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魔物資源活用機構  作者: Ichen
見つめ直す存在
831/2953

831. 香炉と始祖の龍とイーアンと


 午後の道はゆっくり進む。次の村まで距離があるので、今夜は夜営。すれ違う馬車も度々で、魔物も出ない昼下がりはのんびりしていた。



 不思議な金属・肋骨さん(※呼び名)の使い道を、ああだこうだと話し合っていた、イーアンとタンクラッドだが、タンクラッドはふと、今。二人きりじゃないか、と気が付く。


 馬車の扉は、日差しを避けるために両開きの扉の片方が閉じ、もう片方の扉だけが開いている状態。


 タンクラッドが思ったこと。イーアンに香炉の煙を見せること。じーっとイーアンを見つめる親方。イーアンは肋骨さんを前に、胡坐をかいた姿勢で眉を寄せて考え込んでいる。


「イーアン。煙が揺れるかも知れないが、今なら二人だから。香炉の煙、見てみるか」


「香炉?ああ、タンクラッドのお話の。そうか、そうですね。でも煙が流れてしまいませんか」


「それなら諦める。別の機会にするだけだ。二人で一緒にいられる時間が、めっきり減ったからな(※嫌味)。こんな時でもないと」


 折角の機会だと、親方はそそくさ香炉を取りに、寝台馬車へ戻った。戻ったタンクラッドを見た、後ろのミレイオとシャンガマックが、イーアンに顔を向けたので、イーアンは微笑んで『何でもない』と心のメッセージを送る。


 二人、二人、と言われると困るが。確かに香炉の内容は、他の誰かに見せるものじゃないと、イーアンも思う。聞けば、始祖の龍の永遠の想いが詰まったものなのだ。タンクラッドが心に沁みるくらいの想い。

 それは、他の誰かがどうこう言ってはいけない。イーアンはそう思っていた。


 タンクラッドが帰ってきて、後ろの御者台の二人をちらっと見てすぐ、荷台に飛び乗る。『ミレイオが邪魔しては敵わん』心配そうに、扉の陰に入る親方。


「こっちへ寄れ。光の加減でどう見えるか分からないが」


「その前に、一応ミレイオたちに、大まかに話しておきましょう。煙が外へ流れたら、そっちの方が騒がれます」


「うぬ。そうだな。仕方ない。イーアン、言ってくれるか」


 はい、と答えて、イーアンは翼をちゃっと出す(※歩くと落ちる)。

 イーアンはパタパタ飛んで、後ろの御者台に座る二人にザックリ話し、ミレイオに何やかんや言われて、うんうん頷きながら、どうにか丸め込んだらしく、パタパタ飛んで戻ってきた。


「大丈夫です。分かって頂きました」


「そうか?妨害されないか?」


「問題ないでしょう。何かされたら悲鳴を上げろ、と言われました」


 何もしない、と怒るタンクラッド。しても良いならするけど、それは思うに留めた。それから香炉に草を入れ、炭壷的容器から小さな炭の欠片を出すと、足の付いた金属の受け皿に入れて、小さな火に掛ける。

 暫くして炭に火が入り、タンクラッドはそれを香炉に入れた。


 振り向いて、イーアンに側へ来るように言い、二人は陰に並んで座る。目の前に置いた小さな香炉から、細い筋が立ち上り、ゆっくりと馬車の外へ流れていく。


「ダメか。やっぱり」


「少しだけ。熱いかも知れませんが、扉を閉じましょうか」


 思わぬイーアン発言に、心ときめく47才。さっとイーアンを見て『良いのか』と訊ねると『そうしないと煙が流れる』と普通に言われた。


 ・・・・・分かってるけど。もうちょっと。何か、こう。ないのか(※ない)と親方は思いながら。


 後ろの御者たちをちょっと見て、もう片方の扉の押さえ掛け金を外し、そーっと扉を閉じる。ミレイオの目が怖かったが、イーアンが先に伝えていたからか、何も攻撃はなかった。



 ぱたん、と扉が閉じて、暗くなる荷馬車の中。板の隙間から差し込む光が意外に明るく、煙は少しずつ溜まってゆくのが見える。


「二人でこんなのも。良いな」


 親方が嬉しそうにイーアンの横に座って、髪をナデナデする。イーアンもちょっと笑って『イオライセオダでは、普通だったのですけれどね』と環境の変化を言う。


 くゆる煙は馬車の天井に流れ、2階の部屋の中にも入る。大丈夫かなと心配したが、煙は見える位置で、揺れながら形作り始めた。


「少し(けむ)いかもな。大丈夫か」


「大丈夫です。籠もるだろうけれど、見終わるまで」


「あ。出てきたぞ。イーアン、ほら・・・・・ 」


 親方が小声になる。イーアンも上を見て、静かなドラマに驚いた。始祖の龍と、過去のタンクラッドが楽しげに話し、腕に触れたり、手を繋いだり。

 見ていると恥ずかしくなるくらい、仲が良さそう。肩を組まれ嬉しそうに、笑顔を向ける始祖の龍。自分じゃないのに、似ているから困るイーアン。抱き寄せられ、背中から回った腕に心地良さそうな彼女は、彼に何かを話している。


 男の人は、始祖の龍が大切で仕方ないといった表情を見せ、その顔はとても満足げで幸せに思えた。彼女の背中から包みこんだ大きな体。包まれた始祖の龍。


 彼女の手に何かを乗せて、二人はそれを見て話し、見上げた彼女の頬に彼がキスをすると、彼女は彼の頭に片手をかけて引き寄せ、ちゃんと口にキスをした。


 イーアンはどうして良いのか分からず、眉を寄せて赤くなりながら顔を手で隠した(※横に喜んでる人がいる)。


『な?恋人だろ?これはそう思うだろ。絶対これ以上の関係だろ(※興奮気味)』


 小さい声で、嬉しそうに聞いてくる親方に、イーアンはそっちを見ないまま、ちっちゃく頷いておく。そう、確かに見えるけど。こんなダイレクト映像だと思わなかったので、恥ずかしくてしょうがない。


 しかし、恥ずかしいのも束の間。


 あっという間に場面は変わる。幸せだった頂点が一気に引き摺り下ろされたように、男の人が寝そべる場所で泣く、始祖の龍の姿が映る。彼女の声が聞こえるわけじゃないが、号泣のように見える。


 彼の動かない体に覆い被さり、わんわん泣く始祖の龍。落差が激しくてあまりに衝撃的で、イーアンも涙が浮かぶ。


 彼女は涙を流した顔のまま、小柄な体で大きな男の人を腕に抱えると、光の差す扉の向こうへ、彼を連れて行った。


 タンクラッドも黙って見ている。イーアンがちょっと親方を見ると、親方は視線をイーアンに向けて、首を小さく振った。親方も切なそう。

 親方はイーアンの肩をそっと抱き寄せ『寿命が違ったんだろうな』理解しているように呟いた。イーアンも頷いたが、あまり考えたくない寿命の話だった。


 それから、彼女は丘の上にいた。


 イーアンは、始祖の龍の眠る丘だと気が付く。彼女は、彼を埋葬したのだ。丘から離れようとせず、しゃがみ込んだ始祖の龍の両手は土が付いていて、彼女は埋めたばかりの彼の墓の上に、そっと体を横にしていた。


『すごく愛していたのですね』


『そう思う。彼女は愛する男から離れるのが辛い、最強の龍ではなく、一人の女だった』


 しんみりする小声の会話。短いドラマなのに、胸が痛む。

 イーアンは、勇者どこ行ったんだろう?と一瞬過ぎったが、きっとホントにどうでも良いのかも、とドラマを見ながら思って終わる。


 そして場面は変わる。また時が流れたのか、彼女は笑顔だった。小さな体で、色の濃い龍と一緒に水際にいた。


『イーアン、よく見るんだ。龍のあの綱と、金具』


『あ。本当・・・あれですよ。同じに見えます』


 彼女は龍の首に綱をかけて、金具で調整しているようだった。その金具の一つ、輪が。『腕輪』イーアンは呟く。親方の、イーアンの肩にかかる手が力を籠めた。


 振り向いて何かを訊ねようとしたイーアンに、人差し指を口に当て、煙の続きを見るように促す。イーアンが煙を見ると、始祖の龍は黒っぽい龍と遊ぶように笑い、ハッとして・・・何かを思いついた表情をした。

 煙がその後すぐに揺れる。掻き消えそうになった煙の中から、馬車の白い空間に響いた音。


『グィードを呼ぶ時だけでも。私たちが一緒に動けたら』


 イーアンはびっくりした。急いで親方を見ると、親方は涙を浮かべて微笑む。『そういうことだ』ぎゅっと肩を抱き寄せて、タンクラッドはイーアンをしっかり抱き締め、その髪に顔を埋めた。


 ぎゅーっと抱き締められたイーアンは、この抱き締めている親方が、自分ではなく、始祖の龍の言葉に反応した態度だと気が付いていた。


 どこにも持って行けない・・・今はいない、愛する人の想いを知ったタンクラッドの、注ぐ場所のない愛。


 イーアンは、親方の心が、始祖の龍の愛に応えようと動いたのが、よく分かった。こんなの見たら、誰だってそうなるだろう、と思う。

 イーアン(自分)を抱き締めるタンクラッドは、イーアン(自分)を通して、始祖の龍を抱き締め、彼女の愛に応えているのだ。何度も、タンクラッドのすすり泣く音が聞こえた。可哀相にと思うけれど、どうにもならない。


 イーアンはタンクラッドの体に腕を回し、よしよし背中を撫でるくらいしか出来ない。しかし、この状態をミレイオが見たら、ぶち切れそうだなとも思うし、伴侶が見たら卒倒するかも、と心配もあるが。


 どうぞ今だけは、タンクラッドを許してあげて~と思いつつ。イーアンは煙の散る馬車の中、タンクラッドをよしよしして慰め続ける。


 有難いことに、この時間は守られていた。始祖の龍が守ってくれたのかも知れない。そう思えるくらい、割に長い時間だった。



 親方は離れたくなさそうだった。落ち着いた頃、イーアンがよいしょと顔を動かして、自分の頭に乗っかる親方を見上げると、泣いた後の親方が見つめていた。


 イケメンが泣くと困る・・・困るイーアン。


 咳払いして(※美しいものに弱い)大丈夫かと訊ねる。タンクラッドはそれに答えず、イーアンに回した腕に、少し力を籠めた。


「私があなたに伝えられる情報があります。タンクラッドは多分、この前イヌァエル・テレンへ行ったので、()()()()()()()と思いますが」


「何だ。何かあるのか」


「丘です。彼女が彼を埋葬した丘」


「丘・・・あの。最初に到着した大樹のある丘に似ているが。どこだか知っているのか」


「あの場所です。大樹の話をしたことがありますね。女の木。龍の子が食事として摂る、白い汁です。

 あの木の樹液ですが、あの木は始祖の龍が力尽きて丘に降りた後、生えたと言われています」


 タンクラッドはハッとする。そう言えば。最初に空へイーアンが上がった時、その話をしていた。


「彼女は香炉の煙の中で生きていました。彼は亡くなり、あの丘に。彼女は自分が死ぬ時も、丘を選んで飛んだそうです。そして丘へ着いて、そのまま。彼と同じ場所に眠りたかったのでしょう」


 イーアンの説明に、タンクラッドはぎゅっと目を閉じた。涙が溢れてくるのは、自分の心なのか、それとも過去の自分なのか。ボロボロ落ちる涙を、見上げた顔に受けるイーアンも、少しもらい泣き。


「タンクラッドは、偶然にも。いえ、もう偶然ではなかったのかも知れませんが。

 イヌァエル・テレンへ最初に降りた地が、あの丘でした。あなたは、彼女の眠るあの丘。彼の眠るあの丘に、最初に足をつけたのです。呼ばれたのかも」


「そうだ。そうだと思う。偶然ではないだろう。俺を呼んだんだ。お前と一緒に。あの時は知らなかったけれど」


 タンクラッドは腕の中にいるイーアンを見つめる。小さな白い角はぼんやりと光り、煙の中の始祖の龍にもあった角を想う。


「今回。俺はお前と結ばれそうにないな。分かっていても、苦しい」


「私は。はい。なんと言えば良いのやら。でも、お側にいます。そうします、と私は約束しました。雪の山脈で」


 悲しさが一杯の微笑で、タンクラッドはイーアンの言葉に頷く。

 イーアンは分かった。彼がなぜ、自分を凄く好きになっていたのか。ようやく腑に落ちた気がした。


 彼は、彼一人分の想いではなかったのだ。きっと。

 いつでも繰り返す輪廻のように、紡がれる綾のように、タンクラッドの生まれた時から決まっていたのだ。組み込まれて、生きて、自分(イーアン)と出会った。始祖の龍にそっくりな、自分(イーアン)と。


 会って間もなく、タンクラッドはイーアンをとても好んだ。


 現実の理由は様々だろうが、のめり込む速度が急にも感じた。彼が天然だからかと、思ったことが何度もある。時として、執拗にドルドレンから引き離そうとしたのも。しつこいくらいに守ろうとするのも。


 それらは、タンクラッドではない記憶が。遠く遠くから呼びかける、またこの世でも一緒にと願った、誰かの記憶が。彼を突き動かしていたのかも知れない。


 でもこう感じていることを、タンクラッドに言うことはない。これはイーアンが自分で捉えた感覚で、タンクラッドに確認するようなことではないのだ。彼は、彼の中で見つけているだろう。理由を。



 タンクラッドは両腕の力を緩め、よくミレイオがそうするように、座った状態でイーアンを自分の前に抱え直すと、ゆっくり頬をイーアンの頭に乗せた。


「すまないんだが。このまま。少し。こうしていてくれ」


「分かりました。熱くないですか」


「うん。少しだけな。でも。良いんだ。こんな時間。きっと滅多にないから」


 イーアンは頷く。今日に限って、グィードの皮を着ていない二人は、午後の馬車の閉めきった熱に汗ばむ。でも、少しの間と、そのまま。


 背中から、太い両腕を回された肩の重さ。タンクラッドの呼吸の音。これを始祖の龍に伝えられたら。本当にそう思った。始祖の龍はずーっと彼を愛しているのだ。ずーっと、ずーっと。


 ふと、コルステインのことも思う。コルステインは女性の感覚ではないかも知れないけれど、やはり長い長い時間を、ギデオンの優しさや笑顔を忘れられずに愛していたのだ(※タンクラッドに乗り換えたみたいだけど)。


 ファドゥもそう。思えば、ルガルバンダもそう。とても長い年月を、愛を失わずに進み続けている。


 自分はドルドレンに出会った。永遠に一緒だと思う相手がドルドレン。

 いつか命が消えた時。ビルガメスが言ったように、その命は誰かの中にあるのだろう。そこに居るのだ。


 イーアンは改めて思う。始祖の龍が彼を愛して、今も愛しているのを知った自分は、彼女の愛する人を守ろうと思う。

 彼女の代わりに愛することは出来ないにしても、彼女はきっと、自分の代わりにこの世界へ来たイーアンに、彼の側にいて守ってあげてほしいと願っているだろう。


 それは出来る。彼女の想いを、自分も守ろう。タンクラッドを守ろう。


 彼が危なくないように、危ない目に遭ったら助け出すように、動こう。それが、今回ここへ来た、女龍の自分に出来る精一杯である。

 始祖の龍の愛に胸を打たれたのは、タンクラッドと同じ。彼女の一途で大きな愛に、イーアンも自分なりの形で応えようと強く思う。



 香炉の煙は少しずつ、馬車の隙間から流れ出て、煙を失った香炉は、柔らかな光を湛える小さな飾りのようだった。


 外は夕方に近くなる時間。

 香炉の世界だけは、この世界の最初の頃まで遡り、その最初の頃にお互いを求めた二人が、思いを変えて同じ場所に座り、同じ遥かな過去に思い馳せていた。

お読み頂き有難うございます。


この話を書いていた時、流れていて耳に残った歌があります。『I Found』(~Amber Run)という曲で、曲調だけでも切ないのですが。

歌詞がまた。結ばれない相手との歌のように聴こえ、でもその相手をいつでも基準にして過ごすというか。誰にも支えられることのない場所で見つけた愛――あなただ、とそんな感じの歌詞です。

正しい方へ導いてくれ、自分の前に来て、あなたの感覚で話して、と。タンクラッドが想い悩み、心がどこに向かって行くのか。そんな想いが、この曲を聴いていて合うなぁと。

心に響く曲なので、ご関心がありましたら是非!

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