818. 警護団とブガドゥムの町へ
警護団と思しき黒い馬車から、人が二人降りる。
二人の警護団は、自分たちを見ている相手―― 彼らの馬車と、そこにいる旅人を眺め渡し、少し緊張しているように、話しかける言葉を選んで口を開く。
旅の仲間から見た警護団は、どうも予備知識を持っている様子。それがどのような予備知識か。ドルドレンたちは記憶に新しいので、警戒が解けない。
「ここは・・・街道沿いで、火を焚くと横の草地に移るかもしれない。もう、消すのか?」
「料理は終わった。すぐに消す。知らなかったのだ。街道沿いは全部そうなのか」
「そうだ。出来れば、草のない場所で火を。ええと、あなた方は旅をしているのか?」
「ハイザンジェルからテイワグナに入ったばかりだ。国の支援活動で」
「もしかして。騎士修道会の」
ドルドレンは頷く。騎士たちも目を見合わせて、ちょっと意外そうに微笑を交わす。タンクラッドとイーアンも顔を見合わせて、目元だけ笑みを作った。ミレイオは警護団を観察。
警護団の男は、お互いの顔を見て『彼らだ』と小声で確認したようで、ドルドレンに向き直ると、どこか向かう先があれば教えると言った。
「魔物退治で動く旅とは聞いているが、具体的に何か目的が他にあるのか。もし教えてもらえたら、役立つ案内も出来るかも知れない」
協力的な警護団の姿勢に、ドルドレンは少し驚いて『これから、この道の先にある町へ向かうが。そうだな。ちょっと待て』そう言って、職人を振り向き、特別な用事等はないか確認した。
「さっきの魔物の皮。火を通したいんだけど。炉とか工房とか、借りれそうな場所ある?訊いて」
刺青の男に警護団は驚いたようだったが、何も言わずにいた。ドルドレンが『倒した魔物の一部を加工もする』ことを先に伝え、活用法も伝えながらの旅であることを目的にしていると話すと、彼らは大層感心したように大きく頷いた。
「本当に?魔物を使うと言うのか。そんなこと、出来るのか?」
後ろで聞いていたタンクラッドは、総長とザッカリアに剣を見せるように促した。ドルドレンとザッカリアは馬車に乗せてある剣を持ってきて、鞘から抜いて見せる。
「これがそうだ。魔物製の剣だ。ハイザンジェルは活用して武器や防具を作っている」
「こんなに美しい剣が。こんなになるのか?本当に?これが魔物」
「そこにいる職人が作ってくれた。彼はハイザンジェルの剣職人」
ドルドレンはタンクラッドを振り向いて微笑み、彼だよ、と警護団に教えた。警護団の二人はびっくりしたように、剣と職人を交互に見て『すごい』を連発する。
ちょっと気になるミレイオ。言われてないけど、馬車へ盾を取りに行き、戻ってきて『これもあるんだけど』とドルドレンに渡す。笑うドルドレンが受け取って、警護団に『これは魔物製の盾。この人が作っている』と教えた。
「こんな盾を見たことない。あ、いや。でも待てよ。ヨライデの昔の盾に、似たようなのがあった気がするが・・・しかし、どう作るのか。普通の盾と全く違う」
警護団の男は、鮮やかな分厚い盾を手にして、貴重品でも触るようにゆっくり慎重に表面を撫でる。シャンガマックが思いついて、自分の鎧を引っ張り出し、それも彼らに見せた。
「この鎧は。破損鎧だった。これを彼女がここまで仕立ててくれた」
微笑むシャンガマック自慢の、イーアン製鎧。イーアン、ちょっと恥ずかしい。自分で作っていませんと心の中で言うが、場の雰囲気があるので言えなかった。
「すごい。全て、美しいなんてもんじゃない。剣も盾も鎧も、人間業じゃないような雰囲気だ。これが全部魔物・・・あ。あれ?あなた、あなたはこの鎧を作ったの?」
イーアンを何度か見た一人が、イーアンの顔に気が付いて見つめる。イーアンはちょっと躊躇って、うん、とちっちゃく頷く。
「あなた。龍の女みたいだ。でも、そう?そうかな?彼女が、インガル地区の警護団施設に降りて戒めた・・・龍の女ってあなただろう?」
ドルドレンはこれまた意外。『戒めた』との言葉に、ふぅんって感じになる。
他の者も、勿論イーアンも『ふぅん』状態。このテイワグナは、龍への意識が浸透している。まだ僅かな地域しか知らないけれど、こうしたことを人に会う毎に繰り返すと、徐々に『本当なのかも』と信じ始める。
「そうでしょ?龍の女が騎士たちを守った、と。でも、警護団の仲間を許してくれて有難う」
「いえ。あの。はい」
イーアン躊躇う。許すと言っても、あの場のやり取りは『死ぬか、ドルドレンたちを放すか』の二者択一だったので、放さないとあの人たち死ぬことに・・・自分で言っておいてあれだけど、出来れば死ぬ方選ばないで、と思う提示内容だった。
そんなイーアンの胸中は知らない警護団。頭一つ分、背の低い女にちょっと寄って、顔をしげしげ、角をしげしげ、後ろに翼がないかと背中をちらちら、見ながら『龍の女ですよね』再確認。
困って黙り込む愛妻(※未婚)が気の毒で、ドルドレンは肩を抱き寄せ、自分の小脇に彼女を入れると、警護団に『あまりジロジロ見てはいけない』と注意する。
注意された警護団は、笑顔で『初めて見たから』と、眉間にシワを作った総長に軽く謝った。
こうしたことで。通りすがりの警護団は、龍の女の現物(※珍獣)がいる旅の一行に、協力態勢を示し、次の町『ブガドゥム』へ案内する。
ブガドゥムは織物の発達した町で、ブガドゥムの外れには炉場があるそう。
炉は、町の共同出資で造った場所で、主に器を焼くためらしいが、近くの岩場で採石した材料から器を作るため、温度は高いと思うことを警護団は話した。
昼食の片づけを終え、馬車に乗り込んだ一行は、警護団の付き添いのもと、彼らと一緒に町へ向かう。警護団の御者に道を聞くシャンガマックは、警護団の馬車に乗せてもらった。
寝台馬車の御者はタンクラッド。ドルドレンは荷馬車の御者。ミレイオは縫い物で、フォラヴとザッカリアは勉強の時間。
イーアンは荷馬車の中で、ミレイオの横に座り、新しく入った魔物の材料を前に、作れそうなものを考えていた。
「どっちも硬そうじゃない。今何か作るより、熱入れて調べてからにしたら?」
ミレイオに言われ、それもそうかと思うイーアンは了解し、手入れした皮と岩を『熱入れ用お試しサイズ』に切り分けることにする。
ここでも支部と同じように仕事をするんだなぁ、と思う。支部の環境と違うのは、ミレイオたちがすぐ側にいてくれること。オーリンもいれば完璧な状況で(※オーリン留守)その道の職人と一緒に、考えたり作ったり出来る環境は、すごく恵まれていると感じた。
それをミレイオに言うと、パンクは縫い物をしながらちょっと笑って『あんたはホント』言いかけて首を振った。
「あんただって。結構なもの作ってるのよ。分かってないのね」
「私は一筋に技術を極めません。あちこち手を出していますけれど」
「時間があったら。一緒に炉場へ行こう。私やタンクラッドが、何を見るつもりなのか。側で学びなさい。炉場がどこまで使えるかにも寄るけど」
ミレイオは微笑んで、イーアンに片腕を伸ばす。イーアンは側へ行って、片腕に抱きしめてもらった。ミレイオはイーアンの角にキスして『たくさん学んで、自分の力を増やすのよ』と教えた。嬉しいイーアンは頷く。
「それとね。私も学びたいのよ。あんたのあの、何。よく編むでしょ。私もやるけど、目が違うわよね。目の模様が印象的。タンクラッドの首に付いたヤツ、あれくらいの量なら、私用に皮も残ってるじゃない?」
だから、あれを自分にも編むんだとミレイオは言う。イーアンは了解し、編み方を教えてあげると約束した。
でも、ミレイオはタンクラッドとお揃いになるのだけど、それは良いのだろうか?と思う。
ちょっと訊いてみると『あ。そうよ。それもイヤねぇ』と、お揃いの恐れを忘れていた発言が返ってきた。別の素材にしようと話し、どこかで気に入った素材を見つけ次第、アミアミ講座を開くことになった。
警護団の印象が随分違う・・・と思う、シャンガマックは御者台の席にいる。
警護団馬車の御者を務めるおじさんは、地元の人で警護団ではないそう。彼にいろいろと話を聞いていると、最初に会った警護団の連中は何だか異質に思えた。
「あなたがご存知か分からないが。俺たちはこの前、インガル地区で一時的に拘束され」
「あ。知ってますよ。その後、すごかったんだから!あのね、インガル地区の警護団施設、取っ払われるかもしれないですよ。貴族を怒らせちゃったから。ああた、知らないか。あ、そう、知らない?
この辺はね、バグロー地区って言って。また別の地区なんですよ。これから行くブガドゥムもバグロー地区です。
だけど、貴族の領地はインガルもバグローも掛っていますから、領地内の話は自然とね・・・地元の私たちには伝わるんで。領地で働く人も多いし、中の出来事は結構早く耳に入るんです」
「その、取っ払われるとは」
「ああ、そうそう。それね。怒らせたようだね。貴族の人の繋がりの人、ああたの仲間にいるんでしょ?その人の身元が貴族に証明されて、その人に失礼をした、警護団員の処分を求めたらしいです。
そうしたらさ。やめとけば良いのにね(※誰もいないのに、おじさんここで小声)。難癖付けたようでさ。
ん?誰にって、貴族の使いじゃないの?それが追っ払われる理由みたいだよ」
「そうなのか。では、俺たちのことで彼らが施設を追われるわけではなくて、二次的な状況というか」
「んー・・・そうかなぁ。ああた方は関係ないでしょ。取っ掛かりはそうでも、処分以降の出来事は、ああた方のせいじゃないもの。
言わなきゃ良かっただけで、大方、追い払われるような言葉でも言ったんじゃないの?」
褐色の騎士は、おじさんが本当にそう思っていそうなので、ふぅんと小さく声を漏らす。おじさんは、そんなシャンガマックの反応を気にせず、息子みたいな年齢の騎士にあれこれ話す。
「あのですねぇ。何て言うかな。警護団でも、悪い人ばかりじゃあないの。だけど、旅の人にいきなりそんなことしたら、もう悪い印象しかないでしょ?
それは本当はいけないし。でももう、その人の性質って言うかな。たまにいるんですよ、警護団も人数多いから。
ああたの話を聞いたらさ、そんな分からず屋の団員もいるのかって思いました。
でも元はと言えば、自警団から出来たようなものだから、皆本当はその辺のお兄ちゃん・おじさんですよ。職務は固そうだけど、そんなエラそうに出来ないのは、誰もが分かってると思うんだよね。
だから普通に話せば、悪い人少ないって・・・これは地元贔屓かもだけど、そのくらいなわけです」
なのにねぇ、とおじさんは気の毒そうにシャンガマックを見た。『酷い目にあって、可哀相でしたね』その言葉に苦笑いする騎士に、おじさんは同情する。
「確かにね。仕事が出来ない部署もいっぱいあるよ(※それダメ)。田舎なんて、することないもの。でもそれは、これまでの話でさ・・・魔物が出るんだから、今こそ警護団の職務を活かすべきでしょ。
多分、初めて出くわすから、皆の気持ちは怖くて仕方ないだろうね。今、警護団辞める人も出始めたみたいだし」
おじさんは、地元民の視点から見える警護団の説明をしながら、彼らを悪くないと言ってみたり、でも職務はちゃんとしなきゃねと言ってみたり。
シャンガマックとしては、今が一番、地元民も、魔物に直面する警護団も、試される揺さぶりの時期に感じる。
守ってほしい地元民。守り方を知らない警護団。形ばかりの警護団は、平和な10日ほど前のテイワグナでは、仕事が出来なくても咎められる事はなかったのだろう、と分かる。
だけど一変して、事態は命を脅かす魔物の出現を迎え、現実的に、いつでも危機と隣り合わせの日常へ、叩き込まれたテイワグナの国民。
『警護団』の職務にいる以上、魔物を率先して退治しろと求められているだろう。それは地元民、一人一人が日々願っているのだ。
黙ったシャンガマックに、おじさんは思ったことを話しかける。
「さっきの。ああた方に・・・警護団員が話していたの、ちょっと聞こえてたんですけど。魔物退治に、わざわざハイザンジェルから来てくれたんでしょ?それに魔物で武器まで作っちゃうって。
ああた方は、いつまで滞在するの?テイワグナの魔物退治は、期間とかあるのかな」
ないよ、とシャンガマックは笑顔を向ける。『テイワグナの魔物が終わるまで、いるつもりだ』そう答えると、おじさんは嬉しそうに笑って『すごく嬉しいよ。頼もしいね』と頷いた。
それから、夕方前にブガドゥムの町に入るまで、シャンガマックは御者のおじさんと話しながら、この地域のことを詳しく知ることが出来た。
おじさんも(※息子に最近相手にされないから)褐色の騎士との会話が楽しくて、町に着いた頃には名前まで教えてくれた(※何かあったら寄れ、と)。
旅の仲間は、警護団の案内で、大きな門を持つ、賑やかな職人の町に入る。門の上にはテイワグナの昔の言葉で『ブガドゥム』と名前が彫られた板が掛っていた。
町は大きめで、ハイザンジェルの南の町『デナハ・バス』と同じくらい、規模がありそうに見え、しっかりと工場のような施設まであった。
町の裏手に広い川が流れており、街道を挟んで反対側には山脈と、その裾野にあたる低い山々が見える。そこは木々が岩に生えるようにして立ち上がり、よく見れば、土よりも岩の方が占めているような場所だった。
警護団は旅の一行を連れて、町の中心にある掲示板の前に来ると『ここに、町の中の店屋が地図で描いてあるから』これを参考にと言った。
それから、宿屋の通りと、食品店が並ぶ通りを案内し、辻を幾つか動いた先に見える煙突を示して『あれが炉場だよ』と教えた。
炉場には、これから寄って話をしておいてくれるそうで、今日はもう火を落としているだろうから、明日以降に炉場へ行くと良いと、ドルドレンに言った。ドルドレンは親切にお礼を言い、警護団の無事を祈った。
「これ。持つと良いのだ。これは龍の鱗。魔物と戦う龍の風になる」
親切な警護団の二人に、革袋をから鱗を少し掴んで渡してやり、使い方を教えると、彼らはとても有難がっていた。
彼らはドルドレンの行為に感じ入り『自分たちは、バグロー地区の警護団地方行動部なので・・・駐在がこの町にもいる』と言い、駐在の場所も騎士たちに教えると『駐在の団員にも、あなた方のことを話しておく』と言ってくれた。
ドルドレンたちは、彼らの親切に重ね重ねお礼を言ってお別れし、シャンガマックも御者のおじさんに手を振ってお別れした。
そして馬車は、夜には早い時間に宿の通りへ向かう。魔物がいる割には、賑やかな町の中。派手な2台の馬車は人通りのある石畳をゆっくり進んだ。
お読み頂き有難うございます。




