850. 倒れた勇者 ~テルムゾの土
オウィド地区テルムゾ村。同じ道沿いにある、次の村はティティダック。
この二つの村は、土壌の豊かなオウィド地区で、香料と染料の植物を栽培している村だが、魔物被害に遭った対象は、気の毒にも土だった。
村の手前から馬車が入ってすぐ、御者をしていたフォラヴがそれに気が付き、色の変わった醜い土に、心を痛めたフォラヴは、哀れんで協力したいと言い始めた。
「少し。滞在出来ませんか。土がやられては、命にも関わります。直接的ではないけれど、間接的に皆を苦しめます。私が力になれれば、少しは変わりましょう」
「フォラヴはどうする気なの。村に入ったばかりだから、他の人の話も聞いてみたら?」
村の入り口をくぐってすぐ、馬車を止め、門番に聞いた話から相談に急いだフォラヴ。荷馬車の手綱を取るミレイオは、彼に少し考えるように伝える。
「情報が少ないでしょう?急に決めても」
「土が。今も痛んでいます。分からないかも知れませんが、痛みが進行しています。急がなければ」
「どう急ぐの?何かすぐに出来る?」
ミレイオは、滞在をするにしても中途半端な返事は出来ない。ドルドレンもあんなで(※寝たきり)イーアンもいないのに(※空で業務)その上、フォラヴまでどこか行く気じゃないだろうな、と危ぶむ。
妖精の騎士は、訊ねられて少し考え、真剣な顔を向ける。
「この周囲は小さい森もあります。森があれば、私の力は増やすことも出来るし、力を使えば、土の痛みも治せましょう。すぐにではありませんが、そうですね・・・3日。せめて3日は」
「3日。ここに3泊ってこと?次の村もそうなんでしょ?そっちでも3泊する気?」
驚くミレイオは、自分一人で決めかねると、はっきり答える。『皆に言わなきゃダメよ。皆で決めないと』急過ぎて、良いとは言えないと教える。
悲しそうな顔で頷く妖精の騎士も、それは理解しているようで『そう思います』と目を瞑って答える。
「とりあえずね。今夜はここで泊まるから。とにかく宿の手配をしましょ。それからよ、あんたが自由行動で出かけるなり、動くなりするの。私たちも調べるけれど、こんな状況では」
「分かります。分かります、ミレイオ。では宿へ行きましょう。シャンガマックにお願いして」
フォラヴはいつになく、急いで自分の意見を通そうと、荷馬車にいるシャンガマックに声を掛けに動いた。ミレイオは意外な彼の反応に、少し観察が必要にも思えた。
ミレイオの横に座っていたタンクラッドは(※代行終わってすぐ戻った)黙って話を聞いていたが、口を開く。
「いろいろ。出てきたな」
「何が」
「役目と動きだよ」
また、そんなこと言って!ミレイオは、横の剣職人に面倒そうな顔を向けた。『同時多発は御免よ。私、急かされるの嫌いなの』何かあったらあんたも手伝いなさいよねと、鬱陶しそうに首を振る。
タンクラッドは少し笑って『お前が同行でついて来てる。お前にも役目があるだろ』今、ここにいるんだからと思う、意味。親方がミレイオに面倒そうに睨まれた時、後ろから声がかかる。
「タンクラッドさん。ミレイオ。この村の宿は4軒です。門番が教えてくれたのは、中を通る道の左側に、橋が出てきたら、その橋を渡った向こうだそうで。俺たちが入った入り口は、主要じゃなかったみたいですね」
門番と話したシャンガマックが報告し、了解したミレイオたちは、宿を探して村の中を進むことにした。
「宿に着いたら。ドルドレンも運ばないとな」
「宿で漏らしたらどうするのよ。料金、いくら取られるか分からないじゃないのさ」
ミレイオは『漏らす』ことに過敏。タンクラッドも気にはなるが、少し笑って『馬車に放置出来ない』と教える。『そうだろ?馬車に置きっぱなし(←ドルドレン)じゃ。荷馬車は食料も、俺らの道具も積んでいる』そっちのが嫌だろうがと言うと、ミレイオは歯軋りした(※漏らす=工具と食材に臭い付く)。
「は~、もう~。せめてホント、漏らさないかどうかだけでも早く知りたい(※意外に重要)」
ミレイオのドルドレンへの扱いが、段々変わってきているのが分かる。ミレイオは汚れ物が嫌いだから、無理もないのだが。タンクラッドは苦笑いで『コルステインに頼もう』と呟くだけ。
馬車は町の広い通りを進み、川にかかる橋を越える。小さな村だが、規模は広い。人口数が少ないだけで土地自体は広く、栽培が収入源だけあって、橋の向こう側に入ると、小さいながらも商店が並ぶ通りに出た。
商店が間隔を開けて建っている通り沿いに、宿屋も出てきた。4軒と言われた宿は、それぞれが重ならないように離れている。
敷地はどこもあるから、馬車を置けるかどうかの心配はなさそうだった。その代わり、内容がどうなのか。村は町ほど期待出来ないもの、と思っている皆は、シャンガマックに『風呂付き・清潔』の条件を探してもらう。
シャンガマックが交渉に出かけている間。通りに停まる、旅の馬車の派手さに村人は珍しそう。2台の馬車を見て立ち止まっては『どこから来たの』と御者に聞いてくる。
『ハイザンジェルよ』ミレイオが答えると、大体の村人は一度で納得したように帰る(※見た目が怖い)。
フォラヴは村人が訊いてくると、逆に捉まえて『ハイザンジェルです。それより、この土はどうしましたか』と、見た目に奇妙であることを質問し続けた。
ミレイオは後ろから聞こえる、フォラヴの切羽詰ったような声を聞き、少し落ち着かせる必要を感じていた。
「ミレイオ、こっちです。あの宿にしましょう」
前からシャンガマックが走って戻り、指差した一軒の宿を教える。『あそこは風呂があるそうです。食事は向かいの店でと。老夫婦が主人ですから、掃除も行き届いている様子でした。部屋も綺麗でしょう』そう言うと、そのままミレイオの横に上がる。
「幾ら?」
「200ワパンです。食事はありませんが、風呂代も込みで」
じゃ、良いかと頷いて、ミレイオは馬車を進める。フォラヴの馬車もすぐに付いてきて、旅の一行は花壇の色が美しい、こじんまりした宿に入った。
シャンガマックが宿泊代を支払いに行き、その間に馬車は宿の裏庭に止める。
事情を説明し、ドルドレンの部屋はシャンガマックと一緒にした。親方に運ばれる総長を見て(※抱っこ)宿の老夫婦は眉を寄せ『かわいそうに』と囁き合っていた。
「どうかしたの?気絶?」
お婆さんがシャンガマックに訊く。褐色の騎士も首を振って『こん睡状態が続いて』と見たままを答える。理由は分からないし、ウソでもない。
「俺の上司です。俺が様子を見ているんで、側にいます。部屋代は人数分払うから」
「いいわよ。あの人、身動き取れないんでしょ?何人泊まるんだっけ」
「ええっと。馬車に泊まる人もいるから(※親方)。5人です」
おばあさんは4部屋しか使わないから、4人分でいいと言ってくれた。お風呂は構わないし、食事を出すわけでもないからと言うので、シャンガマックはお礼を伝えて、宿に4人分の料金を支払った。
部屋にドルドレンを入れると、運んだ親方の後ろを付いて来たお爺さんが『ベッドをもう一台運んでもらえないか』と親方に頼む。
「その人の世話。あのお兄さんがするんでしょう?横の部屋からベッドを出して、こっちの部屋に移してもらえたら、使っても良いですよ。私はこんな年で、ちょっと」
「そうか。それは助かる。有難う。では俺が運ぼう」
腰の曲がったお爺さん(※&小さい)にベッドを運べるわけもないので、親切にお礼を言って、タンクラッドは横の部屋からベッドを運び出し、総長のベッドの反対側に置いた。
「どうしたの。普通の具合の悪さに見えないけれど。医者は?」
「ちょっと衝撃的なことがあってな。意識が飛んでいるんだ(※強ちウソでもない)。この男の世話をする彼は、薬も調合する。彼がいるから医者には行かないんだ」
そうなの・・・と、お爺さんは同情して頷く。『生きていると、つらいことも沢山あるからね』お爺さんは背の高い眠る男を見て、それから親方を見上げ『元気を出しなよ。きっと良くなるよ』と励ましてくれた。
そして旅の一行は、一度馬車に戻って溜まり場で会議。ドルドレンを寝かせているので、シャンガマックは部屋。他の4人で話し合う。
「これから森へ行きたいと思います。セン(※馬車の馬)を借りても良いでしょうか」
「馬車から外しているから、それは構わんが。龍ではなくて良いのか」
急いで馬を出したいというフォラヴに、親方が理由を訊く。フォラヴは首を振り『ここですぐに龍を使う気になれません。村人に説明した後です。今は馬の方が早く動けます』と答える。
「でも。センは鞍も何もないわよ。裸馬に乗るの?」
ミレイオの質問に、フォラヴが答える前にザッカリアが反応する。『フォラヴは乗れるんだ』そうだよねと妖精の騎士に微笑む。フォラヴもニコリと笑って頷いた。
「私には馬具は不要です。騎士修道会ですから、いつもは使いましたが」
「そうなの。で、どうするの。森へ行くって言うけど。帰ってくるの?」
「はい。夜は戻ります。村は門もないし、柵くらいしか見当たらないので、私が夜間に戻っても咎められないでしょう。今から森へ行き、出来ることをしてから帰ってきます。宿のご夫婦には、今日中に戻ることをお伝え下さい」
そう言うと、フォラヴは時間が惜しいと分かる急ぎ方で、腰を上げ、皆に簡単に挨拶をしてから馬車を降りる。
すぐに馬の声がして、フォラヴの乗ったセンが宿の敷地から出て行った。彼を見送った3人は、シャンガマックに伝えるために、ドルドレンの部屋へ移動した。
3人は、ドルドレンの横になるベッドの横、彼を見守る褐色の騎士に、フォラヴのことを伝えた。シャンガマックは窓の外を見て『俺も気にはなりました』と言う。
「でも。フォラヴに出来ることは浄化だけだと思います。大元を倒さないといけないのは、フォラヴも分かっているはずなんで、その部分は俺たちが戦うでしょう」
「フォラヴはそんなこと言っていなかったが」
「今は言えませんね。総長もこの状態で。イーアンもいなくて。タムズを呼ぼうにも、敵がどこか分からないから、呼びにくいのは分かります。タムズと話したこともないですし。
フォラヴはとにかく、土の痛みを止める方を選んだ気がします。俺たちよりもフォラヴの方が、自然の声に敏感です。土の声が聞こえたんでしょう。土や、土と生きる動植物の」
親方は、シャンガマックの言葉に、また新しいことを知った。彼ら騎士のことは、殆ど知らないに等しい。ここでもう少し話を掘り下げる。
「お前も。確か精霊とやり取りして、その精霊が『大地の精霊』と言っていたよな。この前、その守りの証を受け取った・・・・・ 」
「そうです。俺の場合は、精霊と関わるんです。フォラヴは違います。何度も彼が言うけれど、妖精の血が流れている人間なんです。割合は分からないし、『先祖に妖精がいた』という話もあるから、どれほどの力か知らないですが。
でも人間よりも、妖精の方が近いように感じることも、よくありました。人間の体で、宙に浮かべないですよ。彼は木々が側にあれば浮かぶんです。
多分、今も動植物の声を感じたから、急いでいる。そんな気がします」
友達の説明をする褐色の騎士の側。ミレイオは静かに頷きながら『そうね。助けて、って言われて、放っておける気がしない』分かるかも、と呟く。
こうしたことから、4人は夕食の時間まで、明日以降の予定を考えた。
フォラヴの希望では『3日』滞在。宿泊費は問題ないから、それは良いにしても。次の村でも滞在することで、大幅に本部までの日程が狂う。
「どうなんだろ。ドルドレンが聞いたら、何て答えるのかしら」
「総長は滞在するんじゃないのか?どっちみち魔物退治だ。影響力が酷くて、先に改善出来る部分があれば、総長はフォラヴの意見を受け入れる気がするが」
「そうですね・・・無責任な事は言えませんけれど。遠征もそういうものでしたから。結局、魔物退治が長引けば、帰れないんですよ。そういうもの、って思ってるんじゃないかな」
ミレイオの懸念に、親方とシャンガマックが答え、言われてみるとミレイオもそんな気がしてくる。ベッドに横たわる男を見つめ『そっか。あんたは魔物退治が仕事なんだもんね』と理解した。
「警護団本部に行くの、急ぎじゃないんだっけ」
それは一応、皆の認識を確認するミレイオ。
ベデレ神殿の悪事については、教えるのは勿論、早い方が良いが、当初は警護団本部へ向かう理由が『テイワグナで魔物退治をするから報告』だった気がする・・・皆は顔を見合わせ、そうだったよねぇ?と確認し合う(※よく覚えていない)。
とりあえず。本部へ向かう日数は延びるにしても、まずは魔物退治が目的なんだからと、フォラヴの意見を組み込むことに決まった。
フォラヴはその頃。村を出た西へ向かって馬を走らせ、見えてきた森に入った。森の土は痛んでおらず、センが蹄に踏む側から、柔らかな腐葉土の匂いがした。
「ここは。無事・・・良かった」
見上げる木々も元気そのもので、元々、肥沃な土壌とされている地域であることが窺える。
フォラヴはそのまま馬を進め、森の木々の間を縫って奥へ行く。森は適度に木々の間隔があり、光が差し込み、朽ちて倒れた木も、新たな生命の宿り場としてコケが生す。
「気持ちが変わります。呼吸しやすいですね」
馬に話しかけるフォラヴ。馬も振り向いて頷く。微笑んだ妖精の騎士は『もうそろそろですか』と訊ねた。茶色い馬はゆっくり歩いて、一本の大樹の側へ寄る。
「あなたがここの守りを。私はフォラヴ。ハイザンジェルの森の奥から生まれました。私の中に流れる血が、あなたにも認められますように」
馬に乗ったままの騎士が静かに語りかける。瘤の多い、樹幹逞しい、どっしりとした木は、妖精の騎士の言葉に少しずつ枝を揺らす。
「助けに来ました。でも私が助けて頂くのか。近くの村の土を癒します。私に力を貸して頂けますか」
『妖精の子。女王の賜物。喜びの微笑み。お前は何をするのか』
大きな木がフォラヴに答えた。フォラヴは微笑んで『私の声を聞いて下さって、有難うございます』と先にお礼を言う。
「私はここで力を蓄え、村の汚染された土を癒します。繰り返し行い、力を使い切ればここへ戻ります。私は土が戻るまで、それを繰り返します」
彼の声に、大樹は少しの間が開く。暫く待つと『魔物がいる』と教える。フォラヴに、魔物を倒さないと変わらないことを教え、それはどうすると訊ねた。妖精の騎士はすぐに答えた。
「私の仲間が倒してくれます。そのためにテイワグナに来ました。今、仲間は様々な事情で少し。手薄なのですけれど。強い方たちですから、必ず魔物を倒して下さるでしょう。どこにいるのか分かれば、きっとすぐにでも。
魔物の場所を突き止めるまでに、土が死んでは大変です。私は先に土を守ります」
『魔物は。村の中。花の中。種の中。こぼれた種は土を齧る。毒を出す。毒と共に生きる花を見つけるのだ』
フォラヴは固まる。魔物が。まさか植物とは。
同時に、困惑もする。魔物となった植物を片付けるとなれば。もしも、広範囲に広がっていたら。『それは、あの村の収入源を断つようなことを、しなければならないのでは』フォラヴの唇から、恐れる言葉が落ちた。
妖精の騎士の頭の中に、焼き払う植物の山が浮かんだ。大樹は何も言わず、その代わり、目の前に立つ騎士に、漲る森の力を注いだ。
お読み頂き有難うございます。




