839. 旅の十四日目 ~午後の馬車と空の誘い
ザッカリアから連絡を受けたドルドレンは、思いっきり大きな溜め息をついて、その場にしゃがみ込んだ。ミレイオもその様子を見て、遣る瀬無いといった表情で首を振る。
時間は昼時、昼食後の片付けをしている最中。
タンクラッドも戻ってきて、午前はそれなりに話し合いなどで、それぞれの思いを打ち明けた、その後の時間だった。
タンクラッドは出発前に戻ったのもあり、まず全員がその場で彼の話を聞いた。それから出発して、馬車を進める道で、御者台に座ったタンクラッドとドルドレンは、更に細かく話した。
ドルドレンは、コルステインとタムズに言われたことを呟きのように話し、タンクラッドはそれを聞きながら、ドルドレンの気持ちも理解した。
タンクラッドの昨晩からの思うことも話して、イーアンと馬車で何をしていたか、何を話したかも改めて伝えた。それからコルステインのしてくれた話に飛び、自分はこんな心境だと・・・そこまで伝える。
ドルドレンは頷き、本音を吐露した。『タンクラッドが相手だと、イーアンが自分を捨てる気がする』それが心の奥にいつでもある、と教えた。
自分でも認めたくなく、人にも言えなかった。ましてイーアンに、本気で相談することも出来なかった気持ち。
「どんなに。彼女が自分を大事にしていると分かっていても。どんなに、彼女の動きに理解をしたつもりになっても。イーアンに言ったら、信用されていないと怒るだろうから言えないが。
でも。タンクラッドとイーアンが出会ってから、ずっと、この思いは消しきれないのだ。慣れても、性格を知っても。自信が消える瞬間がある。
ふと、イーアンに『いつも同じことを繰り返して』と嫌になる時があるのだ。誰にでも理解を示そうとするイーアンが、こんなことを言ってはいけないのだが・・・嫌になる時がある。俺を二の次にしているみたいに感じて。それがタンクラッド相手だと、余計に思う」
話を聞いていて、タンクラッドは気が付いた。この男もまた。もしかすると。繰り返す輪廻の記憶が入っているのだろうか。
最終的に、始祖の龍もズィーリーも彼の元を離れたことを、彼のどこか、遠い部分が記憶しているのだろうか。そう感じた。
ドルドレンは器の広い、忍耐強く、寛容な男の印象がある。そして正直で、誠実で、思い遣り深く、人情に厚い。
おいそれと怒ることはないが、人道に反することや自由を奪う場面などには激昂する。そんな男なのに、イーアンに対しては理解しているように見えるものの、ふとすれば、どこか恐れている気がしていた。
それは。俺に奪われると・・・違うな。俺を選ぶかもしれない、と感じる部分からなのか。タンクラッドが見当を付けたのは、そんなところだった。
このことをドルドレンに話すと、彼は驚きもせず、困ったように頷き『そのとおりだ』どうしてだろうなと、聞き取れないくらい小さな声を落とし、睫を伏せた。信じ切れない自分にも苦しんでいる。
そんな男を見つめるタンクラッドは、彼にも何か・・・ここは輪廻の内側に、足を踏み入れる出来事が必要に思った。
この一件で、もう一つ。変化が起こっている。ドルドレンとフォラヴの距離が開いたこと。
シャンガマックは普通に接してくれるが、フォラヴは本当に怒ったらしく、態度には出さないし、聞けば答えもくれるけれど、氷の壁のような冷ややかな雰囲気を纏っているのが、嫌でも分かる状態だった。
微笑みは冷たく、眼差しは優しさ以外に刺々しさも同時に含み、鈴のような笑い声は封じられた。
彼は、仲良くなったミレイオと話もせず、ザッカリアとだけ接する。勉強を教え、楽器を奏でる側に佇み過ごす。午前中の短い間だけでも、フォラヴの様子の変わり方は誰にでも伝わった。
ミレイオもそうだった。タンクラッドに謝ったが、タンクラッドが謝罪を受け入れても、ミレイオはなぜか近付いてこなくなった。その変化はすぐに起こり、理由があるのかと思うものの、タンクラッドが聞き出すことでもないので、放っておくことにした。
ミレイオは口数が減り、午前の馬車の中では、ひたすらイーアンの服を縫い続けていた。
タンクラッドは、謝ったミレイオを叱ったわけでもないし、嫌味も言わなかったけれど、見ているとミレイオはしょぼくれているふうにしか思えない。それが奇妙に見えた。
こんな午前は流れ、昼食の休憩に馬車を止めて、食事をしたのだが。気まずい空気は立ち込め、料理は朝より良くなったにしても、笑い声どころか笑顔も見れない昼食の時間が過ぎた。
そして片付けをしている最中に、ザッカリアが『イーアンは一週間、空だよ』と報告する。打ちのめされるドルドレン。がっくりする黒髪の騎士を見たミレイオも、痛恨の一撃のように目を閉じた次第。
この後。ここで立ち止まるわけにも行かないので、馬車は出発する。
ドルドレンは、御者をタンクラッドに代わられて、ミレイオと一緒に荷馬車の中に入った。タンクラッドが『中にいろ』と、少し強引に手綱を引き取ったからだった。
シャンガマックは御者のまま。写した遺跡の資料と謎を考え続けて過ごし、フォラヴは本を読んで、ザッカリアは楽器を弾いて、午後の馬車は進んだ。
タンクラッドは、イーアンの連絡珠を取り出し、御者台で一人なのもあるからと、少し呼び出してみる。空で男龍たちと一緒なのは分かっているが、一週間戻らないと知れば、状況を詳しく聞きたかった。
間もなくして、イーアンが応答した。タンクラッドはホッとする。
『イーアン。イヌァエル・テレンから動けないのか。俺の後に、お前が消えたと聞いたぞ』
『タンクラッドは今はどこなのですか。私は空ですが』
昨晩は森の中でコルステインと過ごし、朝方戻ったと話すタンクラッドは、掻い摘んで心内と現状を伝える。イーアンは静かにそれを聞き、自分のあの後も話してくれた。
『そうか。お前も。オーリンは?あいつは来ないのか』
『私が動けば行くでしょうけれど。彼も抱え物がありますから・・・ドルドレンはどうしていますか』
タンクラッドは言い難かった。実のところは、イーアンに嫌なものを感じていたドルドレンの話を、午前に聞いたばかりだったのが、引っ掛かって言葉に詰まる。下手に言うと、誤解から亀裂になりかねないことを、自分が言うことは避けたかった。
『うむ。あのな。タムズにも説教されたようだし・・・そうだな。考えているよ』
イーアンが沈黙する。タンクラッドは反応を待った。
困ったことに。タンクラッドはよく『筒抜け』状態を作ることに、本人が気が付いていない。
イーアンが連絡珠を持たせてから何十回とやり取りしても、タンクラッドは頭の中で喋る状態に慣れず、黙って考え込むのだ。
それは、イーアンがよく『筒抜けです』と笑うところだったが、さすがに今回は笑えなかった。
『んー・・・イーアン?どうした』
『何でもありません。タンクラッド、もし動けそうなら。あなたは空にいらしたら、いかがですか。私は卵孵し業務のため、移動できません。
ビルガメスがあなたを気にしていました。タムズからいろいろと聞いたようで』
『お前。俺に空へ来いと言ってるのか?ドルドレンじゃなくて』
『ビルガメスが。あなたの話を聞いて心配しているのです。何か教えてくれるかも知れません』
イーアンが直接答えないので、親方は考える(※二度目の筒抜け)。
俺を呼ぶ?イーアンは勘が良いから・・・もしかして何か感づいたのかも知れない(←筒抜けなんだよ)。ドルドレンが、いつまでも自分を信用していないそのことに、彼女なりにそんな気がしているのか(※ヤバイ筒抜け情報)。空から戻らないのは、以前のズィーリーと同じか。
うーん・・・しかし俺が行くとなると、ドルドレンがどうなるやら分からんな。
『イーアン。俺が行くのは良くないだろう。ドルドレンは気にする』
『分かりました。それではそれで』
『ちょっと、待て。早いぞ。諦めるのが早過ぎるだろう!お前はいつもあっさり』
『お誘いしましたよ。以上です。はい、ビルガメス』
何?今、ビルガメスって言ったぞ・・・親方が眉を寄せて一秒後、最後の審判に響き渡るような低い声が応答した。
『何だ。タンクラッド。来ないのか。呼んでやったのに(※おじいちゃんは上から)』
『う。ビルガメスか。いや、俺が行くとまたこじれるだろう。馬車は今、仲間が険悪というか』
『ふむ。お前たちはどうも神経質だ。どうでも良いことで無駄に時間を費やす(※人間の感情ムダ発言)。俺が呼んでいる方がずっと意味があるぞ。そのくらい分からんのか』
『ぐぐ。そうだが。そうだな、確かにそのとおりだ。しかし。俺が行くとなれば、ドルドレンが気にするし、もし魔物が来た時に』
『あー面倒臭い(※おじいちゃんは面倒が嫌い)。苦戦時はタムズが行くんだと、何度も言わせるな。
ドルドレンが気にするのかどうかは、あいつの都合だろう。お前じゃない。全く、お前たちはいつまで経っても・・・(※ブツブツブツブツ×∞)まぁ、良い。早く来いよ。今日だぞ。じゃあな(※勝手)』
『えっ!いや、そうもいかん・・・あ』
ビルガメスの通信が途絶え、親方は非常に困ってしまった。もう一度呼んでみたが、無視されているのか、全然出てくれない(※イーアン&ビルガメスは無視を敢行する)。
「どうすりゃ良いんだ。俺が空へ行くとなったら、理由を聞かれる。自発的だと嘘をつけば、午前に話していたことがひっくり返る。かと言って正直にビルガメスに呼ばれたと言えば、どうして俺なんだとなるだろう。
しかし。『今日だぞ』とまで言われて、行かないわけにもいかん。行ったとして、今・・・何時だ?日暮れまでに戻らないと、コルステインも来る(※親方忙しい)ぐぬぅぅぅ~・・・・・ 」
選択肢が限りなく強制的で、限りなく問題が生じる可能性の高い選択肢しかない。
悩む時間が勿体ない(※コルステインのため)タンクラッドは、止むを得ず。荷馬車の中にいるドルドレンとミレイオを呼んだ。
そして彼らが後ろから出てくるのを見て、すぐに笛を吹く(※バーハラーで逃げるつもり)。笛の音が響いたことに怪訝そうな二人は御者台へ来て『何があった』と親方に訊く。
その後ろで空が光る(※ベストタイミング!)。タンクラッドは大真面目な顔で、一度、うんと頷く。
「あのな。たった今。ビルガメスに呼ばれた。理由は分からんが、すぐに来いと言われた。だからちょっと行ってくる。日暮れ前には戻る」
「何?ビルガメスが何でタンクラッドを」
「それが分からないから、とりあえず行くんだ。進んでいてくれ」
そう言うと、突っ込んで来てくれた龍と目を見合わせ、親方は跳び上がる。飛んだ乗り主を、滑空した背中に乗せたバーハラーは、そのまま青空に翔け上がって消えた。
見送るドルドレンとミレイオ。ドルドレンの胸中では『なぜタンクラッドが呼ばれたのか』が渦巻き、ミレイオの胸中では『本当かしら』の疑いが湧く。
一行は再び、5人の旅に変わる。夕方までの数時間が、精神的に負担の多い時間となって流れて行った。
*****
親方を呼ぶ前。親方と通信中の出来事。
筒抜け親方の嫌な情報に、イーアンは『何ですって~~~』と焦った。信用に値しない自分でいたとは、少なからずショック。
その顔を横で見ていたビルガメス。彼女を振り向かせ、自分の額に指を当てて、ジェスチャーで額を付けるように指示した。
一瞬、何だか分からなかったが、以前、シムとビルガメスが額付けで情報を流していたのを思い出し、すぐに頷いたイーアン。ビルガメスは会話の内容を知ろうとしていると分かる。
『角を避けろよ』ほら、と額を出され、ベッドに立ち上がったイーアンは、よいしょと、一本角を避けておでこを付ける。
するとビルガメスはすぐ『ふむ。なるほどな』と頷く。イーアンの中の新しい記憶を受け取ったビルガメス。ドルドレンに疑われることを解消したいと、そんなイーアンの気持ちを読み取った。
『タンクラッドを呼ぶか』
どうせ呼ぼうと思ってたんだ、と言うので、イーアンは、何やら思いついたっぽいおじいちゃんに任せることにした。
まずはお前が呼んでみろと言われ(※裏で作戦実行)イーアンは『ビルガメスが気にしているから来たら』と親方に伝える。親方渋る。
二度ほど伝え、親方が乗り気じゃないから『ムリかも』と、おじいちゃんに首を振って教えると、ビルガメスは『代われ』と珠を受け取った。それでビルガメスは、強制的にタンクラッドを呼んだ。
通信を終えてから、『またあれこれ言われても面倒だ(※面倒嫌い)。無視しろ』おじいちゃんの命令により、イーアンは腰袋に珠を戻した。
「ビルガメスはどうするつもりですか」
「ちょっとな。タンクラッドを慰めてやろうと思っただけだよ」
「どう慰めるのですか。彼は夜には戻ります。コルステインが来るから」
「コルステインか・・・面白いな。そうか。あいつはコルステインが気に入ったと言っていたな。ふむ、まぁ良い。その辺を散歩させてやろう。夜に帰れるくらいの時間で」
散歩のために呼んだの~? イーアンはちょっと眉を寄せ、おじいちゃんが実は考えていなかったんでは、と危ぶむ。そんな視線をビルガメスは気にしない。涼しい顔で『早く来ると良いけどな』と呟いて、イーアンを見た。
「お前と。ドルドレン。タンクラッド。主軸のくせに、未熟なヤツらだ」
アハハハと笑うビルガメス。イーアン、ムスッとする。何ですかそれ、と思うが、口答えする気になれないので黙る。
「仕方ないだろう。お前らは自分たちじゃ荷が重いらしいから。未熟な状態で、幾ら取り繕ってもすぐにまた戻ってしまうぞ。まずはタンクラッドだ。お前はこの一週間で。
まー・・・最後はドルドレンかな。この前、シムが誘った時に来ていれば良かったが。これもまた巡りだろう」
不思議なことを言うおじいちゃんに、イーアンは目をぱちぱちしながら、彼が何をする気なのか考えた。でも分からないので、とりあえず、親方が来るのを待った。
そしてタンクラッドがイヌァエル・テレンに入る。
「お。来たな。よしよし。イーアン、ここで待っていろ。俺はちょっと出かけてくるからな」
ヒマなら寝ろ、と言われ、イーアンは置いてけぼりを食らう。仕方なし、イーアンはベッドに横になり、自分の気持ちと向き合うことにして、留守番を過ごす。
ビルガメスはタンクラッドを迎えに、あっという間に飛んで消えた。
お読み頂き有難うございます。




