820. 織物の町ブガドゥム
旅の馬車は、宿の通りをゆっくり進みながら、今晩の宿を決める。
石畳を進む馬車の後ろは開いているので、歩いている人たちはちょっと中を覗き込み、ミレイオやイーアンと目が合うとニコッと笑ったり、後ろの馬車のザッカリアを見て、二度見したり(※絶世美男子)。シャンガマックとフォラヴは、暗がりに隠れてやり過ごす。
ドルドレンや親方も御者で、それなりに人目を引いて(※♀100%)いるが、彼らは無視に長けているので、視線に気付かないくらいまでの心の領域に達している。
特に親方は、無視に長けているどころか、全く気にならない人。自分が人にどう見えているのか、関心がまず無い。
なので、御者台で首を回し、ゴキゴキ鳴らしているだけで『きゃあ~』の感動する声が横から聞こえても、何にも気にしない(※セクシー親方)。
ドルドレンは意外に混んでいる様子の宿屋通りに、脇道から見える裏側を覗きながら、馬車を進めていた。
裏側に馬車が見えると、多分そこは客がもう居て入れない。宿泊人数は少なくても、馬車2台が入るので、馬車が入れそうな宿を見つけるのに時間を費やした。
徐に後ろから、タンクラッドが声をかけて『さっきの宿、どうだ』と言う。馬車を止めて御者台を下りたドルドレンは、どの宿かを親方に聞きに行った。
タンクラッドが『2軒前の宿は入れそうじゃないか』と指差したので、ドルドレンはささっとそこへ行って、ちらっと見ると急いで戻った(※女に捕まるから動きは素早く)。
「空いていたな。見落としたか」
「いや。総長が通り過ぎたのと同じくらいに、向こうの脇から出て行った馬車があったから。今、空いたんだろう」
ということで。シャンガマックの出番。田舎だからか、文字がテイワグナの公用語ではない看板が多い。シャンガマックに宿の情報を聞きに行ってもらい、他の仲間は馬車で待った。
荷台に座るミレイオは、町の人間の多さを見て、何やら一人で頷きながら納得していた。
――やっぱ、そうよね。せいぜい見るとか、ちょっと近寄って終わりとか。こんなもんよ、普通。
山奥の職人ばかりの小さな町で、あれだけ女が群がるって・・・親の仕業だったんだわ。
私に気付かせるためか。でもそれにしては、分かりにくい。私がいるかどうか?その確認?
とにかく、あの時だけだったんだもの。あの後も翌日も、女は異常じゃなかった。あれっきり・・・ってことは。やっぱり私が同行したかどうか。確認だったのか。
ミレイオは、止まった馬車の中を、ちらちらと見ていく町の女性を眺めながら、最初のフィギでの異様な出来事の理由を考えていた。
ふと、自分を見ているイーアンに気がついて、目を合わせニコッと笑う。『どうした』訊ねると、イーアンもちょっと微笑んで『ミレイオが人間観察をしているから』面白そうに見えたと答えた。
笑うミレイオは、イーアンを引き寄せて抱え込むと『あんたが一番好きよ』と、その頬を撫でた。
「あんたが一番、カワイイ。あんたが一番、観察してて飽きないわ」
ハハハと笑うイーアンに、ミレイオも笑う。幸せだなと思う、この時間。
私の大事なイーアン。大事な妹。前もそう思った。嬉しそうに笑うイーアンが、見た目も何もかも違っても、自分には大切な妹に思えていた。
ずーっと、彼女に会いたかった。今も時々、それを感じる。ずーっと前から、私は彼女に会いたかったんじゃないかと。不思議な時間の感覚が、自分の心の遥か向こうで、何かを知っている気がした。
「ミレイオ、イーアン。今日はここで泊まる。食事も宿で出るから、馬車を入れるよ」
ミレイオとイーアンがくっ付いていると、ドルドレンが回り込んで来て教え、愛妻が座布団状態になっているのを見て笑った。『イーアンたちは、いつも仲が良い』そう言って微笑み、馬車を動かすと伝えて、前に戻った。ミレイオとイーアンは、目を見合わせて笑った。
馬車は動き始め、宿と宿の間の路地を入り、裏庭の一角に停められた。馬を外して厩へ繋ぎ、飼葉を与えてから、荷物を持って一行は宿に入る。
宿泊するのは騎士の3名。ドルドレンとイーアンは馬車、タンクラッドは外(※仕方ない)。ドルドレンは、食事代と合わせて宿泊代の清算を済ませ、そこから夕食までの時間は自由行動となった。
食材は明日買う予定。食料品店の場所を押さえて、それから別通りへ向かう、イーアンとミレイオ、シャンガマック。
織物工場もある町だが、3人は個人の織物工房を探す。窓の向こうにたくさんの作品が吊るされて、大きな織機が中に見える。販売用の布も、入り口の机の上に山になって積まれていて、表に張り出されたテントの屋根の下で、通りすがりの客も気楽に見れる店も多い。
何軒かの前を通ってから、一軒の工房が気になったシャンガマックは、そこへ近付き、ミレイオとイーアンにここを見たいと頼んだ。
フィギの町の染色家が渡した本を頼りに、褐色の騎士は織物工房を探していた。色しか手がかりが無く、どんな色か分からないため、ミレイオやイーアンの体験から一緒に探してもらっていた、その色。
「近いと思うんだけど。でもどうかね。材料で色の風合いも変わるし、色留めでも変わるわ」
「そうですね。染める生地の対象もあります。温度が関わる場合もあるから」
ミレイオとイーアンの意見に、褐色の騎士は、うーんと唸る。
『フィギでもうちょっと、詳しく聞いてこれたら良かったか』頭を掻くシャンガマック。『仕方ないわよ。こういう展開になると思ってなかったんだもの』ミレイオは積まれた筒状の布を手に、色を見ながら『綺麗なんだけどね。織るとまた・・・糸も混合になるし、分かりにくくなるわね』困ったように呟く。
「何かお探しですか」
3人が表の布を見ていると、中から20代くらいの女性が出てきて、シャンガマックと目が合うなり赤くなった。
それを見たミレイオは苦笑いして『あのね。えーっと、紫色の布って単色織りであるかと思って』用件を伝えながら、若い女性の前に立って視界を遮る。
割り込んだミレイオにビックリする女性は、目を丸くして頷き『あります。中です』と急いで答えた。イーアンは笑いそうだったが、頑張って堪える。シャンガマックも少し困って笑う。
中へ通してもらった3人は、夕方の織物工房の中を歩いて、女性の見せてくれる布を受け取っては、明かりに照らして色を確認する。夕方の屋内でランタンの光だと、どうも色合いが異なって判断が難しい。
「これ。糸はここで染めるの?それとも織ってから染めるの?」
「いえ。染めた糸を購入しています。染屋はここからもっと離れた、あの・・・向こう、東の山脈があるんですが。あの一番奥にフィギといって、小さいけど、昔から有名な町が」
「あ、そう。フィギの町で染めてる糸、買うの?ここにあるの、全部?」
「え~っと・・・お母さんに訊いてみます。ちょっとお待ち下さい」
若い女性は一度奥へ入り、間もなくして母親と思しき女性を連れて戻った。ミレイオくらいの年齢の女性で、美しい大判の布を羽織り、知性のある笑顔を向けて来客を迎える。
「私が織手です。布をお探しですか」
「あら?娘さんに聞かなかった?色のことを聞いていたの。買うかどうかじゃなくて」
ミレイオは、母親の後ろにいる若い娘をちらっと見る。あまり店慣れしてない様子で、ただ母親を呼んだだけのよう。お母さんはちょっと娘を見てから、刺青男を見つめ『買うのではなく。何かご質問ですか』と改めて訊ねる。
「シャンガマック。あんた話しなさい」
ここからは用事のあるシャンガマックが、とミレイオは下がる。褐色の騎士は、自分が探し物をしていて、それが購入に繋がる探し物ではないことを先に伝える。
「だから。断ってくれても構わない。俺は民話の色を探しているので、どなたかご存知ではないかとここへ来た」
しっかりした話し方の若い男性に気を良くしたのか、母親は微笑んで頷いた。『良いでしょう。民話の色と言えば、フィギの民話ですか』すぐにその話を出してきた。
「その色があれば、と何度も。染色家が憧れのように話す色ですよ。この、これ。綺麗な紫色でしょう?これは花の紫で、色留めには石を使います。でも。これさえ追いつかないような、もっと美しい紫だそうです」
母親が出した巻いた布の筒を受け取り、シャンガマックはそれを見つめた。イーアンとミレイオも覗き込み『素敵』『植物と石の色ですか』と、それぞれ興味深そうに布への感想を伝える。
織手の母親は、自分が若い頃に染色をしていた話をしてくれた。その時フィギにも滞在したことがあり、誰もが一度は求める『失われた紫』をやはり探したと言う。
シャンガマックが本を見せると、植物の色と種類が載っている部分を読んで、詳しい話をもっと教えてくれた。
その話は面白く、ミレイオもイーアンも惹き込まれ、シャンガマックも古代の遺跡の陰影を感じる部分には、切れ長の目を細めて集中して聞いた。
そして夕闇が町に影を作り始めたので、彼女はまた明日来るようにシャンガマックに言う。
「明日。良かったら来て下さい。太陽の出ている時間に色を見た方が良いから」
3人はお礼を言って、挨拶をすると宿へ戻った。
思わぬ収穫に、シャンガマックは嬉しそう。イーアンとミレイオは、明日の朝の買出し内容を話し合い(※女は食べ物)店を決めていた。
タンクラッドは一人、炉場へ出かけていて、少し遅れて戻ってきた。
炉場の施設は、もう施錠されていたので、外壁をぐるっと回って外観を見ておいた。煙突の様子や施設の外にある石を見てから、高温を使っていそうな雰囲気で、大丈夫そうかと安心した。
ドルドレンはザッカリアとフォラヴを連れて、宿に教えてもらった近所の菓子屋へ行っていた。ザッカリアが『お菓子を総長に買ってもらいなさい』とギアッチに言われた、と訴えるので、了解して買いに出かけた。
心配はあったが、その心配はちゃんと的中して、菓子屋の主人以外が女性であったために、買い物が難しく、どうにかフォラヴに任せ(※そのためのフォラヴ)ザッカリアに選ばせて菓子を急いで買うと、群がられる部下を助け出し、3人は走って逃げた。
「お菓子を買うだけで疲労します」
戦いでもないのに疲れるなんて、と悲しそうな部下に(※自信喪失中フォラヴ)ドルドレンは『お前のお陰で、無事に買えたのだ』とお礼を言った。ザッカリアもフォラヴの側に行き『俺のお菓子、ちょっと分けてあげる』と労った。
宿に入ると、ミレイオたちも丁度帰ってきたところ。6人で話していると、夕食がもう出来ると言われて、席に着いた。そして親方もお帰りになり、7人で食事。
美味しい夕食を食べながら、明日の話をする7人。親方は暗さが気になるようで、ちらちら外を見ていた。『コルステインが来ているかも知れん』早く食べないと、と急いでいる親方に、皆は本当にこの人は良い人だとしみじみ思う。
「(ミ)ところで、オーリンってどうなってるの?あいつ全然来ないけど。良いの?」
「(ド)発送を買って出たのはオーリンなのだ。お手伝いさん役だけではなく、オーリンは発送も自分の仕事と話していたのだが」
「(タ)初めての発送は終わっちまったな。俺が手伝って。俺が覚えても意味がなさそうだが」
「(ミ)連絡してみたら?いつ来るのかって」
ミレイオは、肉(※脂身)を分けてやったイーアンが、肉に齧りつくのを見ながら話を振る。むちゃむちゃ噛んでいるイーアンは頷いて(※口一杯だから喋れない)そうする、と意思表示。
「私も留守にしたから、人のこと言えないけど。結構、魔物に遭う率が高いから。倒すときに一緒じゃないにしても、荷造りとか発送手続きはやってもらった方が、やっぱり良いわよ」
しょっちゅう倒す気がするわ、とミレイオが眉を寄せる。
タンクラッドも同意して『全部発送はしないでもな。テイワグナで加工を教えるのに使うこともあるし。だがそれでも、半分は国に送るべきだろう』送付状の枚数も制限があるだろうからと、イーアンを見た。
ドルドレンも送付状の枚数は気になる。この調子だと、案外早くなくなりそうである。一度、機構に魔物の状況を伝えて、送付状を追加で送ってもらうかと考えた。
どこかで追加を受け取れれば・・・安心だなとイーアンに言うと、イーアンも頷いた(※まだ噛んでる)。
夕食が終わり、風呂が別料金で入れるため、皆は宿で風呂へ入る。ザッカリアはイーアンと入りたがったが、風呂場が女性と別れていて、ここは断念した(※ドルドレン安堵)。
そして、タンクラッドは馬車の裏へ。コルステインは待っていて、親方は早速ベッドを出すと、外から見えないよう(?)設置して、そこでコルステインと夜の時間を過ごす(※本当にこれしか表現がないけど、特に何もしてない)。
ミレイオは地下へ戻る。ドルドレンとイーアンは馬車。で、イーアンは夜に出かけることになる。
連絡球でオーリンに呼びかけると、オーリンはすぐに出て『二人で話したい』らしいことを伝えてきた。
目が据わるイーアンだが、『男龍と話したことを相談したい』と言われては、断れないので、了解して空へお出かけすることにした。
「ミンティンで行くの」
「そうですね。目立ちたくないけれど。一旦町の外へ出てから、ミンティンを呼びます。
何でなのか、オーリンは空で話したいそうです。空って、イヌァエル・テレンではありませんよ。その辺の空」
面倒だねぇとドルドレンも顔をしかめ、イーアンも頷いて『何で空なのか』と首を傾げる。仕方なし、行ってきますと挨拶して、イーアンはグィードの皮を羽織り、町の外へ歩いて行った。
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