836. お使いタムズ
ビルガメスは昨晩。ルガルバンダに止められて、朝が来るまで待った。
イーアンが夕方にイヌァエル・テレンに入った時、龍気が翼だけの状態と知ったビルガメスは、何事かと思ってすぐに迎えに行こうとした。
ビルガメスが外に出た後、別の龍気が近付き、それがルガルバンダだった。彼もまた同じように心配して、迎えに出ようとしたらしかった。
ここで二人は、イーアンの様子がおかしいということで、二人揃って龍気の静まった場所へ向かったのだが、途中でルガルバンダが停止する。ビルガメスを呼び止め『待つか』と彼に訊ねた。
『フラカラだ。龍の子の。フラカラが先にイーアンを見つけた』
『そんなこと分かっている。なぜ待つんだ』
『フラカラはイーアンを慕う。ここは事情も分からないし、彼女に預けても』
ルガルバンダは、ファドゥが龍の子の住まいにいた頃、よくフラカラとも顔を合わせていた。ルガルバンダの子である、カーレ・リベラは、龍の子の女で、フラカラの友達でもある。
ファドゥ以外の龍の子と話すことは、ほぼ皆無だったが、顔を見れば挨拶くらいは交わす。ファドゥの側にいつもいたフラカラは、奇妙にも女龍を目指していて、イーアンが来てからはしょっちゅう龍に姿を変えていた。
『龍の子にイーアンを?預けると言うのか』
『後から迎えに行けば良いだろう。イーアンは女だから、もしかするとフラカラの方が、良い状況かも知れない』
ルガルバンダにそう言われ、何のことやらと、おじいちゃんは思った(※おじいちゃんは自分が全てを解決すると思っている)。
だがビルガメスの怪訝そうな顔を見ても、ルガルバンダは『焦るな』と言うだけ。焦っていると思われるのも面白くないので(※おじいちゃんはプライドが高い)仕方なし、了承してやった。
そして、何時間か過ぎ。おじいちゃんはそろそろ迎えに行こうとした矢先。龍の子の家の手前まで来て、再びルガルバンダに止められる。まるで待ち構えていたような様子に、不満の表情を向けるビルガメス。
『何でだ』
『今度はオーリンだ。オーリンがイーアンに気が付いた』
『オーリン。どうでも良いだろう(※本音)。もう夜なんだぞ。イーアンを引き取って、俺が連れ帰る(※『泊まりはうち』って決まってるおじいちゃん)』
そのために子供を預けているのに(※子供大きくなったからイーアンがやられる)!
ちょっと怒るおじいちゃんに、ルガルバンダは静かに首を振り『オーリンも成長する。待ってやれ』などと肩を持つ発言をする。
ビルガメスは面白くない。タムズといい、ルガルバンダといい。最近タムズは大人しいが、この二人は中間の地の輩に甘い。ルガルバンダはなぜかオーリンにも甘い。何がしたいのか分からないし、フラカラに預けた後、オーリンに預けるのかと思うと、イーアンは女龍なのにと言い返したくなる。
そんなおじいちゃんの仏頂面を見たルガルバンダは、大振りに溜め息をついて言う。
『オーリンは、龍の民の姿を変えるかもしれないぞ。可能性はあるんだ。それにビルガメスはいつも、イーアンと一緒だろう。今日くらい待ってやれ』
『ルガルバンダが思うことが分からん。お前だって迎えに行こうとしていただろう』
『俺はビルガメスを止めようとしただけだ。ここにいる理由はな。俺が連れ帰るつもりなら、とっくにそうしている』
最初に家を壊されて以降、ルガルバンダはイーアンを自宅へ連れて行った様子がないので、おじいちゃんとしては、彼が懲りたのかと思っていたが(※家壊すイーアンの印象)。
どうもビルガメスに譲っていたような言い方なので、おじいちゃんは黙る(※特に独り占め感覚はない)。ルガルバンダはじーっとビルガメスを見て『戻ろう』その一言で、先に飛んで帰った。
ムスッとするビルガメス。聞き分けのない相手、といった扱いをされた気がして、嫌な気分で自分も戻る。イーアンがオーリンと一緒に、建物の外へ出るのを感じながらの帰り道だった。
こんなことで、オーリンの気配が消えた頃合を見計らい、そそくさビルガメスはイーアンの龍気のある場所へ動いた夜明け。
もう、ルガルバンダが来ても無駄だからな、と思いつつ(※おじいちゃんは我慢が嫌い)行ってみれば。
イーアンは寝転がったところ。真上から見て、その姿に可笑しくてちょっと笑った。
感情の大きいイーアンのことだから、何か堪えられないことでもあったんだろうと見当を付ける。どうやらフラカラもオーリンも、それを解決出来なかったらしい(※おじいちゃんは嬉しい『ほらな』の気分)。
そして、ようやくイーアンを連れ帰り、彼女に休むかどうかを訊ねたビルガメス。『お前、寝てないだろう』寝た様子がないぞと言うと、イーアンは頷く。
「少し眠れ。その顔だと、中間の地に戻るつもりもないな」
「いえ。戻りますけれど。そのう。すぐはちょっと」
「なら、眠れ。子供は預けてある。俺と二人だ。ゆっくりしろ」
ビルガメスはイーアンの上着を引っ張り『脱げ』と一言。ええっ!嫌がるイーアンに、良いから脱げ、と迫るおじいちゃん。龍の皮の上着は長い丈なので、それくらい脱げという意味らしく、イーアンは渋々上着を脱いだ。
「全部脱いでも良いんだぞ(※=自然体の意味)」
それはムリです、頭を振って丁寧にお断りし、イーアンはおじいちゃんのでかいベッドに靴を脱いで上がる。『この辺に寝ろ』と示されたベッドの真ん中あたりにお邪魔し、横になった。
イーアンが横になると、ビルガメスも横になる(※男龍基本形・たらーんの図)。ビルガメスはイーアンの角を摘まみ、自分に向かせると、角くりしながら訊ねた。
「何があった。元気がない。ドルドレンと揉めたか」
「そうではないのです。でも。難しいですね。理解があるようで、こう・・・そうでもなかったり」
角くりをそのままに、ビルガメスはイーアンが目を逸らしたのを見つめ、『少しここにいろ』と囁いた。イーアンは驚きもせず、否定もせず、だけど頷きもしなかった。考えているようで、寂しそうにしている。
大きな男龍は、彼女の頭を撫で『ここにいろ。俺が伝えておいてやる。タムズでも行かせて(※俺じゃない)』どうだ、と答えを求めると、イーアンは小さく頷いた。
ビルガメスは彼女を自分の体に寄せ、小さな体の女龍の頭を撫でる。女龍は表情が消え、目を閉じて、少しすると眠り始める。
ビルガメスの温かさにイーアンは眠くなる。柔らかいベッドと、イヌァエル・テレンの空気の心地良さ。イーアンを、厳しく躾け、大切にするビルガメスの懐。親はいないようなイーアンだが、そんな感じの安堵を心に、眠くなった。
イーアンが眠ったので、ビルガメスは頭にキスしてから、そっと離れる。それから家の外でタムズを呼び、彼に事情を話して中間の地へ行くように言う。
「イーアンは?詳しい話をしないのか」
「誰かには話したんだろ。俺はまだ聞いていない。夜通し起きて考えていたみたいだから、今は寝かせた。後で話してくれるだろう」
「ドルドレンに伝えるのは構わないが。何て言えば良い?」
「イーアンは少し戻らない、と。それで良いだろ(※テキトー)」
タムズは黙って、大きな男龍を見つめる。それくらいで済む内容なのか・・・イーアンが彼らの元を離れている時点で、ドルドレンたちにとっても、複雑な状況のように思うが(※さすがタムズ)。
そんなタムズの視線を受け、おじいちゃんは面倒そうに(※実際、メンドー)タムズに『ほら、行け』しっしっ、くらいの勢いで、さぁ行け早く伝えろと急き立てる。
仕方なし。行けと言われたら向かうだけなので、タムズは小さな溜め息と共に『すぐ戻る』とビルガメスに伝え、ミンティンと一緒に中間の地へ向かった。
見送るビルガメス。『タムズはどうも、扱いにくい(※そんなことはない)。あいつは我が強いから(※そうでもない)』すぐ言うこと聞いていた子供の頃が懐かしいな・・・そんなことをぼやきながら、おじいちゃんは家の中に入った。
戻ってきたら、きっとタムズも話を聞きたがるだろうと予想して、今はイーアンと二人の朝を過ごすことにした(※寝てるだけ)。
*****
馬車の朝は遅かった。ミレイオはのろのろ朝食を作り、珍しく失敗していた。誰も突っ込まなかったが(※自分で作れ、と言われるのは嫌)料理は味付けされていなかったし、生煮えだった。
生煮えの肉を食べて平気なのかと、皆は少し悩みながら、加熱されていそうな色の部分を齧り、こんな時にイーアンがいたら分けてあげるのに(※生肉部分)と思った。
失敗したミレイオは、料理の状態に気が付いていないのか、気持ちが散漫のようで、むちゃむちゃ食べては、時々『何か噛みづらい』と呟いていた。
生煮え肉に、フォラヴは敗退。ザッカリアも遠慮がちに中身(※生部分)を残して、そっと総長にあげる。
すごく困っている顔のフォラヴに同情し、シャンガマックは彼の皿の肉を引き受け、どうにか一生懸命噛んで飲み下した。ドルドレンも途中で『う』とか『おぇ』とか呻きながら、頑張って飲み込んだ様子だった。
そんな朝食の風景の中。タムズ光臨。
白い光が空に力強く放たれた後、その光が勢い良く降りてきたので、イーアンだ!とドルドレンが叫んですぐ『すまないね。私だ』少し笑った声が光から聞こえた。
「タムズ」
赤銅色の男龍は、ミンティンと一緒に野営地に降り立ち、驚いている皆を見渡す。
『元気がないね』理由は分かっているが、詳しいことを聞けるかどうか。そんな雰囲気でもない様子に、タムズはちょっと微笑んで首を傾げた。
ドルドレンの灰色の瞳が自分を見つめているので、彼を見る。彼は目を合わせると、何か言い訳でもありそうに目を逸らした。困惑を隠しきれない顔に、タムズは問いかける。『何かを言おうとしているのかな』彼の反応を待ち、こちらからは切り出さないタムズ。
「タムズ。イーアンは空にいるのだろうか」
「そうだ。彼女はイヌァエル・テレンに」
「なんて言っていただろう」
「残念だが教えられない」
タムズが答えると、ドルドレンはさっと見上げて悲しそうに男龍を見つめる。その顔が可哀相で、タムズは一呼吸置いてから『知らないんだ』と首を振った。ドルドレンは瞬きを何度かして『知らない?』と。
「そう。いるのは知っているが、話していない。ビルガメスも話を聞いていない」
「何で・・・イヌァエル・テレンのどこにいるのだ」
「今は、ビルガメスの家だが。それまでは違う場所にいた。だから私たちは、彼女が一人で来た理由を知らない」
そこまで言うと、ドルドレンは察したらしく、眉を寄せた。言わなければいけないのは自分の方か、と気が付いたようだった。タムズは彼を暫く見つめた後、馬車の壁に寄りかかった。
「私が。知りたいんだ。話してくれるね」
ドルドレンは怒られるのではないか、と思い、心配して口を噤む。ミレイオも今回は言い難くて、タムズを見ようとしなかった。
フォラヴやシャンガマックは、タムズと話したことがない。見たことは何度かあるが、会話らしい会話はないので、話しかけられでもしなければ黙り続ける。でも、自分に話しかけないでほしいと願った。
タムズは誰も目を合わせようとしない中で、ふと明るいレモン色の瞳が向けられていることに気が付く。彼を見て、タムズは微笑んだ。『来なさい。私に話してくれるんだね』おいで、と片腕を伸ばすタムズ。
ザッカリアは頷いて、大きな男龍の側へ行った。心配そうなドルドレンを見ない子供は、タムズの腕の内に寄せられる。男龍は背を屈めて、小さな彼に訊ねた。
「君は龍の目。良い目をしている。見える形以外を見通す、その祝福された瞳で、イーアンのことを見たのだろう。教えてくれるかね」
「あのね。名前、タムズで良いの?俺もタムズって呼んで良い?」
「構わないよ。ザッカリア。勇敢な子よ」
「タムズ。俺と一緒に向こうへ行って。あっちで話す」
子供は大きな男龍の手を握り、一緒に草地へ行こうとお願いした。タムズは了解し、彼と一緒に皆から離れた。
騎士たちとミレイオは、二人の背中をじっと見ているだけだった。胸中は不安で一杯になりながら。
離れた場所で、ザッカリアはタムズに振り向き『イーアンも可哀相だけど。総長も可哀相なんだ。だから怒らないであげて』と頼んだ。そういう内容?タムズが聞き返すと、彼は頷く。
「総長はね。イーアンが大好きなんだよ。だから、イーアンがタンクラッドおじさんと一緒にいたら、嫌だったの。
タンクラッドおじさんは、煙を見せてね。煙は・・・昔、イーアンそっくりの女の人がいたのを見せたんだ。その人と、タンクラッドおじさんの昔の人が」
一生懸命話してくれるザッカリアなのだが、タムズは笑い出して、言っていることがよく分からないよ、と伝える。ザッカリアは困る。タムズは彼の前にしゃがみ、自分が質問をするから答えてほしいと言った。
「すまないね。何となく見当は付くんだが。誤解があると良くない。さて、では訊こう。煙とは何かね。君はそれを見たことがある?」
「俺はないよ。あ、でも違う煙はある。香炉から出るんだ。煙に絵が出てくるの。タンクラッドおじさんが持っていて、二つとも、凄く前のことを絵にするよ」
「そうか。香炉の煙が映し出す絵。その絵は、凄く昔で、イーアンそっくりの女性が現れるんだね?」
うん、と頷くザッカリア。タンクラッドおじさんの昔も出る、と教え、それは直に見たわけではなく、見えたことも話す。タムズは頷いて了解する。
「君はその内容は分かる?それと、私がドルドレンを怒らない理由が繋がるんだね?」
「そう。あのね、煙はイーアンと似てる人と、タンクラッドおじさんと似てる人の絵だ。タンクラッドおじさんは、その女の人が大好きで、その女の人もタンクラッドおじさんをまだ好きなんだ。
だけど女の人はもう死んじゃっていないから、タンクラッドおじさんは、イーアンに煙を見せた後、抱き締めて泣いたの。悲しかったし、いろいろ思い出したんだよ。イーアンも分かってるんだ。
そしたら、総長が怒ったんだ。タンクラッドおじさんを怒って、タンクラッドおじさんも怒り返して出て行っちゃった。イーアンは、総長に話しても分からないと思って言えなかったの。それで」
タムズは少し微笑んで頷いた。『そうか。分かった』そう言うと、黒い癖のある髪の毛を撫でて『ザッカリアは良い子だ』と誉めた。
「それで、ドルドレンはイーアンにも怒ったのかな」
「怒ってない。だけど、嫌な気持ちだったと思う。タムズ。怒らないであげて。総長は子供なんだ(※重要)。イーアンが大好きで、タンクラッドおじさんと一緒にいるの、嫌だったんだ」
「怒らないよ。怒っても良いならそうするけれど(※怖いっ)」
ザッカリアは不安そうに、男龍を見つめる。タムズは彼が可愛いので、笑顔で『大丈夫だよ』と続けて答えた。そして立ち上がり、馬車からこちらを見ている皆に顔を向けた。
「ザッカリア。君のお陰で、時間を大切に出来た。有難う。もう良いよ」
子供は何度も『怒らないでね』とお願いし、背中をゆっくり押されて、馬車へ戻った。彼が戻ったのを見届けてから、その場に立っていたタムズは『ドルドレン。来なさい』と大きな声で呼んだ。
ザッカリアが振り向いたのと同時、ドルドレンは深呼吸して、タムズの待つ場所へ歩き出した。
お読み頂き有難うございます。




