845. 卵と男龍の都合と、ついでに鍛える話
翌明け方。
ドルドレンは龍の子の家近くまで来て、そこで待っていた。誰かが気が付くだろう、とティグラスに言われていたので、少し待ってダメそうなら帰るつもりで。
そうして、5分10分・・・経つ頃。イーアンが飛んできた。喜んで二人は抱き合って『起こして悪いね』『いいえ。来て下さって有難う』の挨拶を交わし、ちゅーちゅーして別れを惜しむ。
「ティグラスと沢山話した。気持ちがとても軽くなったのだ。凄い話も聞けた。イーアンが旅に戻ったら、話そう」
ドルドレンはそう言うと、見上げる彼女の頭をぎゅっと胸に押し付けて『愛してるよ』と伝える。イーアンも『愛していますよ』と答え、伴侶の胴をぎゅうぎゅう抱き締めた。
それからドルドレンは、自分はこれから戻るけれど、夜にコルステインが来るから、きっと夜はまた空へ来るだろうと伝える。
イーアンは喜んで『待っている』と答え、ミレイオに宜しく伝えてほしいことをお願いした。
「もちろんだ。ミレイオは元気がない。とても寂しそうだし、料理も失敗した。気がついてなかったが」
料理を失敗して気がつかないミレイオなんて。いつも自信に溢れ、一歩引いた高みから全てを見ているようなミレイオなのに。イーアンが驚いていると、ドルドレンは悲しそうに微笑む。
「自分が疑ったように見えただろうから、と。イーアンはそれで傷ついたと思っている。ミレイオは守り方を間違えたと言っていた」
「そんなこと思っていません。私も連絡しようにも」
「分かっている。仕方ないのだ。ミレイオも連絡しづらいと嘆いて、連絡球を使わない」
イーアンは悩む。連絡球を使ってすぐに会話をするのが一番に思える。でもそんな少しの時間で、ミレイオの気持ちを慰められるとも思えなかった。何せ、凹んだ時なんか見たことないのだ。
急ぐ時間に焦るイーアンは、必死に起きがけの脳ミソを回転させて(※シェイク)どうにか出てきた言葉を伝えてもらうことにした。
「ドルドレン。私が戻る時、ミレイオにお土産を持って帰ります。そう伝えて下さい」
「ん?お土産。そう。分かった。きっとそれだけで元気が出るだろう。それじゃあね。イーアン、また夜に来るから」
「ドルドレン、気をつけて。魔物退治で数が多かったり、相手がどんな攻撃か掴めなかったら、迷わずタムズを呼んで下さい。彼が倒して下さいます。私がいないから、それは」
「分かった。呼ぶことにする。イーアンも無理をしないで」
二人はもう一度ちゅーっとして、ぎゅーっと抱き合うと、夜に会う約束をして離れる。イーアンが見送る中、ドルドレンは戻って行った。
卵部屋に戻ったイーアンは、伴侶が来てくれたことがとても嬉しかった。夜も来ると言っていた。『彼も頑張るのです。私も頑張ります』うん、と頷き、足元にひっくり返って殻を取ろうとする赤ちゃんを抱きかかえた。
「ドルドレンは朝までいたな」
おじいちゃんが寝そべって呟く。イーアンが卵ちゃんと一緒にいる間、おじいちゃんも側にいる。なぜか帰らないので、何だか交代勤務に思えない。
「ティグラスと久しぶりに話せて喜んでいました」
「そうか。龍気じゃないがな。サブパメントゥの力があったな。夜、中間の地でコルステインが動いたぞ。お前、寝てたから知らんだろうが」
「え。魔物が出たと」
「そうだろうな。すぐに終わったから、大したことはなかっただろうが。コルステインが馬車にいるというの、本当だな。あの様子じゃ夜に魔物が出たら、コルステインだけしか動かない気がする」
ハハハと笑うビルガメスに、イーアンも笑って『コルステインは強いから』と感謝する。
それから孵ったばかりの赤ちゃんたちを抱っこして、おじいちゃんにも預け、あやしてもらい、朝に子供部屋に移す龍の子を待つ。
「ビルガメスの赤ちゃんは、まだですか」
「まだだな。こいつは6個目だから、もう少しかかるだろう。先の5つは昨日孵って」
そう言うとビルガメスはイーアンに腕を伸ばす。『こっちへ来ていろ』穏やかな声で呼ばれ、イーアンも側に座った。イーアンの背中を撫でながら『今日はタムズが子供部屋を作る』と教えるビルガメス。
「俺とお前がいるとな。卵は全部孵る。先に入っていた卵も昨日のうちに孵った」
イーアンは頷く。この話、昨日からぐるぐる聞かされている。おじいちゃんはよほど感無量なのだ(※ボケたわけではない)。
歌ったり、一緒に眠ったり、側にいるだけの卵孵し時間。イーアンとビルガメスが基本セット。
どちらかが動く時は、どちらかが残り、うっかり昨日のように、イーアンが出ている時におじいちゃんまで動くと、留守は別の男龍が呼ばれる。
彼らも卵を生んでいる最中に呼ばれるので、あまり良い顔をしない(※やり直しする羽目になる)。でも、おじいちゃんがワガママなので、誰も逆らいはしない。文句は言うけど。
なので、イーアンとしては、極力動かないように気をつける。
ドルドレンが来た時は、大急ぎで代わりを頼んだが、アテにならない代行(※横にいる人)なので、一緒に出てきてしまうから落ち着かなかった(※おじいちゃんは無責任)。
でも。ビルガメスがとても感動しているのは、一緒にいて伝わってくる。ワガママで押し付けが強くて、一方的で、勝手に決めることが殆どだけど(※これを迷惑という)そんな彼でも、嬉しくて仕方ないのは分かる。
ぽこぽこ生まれる赤ちゃんsに、ビルガメスはとても優しい目を向ける。イーアンが抱っこして頬ずりすると、ビルガメスも横から手を伸ばして受け取り、同じようによしよし指先で撫でる(※手の平サイズ)。
可愛がっている。誰の子でも、男龍か、龍の子か分からなくても。ビルガメスが生まれたばかりの龍の赤ちゃんたちを幸せそうに見ているのが、イーアンも横で見ていて嬉しかった。彼はずっと、こんな光景を待っていたんだと思うから。
卵部屋の廊下から見ているタムズも、次々に生まれる子供たちを眺めて微笑んでいた。自分の卵を持ってきたタムズは、扉を開けてイーアンとビルガメスに挨拶する。
「どうだね。疲れたかな」
卵を受け取りながら、イーアンは首を振る。『眠りました。朝方、ドルドレンも会いに来て。彼は戻ったけれど、元気を貰いました』今日も頑張れます、と笑う。タムズも少し笑顔を向け、それからビルガメスを見る。
「ビルガメス。帰っても。少し、私が代わろうか」
「お前は呼ばれ次第、中間の地に行かないとならんだろう。それに卵、それ何個目だ。ここにいたら、生めないだろうに」
「まあ・・・そうだね。でも、少しくらい。イーアンもずっとでは疲れると思うし。彼女を休ませても良いよ」
タムズはそう言って、イーアンを見つめ『休んでも』と促す。イーアンは、どうしようかなと考える。
――生まれた卵を放置出来ないので、一つ生まれたら、もうそれはすぐに精気を注がないと孵らない。
だから、イーアンがただの手伝いで入った前回前々回とわけが違って、集中的に男龍が卵を連続で生むとなると、彼女が卵から離れては試みの意味がなくなるため、交代以外の時間は、イーアンは卵たちと一緒なのだ。その交代時間も女龍は短い。
ビルガメスは、卵をイーアンの側で生む。彼くらい落ち着くと、集中力が普通ではないから、一人きりの空間じゃなくても可能(※おじいちゃんは会話しながら出産可能)。
さすがにそんな離れ業は、他の男龍に出来ないので、他の者は皆、卵を生む度に届けに来て、また戻ってまた生むことを繰り返す。そんな特別な一週間が始まって2日目。
・・・・・ドルドレンは会いたいだろうが。卵がある以上、女龍に離れられては困る。
男龍全員が、これが機会と理解している。ビルガメスの提案で、同じ始発点に立つことが許された。目指す場所は力試し、伝説の龍王。イーアンは今後も度々『一週間の協力』を求められるだろう。
ビルガメスは、自分の余命を気にし始めたのか。だから、早めたのかも知れない。彼らの旅が終わるまで待たないのは、余裕が消えたから?それとも別の、まだ何か理由があるのか。
とにかく、ビルガメスがいきなり動き始めた以上、男龍もこれを一つの転機として捉える。そしてビルガメスは抜け駆けしない。競うなら自分と同じ線に立たせる。
この、空を揺るがす可能性を持つ、大きな変化。最初の段階である今。
ここに、ドルドレンが入ってくるのは困るのだ。出来るなら、イーアンに外へ出てほしくない。最高潮の龍気を途絶えないようにしたい。
彼が一週間くらい我慢してくれると良かったのだが・・・・・ 昨日の感じではそうではなさそう。夜は来ると言っていたし。
ちょっと急に離し過ぎてしまったかなと、タムズは思っていた。きっかけも、きっかけだった。彼にもう少し、自分一人でも『イーアンを信用できる自信』が付けば良いのだけれど。
そんなことをタムズが考えていると、イーアンが答えるより早く、ビルガメスが『タムズ。子供部屋を増やす場所を見に行くぞ』と突然、立ち上がった(※イーアン遅れを取る)。
タムズがどうやら、ドルドレンのことを考えていると感じたおじいちゃんは、タンクラッドに続き、ドルドレンも助け舟を渡すつもりなのもあって、ここはタムズにやらせることにした(※タムズの都合無視)。
「イーアン。ちょっと出るからな。すぐそこにいるから、何かあったら呼べ」
ビルガメスは足元をハイハイする赤ちゃんを、ちょいちょい摘まんで(※ちっこい)イーアンにぽいぽい投げ(※イーアン大慌てでキャッチ)タムズに『行くぞ』と言うと、扉を開けて出て行ってしまった。
タムズも後に続き、ちらっとイーアンを見ると『卵を頼むよ』と微笑み、大きな男龍について外へ向かった。
部屋に残ったイーアンは、赤ちゃんsを両脇に抱えながら、群がる赤ちゃんにぶら下がられたり、髪を掴まれたりに、頑張って対応し、もう一人くらい誰かいてもと思っていた(※さっきまで休憩するかと言われていたのに)。
外に出たタムズとビルガメス。子供部屋の増築をする場所を見定め、特に他の建物に影響がなさそうな裏手を選ぶ。
それから収容人数(←赤ちゃん)に余裕を持った広さを決めると『今日あたり。この辺にな。建てておけ(※軽い)』おじいちゃんはタムズに命じる。タムズも見回して『そうだね。魔物の攻撃時にも耐えるように気をつけよう』と答える。
「それで。何かね。私も次の卵を生まないといけないんだよ。ビルガメスと違って、会話しながらいつでも卵を作れないからね」
「嫌味な言い方だな、お前は。父親に似て・・・その冷めた笑顔はズィーリーに似ているし。子供の頃は扱いやすかったのに」
ビルガメスの言葉に、ハハハと笑うタムズは『相当、前の話だよ』と一蹴。ビルガメスは、笑う若い男龍を見つめ『ドルドレンだよ』と教える。
「うむ。そうじゃないかと思った。彼に何か教える?」
「言葉で教えても分からんだろう。あいつは。その場だけで(※ドルドレン低評価)」
「感情に負けるから?」
「感情じゃないだろう。自分が弱いんだ。弱いから、強く素直であろうと意地を張る。目指すのは良いが、到着しない。目的地がないからだ。『状態』を『目的』と勘違いしているうちは、弱さを強く鍛えはしない。それは単なる我慢だ」
ふーむ。タムズもそれは分かっているので、小さく頷いて腕組みする。『では、どうするね』ビルガメスに案でもあるのか?と訊ねる。おじいちゃんは呟く。
「ドルドレンなぁ。勇者の意味を知ったまでは良かったが。理解が浅いのか、活きてないからなぁ(※ドル低評価2)。あいつも気が強いわけじゃないから、あまり俺の方法は使う気にならなかったんだが」
それを聞いたタムズは、さっと金色の瞳を重鎮に向ける。ビルガメスはその視線を受け止めて、何てことなさそうに首を傾げた。
「ビルガメス。ドルドレンに、私たちと同じような躾をする気か」
「お前たちは持つからな。気にしないが。あいつはちょっと心配だな」
「待ってくれ。人間だぞ。ドルドレンは。一昨日のタンクラッドはどうしたんだ。彼にはどうやって」
「ん?あいつはガドゥグ・ィッダンへ連れて行って、ちょっと話したら、ちゃんと理解したぞ」
「ガドゥグ・ィッダン?!彼を連れて?人間をあんな場所へ」
タムズは言葉が続かなかった。目を見開いて心底驚いたように、大きな男龍を見つめる。
ビルガメスは静かに『場所の名は伝えていない。中身に用があっただけだからな』大したことではないように言う。
「そんな驚くな。平気だったぞ。少し気分が悪くなったようだが、目を閉じさせていたら」
「死んだらどうするんだ。タンクラッドが、どんなものを抱えているのか知らないのに」
「落ち着け。大丈夫だったんだ。タンクラッドは自分で越えてきた。悩みは最近のもので、異質だったろう?心に負荷を掛けているのはそれだけだろうと判断したから、連れて行ったんだ。
俺が『行きたいか』と訊いたら、あいつはすぐ『勿論だ』と答えたぞ(※行き先の情報0だから)。
囚われているのは、俺の母のことだけで、あいつは自分の生き様に、決着は常に付けて生きてきた。過去にやられることはなかったんだ。だから無事だよ」
ビルガメスの突拍子もない動きに、タムズは時々呆れるが。ひょんなことで死ぬかも知れない(※タンクラッド、セーフ)場所へ連れて行ってしまうとは。
ドルドレンにそこまでしないだろうが、この分だと何をするやらと不安が出てきた。
そんなタムズの疑わしそうな目つきに、おじいちゃんは不愉快そうな顔をする(※いつでも自分が正しいと思う人)。
「しょうがないだろう。大量に卵、孵しているんだから。こんな機会、貴重だぞ。
それをちょくちょく邪魔されても(※ドル邪魔)。出来ることなら、折角イーアンがいるんだから、最高の状態で一週間済ませたいのは、お前も同じだろう」
「そうだが。ドルドレンを、危険に晒すような教え方は頷けないよ。万が一、ビルガメスの読みが外れでもしたら、イーアンだって卵どころじゃないぞ。私も許すわけに行かない」
「お前に許されないなんて、考えてもないぞ(※タムズなめてる)。イーアンは怒り狂いそうだが。
まぁ、大丈夫だ。俺だって、ドルドレンが耐えられないようなことはしない(※言ってるだけ)」
黙るタムズ。信用していない目で、向かい合うビルガメスを見つめる(※ほぼ睨んでる状態)。フフンと笑うビルガメス。
「タムズ。そんなだから、いつまで経ってもドルドレンは育たないんだ。優しいのも良し悪しだぞ」
「ビルガメス。彼におかしなことはするな。彼は人間だよ」
「俺はしない。お前がするんだ。タムズ」
嫌そうに眉を寄せたタムズに、ビルガメスは続ける。
「お前もそれくらい出来るだろう。ルガルバンダが最初にドルドレンにやったんだ。あいつの場合は目的がちょっと違ったが。説明してから行え。どうせお前が何かあれば助けに行くんだし」
「私に。彼の気力を奪えと。ルガルバンダはイーアンに行ったんだ。あの時、彼女は未知だったが、魂の猛りが強い上に、龍気を持っていたからすぐに自分で動けたんだぞ。
ドルドレンは龍気なんかないのに、気力を奪ってしまったら」
「俺がやろうか。俺はお前と違って」
「いい。私がやる」
怒ったようにタムズは大きく息を吐いて、ビルガメスの言葉を遮る。ビルガメスは薄っすら笑って『甘やかし過ぎだぞ』ともう一叩き、タムズの尻を叩くような言葉を投げて、卵部屋へ戻って行った。
タムズは目を瞑る。他に方法があれば良いのに、と思う。
でも思い当たらなかった。ビルガメスの言いたいことは分かる。自分も同じように感じていた。だが、自分の気力を動かせない人間相手に、龍族と同じような躾なんて行ったら。
「ドルドレン。君は自分を信じることが出来るだろうか。理由を考えず、君が生きていることを丸ごと信じられるだろうか」
それが出来れば、イーアンを失う不安なども消える。だけど・・・・・
タムズは首を何度か大きく振ってからミンティンを呼んで、真っ白い光の玉に変わり、地上へ飛んだ。
お読み頂き有難うございます。




