827. コルステインの思い出 ~ヘルレンドフの話
夕食後。いつもより遅くなって馬車に戻ったタンクラッドは、待たせてしまったコルステインに謝りながら、そそくさベッドを出し、一緒に寝転がる。
謝ると、コルステインは首をカクッと傾げて、大きな青い目でじっと彼を見つめ『どうして』と聞き返した。
カワイイなぁと思う、タンクラッド。待たせてしまっても、怒りもしない。俺が来るまで、大人しく待ち続け、来たら来たで、ニッコリ笑って嬉しそうに迎える、カワイイだけのコルステイン。
タンクラッドは『いや、良いんだ』と笑顔で言いながら、コルステインに向き直って髪をナデナデ。コルステインは目を閉じて、幸せそうにニコニコ・・・・・
たったこれだけのことで、コルステインは喜び、満足し、毎晩健気に通う・・・これが可愛くなくて、何だと言うんだ(※親方心の叫び)!良いじゃないか、カワイイんだから(※浮気じゃないと自分に言い聞かせる)!!
そうして可愛がられるコルステインも、タンクラッドが大好き。ギデオンも優しかったけれど、タンクラッドはもっと優しい。ドルドレンは龍(←イーアン)がいるから、ドルドレンはもうあげる(※もう良いの)。
タンクラッドと毎晩一緒。それが心に溢れる嬉しさ。だから、毎日一緒ならもっと良いのに、と思う。明るいと困るけれど、暗い日は(←雨・曇り・嵐)一緒が良いかもと考える。
抱きかかえて眠る毎晩(※寝ないけど)。眠るタンクラッドを朝まで見ているのが、コルステインはとっても幸せだった。
『ヘルレンドフ。違う。タンクラッド。優しい』
思い出した、以前のタンクラッド似の男のことを伝えるコルステイン。驚いたように自分を見上げたタンクラッドに、コルステインは頷く。
この時。タンクラッドは、コルステインが俺の名前を『過去の男(※違う)』と間違えたのか、と驚いた。この一瞬、タンクラッドの心がざわめいた。そんなこと考えていないコルステインは続ける。
『ヘルレンドフ。掴む。しない。タンクラッド。コルステイン。掴む。一緒。する。優しい』
『え。あ、ああ。そういうことか。ヘルレンドフという男は、お前に触らなかったんだな。そうか。なら、まぁ。良かった』
『ヘルレンドフ。触る。しない。良い?何?触る。タンクラッド。嫌?』
ここでも勘違いが生まれる。コルステインが何を言いたかったのか、理解したタンクラッドの返した言葉に、今度はコルステインが『本当はタンクラッドは自分に触りたくないのか』と驚く。
その顔の変化に、タンクラッドは慌てて『違う、違う。そうじゃない。ヘルレンドフがお前に触ってなくて良かったと。俺は触るの、大丈夫だ。お前と一緒にいるのが好きだ』と教えた。
コルステインの青い目が不安そうに潤む。焦るタンクラッドは身を起こして、頬を撫でながら『誤解するな。お前は大事だぞ。大丈夫だ。好きだから一緒にいるんだ。大丈夫。ほら、な。大丈夫だ』そう言うと、コルステインの起こした頭を抱えてナデナデを必死に繰り返す。
『勘違いするなよ。前のな、その。ヘルレンドフか。そいつが、お前に触ってなくて良かったと・・・どう言や、良いんだ。だからな。俺だけがお前に触るんだ。それが一番、良いんだ。分かるか』
長い文章は分かりにくいコルステイン。一生懸命考えて、タンクラッドが撫でているし、きっと自分が嫌いじゃないんだと理解する。それを確認すると、タンクラッドはホッとしたように笑顔に変わり、そうだと頷く。
『そうだ。それで良い。お前が嫌なはずないだろう。お前が好きなんだ。何も心配するな。ヘルレンドフはどうか知らんが、俺はお前が好きなんだぞ』
コルステインも安心する。うん、と頷き、タンクラッドを抱き締めて頬ずりする。
頬ずりしながらちょっと考えて、タンクラッドに、ヘルレンドフがどうだったか、教えてあげることにした。タンクラッドはなぜか、ヘルレンドフの時を覚えてないみたいだから。
コルステインの感覚で、タンクラッドとヘルレンドフは同じ人。
だけど、前とはちょっと違う。何が違うのかと言うと、いる時間が違う(※時代、ってこと)。別の人、と言われても、どこが別の人なのか分からない(※それくらい似てる)。
ギデオンとドルドレンも、同じように思える。ただドルドレンは、少しずつギデオンと違う気がする。話し方、雰囲気、動き。顔も少し違うことを思い出した。だからドルドレンは、ちょっとギデオンじゃない(※ちょっとだけ)。でも分からないから、あまり深く考えないでいる現在。
昔。ヘルレンドフは生真面目で、嫌われはしなかったが、こんなふうに仲良くしなかった。
今。名前はタンクラッドに変わり、タンクラッドはとても仲良くなったので、時間が違った影響で変わったのかなと思っている(※時間の概念薄い)。
『タンクラッド。ヘルレンドフ。分かる?』
『うん?ヘルレンドフのことか?いや、全然分からんぞ。違うんだ。別の人間だ。分かるかな?』
『何?違う。同じ(※やっぱり分からない)?ヘルレンドフ。昔。タンクラッド。昔』
タンクラッドは悩む。コルステインの中では、ギデオンとドルドレンも同じと思っていたらしかったし、きっと、過去のヘルレンドフと自分も、同じ人間だと思っていそうである。
両者は違いが分からないくらい似ているのか。せいぜい、名前が違うくらいにしか思っていない気もする(※個人の尊重ナシに複雑)。
『コルステイン。俺と、ヘルレンドフは違うんだ。違う人間。同じ顔でも(※言っていて微妙にイヤ)』
青い目を夜の明かりに少し光らせて、コルステインはじーっと親方を見つめる。どんなに見ても、同じにしか見えない。
とにかく、ヘルレンドフの時を忘れているみたいなタンクラッド(?)に、ヘルレンドフがどうだったかを、教えてあげることにする。
それを伝えると、タンクラッドも理解したようで、それなら教えてくれと頼む。コルステインは覚えている、昔の話をしてあげた。
親方は、時々分からない部分は止めて、確認し、コルステインが説明してくれたら、また先に進んでもらうことを繰り返した。
時間があったら、記録しておこうと思う内容。親方が聞いたままでまとめると、以下のようになる。
――昔の旅の時。当時の『時の剣を持つ男・ヘルレンドフ』は、常にズィーリーと一緒にいた。
ズィーリーは、ギデオンと一緒に過ごすこともあったが、ヘルレンドフがギデオン嫌いで、ズィーリーとギデオンが揃う時は、側を離れていたらしかった(※すごくキライ)。
そしてズィーリーは、コルステインを嫌っていた。ギデオンと一緒にいたくてもダメな時は、コルステインは違う馬車に入ってみたり、今のように地下に待機していたよう。
違う馬車にいる時、ヘルレンドフがいると、彼はコルステインと話をしたらしい。
思うに、コルステインがギデオンから引き離される状況は、ズィーリーとギデオンが一緒。なので、ヘルレンドフも、大嫌いなギデオンがいる以上は、ズィーリーから渋々離れざるを得ない・・・だったのだろう。
そんな時に顔を合わせると、ヘルレンドフはコルステイン相手に、自分から話しかけたり、コルステインの話を聞いたのだ。
コルステイン曰く『ヘルレンドフ。優しい。触る。しない。でも。嫌。しない』ので、ヘルレンドフは狎れ合いはしないものの、一緒に過ごすことに抵抗はなかったと思われる――
ここで、コルステインから触ろうとしたことがあったか、を訊ねると、一度だけあったそうで、それをヘルレンドフはしっかり断っていた。
『ダメ。言う。掴む。ダメ』悲しそうな顔のコルステインの思い出した様子に、タンクラッドは、よしよしナデナデして続きを聞かせてもらう。そして、ヘルレンドフは、よくもこんなカワイイ顔のコルステインを撥ねつけたもんだ、と怪しからんくらいに思った。
――話は続く。ヘルレンドフは、時の剣でいつも皆を守った。それは勇者が不在だから(※これまた、コメカミに青スジ)。夜や嵐の暗い日は、コルステインも一緒に戦うし、何度も彼と共に戦ったらしい。
そうした時も、ヘルレンドフはコルステインに頼り切ることはなく、コルステインの性質に危険があると分かると、すぐに気が付いて助けた(※思うに、明るさとか龍気とか)。
コルステインは、ヘルレンドフが好きだったけれど、それは守る仲間の好きの意味で、ヘルレンドフも同じように答えていた。『ヘルレンドフ。コルステイン。嫌い。しない。大丈夫。守る。する』なので、守ってくれた印象があるようだった。
それから、この続きがタンクラッドには嬉しかったのだが。
旅が終わり、ギデオンとズィーリーは一緒に暮らし始めたものの、コルステインが会いに行くと、ズィーリーがいない時が多かったそうだ。
いないと分かれば、コルステインはギデオンに甘えたが、うっかりズィーリーが戻ってこようものなら、ギデオンに急いで地下に帰された(※ここも青スジ)。
しかし、ずっとズィーリーがいない時があり、その時はコルステインは毎日会いに行った。でも、その日々も終わり、彼女は再び家にいるようになり・・・と思ったら。
何と、家ではなかった。馬車住まいが続いていたようで、コルステインの認識では、家らしき存在もあったようなのだが、そこはよく分かっていない。とにかくズィーリーは、ギデオンの馬車でその後も生活した日があったらしい。
そしてある日。ズィーリーはいなくなった(※多分嫌になった)。
ギデオンに会いに行くコルステインは、龍気がなくなったのを感じて様子を見に行き、ギデオンが探してくれと頼むので、優しいコルステインはズィーリーを探したらしい(※三度目の青スジ⇒コルステインに何させるんだ!の意味)。
すると、ここが最高だった。もしやの期待通り、ズィーリーはヘルレンドフのいる町にいたそうだ。
一緒に暮らしていたのか!と、タンクラッドは急いで質問。コルステインはそこまで分からないみたいで、『うーん』と首を捻っていた。
でも、コルステインはその町で、ヘルレンドフに会ったのが何度かあったそうで、コルステインの記憶としては『龍。ヘルレンドフ。同じ。いる。話す。する』印象が残っている――
コルステインの話には大満足。面白かった(※特に最後)。コルステインが見ていた場面しか分からないにしても、それでも何百年も前の、旅の仲間について記憶しているわけで、当時にも生きていたコルステインにしか言えないことに思えた(※特に最後×2)。
確信と希望を持つタンクラッドは、笑顔で満喫。いや~、聞けて良かった・・・・・
お前しか今は知らないだろうな、と笑顔のタンクラッドが最後に感想を伝えると、コルステインは少し黙ってから『どうして』と訊ねた。カワイイ顔なので、ナデナデしてやりながらタンクラッドは教える。
『そうだろう。お前が俺たちの今の仲間にいてくれるから、昔の話を聞けたんだ。お前だけが昔を知っている』
微笑んだタンクラッドに、コルステインは青い目を向けて『何で』ともう一度聞いた。その聞き方が、タンクラッドの言葉を理解していない感じがせず、タンクラッドは、あれ?と思った。
『違うのか?そうだろ?お前しか昔を知らない』
『違う。コルステイン。昔。知る。する。覚えてる。分かる』
『うん。そうだ。お前は昔から仲間だから』
『仲間。昔。今。いる。ホーミット。知る。する。分かる』
話が終わりかけなので、もう眠ろうとしたタンクラッドは、布団を引き上げていた手を止め、コルステインを見つめる。『今、何て言った?』誰かの名前が出た。
『ホーミット。仲間。知る。昔』
『え?ホーミット・・・そう言えば、旅の仲間にそんな名前があったな。それ、誰なんだ。人間じゃないだろう。昔からいるのか?』
『ホーミット。サブパメントゥ。ミレイオ。サブパメントゥ。同じ。ホーミット。仲間。知る。する』
親方、目を丸くする。コルステインは彼の目が丸くなったので、顔を近づけて『どう?何』と訊ねた。タンクラッドは、何かが勘を働かせたので、思うことを訊いてみる。
『コルステイン・・・そのホーミット。どんな姿だ?強いのか』
『ホーミット。少し強い(※自分と比較)。知る。たくさん。ホーミット。うーん・・・・・ 』
ホーミットの姿を現そうとして手を動かしたが、コルステインは、どう表現して良いか分からないので、手は宙で止まり、そのまま悩んでいる。
もしかしてと、ジジイに訊いた『大きなネコ』を思ったタンクラッドは、ベッドから下りて土に絵を描いてやった。
『コルステイン。見てくれ。これ、分かるか?こんな形じゃないのか』
『うん。ホーミット。少し違う。少し同じ』
『ってことはだ。もしかするとな。ここにこう・・・毛が多くて、こうか?これはどうだ』
コルステインはニコッと笑う。『そう。ホーミット』それだ、と教えてくれた。
タンクラッドは繋がった。旅の仲間・ホーミットは、獅子の姿のサブパメントゥ。強さはそうでもない、と言われたが、コルステインから見れば殆ど強くないだろう(※地下最強)。
タンクラッドはコルステインにお礼を言い、ベッドに二人で寝転がり、この夜は眠ることにした。遥か昔の話を思い、少し胸に希望を灯すタンクラッド。今が最高のコルステイン。
二人はしっかり抱き合って(※天然だから仕方ない)お休みの挨拶をしてから眠った。コルステインは毎晩のように、何度も目を開けて、眠るタンクラッドを眺めては、幸せを感じていた。
お読み頂き有難うございます。




