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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
84/2939

83. イーアンの夢

 

 *****




 体が浮いているみたい。気持ちが楽だ。



 なんて綺麗な所なんだろう。木漏れ日が落ちて、湖が光っていて。たくさんの人がいる。皆白い服を着ている。丘の上に背の高い人たちがいる。私を呼んでいる気がする。


 この場所を歩くのは初めてだった。だけど、頭の片隅のどこかで知っている気がした。



 丘の上にたどり着くと、背の高い・・・・・老人のような、若者のような。男性にも女性にも見える人が何人かいた。長い布を体にかけて、腰を紐で結んでいる。

 聖書や古代の絵に出てくる人たちみたいな雰囲気。顔の雰囲気が皆違う。白い肌に耳の先がすっと伸びている美しい人。赤い肌に模様を描いている人。茶色の肌に飾りを付けている人。人じゃないように見える神々しい人。



 言葉は話さない。だけど、なぜか気持ちが分かる。微笑む人たちの笑顔は優しい。耳がすっと伸びた人が私に両手を広げて、そっと抱き締めてくれた。


 美しい顔に微笑を湛えて、真っ直ぐな長い金髪が風に揺れる。見ているだけでも幸せ。



 その人が私の背をそっと押して、丘の上から空を指差した。眩い空に絵画のような白い雲が集まる。


 神々しい、人とも別のものとも見える・・・光る人が、雲を見つめると、雲の中に映像が生まれた。




 私がいる。私が、家の前の公園を歩いている。覚えてる。よく、こうして歩いて―――



 もう少し先に歩いて、私はしゃがんだのよ。

 そう。その人たち、公園で寛ぐ人たちを見ながら歩いて・・・・・ これはこの前の映像?


 私が湖のほとりにしゃがみ込んだ。



 場面が変わった。私を、うんと遠くから誰かが見ていた。誰の視点なのか、分からない。



 私の頭上から見ている、その視点。遥か上から一点にしかない小さな私の影を、誰かがずっと上の方で一度だけ手招きした。



 その瞬間。私は眩暈がして―――



 視点が上からになり、湖の側にしゃがんでいた私は、湖の中の何か強大な渦に吸い込まれるように、体が薄れて消えた。



 次の瞬間は、私が溺れかけたことを思い出した。


 でも映像では、私は不思議な色が混ざるトンネルのような場所を、ものすごい速さで引き込まれていた。時間が。空間が。トンネルの光の中で、混ざり合うマーブルの色に見えている。そして突然、引っ張る力が切れる。


 掴んでいた手が離されるように、トンネルが消滅して。 ――私は水の中へ。



 次の映像に瞬く間に移る。



 場所はどこなのか。暗い空の下に、大波がうねる。嵐の海の中に孤島がある。


 空に突き出た、大きな岩のような孤島の内側。洞窟にも似た穴の奥から、青白い眩しい光と、辺りを覆う赤黒い炎が激しく動いている。


 それが青白い光に呑まれ始めて、映像では最後に青白い光も薄れた。場面が孤島の外に移り、嵐の雲から日が差している。潮が引いたところに、盛り上がる黒い岩の道が現れた。そこに踏み出す、壊れた防具を着けた一人の男の人。どこかで見たような―――


 場面が変わる。


 薄暗い石造りの建物の中に、女の人の影が在る。その人が部屋に開いた窓から外に顔を向けた。外は渓谷の緑が・・・・・ ディアンタの僧院だと分かる。

 孤島にいた男の人が部屋に現れて、女の人が立ち上がる。二人が寄り添って静かに抱き合っていた。私とドルドレンのように――


 二人の周りに、目深にフードを下ろした僧侶らしき人々が何十人も取り巻き、皆が喜んでいた。渓谷の川に大きな・・・形の変わった龍が一頭いる。どこかで見たことがある。知っている。その姿。


 女の人が龍に手を差し出すと、窓から龍が顔を入れて、大人しく撫でられた。

 女の人が、男の人の手を取って、二人が何かを龍に託した。


 龍はそれを飲んで、空に飛んで行った。




 映像が変わる。


 どこかの。多分この世界のどこか。大きな宮殿の中にいる、初老の男性が誰かと話している。何か嫌な感覚を覚えた。その人は暗がりにいる誰かと二人で話している。


 その、誰か・・・の背後の暗がりに、ぼんやりと明度の落ちた赤い光が浮かび上がる。初老の男性は中へ進んだ。



 奇妙な玉座に似た大きな椅子。そこに初老の男の人が、焦点の定まらないうつろな目を宙に向けて、力なくだらりと腰かけている。


 玉座の背後に立つ大きな黒い影。この影が不安で仕方ない。

 影は男性の背もたれに付いている、丸い透明な石の中をじっと見ている。


 映像の中の影は、透明な石を見ていたが、突然こちらを向いて私と目が合った―――




 映像が消えた。



『イーアン。 あなたはここへ呼ばれました。今の者は魔物の王です。遥か昔に敗れた王は、ヨライデの現王をかどわかし、魔物を再び引き込みました。魔物がこの世界を統べる時、この世界は消えます。


 私たちと魔物の王は大きな掟の中に存在し、お互いに対峙出来ません。


 私たちが均衡を保つには、肉持つ体に生きる、終わりある命の誰かに頼むより他ありません。


 以前もそうでした。あなたと同じような意志・決断・魂を持つ存在を探し、私たちはその者に助力を授けながら、世界の均衡への道を教えました。


 今もその時です。以前に探した者と同じ質を持つ人を探し、別の場所にいたあなたをここに呼びました。もう一人は既に、ここにいます。



 力だけでは動かせず、知恵だけではなぎ払えず、信頼がなければ宝は生まれず、愛がなければ欲に呑まれます。あなたと彼は協力し、信頼と愛を持って運命に挑むのです。


 何もわからず進まねばならない、あなたたちを守るために、私たちはいくつかの助力を与えます。



 あなたが現れたことで、魔物はあなたを避けました。かつてあなたと同じ立場にいた、魔物を知恵で倒す存在の影を、あなたに感じ取っているからです。でも、魔物の王オリチェルザムが命じれば、魔物は命令に従うよりありません。あなたを襲い始めるのです。


 あなたと共に運命に立ち向かうもう一人は、類稀な戦いの能力をもち、強靭な意志を持って一人でも勇敢に戦いに挑む者です。彼もまたかつての存在と瓜二つで、魔物は彼に立ち向かうことは出来ません。怖れにより彼を狙いますが、彼に倒されることを刻み付けられています。


 今。あなたと彼が出会いました。これからあなたたちは先へ進まねばなりません。


 私たちは、遥か昔にあなたたちと同じように戦った者に与えた()()を、再びあなた方に与えるよう導きます。それは彼の力を伸ばし、あなたの身を守ります。


 白いナイフは私の指。あなたの指と思い、全ての挑戦にお使いなさい。私はいつも側にいます。


 イーアン。行きなさい。あなたの尊い魂をここで生かしなさい。彼と共に歩みなさい』



 美しい人は私の額にそっと口付けし、柔らかに輝く顔は微笑んでいる。


 あのナイフと同じ光。私は嬉しさがこみ上げて涙が流れた。



 赤い肌の人が近づいた。


『青い布をいつでも体にまといなさい。私の息が、氷から温もりを、灼熱から涼みの風を送る。魔物はあなたを傷つけない。しかし私の息が大きく吹かれる時、あなたの体力を使う。その時は充分に休息しなさい』



 茶色の肌に飾りを付けている人が側に立つ。


『土が種を育み、水が命を促がすように。太陽が成長を与え、空気が呼吸を維持するように。私の知恵があなたの行く先々に鏤められる。あなたは毒を力に変え、闇に輝きを与える。私の知恵を使いなさい。あなたの華が咲くだろう』



 最後に、人とも別のものとも感じる、光り輝く人が、私をその衣に包んだ。


『かつてのあなたを支えた私の化身が、再び、あなたの(もと)めにより天から降り、地を割って飛ぶ。その姿は、既にあなたの魂と共に在る。私の化身を需め、強大な力に立ち向かう、あなたの翼とし、あなたの牙にしなさい』




 その言葉が終わる時。



 私の体は一気に沈みこんだ。



お読み頂き有難うございます。

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