822. 旅の十二日目 ~ブガドゥムで魔物初加工
翌朝。朝食の時間。ミレイオとオーリンを除く6人は宿で食事を摂る。
今日の予定を話し合う6人。親方が思うところを総長に伝えると、その話題が本題になった。宿泊は一泊の予定だが、もしかすると、もう一泊必要かもしれない可能性があるという。
コルステインと眠っても、ベッドのお陰で元気が維持できる親方。痛めていた体も、通常の動きが出来るまでに治ったし、今日は炉場で、ミレイオと一緒に加工を試すとか。
「それでな。もし今回持ち込んだ魔物の材料が使えそうなら。ここの誰かに扱い方を教えるなり、何なり。出来そうだろ?
となれば、せめて、もう一泊は必要かも知れん」
親方の意見は尤も。イーアンもそうだろうな、と思う。
テイワグナでは、どこで剣や盾を作っているのか、全然知らないので、その情報も集めた方が良さそうである。ここで道具を作れたとして、誰かしらに教えることは出来ても、その道の職人がいないと意味はあまりない。
ただ。親方がこっちを見ているので、思うところは同じかなと思い、イーアンは頷いて、話の続きを引き取る。
「やるだけやってみる。と、もしかすると風の噂に乗せられましょうか」
「そのとおりだ。俺はそっちの方が早い気がする。魔物を加工する自体、ここで誰もやったことがないし、出始めの魔物の対応・・・いや、見方かな。それが、少しは変わる気がする。
使えると分かれば、恐怖に囚われるだけではなく、冷静さも生まれる気がしないか?もし仮に、ここで作ったことが特に誰にも教えられなくても。『作った』行為自体が重要だ」
「分かります。私も同じように」
「そうだ。イーアン。お前がそう言って、俺の工房に協力を頼んだのが、俺たちの始まりだ」
ニコッと笑うタンクラッドに、イーアンも微笑んで頷く。ちゃんと覚えていてくれる親方に、有難く思う。
面白くないドルドレン。何、二人で見つめ合っちゃって。ニコニコしちゃて。何『俺たちの始まり』って。俺がいただろ、そこ。紹介の時は、総長も一緒だったのに。俺いない記憶になってる。
ムスッとする伴侶を見て、イーアンは『ドルドレンが最初の理解者だから』ここまで来れた、と微笑んだ。言われてにやけるドルドレンは、機嫌が直る(※単純)。
この話の流れから、朝食の席で今日の予定は決定。タンクラッドが魔物材料を持って炉場へ、ドルドレンは警護団の駐在所と買い物へ、シャンガマックは昨日の織物工房へ行く。
イーアンは、タンクラッドが一緒に行こうと誘ったものの。シャンガマックも『俺は染色の知識がないから』出来ればイーアンが一緒にと言ったため、軍配はシャンガマックに上がる(※親方は一人でも大丈夫だから)。
不満そうな親方を見ないように、褐色の騎士はイーアンに『頼む』と微笑んだ。
ドルドレンはイーアンのお使いで買い物もある。馬車で使う布物用に、この町で生地を購入したいと相談されているので、食材は出発に合わせて最後に購入するため、先に布地を買う。
「シャンガマックの用が終わったら、合流出来れば良いのだが。俺が見ても何が良いやら」
「織物工房の通りは布屋さんが多いです。どこかのお店にいて下さい。後から向かいます」
ドルドレンとイーアンの会話を聞いていて、フォラヴがちょっと挟まる。『私が選んで良ければ。私が布を探します』妖精の騎士の笑顔に、意外そうな二人。
でもフォラヴが身奇麗にしているのは、誰もが知っているので、布選びはフォラヴに一先ずお願いすることになった。
「後から合流して、少し購入したものをご覧頂いて確認もらえましたら。また午後に一緒に店を回っても」
こんなフォラヴの案で、昼食後も布選びに決まる。昼食の時間を決め、細かい場所は連絡球で伝えるのも決定。
こうしたことで、シャンガマックはイーアン連れ。ドルドレンは、ザッカリアとフォラヴを同行させ、タンクラッドはミレイオが来るまで単独行動。
「ミレイオに連絡をしておきます。町へ着いたら、炉場へ向かって頂くように伝えましょう」
イーアンはその場ですぐ、ミレイオに連絡をして予定を教えた。ミレイオの返事は『もう、そっち行く』とのことで『自分も買い物がしたかった』とぼやいた(※材料熱入れ作業<買い物)。
朝食を終えた一行。宿屋に事情を話し、馬車を預かってもらう。午前中一杯なら無料ということで、馬車をお願いして、それぞれの用事に向かった。
タンクラッドは、馬車から岩と皮を一つずつ持ち出し、小脇に抱えて炉場へ歩いた。背中に剣を背負って、念のために自分が作った剣をということで、イーアンに剣を借りてそれも一緒に連れて行く。
イーアンは最近、剣を使わないので(※龍の爪重宝)寂しいのだが、腰には帯びていてくれる。とは言っても使っていないし『貸してくれるか』と訊ねると、あっさり渡してもらえた(※これまた寂しい)。
白い剣と、それが収まる鞘を見つめて歩くタンクラッド。
「これも、魔物の体なんだよな」
鞘もそうだもんなと、手に収まる一本の剣に改めて思う。剣も魔物なら、鞘も魔物。よく考えれば、大した試みである。
「イーアンが思いつかなかったら。誰もこんなことしなかったな。形が出来てくると、受け入れられるが。最初は大変だっただろうに」
自分も最初は、懐疑的だったのを思い出す。金属でもない魔物を持ち込まれて、何をするやらと、突拍子もない話に面食らった。
だが、『熱を入れると動物素材に近いものは焼けてしまう』ことを彼女に見せようとして、それを踏まえた上で制作を計画するようにと・・・そう思って火を入れたのに。
「あの時。イーアンは困った顔をしたな。そんなことしたら焼けてしまう、と止めたそうに。俺は分かっているから、改めてそれを考えるように・・・ちょっと意地悪だったかな」
俺は意地悪だったな、と笑うタンクラッド。白い剣を見つめて『でも、イーアンの勝ちだった。魔物は金属に変わったんだから』黒い角は金属化した、その時の驚きを今も鮮烈に覚えている。
例え。金属化しなくても。イーアンは知恵を絞ってどうにかしただろう。その最初の作品は、原始的な作りの剣だったのだ。
あれを見た時に、一気に興味が湧いた。こんなことをしてまで、使おうとするのかと思ったこと。また、そんな使い方を知っていたことに。
――万人がそれを使うことで、日夜の恐れから解放されるようにする――
サージが総長に、最初に相談された日に、彼の口から聞いた言葉、と言われた。総長は、イーアンの想いを実現するために、動き始めた。それが魔物を使う試みだった。
フフンと笑うタンクラッドは、炉場への道のりを、つい数ヶ月前の思い出と一緒に歩く。
今や、彼女の旅の仲間として同行し、隣国へ来るまでになったとは。
自分の運命の急展開に感謝をし、タンクラッドは炉場の門をくぐった。テイワグナでも。彼女の旅の始まりを教えてやろうと思いながら。
タンクラッドが炉場の敷地に入ってすぐ、見慣れない客に施設の人が声をかける。施設で仕事をする若い男が来て、用件を訊ねた。
「昨日な。ここに炉場があると警護団に教えてもらった。俺はハイザンジェルから来た旅の者で」
「あ。あなたですか。そうですか、それがもしかして魔物の?」
話は昨日聞いたと、若い男は言いながら、背の高い珍客を見上げる。彼の視線は親方が小脇に抱えた材料。タンクラッドは頷いて、テイワグナに入って倒した魔物の体の一部だと紹介した。
「こんなの。触れるんですね。触ったら火傷とかしそう」
「皆、始めはそう思う。実際にそういう魔物の類もあるだろうが、この二つはとりあえず大丈夫だ。これに熱を入れてみたいんだが、炉を貸してもらうことは出来るか?」
「あなたは確か。ハイザンジェルの職人ですよね?何か、その。疑っているわけじゃないですが、魔物で作ったものをお持ちですか?警護団の人が話していて」
そう言いつつ、目ざとく彼はタンクラッドの剣をちらちら見ている。親方は笑って、白い剣を持たせてやった。『それは剣も魔物製だが、鞘もそうだ。剣は俺が作った。鞘は別の者が』教えてやりながら、そーっと触る若者に、剣を少し抜かせて刃を見せる。
「この白い剣身な。中心は金属だが、刃の部分があるだろう?これは実は皮だ。上手く繋げたが、もとはこの・・・これ。この黒い皮と似た物だった。これの白いヤツだな。ハイザンジェルで使ったのは」
「え!その黒い皮が、こんなふうになるんですか?その、ええっと。白い色の魔物ので、これが出来てるんですよね?」
驚く若者の声が大きく、持込の客と若者の側に、施設内にいた数人が集まる。何々、どれどれ、と集まる好奇心一杯の数人に、親方は丁寧に剣と魔物の説明をしてやり、自分はテイワグナでもこの技法を伝えたいと話した。
そんな気前の良い職人に、皆さんはびっくり。質問が飛び交い、タンクラッドが答え続けること15分。炉を貸してくれることになった。
試しにと言われて、幾つかある炉の質を確認した後に、一つの炉へ案内してもらった。工具と道具や、側にあるものを見て、タンクラッドが今度は質問。
「ここは金属を使っているだろう?その使い道は」
「食器や匙や食卓用のナイフです。テイワグナでは有名じゃありませんけれど。ここは織物の町なので。すぐそこの岩山へ採石へ出て・・・柔らかい金属ですけれど、食器くらいなら丁度良いから」
作りかけの、最後の工程まで進んでいない食器を見せてもらうと、それは確かに柔らかそうな金属だった。案内された炉が高温らしく、タンクラッドが見た限りでは、800~1000度くらいで調整している様子。
元々は、陶器を作ってもいる町だったと聞き、それでと納得した。
タンクラッドが使う炉の一つは1400度を超えるし、ミレイオの高炉は2000度近くになるはず。ヨライデの歴に、金属武器と防具に長けた技術が古代にあったため、ミレイオはそれに倣って制作するからだが。
ここでミレイオの盾までは無理かと分かるが、とりあえず熱を入れて、材料の状態を確認することにした。
いざ、タンクラッドが始めようとした時。表から『どちら様?!』の裏声に似た驚きの声が響く。タンクラッドはすぐ、それがミレイオ相手だと分かり、さっと後ろを見た。
思ったとおりで『はぁ?私のこと聞いてないの?おっさん一人来てんでしょ!そいつの世話で来てやってんのよ。退きなさい、通しなさいよっ』と。オカマの声が響き渡る・・・・・
何で、あいつはいつも・・・親方は苦笑いして、入り口に急いで迎えに行き、ミレイオと施設の職員の仲介に入った。
「この方。あなたのお友達でしたか。全然印象が違うから」
「見た目で人判断すんじゃないわよっ 失礼しちゃうわね!」
「怒るな、ミレイオ。来い。お前の盾は無理だろうが、熱の入りぐらいは確認出来るぞ」
「最初に言っておきなさいよ!もう一人来るからとか、気が利かないヤツ」
あー、ヤダヤダ!ミレイオは不機嫌丸出しで、タンクラッドの横に並んで歩く。
施設の人は、やたら派手な刺青オカマに怯えながら『この人は一体』と、タンクラッドに小声で聞いていた。タンクラッドは、真面目そうな職員に同情して少し笑い『こいつも職人だよ』と教えた。
二人揃ったところで、ようやく開始する『テイワグナ産・魔物材料初加工』。
ミレイオは温度を見て『低くない?』とタンクラッドに訊く。タンクラッドも小さく頷いて『しかし、ここではこれが最高だ』の返事をし、とりあえずは岩の魔物から。
温度を見るのはミレイオが担当する。その目は、瞳の色が変わったものの、性質は失われていない。ミレイオの目は、温度を知る目。
岩の欠片を炉に入れて様子を見ながら、取り出し、何度か繰り返して中の色が変化したのを、ミレイオは見つける。『そこで止めて』タンクラッドに手前に出すように言い、岩の固まりが砕け始めの様子を見せる。
「これ、もう多分。中、使えるわよ。でも少ないか」
「どうする?この内側で熔解しているのか?」
ミレイオは『一応』と坩堝を用意して『熔けてはない気がするんだけど』呟きながら、ヤットコで岩を少しずつ壊す。
「お。熔けてるじゃないか。融点が低いのか」
「そうとも言い切れないわよ。これ、中だからじゃないの?この外側、まだ硬いもの」
もしかすると外側の方が使えるのかと、二人で話し合いながら、中の部分を坩堝に取り出して、適当なナイフの型を借り、そこに流し込む。
「後で様子見ましょう。この一回じゃ分からないもの」
ミレイオは鋳型の金属を見つめて、次へ促す。親方も黒い皮を手にし、少し切り取ってそれを火にかざし始めた。
もし、ハイザンジェルの白い皮と同じなら、金属にはならない。親方もミレイオも、それは分かっているので、こちらは大して期待していない。黒い皮の板のような部分は、火を入れると表面が剥けて、その部分は煤となった。
「どう?」
「分からんな。温度はどうだ」
「上がってるんだろうけど。これ、殆ど熱に反応してない気がする」
「熱いだろ?変化は」
「だから。ないかも、って言ってんのよ。そりゃ触れば熱いけど。変化は、もっと高い温度でやってみないと分からない」
親方は予想を付ける。これは白い皮と似ているのかも知れない。そうすると、イーアンに何か作らせた方が良さそうにも思う。
それをミレイオに伝え、鎧や盾の方が使い勝手が良いのでは、と言うと、ミレイオは首を振る。
「またどこかで、高温の炉を見つけたら試しましょ。今は何とも言えないけど、ある程度調べないと勿体ないわよ」
ミレイオはそう言って、別の形でも試そうとタンクラッドに説明し、岩も皮も再び熱にあて、焼入れや焼戻しなど、ここで出来る範囲の温度を変えて熱処理を試した。
二人の職人の記憶には残るが、紙の記録も欲しいかと話し合い、近くで興味深そうに見ている職員に頼み、書き取ってもらう。彼の質問に答えながら、こうだったらこう、もっとこうするけれど今はこう・・・と、別の条件も一緒に書き取らせた。
気がつけば、施設の職員は手の空いた者が側に集まり、ハイザンジェルの魔物加工職人(※適当な呼び名)の話を皆で真剣に聞いていた。
午前はあっという間に過ぎ、昼の時間だと誰かが言ったのを聞いて、タンクラッドとミレイオは一旦、戻ることにした。『午後も来ますか』と楽しそうな笑顔で職員に訊ねられ、午後も作業をすることになった。
お読み頂き有難うございます。




