843. 旅の十五日目 ~勇者不在の馬車
朝食を終えた5人は、後片付けを終えてから出発する。
荷馬車の御者はタンクラッドで、寝台車の御者はフォラヴ。シャンガマックは中で調べ物。ザッカリアはフォラヴの横で楽器を奏でる。
ミレイオは、イーアンの残した縫い物の続き。イーアン用・グィード皮ズボンは縫い上げたから、彼女の縫いかけ仕事の、寝具の替えを縫うことにした。
街道から外れたので、地図で確認しながら、次の村へ向けて馬車は進む。
手綱を取りながら、タンクラッドは青空を見上げる。雲が流れて、風が強い。
朝食も食べずに、総長は空へ向かった。
笛の音が聞こえた時、ベッドを片付けていた親方は、何かと思って馬車の向こうへ回り込んだ。そこに総長がいて、自分の龍を呼んだ後だった。
『どこへ行く』
タンクラッドの質問に『空だ』と一言、彼は返した。タンクラッドは急いで『イーアンは卵を孵すんだ。強制的に決定したから、彼女が身動き取れない』それだけはと、伝える。
空の向こうからショレイヤが飛んでくるのが見える。ドルドレンは、少し戸惑ったようだが、頷いた。昨日の夜に見た、あの反抗的な目はもう消えていた。
『行って来る』
タンクラッドにそう言うと、飛んできたショレイヤに飛び乗り、総長は空高く舞い上がった。
その後、ミレイオが食事が出来たと呼び、皆に食事を配ってから、ドルドレンを空に行かせたのは自分だと話した。
『あの子。不安なのよ。ああ見えてさ、強がりじゃないの。ドルドレンは。本人も気が付いていないけど・・・あのさ。時々見せるじゃない、何かこう。子供みたいな喜び方とか』
食事をしながら、ミレイオは皆を見て、思い当たるか?と視線で訊く。
『私が思うに。ドルドレンって真面目だけど、理想の塊みたいな生き方してたんじゃないかしらね。ホントはもっと、幼い性質も持ち合わせてて、子供みたいって言うか。馬車の民だから、本当はそういう気質なんだと思うのよ。
だけど、親が異常とかね(※変態)。支部で頑張らなきゃいけなかったとかね。そんなこんなで、いつも自分はしっかりしなきゃって、気張って生きることが普通になったのかなと。
イーアンと出逢って、初めてそういう気張る感覚に緩みが生まれたんじゃないの?
それ以前に付き合った女なんかは・・・あの顔だからまぁ、苦労しないで居たでしょうけど。その女たちじゃなくてさ、イーアンが彼を解いたような感じかなって』
ミレイオの話を聞いて、シャンガマックは口を挟んだ。『そうかもしれません。イーアンを保護してすぐ、遠征にも連れて行ったんです。3日目だったかな。イオライ遠征があって』そう言って、横のフォラヴを見ると、彼も頷く。シャンガマックは続ける。
『ずっと一緒でした。自分の馬に乗せて、自分と二人のテントを作って。総長が彼女を守りたいのは、誰が見ても一目瞭然でした。
だけど、イーアンが。その、支部は男ばかりなので。それに、仕事が職人絡みだから、どうしても男の多い状況はあるわけで。
イーアンはそんなつもりじゃなくても、他の人と話したり笑ったり。そうすると、総長は子供みたいにフテくされていました。
何度かそれが繰り返された時、目に付いた隊長たちに、怒られたこともあったようです』
褐色の騎士がそこまで言うと、横のフォラヴがすぐに切り出す。言いたかったように。
『私も怒りましたよ。だって、騎士修道会に保護したのですから、彼女にどうにもならないことではありませんか。
彼が彼女に行う、目に余る行為は、幾つもありました。総長の気持ちも分からないでもありませんが、職人の元へ出かける日々が多いと、彼女に注意したのを、ある朝、耳に挟んだ時は。私は怒ることにしました。
止めろ、というけれど、仕事を代わりに引き受ける気で言っていますか?と訊ねたのです。まるで、彼女だけが悪いようにいうものですから。触られるとか、いつも出かけるなど。相手も仕事も、人付き合いもあることだと言うのに』
シャンガマックに続け『自分もそうしたことで注意した』と、珍しく長く喋った妖精の騎士に、皆は少し黙っていた。
親方は『職人に触られて』の部分は、一瞬『自分のことかな』と思ったが、オーリンも触っていたし、ミレイオもそうだから、俺だけじゃないかと思うようにした(※フォラヴに怒られるの苦手)。
『総長はね。寂しいんだ。イーアンが取られちゃうと思って。いつもね、俺がイーアンとお風呂に入ると、我慢出来なくなって叫ぶんだよ。ギアッチが止めてくれるけど』
ザッカリアも食事を食べながら、暴露話。
皆は、彼がイーアンとお風呂に入ることを話すので、少々戸惑う。総長が叫ぶ話も印象的だが、それが薄れかねない事実の方が強い(※風呂一緒>総長我慢ムリ)。
ミレイオは、うんうん頷き(※ここらで止めよう・・・の気持ち)『そういうことでしょ』と話を〆にかかる。
『本当のドルドレンって。きっと甘えたいのよ。イーアンはそれが出来る相手。だけど、自分一人で押さえ込めないのよね。こんな魔物退治の運命もあれば、彼女が龍とかさ。
それが、イーアンが自分からいなくなるんじゃないかって。当人も気がつかないうちに、溜まってるのよ。それで、いつもは流せることでも』
『俺と一緒に荷馬車にいたからか?流せないで一触即発だった、って言いたいのか』
タンクラッドが面倒そうに遮ると、ミレイオはちらっと見て『根に持たないでよ』の言葉で往なした。
だから、とミレイオは続け『空に行って話をしてらっしゃいよ』と。会えばまた、気持ちも整理できると送り出したことを皆に話した。皆は了解し、こうして、総長とイーアン不在の一日が始まった。
この後、シャンガマックとフォラヴ、ザッカリアは、タンクラッドに『俺たちはあなたを理解している』とちゃんと伝えた。タンクラッドは笑って頷き『分かってるよ』と彼らに礼を言っておいた。
「総長は。空でイーアンと話が出来るかな」
ゴトゴト揺れる馬車の御者台で、タンクラッドは流れる雲を見ながら呟く。
話せないことはないだろうが、いつもの物分りの良いドルドレンじゃないと、男龍が集まる場で、イーアンに発言する内容によっては、どうなることやらと気にはなる。
「特にビルガメスだな。彼はイーアンを・・・あれ、うむ。どうする気なんだろうな。
ドルドレンがいても、ビルガメスは気にしないで、イーアンを側に置きそうな雰囲気だったが」
彼の昨日の様子を見ていると、あの自信満々の雰囲気からだが、彼がイーアンを手放すとは思えなかった。
ドルドレンと彼女が相思相愛だとしても、全く関係なく、イーアンを自分の思い通りに動かそうとしているような。
「何か目的でもあるんだろうか。空の一族だから、女龍は貴重な存在だろうけれど」
親方は独り言を落としながら、総長が無難に話して、気持ちも落ち着いて戻ることを祈る。彼が戻るまでは、自分が皆の面倒を見るつもりで。
*****
勢いで向かったイヌァエル・テレンに入る、ショレイヤとドルドレン。
ドルドレンはイーアンに会いたいが、どこへ行けば良いのかは、全く分からない。ショレイヤに知っているかと訊ねると、龍は首をゆらゆら・・・『知らないのか』ドルドレンは困る。
「どうしたら良いだろう。イーアンがどこにいるのか、お前には分かるか?」
ショレイヤ。ちょっと止まる。飛んでいる最中で止まった龍に、どうしたのかと思えば、ショレイヤはじっと一方を見ていた。何か来るのだろうかと待っていると、赤銅色の体の翼持ちが近づいて来た。
「タムズ!」
「ドルドレン。よく来たね。一人で来たのか」
迎えに来てくれたタムズに会えて、ホッとしたドルドレンだが。昨日の今日でバツが悪い。そんな黒髪の騎士に近寄って、男龍は静かに微笑む。
「イーアンと話に来たのかね」
「うん・・・そのう。そうなのだ。俺は朝も。いや、実は昨日も散々で。イーアンがいないことで、苛立ってしまった。今朝、不満をミレイオに訊かれたことで、話し合って。ミレイオが、空へ行って来いと」
「彼女と会って、君が何を話す気なのか。訊いても良いかな」
お空の立ち話は、どうやら最初の門だと気が付くドルドレン。タムズは迎えに来てくれたのだろうが、イーアンに会わせるかどうかは、確認する様子だった。自分の返答次第だろうな、と思うドルドレン。口が重くなる。
「言えるなら。言ってごらん」
「あの。俺は寂しかったのだ。気がついていなかったが、イーアンが離れてしまう気がしていたんだと思う。
タムズが家を建ててくれたあの時。二人の家が、俺たちをいつでも繋げてくれたと感じた。でもその繋がる感覚が、旅では薄れていたのか。イーアンがタンクラッドと一緒で、急に不安が出てきて」
タムズはじっと、ドルドレンを見つめる。居心地悪そうに目を逸らす彼に、タムズは手を伸ばし、頬に触れて自分を見させた。
「こっちを見なさい。分かった。それをイーアンに伝えて、謝ろうとしているのかね」
「そう。それで、離れたことを訊き」
「離れた理由は、私たち龍族の理由による。それはイヌァエル・テレン全体に影響する。彼女が選んだわけではない。丁度良い機会だと・・・旅をしている君たちには少々難しいだろうが、私たちにとってはそうなんだよ。だから、君たちの苦戦時は私が代わりに行こうと言った」
ドルドレンの後半を遮り、タムズは事情を大きな意味で伝える。卵を孵すことを知らないのかと思ったタムズは、行けば知ることだろうからと、それは飛ばした。
大切なのは、卵が孵った後。これはドルドレンにもイーアンにも、話すわけにはいかない。
「イーアンには。会えないのだろうか」
「どうしようね。会っても良いのだが。君に会うと、彼女が戻りたがりそうで」
ドルドレンは、心配を含む男龍の言い方に、少しだけ嬉しく思った。イーアンは・・・俺に会うと戻りたがる。それを男龍が感じている。顔には出せないが、安心と嬉しさが胸に湧いた。
「俺が会いに来るのはどうだろう。旅の最中だが。毎日来る。それなら、彼女は動かなくて済む」
「君が。毎日。彼女が戻るまでの間、ここへ?」
そう言われると困るドルドレンは、答えられない。ただ、次の言葉を探して考える。イーアンが降りられないなら、自分が来ればと思った気持ちが、つい、口を衝いた。
男龍は少しの間、考えているようで黙っていたが、ドルドレンを見つめながら『ふむ。そうか』と呟いた。
「なら。まずはビルガメスに会うか。ビルガメスが、どう言うかだな」
そう言うと、顔を上げた黒髪の騎士に背中を向け『来なさい』と声をかけて、前を飛んだ。ショレイヤはすぐにタムズの後を追い、ドルドレンは、最初の門はどうやら抜けたことを知る。
この時。ドルドレンの中には『イーアンに会いたい』それしかなかった。それだけを願っていた。
*****
この日。馬車の一行は、有意義に過ごした。野営地に入り、次の村も明日到着の距離。雨も降りそうな夕焼けに、早めに食事の用意を行う。
ドルドレンが朝に出発してから。
タンクラッドは、通り道に設定した郵送施設へ寄り、シャンガマックと一緒に、魔物の材料を発送。
流れはシャンガマックが知っているので、前回同様に説明させ、事情を伝えて(※イーアン&総長不在)送付状などを見せて、問題なく荷造り完了。発送をお願いした。
場所取りの荷物を出した後は、タンクラッドはザッカリアを呼び、御者台の横に彼を座らせて頼み事。
ザッカリアにギアッチと連絡を取ってもらって、通信を代わり、ロゼールに伝えてもらいたい内容を細かく話した。
『ロゼに、委託工房の剣等在庫と製作状況確認。機構に送付状の追加手配、魔物製品の一部を輸出願い』
ギアッチは紙に書いて、確認で読み上げ、ロゼールと本部への伝言も完了した。返事があり次第、折り返し、ザッカリアが中継してくれることになった。
昼食後は、午後の道で魔物退治。私道の向こうに見える斜面の集落で、人の悲鳴の後に魔物の姿を見つけ、親方は、ザッカリアとミレイオに馬車を任せ、龍を呼び、フォラヴとシャンガマックを伴って、救出に向かった。
20軒もない集落で、年寄りだらけだったため、逃げ遅れた負傷者が出たが、魔物は親方とフォラヴで預かり、シャンガマックに傷の手当を頼んだことで、どうにか命は取りとめた。
倒した魔物は、泥の塊のような流動性のもので、最初のうち、斬っても斬っても動きが止まらなかった。
親方はもしかしてと、バーハラーに『何か噴けるか』訊いたところ、龍は、うんと頷き、口を開けて熱波を出した(※頼めば、やる)。
お陰さまで泥の魔物は乾いて崩れ、中から石が出てきたのを見つけたフォラヴが、それを叩き壊し、魔物退治は無事に終えた。
あまりに年寄りだらけで、今後の懸念がある親方は、一度馬車へ戻ると、イーアンが持ってきたアオファの鱗の袋を探し出し、そこから一掴みの鱗を布の切れ端に包んで持った。
集落へ戻り、鱗の使い方を教えて『もしもまた魔物が来たら、これを宙に落とせ』と言って渡す。
それから魔物の出た状況を聞き、シャンガマックが報告書に載せる内容をその場で書き留め、お年寄りに『警護団が来たら、この紙を見せるように』と手配して、さよならする。
龍まで出てきて助けてくれた旅の人たちに、感謝したお年寄りたちは、お礼に土地の漬物と醸造酒を分けてくれた(※食料Get)。
そんなこんなで、馬車に戻って再び出発。午後の道を進み、次の村までの距離が無難な位置で、馬車を停めての夜営準備。
夕食に、頂戴したばかりの漬物も加わって、郷土料理的な味わいに皆が楽しみ、酒もちょっともらおうかと、大人4人は地元の手作り酒も嗜む。
さすがに子供はお酒はムリなので、特別に『夜だけどお菓子を食べても良い』と親方は許可し、皆で朗らかな夕べを過ごした。
夕闇が迫る頃。
やって来たコルステインに『タンクラッド。顔。赤い。何?(※酔ってる)』と訊かれ、タンクラッドは『少々疲れている(※ウソ)』と笑顔で教え、もし夜の間に魔物が来たら倒してほしい、と頼んだ。
優しいコルステインは了解し『いつも。守る。する』と頼もしいお返事をして、一緒に眠る。そして約束どおり、ちゃんと守ってくれた。
実際。こんな、久しぶりに酒なんか飲んだ夜中に限って、犬のような魔物の群れが来たのだが、コルステインは、魔物を全て塵に変え、退治は静かに終わったようだった(※2秒くらいで完結)。
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