834. はぐれイーアン、相談役に回る
さすがに。
イーアンは『一人で頑張る、翼の飛行』が堪えた。イヌァエル・テレンに到着する前に疲れ始め、ミンティンを呼ぼうとした矢先。イヌァエル・テレンに入ったようで、少しずつ苦しさが消え、体の痺れが治まる。
「忘れていました。最近。地上でちょくちょく飛ぶもんだから・・・ここまでは距離があるのでした」
ひぇ~・・・消えそうな声を上げながら、どこでも良いから着陸しようと、イーアンは大地を目指す。どこでも良い。早く休まねば。
そう思いながら、イーアン墜落。ひゅるるる~~~・・・・・ どさ。
いてぇっ! うっかり墜落したイーアンは痛さに叫んだが、どういうわけか最近の自分は、怪我をしにくいらしいので、怪我も骨折もなく感謝する。しかし、痛いには痛い。
『くっそ~~~(※墜落を恨む』ぼやきながら、翼を仕舞い、どかっと仰向けに草むらに寝転がるイーアン。
「頑張り過ぎましたよ。ちょっとセンチメンタルでしたから、うっかりしました」
この年でセンチメンタルはいけませんね、痛みに首を振り振り。大の字に寝転がったまま、首を振り振り・・・そして気が付く。上に何か飛んでいるのを。
じーっと見ていると、段々形がはっきりして、それは徐々に近付いていた。龍のようだが、翼がないから龍の子かも。そう思うものの、疲れているし、頭も打ったしのイーアンは、投げやりにそこに大の字で待つ。
どんどんはっきりしてきた姿に、イーアンはハッとする。慌てて体を起こそうとしたが遅かった。
赤い龍は光を放って、人の姿に変わり、心配するフラカラが駆け寄った。イーアン、醜態を晒す(※投げやり反省)。
「イーアン。どうしたの。大丈夫?イーアンだと思ったけれど、まさか倒れてる(※大の字)なんて信じられなくて。でも何か」
「いいえ、フラカラ。申し訳ありません。偶々、その。偶々です。ちょっと疲れまして。それで休んで」
フラカラはイーアンの横に膝を着いて、屈みこんで近くで顔を見る。イーアンは照れる。何だか分からないけど『すみません』の一言が出る。
フラカラはちょっと笑って、困ったように眉を寄せると『私が運ぶから。私の部屋へ行きましょう』と・・・とんでもなく素敵な展開を申し出てくれた。
「いえ、え?!えええっ?でも、そんなお邪魔する気はありません」
「邪魔なんて思わないで。ここで夜を過ごしては。男龍の所へ行くのなら、私は手伝えないけれど」
寂しそうな顔に変わったフラカラに、イーアンは起き上がって『全然。男龍なんて(?)考えてもいません』全力で否定した(※見つかると連れて行かれると思うけれど)。
フラカラは微笑み、自分が龍になるから乗ってくれとイーアンに言うと『帰らないなら私の部屋で泊まっても』などと、イーアンが鼻血でも出そうなことを言ってくれちゃって、イーアンはもう昂ぶる気持ちで倒れそうだった(※やらしいおっさん状態)。
「や。え、いえ。その。泊まるって。それはちょっと。あの。ええっと。ダメだと思う(※気持ちは♂)」
どぎまぎイーアンの声を聞くより早く、フラカラは龍にまた変わり、赤い龍はイーアンの前に首を差し出した。
イケない気持ちで、胸が爆発しそうなイーアンは、誘惑に勝てず(??)誘蛾灯に釣られる蛾のように、龍に乗せてもらう。そして赤い龍はゆっくり浮上し、病人に優しい飛行で、龍の子の家へ向かった。
胸はばくばく。顔が熱いイーアンは、到着まで『今夜どうしましょう』の妄想で行く道を過ごした。
そして、あっという間に到着した気がする、龍の子の家。バルコニーから中へ入り、フラカラも姿を人に戻す。
龍の子は火を使うので、部屋にはランタンもあった。少し地上と似る明かりがあるだけで、特別な印象よりも身近な雰囲気を感じる部屋。イーアンはフラカラの部屋にも、特に何もないことを思う。
以前に来た時もそうだったが、彼らの持ち物は非常に少ない。物の必要がないからだろうが、服なども少数を着回していそう。気温が穏やかだから、汗もかかないとか・・・何となく、生活感を感じない全体。
興味深そうに眺めているイーアンに、フラカラは少し笑って『立っていないで、ベッドに座って』と促した。
ベッド。の言葉に、ドキッとするイーアン(※やばいおっさんの状態)。フラカラ大好きなので、これはヤバイですよ、と心で呟く。
そんな女龍の、怪しからん妄想など知りもしない(※当然)フラカラは、先に自分がベッドに腰掛けると、自分の横をぽんぽん叩いて、イーアンに座るように促す。
躊躇いながらもヨロヨロと、イーアンは誘蛾灯に釣られて美人の横に座った(※これで幸せ)。嬉しさと恥ずかしさで、ぼえ~っとしていたイーアンだが、フラカラに真面目に質問されて、浮ついた時間が終わる。
「どうしてあんな場所に」
「いえ。その。今日は龍を連れずに一人で飛んでいました。翼だけで飛んできたので疲れて」
「一人で?中間の地から!そんなこと出来るの」
「出来なかったのです。だからあそこに倒れました」
ハハハと笑ったイーアンは、驚くフラカラに自分から質問。『フラカラはどうして私を見つけましたか』彼女一人が来るのも不思議に思い、それで訊いたところ。
『イーアンが来たと分かったから。でもいつもと違う場所へ向かったのが気になった』との答えをもらう。
そうだった。思い出すイーアン。龍族(※自分もだけど忘れてる)はイヌァエル・テレンに龍気が入った時点で、相手を知るのだ。龍の民も、龍の子も。男龍だけではなく、全員がそれを感じる。
「ということは、私が来たことを」
「そう。前もこんな話をしていたわね。でも、そう。男龍たちも気が付いているし・・・ファドゥも」
なぜかファドゥの名前が出たので、イーアンは彼女が窓の外を見た顔を見つめる。綺麗~~~・・・じゃなかった。綺麗だけど、そうではない。
どうしたのかと思い、『ファドゥ』名前を繰り返して呟いてみた。フラカラは暗くなる空を見たまま、小さく静かに頷いた。
「ファドゥ。もう会えない。男龍に成ってしまったから」
「フラカラも龍に成りたくて努力を」
「うん。そうなのだけど。でも・・・知っているのよ。本当は無理かもって。なのに、ファドゥは龍に成ってしまったでしょ。私だって成りたくて頑張っていたのに。彼だけ。それも、成ったらもう会えもしない」
「そのう。フラカラは、彼の話を聞きたいのですか?どうすると龍になったのかとか」
イーアンは訊き難い話しだけど、少しずつ、彼女が自分から言った『本当は無理』の真相を聞こうとする。フラカラは赤い髪をぱさーっと倒し、前のめりに顔を手に突っ伏す。
悪いことを訊いたかと、イーアンが心配すると、フラカラは頭を振りながら『そうじゃないの』と苦しそうに呟いた。何だか理由が深刻そうで、イーアンは彼女の背中を撫で、今日は時間があるから、良かったら話してとお願いした。
フラカラは大きく深呼吸すると、さらさらの赤い髪を無造作にかき上げて、金色の瞳をイーアンに向ける。
イーアン、がっつり照れる。だが、ここは大真面目に取り繕い(※中年の余裕)咳払いして、うん、と頷く。
「ファドゥ。お母さんが女龍でしょう?彼はずっと。お母さんを思って、長い長い年月を、何度も休眠を繰り返して生きて。それは、あなたが現れると聞いた時から。
次に来る女龍も、彼の母親とそっくりな人が来ると言われていた。だからファドゥは会いたくて。普通の龍の子以上に、殆ど休眠で過ごして生き続けたの。そして、あなたに会えた」
知ってはいたけれど。こうしてフラカラのように側で見ていた人に話を訊くと、改めてファドゥの思いの強さに驚く。イーアンは、先を続けてもらうように促す。フラカラも体を少し起こして、考えながら話す。
「彼はね。お母さんが大好きだから、というだけではなかったと思う。それが一番だと思うけれど、お母さんに会って、自分が龍の子でも良いって、それでも愛してくれることを、お母さんに言って欲しかったんだと思う。
ルガルバンダは父親で、ファドゥに会いに来ていた。でもルガルバンダは男龍で、普通なら龍の子に関わらないのよ。彼なりにファドゥに同情していたと思うし、男龍と女龍の子なのに、って・・・責任があったのかも。
ファドゥは、ルガルバンダが苦手だった。男龍を見るたびに、自分が龍の子止まりだと意識するから、って。
でも、別にファドゥを誰かが悪く言うとか、そうしたことはなかったのよ。彼は、龍の子の中でも大きかったし、力も強い能力の高い龍に変わったし。だけど、男龍じゃないそのことが、彼には辛かったの・・・・・タムズがいたから」
フラカラは言い難そうに、声を潜めてタムズの名前を教える。イーアンは何度となく、そんな話を聞いたので、そこは立ち止まらずに、次を促す。
「そう。誰も悪くなんて言わない。だけど、やっぱり大きいの。イーアンは分かるかどうか。
龍と龍の子。全然違うのよ。ファドゥは諦めていたと思う。憧れは消えなくても、もう『龍の子の一生』って諦めたと思う。それが、あなたと会って。会えただけでも喜んでいたのに」
「男龍に成りましたね。彼は」
「成っちゃった・・・成って良かったんだけれど。あの日。彼が男龍に変わった日。私たちに挨拶に来た。成ってすぐではなくて、ルガルバンダが彼を浮島に連れて行く時まで、ここには来なかった。
来たと思ったら、見たことのない男龍がいて。ルガルバンダが誇らしげに、彼を紹介したの。ファドゥは男龍に成った、って。
他の皆も驚いたけれど、私は驚き過ぎて何も言えなかった。信じられなかったし、でもあの微笑みは、ファドゥそのものだし」
心の内を話し続けるフラカラ。イーアンは彼女の本題がどこかにある気がして、じっくり聞き入る。
「私ね。女龍に成りたいと思った理由。一つだったのよ。ファドゥが会いたいお母さん」
「え。もしかしてあなたが、その代わりになろうと」
イーアンがうっかり遮ると、フラカラは恥ずかしそうに頷いた。その恥ずかしそうな顔は、『自分なんかが』という、悲しそうな目を持っていた。
イーアンは胸を打たれる。健気な人が多いよ~・・・この世界、やたら良い人が多いよ~・・・・・
これは。フラカラは恋心だろうか、と思い、ちょっとそうした質問を幾つかしてみると、そういう感じもする。
だけれど、『龍の子』は恋があまり意味のない出来事。一緒に風呂も入っちゃうし、卵繁殖だし、男女の体で別があっても、それは、優秀な遺伝子&子孫影響もへったくれもない、見た目だけである。
能力は、確実に龍の力を基準にされているだけに、実にシビアで、見た目云々・・・それこそ人の姿なんて、どうでも良いくらいの勢いに感じる。龍族は強さが全てなのだ(※角とか大切だけど)。
「ファドゥのお母さんみたいに、女龍に成ったら。私は彼の心の側にいられるかと思って。
イーアンは中間の地に大切な相手がいるんでしょう?人間の・・・だから。私が女龍に成れば、ファドゥは私を見てくれるかもしれないから。そう思っていたんだけど。もう、要らなくなっちゃった」
うへ~~~!! イーアン仰天。恋です、恋よ、恋!いや~んっ! おばちゃんイーアンは、健気なフラカラにノックアウトされる。
こんな美人、世界にいるのかっ(※いたけど) 勿体ねぇ~~~(※心はおっさん状態)ファドゥ、勿体ねぇ~~~ フラカラ大事にしてあげましょうよーーーっ
顔が歪むイーアンを見て、フラカラは驚く。何か悪いことでも言ったかしらと困惑する美人に、ハッとイーアンは理性を取り戻し(※おっさん心を仕舞う)何でもない、と伝える。
「いえ。つい。あなたがあまりに、純情で健気なものですから。私は苦しみました(?)」
「え?苦しいって。イーアンがなぜ苦しいの」
「何でもありません。胸を打たれたと言い直します。はぁぁぁぁ。何てあなたは素敵な方なのか。
しかし、そうでしたか。それでフラカラは女龍を目指して・・・いや、何とも」
ということで。
この後も、フラカラの自覚のない恋い慕う気持ちに、イーアンは、うんうん悩みながら話を聞き、ファドゥに是非とも聞かせなければ、と心に思っていた。
でもフラカラは、先ほども話していた『力の差』云々のために、『ファドゥには言わないで』と釘を差してきた。これもまた・・・厳しい恋である。
よく聞いていれば、ファドゥの龍の子当時、彼の強さに憧れたのが、彼女の恋の発端らしいので、やはり力に憧れるのかなとも思えた。それだけではないと分かっているけれど、走りは『力』。
それなら、ファドゥに来てもらって話をしたら?とイーアンが助言するが、フラカラはそれも『会えない。男龍は龍の子と話さないのよ』とかで、絶望的らしかった。
「フラカラ。あなたはまだ、女龍になりたいと」
「ここまで通したからには、諦めたくないの。でもね。どこかで無理だと。いえ、無理って知ってる」
フラカラは、イーアンを羨んだのは一度だけだった。あからさまに羨んだのは、最初の出会いで『持って生まれたものが違うなんて卑怯』と悔しそうに言ったことがある。でもそれだけだった。以降はない。
イーアンは自分が女龍だから、何と言えば良いのか分からなかった。言葉を探すイーアンに、フラカラは微笑む。それからイーアンに『友達になって』と囁いた。
「もう。お友達です。私は。あなたが宜しければ」
「本当?私は友達になりたかったのよ。話を聞いてくれて有難う。私、イヌァエル・テレンから動けないけれど、イーアンを手伝うわ。またここに来てくれる?」
「手伝うなんて。そんなこと気にされないで下さい。私は来ます。あなたと話します。迎えて下さい」
話を切り替えたフラカラは、イーアンと友達になることで、気持ちを少し落ち着かせることが出来た。そして、イーアンの手をぎゅっと握り『友達よ』と笑みを深くして愛情の溢れる眼差しをくれた(※イーアン倒れそう)。
「イーアンはどうして・・・そう。私、自分の話ばかりして。イーアンはなぜ、今日は一人で来たの」
友達として。フラカラは、聞きにくいことも壁をちょっと下げて訊ねる。それが少し近付いたみたいで嬉しい。
イーアン。フラカラ恋話ですっかりそっちのけになっていたが、聞かれたので、自分の話をぽつりぽつりとした。
ここはイヌァエル・テレンで、始祖の龍の話が残る場所。
少し掻い摘まみ『時の剣を持つ男』と『始祖の龍』のことを大まかに話す。それから、始祖の龍は今も彼を愛していて、その想いが詰まった品を、現代の『時の剣を持つ男』に見せてもらった話をすると、フラカラはとても驚いていた。
「でも。その今の『時の剣を持つ男』は、それを見せてもあなたと一緒にはなれないわ。だって、あなたは勇者と一緒なんでしょ?」
そうです。頷くイーアンは、これがこじれまして、と。さくっと概要を打ち明けた。
フラカラは、自分の恋心にも気が付かないので、その入り組んだ感情のチマチマ(※龍族からすれば、チマチマ)が理解に難しい。
そしてフラカラからの助言。
「勇者はあまり信用出来ないって聞いているの(※伝説の不埒)。時の剣を持つ男のこぼれ話(※こっちもこぼれ扱い)があるし、イーアンは信用できる方を選べば良いわ。
でも。そもそも女龍なんだから、人間なんかじゃなくて、イヌァエル・テレンで男龍と一緒に暮らすに、越したことはないんだけど(※力が全ての考え方)」
あまり役に立たない助言(※最終選択肢=男龍伴侶希望)を頂き、イーアンは深々と頭を下げ、お礼を言う(※『力が全てではない』と心で呟く)。
こうして、二人は夜遅くまで話し合い『そろそろ眠りましょうか』と嬉しい言葉が部屋に響いた時。お迎えが来て、それは終わる。イーアンは残念極まりないが、歯軋りして我慢した。
分かっちゃいたけれど。腰袋の熱を持つ珠。っつったら、アイツしかいない。ずっと熱を持っていて、ずっと無視していたけれど(※フラカラ>オーリン)。とうとう迎えに来てしまった。
窓の外に龍気が来て、フラカラが立ち上がる。『どうして?龍の民よ』その一言は本当に驚いているようで、『どうしてうちに、あの弱いのが』くらいに聞こえる言い方。
イーアンはそれがオーリンだと分かっているので、フラカラに『仲間が迎えに来た』と教え、彼は仲間で龍の民と言うと、フラカラは嫌そうに眉を寄せた(※感情に素直)。
「また来ます。今日は有難うございました。フラカラのお陰で気持ちが楽になりました」
「私も。イーアン、また来てね。男龍のところに寄ったら、少しこっちへ」
フラカラはイーアンをちょっと抱き寄せると、またねと微笑んだ。イーアン。名残惜しい・・・・・ が、止むを得ない。窓の外でうろつく(※オーリンに失礼)仲間のため、フラカラにさよならして、バルコニーから翼を出して飛んだ。
月夜には、ガルホブラフに跨ったオーリンが浮かんでいて、イーアンを見ると『お邪魔だった?』と笑顔で訊いた。イーアンはしっかりと見えるように頷いて答えた。
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