847. 旅の十六日目 ~倒れた勇者1
※お食事中の方はご遠慮頂きます方が良い内容かもしれませんので、ご注意下さい。
「息はしてるのよね」
「呼吸は大丈夫だな。ちょっと待ってろ・・・反応も。大丈夫だな」
ミレイオに覗き込まれるドルドレン。タンクラッドは、ナイフの先を少し熱した部分を、ドルドレンの手の甲に当て、手がびくりと動いたので、感覚は大丈夫だろうと判断する。
「火傷しちゃうよ」
ザッカリアがビックリして訊ねる。親方は首を振って『湯の熱さだ』問題ない、と安心させる(※湯=80℃=卵白熱変性温度78℃=火傷可)。
「総長に何があったんですか」
シャンガマックもドルドレンを見つめ、職人二人に訊く。フォラヴはそっと総長の額に触れ『悪いものではないのですね』と呟く。
ミレイオは溜まり場の後ろに皆を集め、自分たちも知らないが、タムズが来て何かを彼にしたことだけは伝える。『とりあえず、食事。煮詰まっちゃうわ』他にドルドレンの説明が出来ないので、まずは朝食にしようと促す。
動かない総長は、荷馬車に倒れたそのままにして、5人は朝食を進める。『ドルドレンの分。余るわ』次から次に・・・ミレイオは眉を寄せて首を振る。
「あれじゃ食べられないだろう。俺が食べる」
「総長。おしっこどうするの?あと、う」
ザッカリアが気が付いて、排泄のことを口にした途端、フォラヴが手を伸ばして子供の口を塞いだ。
「いけません。食事中ですよ(※食事中だから言っちゃダメ)」
妖精の騎士の手に口を塞がれて、ザッカリアは頷く。フォラヴはゆっくり手を離しながら『側で誰かが付いて、総長の世話をしましょう』これ以上は言えない、と目を伏せ、また食事に戻る。
もしも、ドルドレンが○○○を出したら。下の世話・・・・・
ミレイオとタンクラッドは、食べながら眉を寄せる。イーアンがいれば頼めるのに(※こんな時こそ妻として)。
幾ら何でも、その世話は嫌なミレイオは先手を打つ。横にいる剣職人に小声で囁く、先手。
「ねぇ。私。ちょっと難しいかも」
「俺に言うな。俺のが難しい」
「体格がさ。私じゃ、ほら。ドルドレン、体が大きいでしょ。重いし」
「何言ってるんだ。ほいほい、俺でも担ぐくせに。俺は絶対・・・嫌だぞ(※食事中は伏せる名詞)」
「あんた、やりなさいよ。仲良くなったんでしょ!私、基本的に美しいものじゃないと触らないわよ(※下の世話はイヤ)」
「俺だって冗談じゃないぞ!これがイーアンならまだしも(※イーアンが嫌がる)」
中年二人が、わぁわぁ押し付け合っているのを、シャンガマックとフォラヴは複雑な心境で見つめていた。
ザッカリアは自分が火付け役とは思っていないので、もぐもぐ食べながら、おじさんとミレイオは急にケンカしてる、と思っていた。
「シャンガマック。あなたは介護の経験がおありですか」
そっと、子供に聞こえないよう、俯きがちにフォラヴが囁く。シャンガマックは目を見開く。友達にされた質問の意味が心臓を貫く(※総長・下の世話担当候補)。驚きを隠さない褐色の騎士は、眉を寄せたまま、小さく首を振った。
「お前は。フォラヴ」
「私は、そんなこと考えたこともありません」
潔癖症ではないが、フォラヴは汗をかくのも嫌がる。支部の誰よりも綺麗好きで、臭いや汚れに神経質なのは有名だった。風呂は一緒に入るが、それも年月を経て慣れたくらいで、最初は一人で入れる時間を選んでいたほど、他人の汚れを嫌う(※共同おトイレに慣れるのも大変だった)。そして、香水はいつも使う。
シャンガマックの問いに、嫌そうに一蹴した答えを返したフォラヴは、柔らかい弧を描く柳眉をぐーっと寄せて、本気で嫌がっている顔をする。
シャンガマックは、さすがにフォラヴにさせるわけにはいかないと思う。旅を放棄しかねない(※放棄理由=総長の下の世話)。
そしてザッカリアにも、絶対させられない。もし彼が、同情から引き受けようとしても、ギアッチに何を言われるか(※『大人がそれだけいて、子供に何をさせるんですか!!!』の予想)。
困った顔で、ちらっと職人二人を見る褐色の騎士。彼らもずっと押し付け合いを続けている・・・・・
――俺も。イヤだけど・・・でも。総長が気の毒だし(※垂れ流し想像)。馬車も臭いが付くし(※これも厳しい)。
悩むシャンガマック。誇り高く、気性の激しい中年組が、総長の世話をする気がしない。甲斐甲斐しいイーアンは、こんな時に限って、空。フォラヴは想像したのか、横で震えている。ザッカリアは免除。
俺が。俺が。総長のお尻を拭くのか・・・・・ それも。出た後に・・・・・
思えば。お尻だけじゃない。排尿があれば。勿論、アレも拭かなきゃいけないわけで・・・・・ お尻は一日一回かもしれないけど、排尿は多分もう少し頻度が。
ここまで考えて、苦しいシャンガマック。顔を思い切り俯かせて、拳を握って脳内バトル。
厳し過ぎる過酷な問題を前に『自分は今まで、総長にどれだけ助けてもらっただろう』とか、『俺の命をいつも守ってくれた』とか、彼に世話になった数知れない過去を必死に思い出す(※恩を返す勢いをつける)。
ぶるぶる震える拳を、ぐっと力一杯握り締め、シャンガマックは意を決する。カッと開いた漆黒の瞳。食事の皿を持って立ち上がり、ハッとして見上げる皆を見て、荒い息を押さえ込みながら覚悟を決めた。
大きく深呼吸し、自分を見つめる皆に、低く震える声ではっきり伝える(※出来れば言いたくない)。
「俺がやります。俺が。総長に受けた恩を返しますっ」
ミレイオ、絶句。タンクラッドも凝視して『バニザット』名前を呟くのが精一杯。フォラヴは涙ぐんで、友達の勇姿を尊敬する(※助かった!)。ザッカリアは何のことか分からない。
黄金の腕輪と首飾りを輝かせる、褐色の騎士の決意。
言ってしまった以上、もう後戻りできない(※下の世話担当)。目をぎゅっと瞑り『俺が。総長の側につきます』もう一度、自分の為に、歯を食いしばって言葉にした。
立ち上がったミレイオは、ヨロヨロと彼に近付いて、ゆっくり抱き締めた。
「あんた・・・カッコイイ(※感謝一杯)! シャンガマック、凄いわ(※私出来ない、の意味)」
親方も側へ来て、眉を寄せた戸惑い気味の表情で、首を振りながら『お前は。何て忠義に篤い(※俺はイヤだ、の意味)』ミレイオに抱き締められる騎士の肩に手を乗せ、タンクラッドも感動を伝えた(※手伝わないけど)。
この後。フォラヴもシャンガマックに礼を伝え『私は総長の着替えを用意します』と、出来ることを提案した(※用意するだけ)。
ミレイオも洗濯は自分がするからと引き受けて、地下の力で消滅くらいなら頑張れる、と教えた。
かくして、決定したシャンガマックの担当。皆は彼の勇気を誉め、自分が手伝えることはする、と伝えた。
朝食を終え、片付けて、馬車は出発する。何もなければ、今日の午後には着く目的地の村へ向けて、荷馬車はタンクラッドが御者、後ろはミレイオが御者を務める。
ザッカリアはフォラヴと勉強で、動かない総長は、ベッドに移してシャンガマックが側に座る。
ミレイオの提案で、布団を外すことになり(※漏らしても良いように)通りすがりの農家で藁をもらって、布団の代わりに吸収しやすそうな藁をベッドに敷き詰めた。
「藁の上に敷布一枚。総長。あなたが苦しんでいる時に、こんな扱いをしてすみません」
水の桶とお尻拭き用の布を用意しながら、シャンガマックは呟く。ミレイオが言うには『もし出たら。敷布をめくって、藁で包んで!出来るだけ触らないように、分厚く包むのよ。私、呼ばれたら消滅させるからっ』だそうで。そうしたこともあっての藁。尿の場合は、出たらもう無理だから、終わるまで諦めることに決まった。
「俺もこんなことするの。初めてですから。上手く出来るか(※危ない方向へ出発)。
・・・・・でも、受けた恩はこんな時こそ返さなければ。俺も男です。総長の意識が戻って、無事に体が動くまで、お世話します」
シャンガマックはそう言うと、総長のベッドの横に小さな椅子を引き寄せて腰掛け、本を読み始めた。
これを聞いているドルドレン――
シャンガマックの言葉に、不安が過ぎっていた。身動き一つ出来ない体でも、聞こえているし、何かが触れれば感触もある。動かそうとしても、体に感覚が行かずに、一切どうにも出来ないだけで。
ミレイオが、馬車の外で話していたことが少し聞こえたが、彼らは俺の・・・俺の排泄処理について、まさか話しているのか?それが最初の恐れだった。
なぜか、藁を敷いたらしいベッドに乗せられて、藁がチクチクするのも言えないまま、横になる自分。
そしてシャンガマックの独り言を聞いて、十中八九、恐ろしい予想が当たっていると思う。シャンガマックはどうも、俺の下の世話を引き受けた様子・・・・・ それはどうやっても避けたい!!俺の体は、自分の意思で規制はかかるのか?!タムズに訊いておけば良かった(※そんな余裕はなかったけど)!
このまま。もしも、本当に便意を催したら。俺は、部下の前で垂れ流し、ううっ絶対イヤだ。更に部下に服を脱がされて、尻やアレを拭かれるのかっ!!イーアン助けて~~~っっ!!!
ドルドレンは、自分が勇者なのに、なぜこんなとんでもない目に遭わなければいけないのか。それも嫌で仕方なかったが、今はとにかく、差し迫る危機 ――排泄の処置―― の対策を必死に考える。
タムズは?なんて言っていたっけ。思い出せ、思い出すんだ。早く思い出さないと。
俺の気力を奪うとか・・・そう言っていたような(※頭の中が混乱状態)。信じて立ち上がる、だったか。自分を信じたら、気力が戻るのか?
タムズの言葉は、こうなると非常に抽象めいた言い方で、精神的なものだけを伝えられていた気がした。質問をするなと言っていたから、聞くだけだったが。
まさか俺が、こんな状態になっているなんて、男龍たちは思いもしないだろう。
ハッとするドルドレン。そうだ、彼らは。食べない・・・だからこんな恥ずかしい目に遭うこともないのだ。
うわ~~~~~っっ そりゃないだろう~~~ 想像出来るわけないのかーーーっ!
絶望的なドルドレンは、我が身を憐れむ。泣けるものなら泣いている。しかし、泣くより早く、対応必須。何をどう考えたところで、頭の中でグルグルと恐れが回るだけ。
必死に知恵を絞り、どうにか動かせないかと頑張る。頑張っても何をしても、うんともすんとも言わない、自分の肉体。
何十分も同じことを繰り返し、それでも諦め切れないので、他に何か手がないかと記憶を探る。
ふと、イーアンが前に話していたことを思い出す。イーアンが力を使い過ぎて、イヌァエル・テレンへ運ばれた時の話。
数日休んで戻ったイーアンは、『力をどこに向けたら、動くのか分かりませんでした』と俺に教えてくれたことがあった。
眠っていて、男龍たちの会話は聞こえているのに、どうすれば体が動くのか、全然分からなかったと・・・何だっけ。何て言っていたっけ。
集中して思い出し、ビルガメスが確か『外に出さずに自分の中で回せ』と言った、その言葉を思い出す。どうするのか分からないが、力を感じるなら、自分の中に回す?
ドルドレンは何はともあれ、試せるものは思いつく限り、片っ端から試す。やり方なのか、集中力なのか、一体何が足りないのか、体が動く気配はないまま、時間は無情に過ぎる。
この時。ドルドレンは必死過ぎて忘れていたが。
実は彼は、昨日丸一日、何も食べていなかった。昨日朝、朝食前に空へ上がったドルドレンは、そのまま空にいて、今朝戻って来ている。この間、何も口にしていない。イヌァエル・テレンは空腹を感じない場所である。水一滴、口に入れないまま、24時間経っていることを、すっかり忘れていた。
そしてイヌァエル・テレンは、イーアンもそうだが、いる間にトイレの必要はない。
基本的に、排泄物を受け付けない場所であるため、食べたとしても、排泄物として出て行くことはなく、体を作った残りの不要な分は、そのまま気体に変わる。
なので。必死に知恵を絞って、対処に頑張るドルドレンだが、彼は運良く排泄物が体に溜まっていない状態にあった。
時々。側で本を読むシャンガマックが、自分を覗き込み、『大丈夫かな』と声にするのを聞く。
ちょっと自分の額に触って、熱がないか確認したり、手首に触れて脈を取ったりする動きに、ドルドレンは排泄の心配も消えないものの、その優しさに嬉しく思った。
シャンガマックは自分の状態を観察し、唇が開いていることから渇きを心配し、布に(※お尻用じゃないやつ)水を湿して口に少し入れてくれる。
「薬じゃ効かないんですよね。男龍の力だというし。苦しいのかな。可哀相に」
そんなことを呟く部下は、ドルドレンの背中の下に手を入れて、隙間を作って布を増やしてもくれる。『藁、切り口当たると痛そうだもんな』静かに思うことを口にしながら、ドルドレンを気遣い続けるシャンガマック。
ドルドレンは、いつしか焦りも少しずつ消え、彼に迷惑をかけたくない気持ちに変わる。恥ずかしいのも情けないのも、勿論避けたいが。
ずっと離れることなく、自分の側で様子を見ては、気になることを丁寧に改善する彼に、下の世話をさせて嫌な思いをさせたくないと、そう思い始めた。
馬車はゴトゴト進む。暖かい日のようで、馬車の中に通る風も暖かかった。このまま昼が来たら、熱くなるのかなと思うくらい、午前の馬車は布団でも掛けたような温もりの中にあった。
目的は変わったものの、排泄物の世話をさせないように取り組むドルドレンは、忠実な部下のため、どうにか体の自由を取り戻そうと、努力を続けた午前だった。
お読みいただき有難うございます。
明日は朝と夕方の投稿です。お昼の投稿がありません。
また、事情により、5月中に1日/2回投稿に切り替わり、以降は暫くそのままです。
お立ち寄り下さる皆様にご迷惑をおかけするかも知れず、申し訳ありません。
いつも、いらして下さって有難うございます。とても感謝しています。とても嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。




