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魔物資源活用機構  作者: Ichen
見つめ直す存在
837/2953

837. タムズとビルガメスと、伝説

 

 呼ばれたドルドレンは、草地に立つタムズの前まで来て、そっと見上げる。


 男龍は何も言わず、表情にも出さず、ドルドレンを見下ろしていた。いつも大好きで触りたいのに、今日は触ることも出来ないくらいに、彼を怖く思うドルドレン。



「君の口から聞こうか。イーアンが馬車を離れた理由を」


「それは。イーアンが、俺のせいで。俺の目つきが良くなくて。俺は分かっていなかったから、彼女は傷ついてしまって」


「直接的な理由ではないよ。至った理由を訊ねている。君の感情の動きと認識による行為を」


 ぐっと声が詰まるドルドレンは、タムズをちらっと見る。金色の瞳は自分を突き刺すように見ていて、普段の優しいタムズの目は、厳しい男龍の目に変わっていた。


「俺が。彼女がタンクラッドと一緒だったのを、嫌だと思ったのが理由だ。でもそれは、イーアンが好きだからであって」


「好き。そうか。好きだと、彼女よりも、ドルドレンが嫌だと思った場合が勝るのか」


「そうじゃないっ そうではないのだ」


「どう。そうではない? 君が彼女を好きだと、イーアンに傷つく行為を行う。これは、どうも私には矛盾に聞こえるが」


 ドルドレンは唾を飲み込み、何て説明したら良いのか悩んだ。コルステインは優しかった(※有難うと、しみじみ思う)が、タムズは明らかに怒っている。


「愛してるのだ。愛しているから、他の男と一緒にいるイーアンを見るのは嫌だ。それはイーアンも同じで、俺が他の女性と一緒にいたら、怒るし悲しむ」


「ふむ。愛していると、傷つける理由が君には生じると言う。そしてまた、イーアンも同じと。つまり君が言いたいのは、人間はそういうものだと話しているのかな」


 そう、と頷くドルドレンに、タムズは黙っていた。その無言の返答が、ドルドレンに重く圧し掛かる。タムズは一歩前に踏み出し、ドルドレンの顔を覗き込んだ。


「ドルドレン。君は少し物覚えが良くない。彼女は人間ではない。私と同じ、龍だ。

 龍は、愛している相手を、嫌だという理由で傷つけることはしない。君の言う愛は、()()()()()かな?」


「そんな。そんなこともないが」


「ビルガメスは、君に伝えたと思うが。ビルガメスが、イーアンを愛しているのは知っているだろう。

 彼は、イーアンが君を愛していると分かっている。だから、愛するイーアンが愛するように、自分もドルドレンを愛そう、と言うよ。君を傷つけたり、イーアンを傷つけはしない。私もそうするだろう。

 君の愛は、一体誰のためか。それは、私たちの知る愛と、同じ性質だろうか」


 タムズの言葉に、言い返すことも出来ないドルドレン。


 特に悪いことをしたわけではないし、そんなに大袈裟なことになるような話ではない。よくある事だ。

 今回は偶々、イーアンが空へ行ってしまったから、こんな大事(おおごと)になっているだけで。そう思う。どうして、こんなに俺だけが責められるのか。


 言葉が出てこない黒髪の騎士に、タムズは悲しそうに話しかける。


「ドルドレン。君が私と出会わなければ、君のその俯く顔を作らずに済んだのか。もしくは、彼女と君が出会わなければ、君は困らずに済んだのか」


「そんなことはないのだ。とんでもないことを言わないでくれ。タムズと会えて幸せだ。イーアンがいなかったら俺は死んでいる」


「そうか。では、それに比べれば、今こうしている時間は、小さなことに思えないか?

 人間は、僅かな経験に意識を囚われ、自分に理解させるために右往左往する。しかしその右往左往は、本来の物事を歪める作業が殆どのように感じる。


 君たちは、自分を守る生き物だ。守るために、衣服を用い、体を保つための食事をする。家を持ち、弱い体を守る。それだけではない。今の君のように、言葉も心も、自分の状態を守ろうとする。

 例え。それが()()()相手を傷つけてもね。本当に愛しているなら、しないと・・・私は思うけれど」


 語りかけるタムズの目を見つめて、ドルドレンは何度も戸惑いを隠そうとした。それは叶わなかったが、余計なことを言うこともせずに済んだ。タムズの金色の瞳は、ちっぽけな感情など消し去るほど強かった。


「ドルドレン。人間は弱いだろう?だが弱くあるからこそ、成長をする。成長する生き物だ。

 しかし、成長には条件がある。その場の自分を崩さないと、次の自分にはならないものだよ。君は卵の殻を破らず、殻の中から、イーアンを叩いたんだ。それが正当のように」


「タムズ。俺は」


「君にここまで言うのは。君を愛しているからだ。私が君を愛していると、ちゃんと教えるためだ。分かるかね。成長を促すなら、厳しくすることは間違いではない。だが厳しさの使い勝手に、言葉と都合を被せて使うなら、それは何の意味もない愚かさだ。愚か者のすることなのだ。

 君はそれをやめなさい。私の祝福を受けた以上、愚か者の部分がどれほど小さくても、それを取り払いなさい。成長するんだ」


「俺が。勇者だから?」


「違う。君を愛しているからだ、と言ったはずだ」


 勇者の立場がそうしたことを受け入れないといけないのか、とドルドレンは口走ったが、タムズの答えは素朴だった。その素朴な答えは力強く、何も他の理由を寄せ付けなかった。ドルドレンは、喉から絞り出すような声を漏らし、俯いた。


「ここまで分かれば充分だ。タンクラッドが近づいてきている。バーハラーがゆっくり飛んでいる。

 彼もまた、何かを理解し、卵の殻を出たのかも知れない。彼に私が話したことを伝えなさい。

 すぐにではないかも知れないが・・・自ずと、君がどうするべきか知ることになるだろう。

 イーアンは少し、こちらで預かるよ。彼女がいない間に魔物に困るようなら、私を呼びなさい」


「イーアンは、イーアンはいつ戻るのだ」


 帰ろうとしたタムズに、ドルドレンは慌てる。タムズは黒髪の騎士を見て『今。君がそれを知ってどうなる』と答えた。それは『殻を出ろ』と言われているような響きだったので、ドルドレンは答えられなかった。


 タムズは翼を広げ、心の中でミンティンを呼び、青い龍が浮かび上がったのを見て、自分も浮上した。


「ドルドレン。龍に忠実な男よ。勇者である前に、君は人間だ。そして、人間であると同時に、龍の祝福を受けた存在でもある。自分を高めなさい」


 私たちの愛に応えるつもりならね、と。少しだけ微笑んだタムズは、真っ白い光の塊に変わり、ドルドレンが息つく間もなく空の彼方へ消えた。


 今日。タムズは髪の毛一本、ドルドレンに触れなかった。それが寂しかった。触れてももらえない、自分なんだとドルドレンは落ち込む。怒られたわけじゃないが、怒られたような気持ちだった。


 それに。


 勇者だからか、と理由を決めようとした自分が。恥ずかしかった。勇者なんて、成りたくてなったわけじゃないのに―― そう、どこかで思う気持ちがあった。ドルドレンは、成長を求められる理由を、そのせいにしようとした。


「そのせいにして。俺はタムズに言い返そうとでも思ったのだろうか。言い返して、自分を守ろうと・・・したのだろうか」



 呟きは朝の風に連れて行かれる。風の吹いてくる向こうに、金色の光が見えた。

 それは、燻し黄金色の、堂々とした龍が、堂々とした誰かを背中に乗せて戻ってくる姿だった。



 *****



 イヌァエル・テレンで、イーアンと眠るビルガメスは、タムズに起こされる。肩に触れられ、ゆっくりと瞼を上げると、苦い顔のタムズが立って見下ろしていた。


「おお。戻ったか。よしよし」


「よしよし、じゃないだろう。私が動いている間に、イーアンと眠るなんて。何て、ビルガメスは自由なんだ」


「何が言いたいのか分からん(※考えない)。何か分かったのか?話せ(※おじいちゃんは一方的)」


「分かったけれど・・・ビルガメス。起き上がれ。イーアンと寝そべっている状態は、私が見ていて気分が良くない」


 タムズが呆れたように眉を寄せてそう言うと、ビルガメスはフフンと笑って『羨ましいのか』と言う。


「俺の寝床だ。俺が横になるのは普通のこと。イーアンは眠っていなかったから、ここに寝かせただけだぞ。お前は自分がこうしたことがないから、不満なだけだろう」


「そうじゃない。私はそんな、彼女と眠ろうと思ったことはないよ。ビルガメスはちょっと、イーアンに近寄り過ぎると思う」


「それの何が悪いのか。全く分からんな。お前がしないのは結構だ。俺は好きにする。何度かこうして眠っているが、別に嫌がられたことはない。イーアンは俺なら平気なんだ」


 話にならないので、タムズは諦めて、寝そべっているビルガメスの足をちょっと叩き(※強め)場所を開けさせると、自分もベッドに腰掛けた。

 目が据わっているビルガメスを無視し『話を聞いたよ』と報告を始める。


「ザッカリアと、ドルドレンから聞いた。最初に言っておくが、ドルドレンには私から、ちゃんと話してあるから」


 その言い方に引っ掛かるおじいちゃん。タムズを見つめ『何を』と問う。面倒にならないと良いけれどと思いながら、タムズは『ビルガメスが気にしそうなことだよ』簡単に答えておく。



 それから、ザッカリアが教えてくれた内容と、ドルドレンに質問して戻った答えを、タムズは全て話して聞かせた。


 終始、ビルガメスは無表情だったが、ザッカリアの話の時だけは少し眉が動いた。タムズはそれを見逃さなかった。話し終えてから教えてもらおうと思い、終わったところで『気になったんだが』と続ける。


「ザッカリアのしてくれた話で、ビルガメスは何かを知っているようだったね」


「何か、じゃない。始祖の龍と、時の剣を持つ男の話だ。タンクラッドがそんな香炉を持っているとは。いつ手に入れたのか知らないが、あいつとしては辛いだけだろうな。そう思っただけだ」


「どうして辛いんだ。彼は始祖の龍にまだ愛されていると・・・伝説に浮いた噂話が、どうも本当だったらしいことが分かったけれど。

 イーアンと始祖の龍が似ているから、それを見れば確かに気持ちは重なるだろうが、別の相手だし、イーアンもそもそも彼の相手じゃないことくらい、分かっているよ(※横恋慕を理解しない)」


 ビルガメスは少し笑って目を閉じる。片肘を突いた手に頭を乗せ、横に眠るイーアンの髪の毛を撫でる(※爆睡)。


「ルガルバンダと同じだよ。あいつもイーアンとズィーリーを重ねていた。今はどうか分からないが。

 タンクラッドも、イーアンを見ながら、始祖の龍と話しているんだ。どこにもいない相手を想って。

 それに、彼はこれらを知る前に、イーアンを好きになったようだから。気持ちを向ける理由が生まれ変わりと知れば、さらに苦しむだろう。あの男は乗り越えると思うが・・・しかし、皮肉な巡り合わせよ」


 タムズにはよく分からない。そうした部分は、ビルガメスの方がなぜか詳しい気がする、毎回である。

 ビルガメスは溜め息をついて『そのうち。励ましてやるかな』と笑った。タムズも少し笑い、それが良い、と同意した。


「それで。ドルドレンか。あいつも物分りが良さそうで、そうでもないなぁ」


「ドルドレンは物分りは良いと思うよ。真面目だしね。ただ、少し」


 タムズは言葉を探す。どう言えば的確かなと考える。ドルドレンは、自分への理解が後回しに見える。人間は誰もがそうなのか。外を見ながら考えているタムズに、ビルガメスが先を促す。


「どうするんだ。何て言っておいた。ドルドレンはお前が何か言い聞かせて来たんだろうから、俺は何も言わないが。イーアンのことはどう伝えた」


「ん?ビルガメスが言った通りだよ。彼女は少し預かるよ、と伝えた」


 その間に苦戦するようなら、自分を呼ぶようにとも言ったと、タムズが話すと、ビルガメスは頷いた。『そうか。それなら、まぁな。良いだろう。少しはイーアンも落ち着く時間が要る』何日居るやらと、小さな顔を撫でて微笑むビルガメス。



 タムズはそんなビルガメスを見て、『彼女に卵を孵させるのか』それを訊ねた。


 質問の意味を知る、大きな男龍は豊かな髪をかき上げて、眠るイーアンの顔を撫でながら頷いた。タムズはこれ以上は、訊くに訊けない。誰も口に出したことがない境界線。


 切り出し方を考え続けていたタムズ。勇気を出して、ちょっと笑うと。ビルガメスに訊ねた。


「ビルガメス。ビルガメスはイーアンに愛されている?」


 大きな美しい男龍は、女龍を撫でる手を止め、タムズを見ないまま、何度か瞬きをしてから目を閉じた。それから女龍の頭をゆっくり撫でると、タムズが居ないようにイーアンに囁いた。


「お前はお前の形で、俺を愛してるよな」


 タムズはゆっくり息を吸い込み、眉を寄せて目を瞑り、上を向く。そんなことを言える自信。それがビルガメスにあるのだと理解する。悔し紛れにも似た、確認だけはしたいと思う。


「でも。ドルドレンへの愛とは違うだろう?彼女の愛は、ドルドレンが本当だ」


「だとしても。愛を表現する形は幾通りかあるもんだ。イーアンは俺の命を守るために、約束し、俺の代わりに体を張ってイヌァエル・テレンを守ると誓った。

 俺を守るために彼女は、何万何十万の魔物の群れを、愛から生まれる怒りと共に薙ぎ倒す。力強い約束だ。それは愛だぞ」


「ビルガメスが彼女に向ける愛も。同じということ・・・・・? 」


 タムズの質問に、ビルガメスは答える代わりに笑った。タムズはその笑い声が、自分には到底、手の届かない位置に在る気がした。ビルガメスはタムズを見て、少し首を振りながら微笑む。



「俺の愛はもっとだ。もっと大きく、もっと。イーアンが俺と空を守る愛と釣り合い、補って余りある。

 ()()()()()()。俺の命の、最期の時間。これが空を包む瞬間を迎えた時、俺は再び空を生きるだろう。イーアンと共に、この空を愛する命に変わる」



 タムズは。彼の言葉に打ちのめされる。ビルガメスの言葉は、同じ男龍のタムズへの宣戦布告。男龍のまま死ぬ気なんてないと、言い切ったも同然。()()()()()()宣戦布告を、彼はタムズに告げたのだ。その質問を敢えて投げたタムズに、『お前に追いつけるか』と投げ返した。


 ビルガメスは金色の瞳に鋭さを含ませ、若い男龍を見た。不敵な笑みが、長い間その座に居た『空の最強』を蘇らせる。


「タムズ。お前が目指していることくらい。俺が知らないと思ったか」


「私は一言も」


「お前の動きで分かるんだ。俺くらい生きるとな。天地の境目なんて無くなるんだ。お前の考えることなんて、この目で見ているくらいに、よく見える」


 ビルガメスはそう言うと、満足そうに笑顔を湛え、肘を付いていた腕を伸ばし、イーアンの体を引き寄せて、腕の内に入れて目を閉じる。


 タムズにはそれが、イーアンがただ寝ているだけ(※事実)だとしても、二人が約束された間に感じてしまう光景だった。



 何もそれ以上、話すことは出来ず、タムズは立ち上がり、ビルガメスの家を後にした。自分は彼以上に()()()()()()()()。時間はまだある。それを探そうと思った。


 眠るイーアンの横で、ビルガメスは目を閉じたまま微笑んでいる。小さな女龍の温もりに安心する。


「お前は俺の腕の中で笑っていろ。俺が龍王になる時、お前は俺の横に居る」


 誰も成し遂げたことのない、伝説の話。龍王の存在。


 ビルガメスは自分が生きる道を選んだ、あの日。イーアンがここへ来て、涙を流して『あなたを死なせない』と言ったあの時。


 自分が生きる道を選んだら、何が待っているのかを知った。ロデュフォルデンも、イヌァエル・テレンの解放も、全ては空のため。その空を導くのは、誰でもないビルガメス(自分)に託された可能性と知った。


「そして。お前だ、イーアン。お前の愛が溢れる笑い声が、多くの龍を生む。始祖の龍が、俺の母がそうだったように」


 大きく美しい男龍は、世界が面白くなってきたことを全身で感じていた。

お読み頂き有難うございます。

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