829. 温泉奥の石柱・新しい材料
朝食を済ませた後。イーアンとタンクラッド以外は、採石場へ向かう。
お昼に待ち合わせだが、またもしもの魔物退治には、イーアンとタンクラッドを呼ぶ手筈を付け、4人の騎士は町の外へ。それから龍を呼んで、さっさと採石場へ行く。
採石場は、魔物が出た最近は危険地域に指定されて、誰も近寄らないまま。
それはあの魔物のためだったのだろうかと、4人の騎士は昨日を思う。あんなに現れたら、被害が出ていそうだけれど、人身被害は警護団に訊いてもなかったので、恐らく『魔物確認』のみかもしれない。
「とはいえ。あんなのが向こうから来たら、見たことのない人は死にそうな気持ちですよ」
採石場を越えて、温泉のある奥へ進みながらシャンガマックが言う。ドルドレンも頷く。
「誰だって、最初に魔物を見た時は同じ反応をする。見たこともない相手に、どうすれば良いのか。その前に『自分が殺される』恐怖に引きずり込まれるだろう」
ザッカリア以外は知っている、2年前のハイザンジェルの魔物出現時。フォラヴもシャンガマックも口数が減る。ザッカリアは、大人が黙ったので彼らを見た。
「イーアンはね。何あれ、って思ったんだって。魔物、総長が倒すのを見て」
「うん?イーアンか。そうだったな。彼女は俺と同じ馬に乗っていた。俺が退治に出たから、彼女はウィアドと一緒で。イオライか」
「臭いが危なかったから、早く教えなきゃって思ったんだって」
え?・・・3人の騎士は、子供を振り向く。ザッカリアは、イーアンが話してくれた『魔物を見たら、こうしましょう講座』を思い出しながら、暗くなった大人を励ます。
「臭い?って?俺は何も聞いていないような・・・・・ 」
「最初の魔物。土から出るやつ。臭いがね、体に付いたら火傷するって分かったんだって。だから、側で戦っちゃダメだと思った、ってイーアンが言っていたよ」
暫し沈黙した後、ドルドレンは、くははと笑う(※失笑とも言う)。シャンガマックもフォラヴも、顔を見合わせて少し笑った。
「そう言えば。そうだな。次の魔物の時、イーアンは臭いについて話していた。ポドリックとブラスケッドに、体液に気をつけろと注意したんだった。そう・・・イーアンはいつも」
思い出してドルドレンは、フフッと笑う。ザッカリアもニコッと笑って、上手く励ませたことを嬉しく思った。
「イーアンは、魔物に殺されるなんて思わないよ。『どうやったら早く倒せるだろう』って、いつも思うんだ(※危険思想)」
ハハハと笑う褐色の騎士。可笑しそうに俯くフォラヴ。ドルドレンも笑い出して『そうだな』と大きく頷いた。
「教えてくれたの。魔物を見たら、どこにいる・どんな形・どんな感じか、一瞬で見つけるんだ。それで周囲に迷惑かけないように考えるの」
温泉の上を飛び越え、奥地へ入った4人は龍を降ろす。ザッカリアの話で少し元気が出て、『イーアンの話をすると、負ける気がしない』と笑った。
「彼女は戦闘向きですね。本人は必死だと、よく話していますが」
「俺もそう思う。彼女は諦めない。その前に、逃げないのだ。いつも。逃げたのを見たことがない。逃げろと言っても、こっちへ来るんだから。ハハハ」
「そうですね。『危ない』と止めると、言った俺を守ろうとしました。結局、俺は守られて」
情けない、と笑う褐色の騎士に、他の3人も笑う。
龍を待たせて、谷間になる岩壁の間を歩いて進むことにする。岩壁に挟まれた、亀裂のような道なき道を進む4人。遠くを見ても、人工物の影もない。
そのまま暫く歩いて、フォラヴが立ち止まった。『シャンガマック・・・あれ』空色の瞳がゆっくりと上を見つめる。
妖精の騎士が見上げた場所を、皆が見て驚いた。『あんな場所に』シャンガマックは目を丸くして呟いた。
石柱はあった。岩にめり込むように。それも少し高い場所にあり、どうやって彫ったのかと思う。丈は5mほどで、そう大きくはないが、しかし場所が不思議だった。
「あれじゃないのか。シャンガマック」
「そうですね。あれくらい・・・あ、あっちに。あれもそうじゃないですか」
反対側を振り返ったシャンガマックが見つけたのは。柱と言うには短いが、向かい合う岩壁に彫刻された縦長の彫刻。
恐らく、これがそうだろうということで、シャンガマックは龍を呼び、背に跨った状態で、遺跡の写しを始める。織手のティファウトが、なぜ『神隠しの場所が温泉のどこかにある』と言ったのか。それを脳裏にちらつかせながら。
町の炉場では。昨日も幸せだった親方が、今日も幸せ。
イーアンと一緒に作業なので、久しぶりに、イオライセオダの自工房に二人でいる気分。二人で、昨日の肋骨に熱を入れる作業。
それもちゃんと、仕事として一緒なのだから、イーアンも逆らわない。時々顔を覗き込むと、むすっとしている気がするが(※気のせいでもない)彼女も学ぶのは好きだから、この時間は有意義だと思う。
片やイーアン。親方チマチマが難しくて、頭が変になりそう(※単独作業で慣れている人)。
緊張と必死さで、精神的な疲労が半端ない。昨日からなぜかイーアンが作業をしているのだが、ぶっつけ本番なので、分からない感覚だらけ。
「イーアン。今引かないと、あ。ほら。これだと熱が入り過ぎているぞ。感覚で」
「はい。でも。ちょっと難しくて」
「慣れだからな。毎日は無理でも、炉場を借りたら必ず行うようにして覚えろ」
そんなっ 引くイーアン。炉場を借りるのが連日でもなければ、感覚なんて覚えられない。というか。自分は、ゆっくりゆっくり覚える性質なので、そんなのムリ~
親方は叱らないけれど、注意が多い。ううっ。付いて来るんじゃなかった・・・後悔しても遅い。もうこの作業を今後、炉場のある町では確実にやらされることになってしまった。
一瞬、ミレイオに助けてもらいたいと思ったが、ミレイオも炉を使う職人なので、かなりハイ・レベルを要求されそうな気が。
ここはオーリンか!オーリン、早く来て~(※使い道はあるオーリン)
自分と似た環境で製作するのは、オーリンだけっ オーリン!オーリン!頭の中で、弓職人の名を連呼する。この前、怒鳴って帰ったことを謝る時間(※ごめんね、許して、早く来て×∞)。
うへ~、と情けない声を出しながら、泣きそうな顔で手元ぷるぷるのイーアンは、親方チマチマを食らいながら、午前の修行に耐える。
「うーん。イーアン、代わるか」
何やら。ダメと判断されたらしき、声の諦めから、イーアンは振り向く。親方の眉尻が下がって『おかしいな』の呟きが降り注いだ。私、頑張ったのに・・・・・
もういいぞ、とヤットコをやんわり取り上げられ、悲しいイーアンは(※終わって良かったんだけど不完全燃焼)頷きながら下がる。親方は、水にイーアンに焼かせていた肋骨を入れ、自分は新しい肋骨を使って、火を入れ始めた。
ジューッと湯気を立てた肋骨。それはもう要らないようで(※失敗ってこと)親方は見向きもせずに作業。寂しいイーアン。水に入った肋骨さんを取り出して、溜め息をつく。
「難しい。ちゃんと毎日行わないと分からない感覚」
小声で心の内を落とし、冷えた肋骨さん(※イーアン作『失敗の肋骨』)を手に取り、その形状を見つめる。『スペアリブみたい』じーっと見つめて、暫く食べてないなと、これまた寂しくなる。
そして何の気なしに、肋骨の両端を指で摘まんで、齧る振り(※エア・スペアリブ気分)をしたところ。
「え」
肋骨さんは、にゅーっと曲がってしまった。イーアンは驚いて目をまん丸にし、馬蹄型の肋骨さんを食い入るように見る。肋骨さんは、確かに金属なのだが・・・『なぜ』不思議で一杯のイーアン。
親方をちらっと見ると、自分の作業に真剣でぶつぶつ言いながら集中している。話しかけ難いので、イーアンは一人、馬蹄型にあっさり曲がった、肋骨さんの謎を考える。
不思議である。熱いうちに曲がるなら分かるけれど、冷えた状態で『にゅーっ』と・・・殆ど、力もかけずに曲がってしまった。これ、金属?と思うが、紛れもなく金属である。
柔らかそうな金属だから、溶かさないで熱を入れてみようと、親方は低い温度から始めているが。イーアンがやってもやっても、彼の見たい様子が出なかったので、タンクラッドは今、自分が行っている。でも。
親方の広い背中を見つめながら、イーアンは思う。タンクラッドも苦戦しているような・・・気がする。
イーアンの察しは当たり、親方は振り向いて困ったような顔を向けた。『何だかちょっと。これ違う気がするな』おかしいぞ、と首を傾げる。
どうおかしいのかをイーアンが訊ねようとして、タンクラッドが先に、イーアンの馬蹄型肋骨に目を留めた。『何した』驚いたタンクラッドは、イーアンを見てから曲がった肋骨を受け取る。
「これ。おい、何でだ?曲がるのか?」
受け取った肋骨を自分でも曲げながら『おかしい』と理解出来なさそうに、眉を寄せるタンクラッド。イーアンも、さっき自分もそう思ったと伝え、これが金属かどうか疑問であることを言うと。
「俺が熱を入れていたのも変だった。あっという間に熱が入るようなんだが」
そう言いながら、馬蹄型の肋骨をヤットコに挟んで、タンクラッドはそれを火に当てる。その途端、二人はもっと驚いた。
「うおっ!何だこれ」 「ええっ 戻りました!」
熱が通った瞬間、ヤットコをずり落ちそうな勢いで、肋骨は真っ直ぐに撥ね戻ってしまった。
二人は真っ直ぐになった肋骨を見て、目が落ちそうなくらい見開いて驚き、お互いの顔を見て『何が起こった』と訊ね合う。
「こんな金属、知らないぞ。イーアン」
「そりゃ私だって・・・え。あれ。あれ?待てよ。ちょっとお待ち下さい」
知らない、と言いかけてイーアンは黙る。でも、だけど、ってことは。ぐるぐると知識が渦巻く頭の中。タンクラッドは、イーアンが何かを知っていると分かり、こういう時はいつもワクワクする。『何だ。知っているのか』どうなんだ、と急かす。
思い出すのは・・・合金。イーアンは肋骨が、形状記憶合金の状態を持つ金属なのでは、と思った。
肋骨さんは合金じゃない。だが、よく見てもバイメタルという感じもない。バイメタルなら反応がこうではないから、肋骨さんは一種類の金属なのだろうか。
そう。昔々。イーアンは、形状記憶合金ワイヤーの補正ブラの(※胸なさ過ぎるから)バストメイクを考えたことがある(※男の人には微妙な話題)。
だが、形状記憶合金ワイヤー使用のブラは、イーアンの生活費からすれば高かったので、『ブラにこんなに使えませんよ』の一言と共に終了した計画(※計画でもなかった)。
さすがにこうした話を、親方にするわけにいかないが。そもそもブラでしか思い出せない、形状記憶合金である。うろ覚えにも程がある。
イーアンは、自分の得意範囲外の『金属部門』に明るくないので、そういうのもあって『形状記憶合金』知識は、絶妙に微妙な少なさ。
ぬぅぅ、と唸りながら、とりあえず初歩の知識だけを(※これも合ってるか自信ナシ)タンクラッドに伝えることにした。親方ビックリ。
「何だと。そんなものがあるのか。それ、何に使うんだ」
「えー・・・(※ブラとは言えない)いろいろだと思いますが。私は関心がなくて、そこは知りません」
「そうか。でも、そう。使い道はあるだろうな。変わっている。
要は、高い温度で金属が形を覚えて、冷やすと柔らかくなるわけだ。それでまた、条件の温度に触れた時は、最初に覚えた形に戻ると」
「そうです。以前の世界では、そんな感じ(※曖昧)で記憶していますが。全く同じものではないにしても、この肋骨も非常に近い気がします」
イーアンの言葉に、タンクラッドは肋骨をじっと見て『面白い』と呟いた。そしてイーアンを見て言う。
「イーアン。考えよう。これで出来る、テイワグナの武器を」
そうだろうとイーアンも思った。武器でも防具でも良い。何か新しいものが作れる。それだけは、はっきりと二人に分かっていた。
時刻は昼前。施設の人は今日も二人の作業を見ていて、凄い展開だと喜んでいた。
お読み頂き有難うございます。




