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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
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84. 絆

 

「私の声をお受け取り下さい。私に流れる尊い血よ。人の身を持って生まれた私を憐れんで下さい」



 真夜中に月が上がる頃。

 静まり返る森の中に、細く小さな一筋の滝を探したフォラヴは、心から湧き出る思いを言葉に託す。



 滝は月光にきらきらと輝き、月光のきらめきは、羽が生えたように宙に舞い始めた。


 宙に舞う光がどんどん増え、鈴が鳴るような笑い声が四方から響き、薄緑色の爽やかな光が宙舞う光の塊を包んだ。



『空の風を瞳に宿す、私の子ドーナル。あなたを憐れまずに生かすことなど出来ましょうか』


 多くの妖精を引き連れて目の前に現れた、背の高い白い妖精に、フォラヴはわずかに見惚れたものの、すぐに目を伏せて跪く。


 白い肌は抜けるように輝き、静かな瞳は全ての過去と未来を見据え、知恵に満ちた微笑は(とこ)しえの喜びを湛えている。その声は、空間を愛に震わせる穏やかな声。美しく流れる金髪は、月光の糸のように、女王の背中を流れ落ちていた。



「女王にお越し頂くとは。心より感謝いたします。無限の時に在るあなたに伺いたいことがあり、こうしてお願いに参りました。既にご存知かもしれませんが、私の友が生命を失いかけております。私に友を助ける力をお教え頂けませんか」


 妖精の女王はフォラヴを見つめ、滑るように近づいた。


『あなたの友。あなたの想い人。あなたの忠誠。イーアンは無事です。私はイーアンの魂に伝えました。空の風を瞳に宿す、心の美しいドーナル。戻りなさい。そしてイーアンの手伝いをしなさい』


 静かな声でフォラヴに告げて、女王はフォラヴの髪に口付けをして微笑んだ。フォラヴが目を上げると、女王はもう一度微笑み、現れたときと同じように光の中に薄れて消えた。




 同じ頃。支部の自室にこもったシャンガマックは、窓から入る月光の下に、大型の円陣を描いて立っていた。床に描かれた円陣の枠に古い文字が並び、たくさんの植物や骨が置かれている。


 シャンガマックが低い声で謡うように唱え始めると、円陣の中に風が吹いた。


『タガンダ・エウィガ・シャンガマックの息子、バニザット・ヤンガ・シャンガマック。その用を伝えよ』


 シャンガマックの前に、風に包まれた人型の精霊が現れた。



「精霊ナシャウニット。バニザット・ヤンガ・シャンガマックの声に応え、その姿を現し給うことに感謝する。精霊ナシャウニットに護られ、魂の川の手前に座る者に、何を与えれば目を開くのかを尋ねる」



 小さな竜巻のような風の中に映る、茶色い大地の色をした影は、金色の光をぼうっと放った。


『バニザットよ。よく聞け。魂は引き止められている。肉体に力を戻せば光の元に戻るであろう。今後、お前の持つ言魂を、その者の進む道の助けとせよ』



 シャンガマックが礼を伝える前に、影は風と共に消えた。

 言われた言葉を反芻し、『イーアンは死なない』と呟いてホッとしたシャンガマックは、急いで体力を回復する薬草を調合し始めた。




 人の消えた広間に、2人の男が座って酒を飲んでいた。


「厨房から一本持ってきたが、後で言われるかもな」 「明日買出しだろ。分かりゃしない」


 片目の騎士と伊達男が、暖炉の火のくすぶる前に足を投げ出して座っている。



「明日。朝になったら、あの変な魔物を裏庭に入れとくか」 「どっちだ」 「蹴り倒したほうだ」


 クローハルが酒を一口飲み、頬杖を付いて暖炉の小さな炎を見た。『また、取りに行くとか言いだしかねないだろ』と呆れたように溜息をつく。フフン、とブラスケッドが笑う。


「イーアンは面白い女だ。この2年でどれだけの国民が逃げたか分からない、魔物だらけのハイザンジェルで、一人だけ魔物に面と向かって笑い飛ばす」


「楽しんでるんだよ、彼女は。どこであんな勉強したんだか知らないが。あれこれ知っていたって、得体の知れない相手に飛び込まないぞ。普通は」


「クローハル。お前はいつまで彼女を追い回すんだ。好みに見えないが」


 空の容器に酒を注ぎながら、唐突にブラスケッドが話を変える。クローハルは炎に胡桃色の瞳をきらめかせながら鼻で笑った。



「関係ないだろ」 「ドルドレンがあれ以上、白髪になったらどうする」 「どうでもいいよ」


「本気で好きなのか」


 クローハルは答えなかった。代わりに大きな溜息をつく。手酌で酒を足して呷ると『俺にもわからない』と目に被る髪をかきあげた。


「何がどうだから好き、とか・・・・・ イーアンはそういうんじゃないんだよ。ただ頭から離れないだけだ」


 ブラスケッドが片目で、友の遣る瀬無さそうな横顔を見る。もう一口酒を飲んで、『そうか』とだけ答えた。


「何でだろ」 「何が」 「何で俺がここにいるんだろう」 「お前がドルドレンじゃないからだ」


 クローハルが睨みつける。ブラスケッドはくっくっと苦笑いして頭を振る。手酌で注ごうとするクローハルから瓶を引っ手繰って、クローハルに注いでやり、自分にもなみなみ注いだ。


「本気の相手が出来て良かったじゃないか。騎士らしくて」 「馬鹿言うな。分からないって言っただろ。俺はいつでも騎士だ」 「イーアンは取り巻きが増えているから、せいぜい後ろの方で喚くんだな」


 舌打ちするクローハル。『どれだけ女日照りなんだ。うちは』とぼやいた。


「お前は日照りと無縁だろう。お前だけでも他所でよろしくやってれば、ちょっとは席が空く」


「うるさい・・・・・ 今日。こんなことにならなかったら、菓子の話がてら口説けたのに」


「ああ。夕方前に食ったやつか。美味かったな」 「美味かった。本当にもう・・・・・次々に」



『寝るまで飲んで、早く寝ろ』とブラスケッドが笑って、クローハルに飲ませる。『朝になったら魔物の死体を運ぶの、手伝ってやる』そう言いながら、炎の光を含んだ片目を向けた。

 クローハルは何も言わなかった。時々、切なそうに溜息をつくだけで。このまま二人は、夜更けまで飲んだ。




 ロゼールはトゥートリクスと一緒にいた。


 トゥートリクスが階段に座って泣いているのを見つけて、並んで座ってからそのまま慰めていた。トゥートリクスは、子供の頃に北西の支部に預けられて、ロゼールはその後に入ってきた。長い付き合いだ。



「イーアンが死んだら嫌だ」 「死なないよ。怪我はしていなかったじゃないか」


「魔物がいなくなって、イーアンが来たからかと思っていたのに。まさか魔物に襲われるなんて」


「そうだな。イーアンは襲われるより、魔物を襲うほうだからね。解体しちゃうし」


 笑ったロゼールに、トゥートリクスが涙目で睨む。『俺たちを助けるためだ』と言い返し、ロゼールが首を振って『冗談だよ』と言い直す。でもさ、とロゼールは続ける。


「彼女は本当に勇敢だと思わない?イオライでもそうだったけど、谷でも、滝つぼに突っ込んでいく。そんな人が簡単に死んだりしない、と俺は思うんだよ」


 トゥートリクスが俯いたまま黙っている。ロゼールはさっきからこの励ましを続けていた。



「何をすれば元気になるのかな・・・・・ 野菜かな」


 ロゼールはちょっと吹き出しそうになったが、友達が真剣に考えているので何とか飲み込んだ。一つ咳払いして、『良いこと思いついた』と手を打つ。涙に濡れた大きな目を拭きながら『どんな?』とトゥートリクスが訊ねる。


「明日、ヘイズに相談して、イーアンのために料理を作ろう。当番じゃないけど、皆も心配しているし、事情は分かっているから、きっと元気が付くような料理を教えてくれるはずだ」


『あっ』パッと顔を嬉しそうに変えて、トゥートリクスが頷く。『いつ目が覚めても良いように、時間が経っても美味しい料理が良い』とロゼールに言う。ロゼールも微笑んで『そういうのないか、聞いてみよう』とトゥートリクスの肩を叩いた。





 自室ではなく、月明かりの差し込む倉庫にいたダビは、自分の工房で矢を作っていた。魔物相手に10本近く使ったので、その日の内に補充しておこうと。


 ダビの工房は、申し出て得られたものではなく、ダビが修理や改良を引き受けているうちに、物置に工具や道具を置き始めたのがきっかけだった。気が付いたら自分の工房が出来ていた。

 最初のうちは、工房と呼んで良いか分からなかったが、他の者が『ダビは』『工房だ』と言い続けることで、物置一棟が自分の持ち場になってしまった。なので、かつての物置は、もう武器工房と化している。



「普通の武器に、魔物の加工か」



 夕方の矢のことを思い出す。2頭を倒してからすぐ離れたので、毒の種類も聞いていなければ、予定する使い道も訊きそびれた。


 ダビは、イーアンが物を作るので気が合うと思えた。自分はイーアンの言いたいことが読めるし、イーアンは自分の目から考えを読み取る。なぐり書きの図面を見ただけで、イーアンの改良したい理由や重視していること、求める結果が理解できる。多分、自分が逆に相談しても阿吽の呼吸で理解してくれるだろう。


 ・・・・・男だったら楽なのに、と思ってしまうくらい、もっといろんなことを話し合いたくなった。 

 ――総長がバカみたいに大事にしているから、そんなつもりじゃなくても引き離されている。面倒くさい。話も出来ないとは。



「そうだ。話。出来ないんだっけ」


 イーアンが意識がないことを思い出した(さっきまで忘れていた)。大丈夫かな、とは思うが、自分に何が出来るわけでもない。回復を祈るだけだった。

 ふと、新しい矢の部品を並べた作業台に目を走らせた。もしかして、魔物の体のどこかを部品そのものに置き換えられたら。イーアンはこの話に食い付くのではないか、と思えた。


 ――魔物狩り大好きなのだから、絶対食い付く。それで元気が出るかもしれない(どんな人)。


 ダビは明日、もしイーアンが目覚めたらすぐに相談出来るように、紙をどさっと机に置いて、思いつく範囲で案を書き始めた。イーアンをバカ可愛がりしている総長に会話時間をもらえないなら、資料で渡せば良い、と考えて。





 同じように。イーアンを仲間と認めたスウィーニーやポドリック、アティク、ギアッチ、他。そして何となく恋心を持つディドンや、全く嫌がられるだけの存在ノーシュやアエドックも。父親のような付き合い方を選ぶ、剣王のオシーンも。

 その夜は、倒れたイーアンのことを少なからず思い出していた。


 ディドンに至っては、ハラハラしたりウロウロしたりで、眠っても不安で起きる、落ち着かない夜だった。

 そして不穏分子のノーシュ、アエドックは、イーアンが実際どういう状況なのかを知らないのもあって、ただ『魔物に襲われた』との噂から、彼女が魔封師ではないかも・・・と思った夜になった。



 イーアンの為人(ひととなり)で親交を持った者たちは、彼女の生命まで及ぶようには誰も思えなかった。

 確かに深刻な事態ではあったが、ロゼール同様に『あの人、そんなに簡単に死なない』という感覚があった。ただ、何か重要な出来事のようにも思えて、とにかく無事に回復することを祈った。



 それぞれの想いが募る夜。



お読み頂き有難うございます。

精霊ナシャウニットの顔を描きました。



挿絵(By みてみん)



人のようだけれど、人とは異なる顔つきです。

ナシャウニットは呼びかけに応え、遥か昔からシャンガマックの部族を護り続けています。

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