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魔物資源活用機構  作者: Ichen
見つめ直す存在
841/2953

841. 空の異空間遺跡に学ぶ親方

 

 夜明け。タンクラッドは、コルステインがそっと消えた後に、薄っすら目を開ける。



 青い世界。コルステインの瞳の色に似た、夜明けの青の一色。空も空気も山も風景も、青にぼんやりと染まる時間。


 タンクラッドはそれを見ながら、昨日のことを考えていた。

 どこまで話そう―― ミレイオやドルドレンは、イーアンの話を今日は聞きたがるだろう。


 イヌァエル・テレンでは、イーアンにも会ったが、ビルガメスと一緒にいた時間の方が長かった。それに、イーアンは。


「あいつ。ビルガメスと対みたいに見えるな」


 言っていて、敗北感がじわじわ胸に広がるが、実際に見た時はそう感じた。


 空で会ったイーアンは、翼を畳むとビルガメスの片腕に腰掛ける。ビルガメスは普通のように、イーアンを片腕に座らせて、あちこち連れ回す。


 飛ぶ時は、彼女の座る片腕を少し前に振ると、イーアンはいつもそうであるように、彼の片腕から飛び立つ(※ビルガメス飼育イーアン・インコ)。一緒に飛び、イーアンの手を引いて加速したり、減速したり。男龍は降りると、イーアンに腕を伸ばし、彼女は彼の腕に戻ってまた座った。


 その構図は、初めてイヌァエル・テレンへ行った時も見たし、ベデレ神殿でも見ている。それがなぜか、空で昨日見た時は、もう自分から遠い二人に見えてしまった。


 イーアンは龍の上着を着ていなくて、ミレイオの作ったという袖のない上着と、普通の布のズボンで、翼は出したまま。剣も帯びず、言ってみれば特徴のない普段着だった。


 その姿で、一番大きく美しい男龍の腕に止まる、白い翼の鳥のように、イーアンはそこにいた。それがあまりに似合い過ぎていて、タンクラッドは何かとても、遠い存在を見たような感覚に陥った。


 ビルガメスは自然体でイーアンに話しかけ、イーアンも緊張など一切なく、普通にビルガメスと会話をする。二人が笑うと、空の神が笑うように見えたし、武器も何も持たない二人は、間違いなくここの最強なんだと、タンクラッドの感覚が告げていた。



 こんな強烈な印象を残したとはいえ、『イーアン付き』はそれでも僅かな時間で、タンクラッドはビルガメスと行動する数時間に考えさせられた。


 空についてすぐ迎えに来たビルガメスは、タンクラッドを呼び『見せてやろうと思うものがある』そう言って、イヌァエル・テレンのどこか・・・名称もないのか、場所は分からないが、暫く飛んだ先にある大きな島へ連れて行った。


 島は変わった雰囲気で、イヌァエル・テレンの他の風景と異なる、鬱蒼とした森林地帯だった。島のぐるりを囲む海から森までの距離は短く、幅のない砂浜は、金色の砂が覆っていた。

 バーハラーを降りたタンクラッドが、金色の砂が珍しくて見ていると、ビルガメスは笑って『この岩が砕けた』と、足元ばかり見ているタンクラッドに目の前を指差した。


 木々が生えるのは、金の岩。木々は根を張り絡ませて、金地の岩は殆ど見えなかった。金属的な輝きをしている岩で、もっと調べたいと思って気を取られたが、振り向かないビルガメスは森の中へ歩いて行く。タンクラッドは慌てて、後を追いかけた。


「どこへ行くんだ?ここは随分大きな森のようだが」


「そうだな。どれくらいあるんだか。考えたこともない」


「ビルガメス、ここはイーアンも知っているのか?」


「うん?いや・・・どうだろうな。知らないと思うが。別に用もないし」


 用がない。イーアンは用がない場所。どこへ行くのか、の質問に答えはない(※おじいちゃんは気にしない)。


 ビルガメスが相手だと、タンクラッドは調子が掴めない。何でも知っている相手だと思うが、聞けばすぐ教えるわけではない。聞き逃すとそれ切りになるし、頼んでもはぐらかされることもある。


 前を歩く大きな背中は広く逞しく、豊かに波打つ明るい髪が背中を揺れながら覆う。彼の体の色は、ぼんやりと透ける白が基本で、淡い青や赤や緑色が、宝石のようにまぶされた色。大きな筋肉と骨太と分かる分厚い拳、関節、磨いたような艶のある皮膚。


 間近で長く見たことがなかった分、タンクラッドは男龍のビルガメスをじっくりと見ていた。凄い美しさだ、と感心する。生きて、目の前に動いて、自分と同じ時間にいて、自分の名前を呼ぶ・・・・・


 いつも一緒に眠るコルステインも、見慣れてしまったが、考えてみれば素晴らしい存在だ。

 タンクラッドは、自分がどこにいて何をしているのかよりも、今、この時間に吸い込まれた特別を感謝する。


「タンクラッド」


 不意に名を呼ばれて、親方はハッとして見上げる。少し振り向いたビルガメスの金色の瞳は、自分を見ていて『お前に訊きたい』と言う。何でも訊いてくれと答えると、彼は口端を上げて頷く。


「香炉。あるだろう?タムズが話していたが、始祖の龍が見えるという」


「ある。一つは買った。もう一つはグィードが持たせた。水の魔物を倒したら出てきたんだ」


「ふむ・・・そうか。グィードか。なるほど」


 何かを知っている様子で、ビルガメスは小さく頷くと『俺にも見せるか』と言う。見せろ、とは言わないので、不思議に思って『構わない』と答えると、彼は満足そうだった。


 歩いて進む森の中は、下草も長く、蔓も多い。背の高い木が鬱蒼と茂り、枝が広がる樹冠はつながり合うように天井を作っている。光はほぼ入らず、細い木漏れ日を受けるだけの場所。


 ビルガメスは何もないように歩くが、タンクラッドは時々足を取られたり、蔓が邪魔で手古摺った。それでも男龍は気にしないで進むから、急いで走るような追いつき方を度々繰り返さないとならなかった。


 随分歩いた気がすると感じ始めた時、ビルガメスが立ち止まった。少し木々の間隔が開いた場所で、そこだけ円を描いて光が落ちている。まるで選ばれた場所のように、下草も短い。


「ここは。ここか?」


「そうだ。上を見てみろ」


 タンクラッドが見上げると、過密な林冠にぽかりと開いた箇所から覗く空がある。ただの空のようだが、何か気になり見つめていると、向こうに何かが揺れている。


「ビルガメス。あれは。何かが動いているようだが」


「あれが遺跡の一つだな。遺跡と言うには。少し、まぁ言葉が違う気もするが」


 何?タンクラッドが彼を見ると、男龍はニコッと笑い『行きたいか』と訊ねる。『勿論だ』間髪入れずに頷くと、彼は豪快に笑って『なかなか良い度胸だ』と誉めた。


 笑い出した男龍に驚くタンクラッドは、その太く強い男龍の腕に一抱えされ、更にビックリして顔を見ると目が合った。


「連れて行ってやろう。怖がらない人間は楽しめるもんだな」


 何かとても怖い発言を笑顔で言われ、タンクラッドが理由を訊こうとするのも遮り、空を見上げたビルガメスは真上へ急速に飛んだ。それはあまりにも速く、タンクラッドは思わず目を閉じた。



 目を次に開けた時。そこは不思議な場所だった。霧でも覆っているように、ぼやけた色で空間は広がり、でも霧はそこにない。


 揺れているのは光なのか。水の中のようにも見える。水の中で目を開けているのと変わらない、その見慣れない環境に、タンクラッドは頭がグラつく。ビルガメスは彼の不調を察したようで、片腕に抱えた男の瞼に指をそっと当てた。


「慣れないのか。目を閉じていろ。見せるものがある。そこまでは」


 ビルガメスの指で瞼を閉じられ、タンクラッドは頷く。どうにか、気持ち悪くなりかけた状態を堪えた。


 それから男龍が、歩いてどこかへ向かう振動を頼りに、距離を感覚で見当付けて、最初の地点からどのくらい離れたのかを覚える。ビルガメスの歩幅は広い。歩き方の速度が、森林の中とあまり変わらないことから、立ち止まる場所まで、凡そ1㎞ほどに思った。


「着いたぞ。目を開けて見ろ」


 言われて、ゆっくり目を開けると。『何だ。これは。神殿か』タンクラッドの目の前に、大きな岩の塊があり、それは神殿が埋め込まれているような、それとも岩から神殿が出てきた途中のような、何とも奇妙な建造物があった。


「人間で。()()に来たのは、もしかするとお前だけかも知れん」


 ビルガメスの声が厳かに空間に響く。揺れる空気の中を、剣職人を片腕に抱えた男龍はゆっくり歩き、掠れた絵のような岩の神殿に進む。


 神殿の階段を上がり中へ入ると、暗がりの中にも淡い光が宿り、その明かりを受けた箇所に、タンクラッドは目を走らせる。


 近くで見れば、夥しい量の彫刻が施され、柱から床から天井から、全てに立体的な彫刻が見えた。それらは不気味なくらいに生々しく、触れたら動くのではないかと思うような彫刻は、天地の生き物に留まらず、どこかにいるであろう、未知の生き物らしき存在も描かれている。


「名はあるのか?この場所に」


「ふむ。あるな。だがお前にそれを言うのはまだ早い。俺の見せてやりたいものは()()にあるが、名を告げるのは目的じゃないぞ」


 親方は調子がずれる。知りたいと思うことを、彼はすんなり手で払いのけてしまう。いつでもビルガメスが主導権を持つので、会話が会話にならない。


 どこまで続くのか分からない大きな神殿を、ビルガメスは無言で進み、奥に見えた壁に空いた、扉のない入り口の一つに入った。


「さて。着いた。下りてよく見てみろ」


 ビルガメスはそう言って、親方を下ろし、ふっと軽く息を吹いた。彼の息は部屋の壁を光らせ、淡く輝く彫刻だらけの壁が放つ光に、部屋の中心にいる二人は照らし出された。


「凄い。凄い、場所だ」


「感動するのも良いがな。下だ、下。お前の足元」


 周囲や天井を見渡すタンクラッドに、可笑しそうに笑ったビルガメスは足元を指差す。言われてすぐ、親方は自分の立つ場所に目を移し、慌てて足を浮かせた。



「何だ、これ」


 タンクラッドの足元だけ、穴が開いたように下の風景が見えていた。入った時は気がつかなかった。見ればビルガメスの足元も床が抜けたように、そこだけ風景が広がる。天井から光を浴びた光の影のように、足を中心に50cm程度の半径で、床が消えている。


「ビルガメス。これは、もう。俺に教えてくれないと。俺は想像も出来ない」


「ハハハ。そうだな。お前が見ているその風景は、イヌァエル・テレンの一部だ。そして現在ではない」


「何だって?現在ではない・・・時間が違うと言うのか」


「そうだ。ここはイヌァエル・テレン過去の部屋。お前、まぁ俺もだが。俺の足元にも見えているだろう?この風景自体が過去なんだ。見るだけだがな、どうすることも出来るわけじゃないし」


 何ともとんでもない話を普通にされて、タンクラッドは荒くなる息を抑えながら、そっとしゃがみ込んで、足元を抜いた風景を覗き込む。

 水溜りの真ん中で、水に映った空や雲を真剣に見る子供のような仕草だが、この時のタンクラッドは食い入るように見つめ、暫しの時間をそうしていた。


 流れる雲の下に、緑色の大地が広がり、淡い青さにぼやける山々が向こうに見え、龍が飛んでいる風景。


「動いている・・・・・ 」


「そうだな。過去だが、時は止まらない。流れている時間はそのまま見える」


「過去。いつの過去なんだろう。どれくらい前か、くくりはあるのか」


「うん?くくり。あるぞ。初代・『時の剣を持つ男』が生きた時代だ」


 えっ! 顔を上げるタンクラッド。見下ろす男龍は少し笑っている。『そうじゃなきゃ、面白くないだろう』そうだろ、と顎を動かして風景を示す。


「イヌァエル・テレンの、初代の彼が生きていた時代だ。彼もまた、イヌァエル・テレンへ来て、始祖の龍と出逢った。・・・ん?違うか?中間の地で出逢っているのか?

 うん、まぁ良い(※細かいことは気にしない)。とにかく、初代の彼も見た風景。かな。その一部だと言うことだ」


「始祖の龍も見ていた・・・・・ そうだな?」


「そうだ」


 タンクラッドの落とした言葉は震えていて、足元に広がる風景に向けられた顔を上げることはなく、質問だけが響く。ビルガメスは言葉少なく答え、彼がじっくり浸れるように放っておいた。


「ここに見える、龍たち。飛ぶ龍は、彼女が生み出した龍だろうか」


「勿論だ。彼女の子供たちだ。俺もだけど(※さりげなく自慢)。あのな、龍の種類によっては精霊だぞ。お前が見ているのは、始祖の龍の子供たちだが、お前の乗るバーハラーなんかは精霊だ」


 そうなのかと頷き、タンクラッドは、空を優雅に飛ぶ翼のない龍たちは、きっと始祖の龍の子なのだろうと理解した。バーハラーは翼がある。あの形ではないなら、違うのか(※でもないけど、ややこしい)。



 タンクラッドは考えた。ビルガメスがなぜ、ここに自分を連れてきたのか。

 人間では初めて、と彼は言った。他の誰も、ここまで来たことがないのだ。辿り着くことも出来ないのだろう。そう思うと、どうしてビルガメスが急に自分を呼び出し、何を求めるでもなく、この貴重な場所へ導いたのか。とても大きな理由があるのでは、と考えるが。


 一向に分からない。初代の彼が見た風景を見せて、ビルガメスは俺に何を?


「ビルガメス。教えてほしい。なぜ俺をここへ」


「理由か。お前は、俺の母の愛を受けている。だが、彼女はもういない。お前も知ってのとおり、遥か昔に彼女の命は眠りについた。

 だが、彼女の愛は、まだどうも続いていて。話を聞けば、噂話は本当だったらしいじゃないか。関心もないから考えたこともなかったが(※ホントに気にしてなかった)。


 しかし気の毒にな。ズィーリーの時代なら、どうにか出来そうな様子にも思えるが、今回はお前、どうにもならんだろう(※おじいちゃんは遠慮しない)。相手がドルドレンじゃ。

 イーアンと結ばれることもなければ、俺の母も死んで、いない(※あっさり言う)。とは言え、母は自分の想いはしっかり伝えたいと見える。お前にわざわざ分かるようにしたんだから。


 伝えられても、お前としては。なぁ?どうにも出来ないもんなぁ。

 俺の母も、何でそこまで執着したんだか(※母の悪口=『永遠の愛は執着』と言い切る息子)。彼女は元々人間だから、俺には気持ちがあまり分からないけれど。


 どうもお前がそれで悩んでいるとな。そりゃ、悩むだろう。愛を打ち明けられたところで、その相手がいないんだから。

 それをタムズからも、イーアンからも聞いたし。ここはちょっと、励ましてやろうかと思っただけだ。


 母が生きた空、イヌァエル・テレンと。母の永遠の愛を受けた男がその足で立った、イヌァエル・テレン。

 お前は現在を生きる命だ。たった一つの、お前自身だ。お前が見ているのは過去で、彼らが生きていた時代の風景だ。今じゃない。


 過去が現在に続いているが、同じじゃないぞ。

 お前に運ばれた想いの始発点は、その足元に広がる場所で生まれたが、お前が心の中に持ち込むことはない。お前が立つ場所は、同じように見えて、既に別の時間だ。


 分かるか。俺が何を言おうとしているのか。お前は、一人だ。タンクラッド。


 例え、繰り返す運命と精霊に導かれた存在だとしても、今を生きているお前は、過去の想いを引き受けて悩む必要はないんだ。それは、お前がたった一つの存在だからだ。誰でもない、お前はタンクラッドだ」


 ビルガメスの言葉に、タンクラッドは涙が落ちる。落ちた涙は過去の風景に落ちるように見え、透明な床に遮られてそこに留まる。


「お前の。その涙は、過去の空に落ちはしない。お前の見える範囲で留まる。それが、現在を生きている証拠だ。誰も、時間の向こうを手探りで動かすことは出来ない。

 母の想いは熱いだろう。しかし、それは受け取るだけで充分だ。お前が選べるんだ。お前は、過去の男ではない。俺の目の前にいる、タンクラッドだからだ」


 涙を落とすタンクラッドに、ビルガメスは微笑む。暫くそのまま、泣く男を見守りながら過ごし、彼が顔を上げた時にビルガメスは腕を伸ばした。


「帰るか。そろそろ、お前の大事なコルステインが来る時間だろう」


 そう言うと大きな男龍は笑った。タンクラッドも泣き顔で笑い、頷くと、差し出された大きな手を握って立ち上がった。



 そして二人は来た時と同じように、その神殿を出て、不思議な空間に別れを告げて、森林へ戻った。そこからは、ビルガメスがタンクラッドを片腕に抱えたまま、砂浜へ飛んだ。


「行きはな。歩かんとならん。出れば良いが」


 理由でもあるのか。ビルガメスはあっさり砂浜へ飛んで戻り、そう言うとバーハラーを呼んだ。

 やって来たバーハラーにタンクラッドを乗せた後は、『まだ平気そうだな』と空の時間を見て呟き、イーアンを呼び出したが。



「うん・・・あいつは鈍いからな。呼んだが。分かってなさそうだな(※イーアン、道に迷う)」


 呼んだらすぐ来そうなもんだがとぼやきながら、ビルガメスは飛び立ち、タンクラッドに付いて来るように指示し、家路の途中くらいで、フラフラうろうろしている女龍を見つけ『こら』の一言で叱る。


 イーアンは二人を見つけると、ぴゅーっと飛んできて『場所が分かりません』と悲しそうに伝えた。笑うビルガメスが腕を伸ばして座らせ、横を飛ぶタンクラッドにイーアン・インコを見せる。


「こいつはな。いつもこうなんだ。俺が側へ行っても気付かないくらいだから」


「仕方ありませんよ。何か違うんですもの」


 ムスッとするイーアンに笑うビルガメスは、飛びながら白い翼を撫でて『能力は高いんだがな』と首を傾げていた。親方は、面白くなさそうなイーアンに微笑んだ。


 ビルガメスとイーアン、タンクラッドの3人は、少しの間その辺を飛んでふらつき、始祖の龍の眠る丘へ立って感慨深くなったり、ティグラスに会ったりして、夕方まで時間を過ごした昨日――



 そして、一晩開けた今日。親方は、朝のベッドの上で考える。


「この話。どこまで話すか」


 イーアンが一週間戻れない理由は、彼らの卵だった。この一週間で、集中して孵すような話になり、イーアンは嫌がったが(※かなり強調して『私は嫌だと言った』と訴えた)強制的に決行されたようで、どうにもならないらしかった。


「そこだけで良いかな。後は。俺がビルガメスに、始祖の龍の・・・あ。香炉の煙を見せるのを忘れていたな」


 また今度かな、と少し笑って、親方は起き上がる。朝の森は涼しく、空はずっと高く見えた。ビルガメスは、俺を呼び出し、始祖の龍の話をしてくれた。そういうことにしておこう、と頷く。


 始祖の龍への想いは、コルステインにも諭され、ビルガメスにも諭され。自分の中でようやく、形をとって納得できる状態に変わった。それは、誰に言うことでもない。



 タンクラッドの一日は始まる。片付けることが沢山ありそうな、人間臭い旅路の馬車で。

お読み頂き有難うございます。

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