、俺が生きていると知ったことだとは。
ここで、ハッとする。見上げたコルステインの顔は、気が付いたらしいドルドレンを見て微笑んだ。
『もしかして。俺が。今、動けないのは。俺が生きたいと心から思っていないから』
『お前。生きる。思う。分かる。でも。少し。ない。お前。弱い。気持ち。お前。生きる。する』
『教えてくれ。お前が見ても、俺は生きる気持ちが弱いんだな?どうすると良いんだろう』
『ドルドレン。一人。大事。お前。一人。分かる?』
『分かる。俺は一人しかいない。そう?』
『そう。お前。一人。イーアン。違う。一人。分かる?』
ドルドレンは考えた。そして、ふと閃く。もしや。俺とコルステインでは違うと教えているのでは。
『コルステイン。分かると思う。ちょっと確認させてくれ。
お前は。ギデオンがいなくて寂しくて、消えそうだった。だが、ギデオンに似た俺がいると分かって、また生きた。そうだな?』
うん、と頷くコルステイン。ドルドレンは続けて確認する。
『それで、俺も気持ちが弱くなると、死んでしまうと言っているな?』
これも頷くコルステインは、ドルドレンの頭に指を置いて『そう。お前。気持ち。ここ』と伝える。
『では訊くぞ。俺とコルステインは、ここからが違うな?人間だから。
俺は、一人でも自分が生きることを求める。そう言っているか?イーアンが好きでも、イーアンはまた違う一人なんだ、と』
ニコーっと笑うコルステインは、ゆっくり頷いて、ドルドレンの頬を指の背で撫でた。
合っていた。つまり、俺は自分が独り立ちしていない、ということだ。それが弱さ。俺が自分一人で生きようとしていないと、コルステインは教えている。イーアンに依存しているのか。
『一人で生きる力が欲しい。そうすると』
『ドルドレン。動く。龍気。出る』
ドルドレンは、この答えではっきり感じた。理解ではなく、感覚のどこかが埋まった。
空っぽの部屋に続く、開けっ放しの扉が閉まった途端、壁一面を覆う絵が完成したのを見たように。
絵が揃った時、初めてその部屋が何の部屋か、知るのだ。そして扉を再び開ければ、そこには壁の絵に描かれた予告が待っている。
『コルステイン。お前は俺を助けてくれた』
ぎゅーっと抱き締めたコルステインに、ドルドレンは心の真ん中からお礼を伝えた。それは、自分が見ないままに、置き去りにした自分の過去を指摘したお礼。
気が付いただけでは序の口。自分が次にするべきことが、もっと難関であることも感じる。
俺は、俺を全部克服しなければいけない。見たくなかったもの、忘れたかったものを、全て。この腕の中に抱き締めて、許さねばならないこともある。
『コルステイン。俺はこれから、自分の力を探す。明日も俺に会いに来てくれるだろうか』
『分かる。来る。コルステイン。ドルドレン。会う。明日』
ドルドレンは一安心する。とりあえず、コルステインが一日一度は来てくれると分かれば、会話が出来る。間違いを選んでいたら、一日に一度は正す機会があるということだ。
『ミレイオ。お前。待つ。する。龍。お前。龍気。取る。する。した。そう?』
『そうだ。そう伝えてくれ。俺の弱い気持ちを治すためだと思う』
『コルステイン。言う。する。ミレイオ。知る。お前。弱い。ダメ。治る。する』
お前は弱くてダメ、と言い切られるとやんわり傷つくが、確認の言葉なので、ドルドレンは正しいことを頷いて教えた(※ちょっとイタイ)。
『頼んだぞ。ミレイオに伝えてくれ。コルステイン、有難う。また明日』
『ドルドレン。好き。コルステイン。手伝う。守る。する』
ニッコリ笑ったコルステインは、ドルドレンをぎゅっと抱き締めて、彼の頬を指の背でナデナデすると、すーっと消えた。ドルドレンは再び、一人の空間に佇む。
『よし。俺はここから試練だ。ようやく繋がったぞ。俺を愛してくれる、男龍の気持ちに応える自分でいよう。
俺を励まして示唆をくれた、サブパメントゥの優しさを抱いて進もう。俺が本当に、イーアンを愛して生きるために、俺はまず俺を網羅する』
お読み頂き有難うございます。
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