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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
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82. 皆の想い

 

「イーアン!」



 ドルドレンがイーアンに駆け寄って抱え上げる。イーアンを包む布は光が落ち着き始めて、ゆっくりと白から青へと戻ってゆく。ドルドレンがイーアンの顔に視線を走らせ、異常がないことを確認するが、気絶しているのかイーアンは目を開かない。


「ドルドレン、イーアンを運べ」


 ブラスケッドが開いた門に顔を向ける。



 ようやく開いた門から、トゥートリクスとフォラヴが走り出る。跪いたドルドレンに抱かれる、青いぼんやりした光の中に、イーアンの顔を見つけた二人が足を止める。

 トゥートリクスが頭をぶんぶん振って、弾かれるように駆け寄った。


「イーアンは?イーアンはどうしたんですか?イーアン、イーアン、目を開けてよ、イーアン」


 イーアンの体に縋り付くトゥートリクスは、動揺で取り乱している。フォラヴは空色の瞳を見開いて『彼女は、まさか』と部隊長を見る。クローハルが溜息をつきながら、首を小さく振って『いや、大丈夫だと思うが』と呟く。

 涙声のトゥートリクスの頭を撫でたブラスケッドが、『イーアンを中に運ぶぞ』とトゥートリクスを引っ張った。大きな目を潤ませて『隊長、イーアンはどうしたんですか。生きてるんですか』と必死に答えを聞こうとするトゥートリクスに、ブラスケッドは『とにかく中へ』と窘めた。


 ドルドレンは何も言わず、イーアンを両腕にしっかり抱きかかえて、立ち上がり、支部の中へ戻った。



 門をくぐると、騎士たちが大勢裏庭に出ていた。

 唇を引き結んだ総長に抱えられた、青い衣に包まれているイーアンを見て、誰もが最悪の事態を過ぎらせた。だが、後から続くクローハル、ブラスケッド、トゥートリクス、フォラヴの表情から、命はあると予想できた。ただ、それは深刻なのかもしれない、と目を見合わせて不安に感じた。


 ポドリックが『全員中へ入れ。門を閉める前に声をかけて確認しろ』と呼びかけ、全員が建物に入った。



 ドルドレンはイーアンをベッドに運び、机にイーアンのナイフを置いた。イーアンが目を覚まさないので、ドルドレンの精神は悲鳴を上げそうだった。顔を片手で覆って、苦しくなる息に気を取られないようにした。

 部屋には、ドルドレンの他にもクローハルとブラスケッド、ドルドレンの部隊が集まっていた。部屋の外にもディドンやポドリック、オシーンが来ていた。



 オシーンが部屋に入ってドルドレンの側に立った。


「どうなんだ」


 ベッドに寝かされたイーアンの青白い顔を見て、オシーンが険しい表情で言う。ドルドレンが首を横に振った。オシーンはドルドレンを見ない。

 イーアンの顔にオシーンが手を(かざ)す。息はしていると分かると、オシーンはしばらく黙った。


「ドルドレン。お前はイーアンが、何で()()へ来たのか、知っているのか」


 オシーンの重く強い声がドルドレンを混乱させた。オシーンは、冬の海のような瞳をドルドレンに向ける。


「調べろ。彼女が命を削って・・・命懸けで挑む人生のカラクリを」


 オシーンは立ち上がり、イーアンに掛かる青い布をそっとイーアンの喉まで引き上げる。『分からなかったら、お前はバカだ』と言い残し、部屋を出て行った。



 ドルドレンが若かった頃に、オシーンに稽古で言われ続けた言葉だった。『なぜ負けたか。自分の内に探せない奴は一生負ける。分からなかったら、お前はバカだ』と。何度言われたか分からない。


 ――イーアンが命懸けで。命を削って挑むカラクリ。そんなこと、調べて分かるのか?


 ドルドレンは目の前に横たわる愛する人を見つめて、自分の底の浅さに悔しくなった。



 シャンガマックが近寄った。ドルドレンが一瞥するが、シャンガマックはその漆黒の瞳を逸らさなかった。『薬を作ります』とシャンガマックは言った。ドルドレンは何も言わなかった。


「俺は彼女を助ける薬を作ります。彼女の運命が、今、分かれ道にあるから」


 ドルドレンの目が開く。目の前の、褐色の肌と黒い瞳を持つ男が、自分の先祖からの知恵を使って、イーアンの隠された世界を観ている。それが伝わるだけに、何も分からないままのドルドレンの心は苦しかった。


 シャンガマックはベッドの脇に跪く。そしてイーアンの髪を額からどけ、『・・・・・・・・』額に人差し指を置いて、シャンガマックが不思議な言葉を呟いた。

 立ち上がって、イーアンを見下ろし、青い布を見つめた。


「イーアンは守られている。時はイーアンを招いた」


 意味深な言葉を沈黙の空間に放ち、シャンガマックはドルドレンを見ないで部屋を出た。



 フォラヴがドルドレンの側に行き、総長を真っ直ぐに見上げる。


「総長。私に旅立つ許可を与えて下さい。私はシャンガマックのように秘伝を持ちませんが、私の血が、必ずや私の心の呼びかけに応えてくれるでしょう。私は森へ向かいます。イーアンを助けるために、人を隔てた世界へ助けを求めに行きます」


 ドルドレンは空色の澄んだ瞳を見つめ返し、目を瞑った。小さく溜息をつき、『礼を言う。無事に戻れ』と告げた。フォラヴは会釈し、眠るイーアンの顔を一目見て、優しく微笑んだ。『お疲れでしょう。もう少しお休み下さい』と声をかけて、部屋を出た。



 クローハルがベッドに勝手に腰かける。ドルドレンの目がぎらつくが、当然普通に無視する。

 イーアンの足に手を置いて(ドルドレン視線ロックオン)、クローハルは眠るイーアンに語る。


「なぁ、イーアン。眠っているのを初めて見たよ。こいつ(ドルドレン)はいつも見ていたんだな。何で俺じゃないんだろう、っていつも思っていたんだ。君は気がつかなかったかもしれないけれど。


 俺を名前で呼んでくれ、と頼んだろう?頼むよ。君のあの落ち着いた声で、俺の名前を呼んでほしいんだ。他の誰でもないんだ。イーアン、君なんだ。俺は君に名前を呼んでほしいんだ。


 君はどの女より魅力的だ。こんなこと初めて言うよ。

 聞こえてるかい?あのいつも微笑む鳶色の瞳を見せてくれよ。君は俺の女神なんだ。どこの誰が(ドルドレン他)邪魔したって、俺の女神なんだよ。目覚めた最初に君の瞳で見つめられたいんだ」



 歌詞(ラブ・ソング)ですね・・・と、脇で首を振り振り、『大した才能だ』とギアッチが感心する。誰か音付けてくれたら良いのにね、とダビがおかしそうに言う。

 ドルドレンは笑えない。こいつ(クローハル)は機会を作って、別の支部に飛ばすべき存在である、と認識する。


 クローハルは外野を無視して立ち上がり『本当はキスしてから眠るけど、我慢するよ』とそっと投げキスをして部屋を出た。投げキスが放たれた瞬間、ドルドレンはしっしっと扇いだ。



 トゥートリクスが、ドルドレンをちょっと伺いながら見ていた。ドルドレンは手招きした。


「イーアンに声をかけてやってくれ」


 トゥートリクスは悲しそうな顔で、側に来た。イーアンの枕元にしゃがみ込んで、イーアンをじっと見た。


「イーアン。起きていますか?寝ているのかな・・・・・ 何でだろう。イーアンが初めて来た日から魔物が近づかなくなったのに。何で今日は、立て続けに来たのか分からない。イーアンはどこから来たのか知らないけど、きっと魔物を俺たちから引き離すために、来てくれたのかもしれないね。


 俺、野菜食べるようにします。だからまた美味しい食べ方教えて下さい。魔物は俺たちが倒すから、イーアンは美味しい料理やお菓子を作って、それで・・・いつも・・・笑って、笑って・・・起きてよ。イーアン、起きてよ」


 トゥートリクスが涙声になる。ドルドレンがつられて涙ぐむ。トゥートリクスの肩に手を置いて、『お前の言葉は聞こえている。安心しろ』と微笑んだ。褐色の肌に涙を伝わせて、トゥートリクスの森のような緑色の目が深い泉を湛える。鼻をすすりながら『明日また来ます』と言って、部屋を出て行った。



 アティクが入ってきて、ドルドレンの手に石を渡した。どこにでもある、何の変哲もない石。ドルドレンがアティクに説明を求めて目を見る。


「総長。その石をただの石だと思えば、それは石だ。だがその手に希望を握り締めたと思えば、それはその時から希望に変わる。俺はそうして生き抜いてきた。俺が渡したのは希望だ。後は総長次第だ」


 そしてイーアンを見て、『イーアン。賢く強く、北の大地を飛ぶ鳥よ。この地に於いて、今一度生き延びろ』と力強く声をかけた。ドルドレンの灰色の瞳を見据え、肩を叩いて、アティクは出て行った。


 ドルドレンは手の平に置かれた小石を見つめた。



 ダビとギアッチが話しかける。『総長。また明日様子を見に来ます』そう言って、ドルドレンの肩を叩いた。


「メーデ神のご加護と祝福がありますように」


「イーアンは大丈夫ですよ。その人が背負える荷物しか負わず、越えられることしか人生は起こらないものです」


 それじゃ、と二人は出て行った。


 ディドンが近づいてきて、『俺は場違いかもしれませんが』と前置きした。でも、と。


「俺が出来ることがあったら教えて下さい。そう、動けるように教えてくれたんです」


 と短く伝えて帰って行った。ポドリックが来てドルドレンの肩を叩き、『看病に疲れたら、代わるから。言えよ』と言い、『イーアンは疲れたんだよ。俺たちを守りっぱなしだったからな』と少し困ったように笑った。


 ブラスケッドもドルドレンの肩に手を置いて『そんな顔するな。最近ずっと笑っていただろう』と励ました。『イーアンが心配するぞ』と言って、明日また来ると言い残し去った。


 スウィーニーとロゼールが最後に来て、ベッドに横になるイーアンを見つめた。


「叔母さんが娘みたいだと言っていました。イーアン。また叔母の民宿に行ってやって下さい。叔母は最初から、あなたの存在が特別だと話していました。・・・・・女の直感でしょうか。合っていましたね」


「イーアン。お菓子はとても美味しかったですよ。それに総長に買ってもらった服はまだあるんでしょ?早くまた素敵な服を着て、皆に笑顔で、美味しい食事を教えて下さい。あなたの手袋も俺が使える日が来ますように。早く元気になって下さい」


 二人はドルドレンを見て、何も言わずに腕に触れてから部屋を出た。扉は閉められた。



 ドルドレンは自分が泣いているのかどうか、もう分からなかった。泣いていても、どうでも良かった。イーアンが無事ならそれで良かった。皆の挨拶が、イーアンの生死に関わるみたいで苦しかった。


 青白い顔で、息をしているのがようやく分かるくらいの、身動きしないイーアンを見ているのが辛くて仕方なかった。


 朝。抱き締めて、愛しているとお互いが見つめ合った。

 午前中離れている時間に、あっさり魔物を道具にしていた。

 午後に甘く美味しい菓子を焼いて、喜ばせてくれた。

 夕方に出た魔物を、誰よりも簡単に倒してくれた。


 それなのに。 それなのに、彼女を外に置き去りにして、気が付かなかった。

 気が付いた時はもう、彼女は一人で外で魔物に囲まれて怯えていた。


 後一歩遅かったら。もう存在していなかったかもしれない。


 俺は。俺は守ってもらってばかりで。俺は彼女を守れなかったのか。



「イーアン・・・・・ 」


 ドルドレンは泣いた。初めてイーアンの前で泣いた時と違い、自分を抱き締める手は動かない。

 歌声も聞こえない。髪を撫でる指も、どこまでも優しい鳶色の目も、微笑みも、今はない。

 イーアンの体に縋り付いて、その温度の下がった頬に口付けし、涙で濡らしながらドルドレンは夜を過ごした。



お読み頂き有難うございます。

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