819. オーリン、説教を食らう
ある朝。オーリンは自分が呼ばれたことに気が付く。
起き上がった横に彼女(※お空の)が眠っているので、起こさないようにベッドを出て、服を着て(※脱いでた)彼女の体に掛け布を引き上げると、そっと扉を開けて部屋を後にした。
家(←彼女の)を出て、少し離れた場所でガルホブラフを呼ぶ。龍はすぐに来て、龍も呼ばれていることを知っているようだった。
「誰だろうな」
と言いながら。何となく嫌な予感がしているオーリン。龍の顔も、心なしか嫌そう。このざわつく感覚を以前感じたことを思い出す。その相手は。
ガルホブラフは友達を背中に乗せると、諦めたように勢いをつけて空を飛ぶ。行き先が浮島のある海上・・・・・
「マジかよ。何でだよ」
行きたくねぇ~~~ オーリンは龍の背中で嫌がる。何が何でも、男龍のいる場所に行かねばならない、この空路。方向がそこしかないので、間違えようがなかった。
「俺、別に何もしてないと思うんだけど」
何でだろう。何かあったのか。男龍に呼ばれる、龍の民なんかいるのか。俺が何かやっちまったのか。
オーリンは呼ばれた理由が何にせよ、嫌でしょうがない。どうしたら良いのか分からないが、逃げるわけにもいかず、呼ばれて即戻るわけにもいかない。
何なんだよ~ 嘆きながらの空路を進む、ガルホブラフとオーリン。
背中の友達の嘆きを、うんざりした顔で訊き続けるガルホブラフもまた、男龍は苦手なので、自分の友達が何をしたのかとイラついていた(※『バカやりやがって』の気持ち)。
出来ればオーリン一人ぶん投げて、急いで帰りたいガルホブラフ。
男龍が、龍に嫌なことをすることはないが、その立場が小型の龍には微妙な存在に映る。彼らはともすれば、龍よりも強い。それはガルホブラフのように、プライドの高い小型の龍には、苦手な意識として常に働いていた。
ぐだぐだ言うオーリンを乗せて、ガルホブラフは呼ばれた男龍の家の一つへ向かう。そして、嫌々。男龍の神殿の前に到着し、オーリンを振り落とすように降ろすと、ガルホブラフは一目散に戻った。
「あっ!待て、おい!こらっ!俺だけ置いていくなんて」
「ガルホブラフは、お前にだけ用だと知ってるからだ」
友達の龍に置き去りにされたオーリンの声に答えるのは、薄緑色の肌に4本の角が生える男龍。振り向くオーリンの黄色い瞳を、真上からがっちり捉えた金色の瞳は、静かに続ける。
「中へ入って良いぞ・・・ちょっと、お前に話がある」
何だかとっても怒っていそうな雰囲気に、オーリンはビビる。『俺、俺。何かした?してないと思うんだけど』恐る恐る、男龍の後について歩きながら訊ねるオーリンに、男龍は振り向かないで溜め息をつく。
「そうだ。お前は何もしていない。それを話す」
「え?え、それ」
「そこに座れ」
困惑するオーリンに長椅子を見せて、その端っこにでも座れと命じたルガルバンダ。自分も向かい合わせの長椅子に座り、背凭れに両腕を渡して足を組んだ。
そのエラそうな姿。オーリンはドン引き。どうすりゃ良いんだと、我が身の不運を悲しく思う。
「俺が何かしたなら。分かるけど・・・・・ 自覚のある『何か』ってないんだよ」
「それはそうだろう。何もしてないんだから」
「あの。何か知ってそうだけど。俺には何が何だか。悪いんだけどさ、呼ばれた理由がよく分からない」
「だろうと思っているから、呼んでやったんだ。龍の民を、家に入れる男龍なんていないぞ。ビルガメスは、割に気にしないから、時々お前を入れてやっているが。呼んだ俺の身にもなれ」
オーリンは黙る。3mを超える背の、ムキムキ全裸の男龍が、どーんと向かい合って怒っている。
そして『龍の民を呼ぶ男龍の身にもなれ』と。つまり『=龍の民なんか呼んだ俺が恥ずかしい』と言われているわけで。
分かってるよ、とオーリンは思う。俺だって男龍の側にいたくないのに。そんな差別されたら、余計に呼ばれたのはどうしてかと悩む。
黙りこくったオーリンを見つめ、ルガルバンダは面倒臭そうに眉を寄せる。
「分からないのか。お前は自分がどうしてここに居るのかを」
「分からないよ。俺がいたら迷惑だろ。俺だって嫌だよ。別に自分が悪いわけじゃないのに、力の差で差別されてるんだし」
「力の差で差別じゃないだろ。力の差があるから、触れ合わないだけだ。お前たちの小さな感覚を持ち込むな。
・・・・・お前を呼んだ俺は、俺がお前に用があると、自覚しなければいけない。
それは、これだけの力を持っているにも関わらず、俺じゃ出来ないことがある上、男龍より、ずっと力の少ない龍の民に、自分が頼むことになる・・・そうした意味だ」
オーリンは伏せていた顔を上げる。ルガルバンダの不愉快そうな顔に、自分に言われたことは本当なのかと考えた。男龍が俺に頼み事。そんなことがあるんだろうか。
ルガルバンダは続ける。大きな溜め息を仰々しく吐いて、豊かな波打つ髪の毛をかき上げる。一々、カッコイイ男龍に、オーリンは見るだけで自信喪失する時間。髪、かき上げただけなのに・・・・・
「オーリン。お前は手伝い役でイーアンについた。お前じゃない龍の民でも良かったはずだが、今回は俺たちも知らない間に、お前と定まっていたらしい。お前が中間の地に落ちたのも、それが理由だった。
『お前じゃないと、今回の女龍の世話に適していない』そう、精霊が判断しているってことだ。
それが何だ。お前は。何日、イーアンから離れている?イーアンはこの前、イヌァエル・テレンに来たぞ。その時はもう、お前がここにいると話していたんだ。
ビルガメスがその日、彼女を送った。ドルドレンたちは魔物と戦っていた最中だったようで、イーアンとビルガメスが代わって退治してきたと聞いた。お前、何してるんだ。呼ばれないと行かないつもりか?」
オーリンは絶句する。
ルガルバンダが静かに怒っている理由は、自分が手伝い役を放ったらかしにしている、と・・・その理由だった。
そして、ビルガメスが手伝って退治も終えたと聞き、オーリンは男龍を見た目を伏せる。まただ、と思う。また、戦闘の時に呼ばれなかったと感じた。そのオーリンの表情から、思いをすぐに察するルガルバンダの目がきつくなる。
「イーアンがお前を呼ばない、と。そう思っただろう」
「え。何で。そうだけど。だって、俺は呼んで良いって何度も言って」
「だから『お前は何もしていない』と俺は言ったんだ。お前は龍の民でも、珍しく大丈夫かと思っていただけに、本当に残念だ」
がーんっ・・・オーリン、頭を引っ叩かれたくらいの衝撃。
『残念』って言われた。それってもう、『お前に期待しない』と言い切っているようなもので、男龍に認めてもらっていたのも驚きなら、知らない内に呆れられていたのも、驚きを超えて衝撃だった。
「そう言うけど。そうかもしれないけど、でも」
「ズィーリーの時代の話をしてやる。彼女は耐える人だった。去るものを追うことはしない、ひたすら自分だけが引き受けて、文句も言わず、顔色一つ変えずに、淡々とこなす女性だった。
彼女を手伝った龍の民は何人もいたが、龍の民は四六時中、男女の楽しみに明け暮れては、ズィーリーの龍気を補助する務めを軽んじた。
ズィーリーはギデオンにも振り回され、龍になる機会も遅れ、挙句の果てに一人で戦わないといけない時に、手伝いも追いつかず、必死に一人奮闘して耐えた(※可哀相)。
今。イーアンは仲間に恵まれ、そうしたことがないし、彼女はズィーリーよりも早く、龍にまで成れた。そして彼女の龍気は強く、一人だけでも短い時間なら、龍の力を動かせるまでに至っている。
そう思えば、昔に比べ、イーアンは難しい立場ではないだろう。
だが、だからと言って、それで良いわけじゃない。イーアンがお前を呼ばないのは、ズィーリーと同じだ。
攻撃的で直進する性質のイーアンだが、彼女もまた、相手をいつも思う。お前が幸せそうなら、呼んではいけないと思っているから、呼ばないだけだ。
そんなことも分からないで、また昔と同じように、手伝いもしない無駄な龍の民を頼る手段を繰り返すのかと思うと、お前たち、龍の民が手伝いに回されている理由も分からん。もう、精霊に頼んで、今回は男龍がイーアンを助けた方が良いとさえ思う」
「ちょっと、ちょっと待て。そんな極端な。何言ってるんだよ、男龍なんか出てきたら、俺の立場」
「その立場。守ろうとしているのか?昔同様、龍の民の気質なのか。自分の好きな時に、責任も果たさず、ヘラヘラ、女と一緒にいるだけの時間を過ごすお前の今。立場は必要か?」
口を開けたまま、言葉を失うオーリン。血の気が引いて、自分の意味が消えていく感覚に恐れを持つ。
自分は特別な龍の民だと思っていた分。龍の民として目覚めた・・・永い眠りの目覚めが、誇りある伝説の手伝い役として迎えられた、俺―― そう思っていたから、ルガルバンダの言葉に言い返せないのが、怖く思う。
4本角の男龍は、少し呆れた様子で目の前の龍の民を見つめてから、首をゆっくり傾げた。
「お前は。以前に比べれば、なかなか見所のある龍の民だと思っていたのに。
教えてやろう。今回はイーアンを手伝おうとする男龍が何人いるか。全員だ」
「う。う。ぐ・・・・・ 」
「前回と比べればな。イヌァエル・テレンの状況も違う。俺たち男龍の状況も、勿論大きく違う。だがそれだけが理由じゃないんだ。
ビルガメスがイーアンを信じた時点で、男龍はビルガメスに同意する。それ以外で、自分たちの思いも、イーアンにそれぞれ向いた。こんなことはなかった。
俺は、ズィーリーの二の舞はさせたくない。一回でも、そんなことはさせたくないんだ。だから端から、次に来る女龍を助けると決めて、これまで生きてきた。
俺の子、ファドゥも。龍の子の時からイーアンを慕っている。自分が男龍に成ったのは、彼女のお陰だと信じているし、更に手伝おうと気持ちを昂ぶらせている。
シムやニヌルタは気紛れで、自由な性質だが、そんな彼らでもイーアンを好んで手伝いたがる。
タムズに至っては、ドルドレンまで気に入っている。何があっても手伝いに行くだろう。
ビルガメスは。彼はイーアンを本当に愛しているから、彼女のためなら命も差し出す。彼女がビルガメスを守るために動くと約束した日以来、その大きな重さに応えるつもりで意識を定めた。
分かるか?お前の『立場』なんか、お前が必死に守ろうとしないなら、吹けば飛ぶほど軽い状態にあることが」
ルガルバンダは、話を終える。必要なことは全部教えたと、そうした目を向けて、龍の民の男を眺めた。頭を抱えて俯く彼は、とても悩んでいるように見えた。
「悩むのか。お前が好きに生きたいなら、そう言え。今日、このまま俺が仲間に伝えてやろう。
しかし、それじゃ困るんだろう?だから『お前に頼んでやらないといけない、俺の身になれ』と最初に言ったんだ」
男龍の言葉に、オーリンはハッとして顔を上げる。金色の瞳が見透かすように、自分を哀れんでいる。
「困るだろうって訊いたんだ。そうだろ?」
「う。困るよ・・・困る。でも、俺」
「そう来ると思った。困るのは俺の方だ。俺はお前に頼むんだぞ。ちょっとは気遣え。お前、しっかりしろ。男龍がいつでも、お前の『立場』を放り投げられる状況だ。お前が今のままだと、そうなる。
だがな。精霊がお前を選んだ意味もまた、ちゃんとあるわけだ。俺は知らんが。
大切な旅なんだ。お前にとっちゃ、女の方が大事かもしれない。それにしたって、お前はきっと立場を引き摺り下ろされるのを、手放しで受け入れられんはずだ。それなら、気持ちを入れ替えて務めに励めよ」
「うん・・・その。前って。ズィーリーの時代は、龍の民は呼ばれて来るのは、同じだったのかな」
「ん?呼ばれないと来ない、と言ってるのか?別に、しょっちゅう旅の側にいたって良いだろ。
来ないのはお前たちの勝手だ。『呼べば来る』の意味は、呼ばないと側にいない、の意味だ」
オーリンはここでまた衝撃を喰らう。勝手に『呼ばれたら行く』のだと思っていた。
これは多分、イーアンたちもそう捉えている気がする。同行するのは自由だったのかと、言われてみれば理解する部分。
ここまで教えてくれ、話してくれた男龍の気持ちに、オーリンは何も言い返せず、反省をするだけだったが。でも、問題はまだある。
「俺。どうしよう。相手の女の子に、何て言おう。付き合ったばかりだし・・・でも手伝い役が消えるのも困る」
「そんなことを俺に訊くな。俺はズィーリーが、どうしようもない勇者の女癖で、犠牲になったことさえ、未だに腹が立つ(※ウン百年間の恨み)。お前の女のことなど、俺に言うな」
別の方向で怒らせかけていると気付き、オーリンは慌てて謝った。
それからルガルバンダに、一生懸命言葉を選んでお礼を伝え(※おっかなびっくり)自分は教えてもらったことで気がついたと答えた。
「男龍が頼んでやったんだ。恥をかかせるなよ」
ルガルバンダは龍の民に、小さな声で呟く。龍の民は頷いてもう一度お礼を言い、友達の龍を呼んだ。
「早く解決しろ。お前が作った問題とやらを」
やって来たガルホブラフに跨ったオーリンに、男龍は釘を刺した。オーリンは『そうする』と微笑み、情けなさそうに戻って行った。
小さくなる龍の姿を見つめながら、ルガルバンダは溜め息をつく。
「別に。言わなくても良かったんだが。折角、龍の民の本来の見せ場なんだから、お前がしっかりしないと」
取っちゃうからな(←立場)と呟いて笑うルガルバンダ。朝っぱらから説教も終えたので、自分の子供たちを迎えに出かけた(※保育園引取り)。
お読み頂き有難うございます。




