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魔物資源活用機構  作者: Ichen
テイワグナの民間信仰
815/2953

815. シャンガマックのお守り・ミレイオ相談所

 

 温泉に長く入って熱くなったザッカリアが、もう出たいと言い始めたので、そろそろ出るかと全員腰を上げる。



 皆さんが立ち上がる間、イーアンは目を閉じて過ごし、伴侶に『もう良いよ』の合図をもらってから、目を開けて、自分も着替えに岩陰へ行った。

 まさか男の湯に入ることになろうとは、とイーアンも人生初体験にビビッていたが(※中年)有難いことに温泉が広かったので、それほど近くない皆さんとの距離に救われた。


 そそくさ体を拭いて着替え、伴侶たちは着替え終わったかと見たが、着替えは済んだらしいものの、彼らは一箇所に立ったまま動いていない。


 どうしたかと思って側へ行くと、気が付いたドルドレンがイーアンを抱き寄せて、小声で『ちょっと待つのだ』と言う。訊けば『シャンガマックが精霊と会っている』らしい。


「精霊」


「彼に見えた。俺たちは見えなかったが、フォラヴが気が付いた。とはいえ、二人とも結界の外だから、フォラヴはもう見えないと言う」


 妖精の騎士もこちらを向いて『そこにいるのは分かりますが。分かりますか?』とイーアンに訊ねた。イーアン、言われてみれば。悲しい鈍さに眉を寄せ、ちらっとミレイオを見ると、ミレイオも首を振った。


「分からない。私たちに伝わらないようにしているのよ。私たち・・・サブパメントゥとかね。龍はどうかしらね。分からないけど。フォラヴはあの精霊に近いんじゃない?」


 ミレイオの言いたいことは理解出来るイーアン。ここに男龍がいたら気が付く気がした。自分は()()()()()()()()()に入っているのか。そう自覚しつつ、皆が顔を向けるほうを見た。


 柔らかな空気が流れてくる。風とも違う、誰かのいる空気の渦巻き方。


「あれが精霊ですか。見えませんね。私に分かるのは空気の違いくらいです」


「でしょ?私もそんなもんよ。気持ち良いそよ風ってくらいね。分かんないわ」


 イーアンとミレイオの会話に、人間タンクラッドとドルドレンは『そういうものか』と、更に分かっていない発言で頷く。フォラヴとザッカリアは何となく、そこに精霊がいる様子が感じるらしかった。



 褐色の騎士は、仲間が自分のことを、あれこれ話しているなど考えもしない。

 今、目の前にいる精霊・ナシャウニットは金色の風を纏う大地の茶色。その相手に全身全霊で話をしていた。


 精霊は自分を呼び出した。精霊に呼び出されるなんてと驚いたシャンガマックだったが、ナシャウニットは『世界にある、人間と繋がりやすい場所』と、ここを称した。

 用事があったと言われて、一言一句聞き漏らすまいと、神経を集中して頷いたシャンガマックに、精霊は自分のいる小さな竜巻を越えて、両手を差し出した。


 シャンガマックはその両手を見つめ、精霊の顔に当たる部分に視線を動かす。精霊は空気に揺れる声で語りかける。


「タガンダ・エウィガ・シャンガマックの息子、バニザット・ヤンガ・シャンガマック。お前を守るように、龍のビルガメスが頼んだ。お前が私と常に共に歩むよう、私はこれを渡そう」


 ビルガメス・・・シャンガマックはその名前が出たことを意外に感じながらも、精霊の両腕に、自分も両手を伸ばして近づけた。


「あ!」


 両手を伸ばして近づけた途端、ナシャウニットの腕が、金色の糸のような光を伸ばして、シャンガマックの腕に絡みついた。それは手首を包み込み、くるくると螺旋を描いて腕を上り、肘のすぐ下まで来て、すっと切れた。


 褐色の騎士の両腕に、手首から肘下までを覆う、金色の蔓が隙間なく絡み付き、それは木の葉の模様が刻み込まれた、金属に似た腕輪に変わった。


 ナシャウニットはそれを見てから、右腕を伸ばしてシャンガマックの喉元をゆっくり掴んだ。驚きはするものの、その手の温かさに目を閉じる褐色の騎士。太陽に当たった大地のような、沁み渡る熱。


 精霊の手を伝う金色の糸は、シャンガマックの褐色の喉にも絡み付き、彼の首にも金色の輪が何重かに巻き付いた。それもまた、精霊が手を離すと金属の首輪のように納まる。


「バニザット。今後、お前が闇に取り込まれることはない。私と常に歩く男よ。存分に進め」


 精霊は彼に()を渡すと、ゆっくりと遠ざかり、そのまま静かに黄色い岩の風景に消えた。


 シャンガマックは自分の両腕と、首に触れて微笑む。ナシャウニットの豊饒(ほうじょう)の熱さが心地良い。自分が、太陽の照らす、広大な大地の一辺になったような、そんな安心と豊かさを覚えた。


 シャンガマックはその場で感謝の祈りを捧げ、仲間の待つ元へ戻った。



 戻ってきたシャンガマックを見て、素っ頓狂な声を出したのはミレイオ。褐色の騎士に駆け寄って『見せて!』と叫ぶ(※間近で裏声)。ビックリするシャンガマックを気にもせず、刺青パンクは興奮する。


「何これ、どうしたの?素敵!!これって、誰にもらったの?精霊?どうなってるの?ちょっと、ちょっと貸して」


「いや。あの、貸せないんです。これは多分、俺にくっ付いているから」


「ええ?!そうなの?ヤダ~~~!またぁ?!」


 イヤイヤしながら羨むミレイオに笑うイーアンは、怯えるような顔で困っているシャンガマックの助けに入り、ミレイオの腕を引っ張って『精霊が下さったお守りです』しっかりきちんと『ミレイオに渡せない』ことを伝えた。


 すごく嫌そうな顔のミレイオは、イーアンを見て『何でよ~。何で私はないままなのよ~』って。悔しそうに駄々を捏ねる。

 イーアンは笑いながらミレイオを慰めて『今度何かもらえないか、男龍に相談する』と約束してあげた(※多分ムリ)。


「ミレイオは瞳の色を、妖精の女王に頂いていますよ。そんな素晴らしい贈り物があるのに、羨んではいけません」


 可笑しそうに言うフォラヴに、ミレイオは悲しそうな顔を向けて『そうだけど』と呟く。


 イーアンは分かる。ミレイオは体に付ける物が大好きなのだ。ドルドレンがもらったビルガメスの毛も、首に巻いた後は、美しい朝の海のような色をした絹の如く、彼の首元を飾っている。その時もミレイオは暫く羨んでいた。

 イーアンがタンクラッド用に、龍の皮の上着を作ったのを見た時も、自分も着たいと羽織ったし、瞳の色が変わった後は、瞳の色に合う装身具を真剣に選んだ。


 そんなミレイオに、イーアンは、何か特別なものがあれば良いのになと思った。瞳の色は素敵だけど、きっと持ち物が欲しいのだ。それが満たせるように、男龍に相談してみようと思った。



 駄々を捏ねるミレイオ(※自分も欲しいお宝系)を慰めながら、一行は馬車へ戻った。時間は夕方よりも早いので、元来た道を戻り、集荷所の前に分かれた道まで出た後、街道を南下して進む。


 進めるところまで進んで、野営地で馬車を停めるため、一行は夕方の街道を少し急いで先へと向かった。


 出かければどこかで魔物を倒す。毎日外にいれば、毎日倒す・・・ドルドレンはハイザンジェルの、魔物が出始めの頃を思い出していた。ハイザンジェルでの魔物退治をもう一度繰り返している感覚を、自然と嫌がる自分がいる。


 でも。あの時とは違う。手綱を取りながら、馬車にいる仲間を思う。

 修道会の騎士たちも、力強い鍛練を積んだ仲間だったが、ここにいま同行する仲間は、人の力を超える者や、聖なる力の元に送り出された者たち。


 このことが、テイワグナに入ってから、僅か1週間程度の間に何度も実感を通し、大きな頼もしさとして、ドルドレンを勇気付けていた。



 夕方の日が落ちる手前まで進めた馬車は、次の村が明日到着くらいの距離まで来て止まり、夜営準備に入る。


 ミレイオはイーアンに縫い物をしているように言い、自分が夕食を引き受けた。有難く縫い物をさせてもらい、イーアンは親方専用お守りを一生懸命作る。


 食材と調理器具を出したミレイオが、焚き火を熾そうとすると、ドルドレンが来て代わりにやってくれた。


「ありがとう・・・ドルドレン、何かあった?」


 火を熾してそこに佇む、動く気配のない黒髪の騎士をちょっと見て、ミレイオは野菜を切りながら訊ねる。ドルドレンは微笑んで、ミレイオの野菜の側で、自分も手伝おうと鍋を用意したりし始めた。


「言ってご覧。私に訊きたいことがあるのね。留守中の話なら、後でするけど」


「いや。違う。そっちじゃなくて。その。イーアンのことで」


「イーアン?何かあったの」


 ミレイオは料理をしながら、自分を見ないドルドレンの打ち明け話を引っ張り出す。ドルドレンは近くで手伝いながら、少し躊躇いがちに『最近イーアンが妬かないから』の話をぽつりぽつりする。

 聞いているミレイオはちょっと笑いそうになったが、そこは顔を真面目に戻して、うんうん聞いてやる。


「じゃ、何。あんたはあの子にやきもち妬かれないのが寂しいわけか。でも自分がそんなつもりじゃないのに妬かれても不本意でしょ?」


「そうなのだけど・・・そのう。少し前。ウィブエアハの町、南西の。あそこに用があって二人で出かけたのだ。そこでイーアンの友達の店で働く女性が、俺を見て。えー・・・いつものことなんだが、その」


「うん。分かる。で?」


「そう。それで。俺はイライラしてその女性から離れた。イーアンはそれを見て、俺の顔がどこでも女性に好かれるようなことを、言いかけたのだ。俺は『好きでこの顔じゃない』と、苛立ち紛れで伝えた。

 その後、彼女と少しの間、会話が気まずくなって。

 イーアンはそれ以降、その、何と言うか。他の女性が俺を見て態度を変えても。何も言わなくなって。気にもしないというか」


 そこまで言って黙ってしまった黒髪の騎士を見て、うーん、と唸るミレイオは、鍋に根菜と穀物と塩漬け肉を重ねて、水を注いで蓋をすると手を拭く。

 焼き鍋に肉と木の実を炒めるドルドレンにも、後は蒸すように伝えて、手拭布を渡して手を拭かせる。


「そこ。お座り。話すから。それ、ちょっと違う気がする」


 ミレイオは料理が出来るまで、横に座れと手で示して、自分も焚き火の前の石に腰掛けた。灰色の瞳は、ミレイオの言葉を待って、じっと見ている。


「そもそも。あんた。自分とあの子の違いって考えたことある?」


「違い?男女とか別世界とかか?」


 違うわよ、とミレイオは首を振る。『あの子は自分の見た目を気にするでしょ、って。それよ』そう言うと、黒髪の騎士は『勿論知っている。何度も考えた。彼女にそんなことを気にしないで良いと』言いかけて、ミレイオに手で合図を受け黙る。


「そうじゃないの。あんたのそういうところ。とっても良いと思う。でもね。根本があるわけ。

 私もこの刺青が最初っからあるから、初めて地上に上がった時は、散々だったわよ。気にしないようにしたけど。あの子も同じ。どうでも良い差別の対象になるの。顔が違うってだけで。


 あのさ。あんたは自他共に認めるイイ男よ。顔も良ければ性格も良くて。背もあるし見栄えもするし目立つわけよ。あんたが望んでなくても、他人はあんたを羨むし、女はあんたが好き。でしょ?


 あの子はこの世界(ここ)に放り込まれてから、持って生まれた顔つきで、蔑まれたり珍しがられたり。好かれるったって、珍しいからでしょ?人間扱いよりは動物扱いみたいなもんよ。


 そういう子が、見るからに見た目の良い男と一緒なわけ。自分は不思議と珍獣みたいな扱いで、相方が正統派で人気者なの。それであの子に嫉妬するなって方が難しいわよ。


 あの子がたまに誰かにちゃんと、差別抜きで好かれて、それが嬉しくて抱き締めたり笑ったり、お礼をしようとするのが、大袈裟に見えたみたいだけど。私からしたら、そんな行動、可哀相でならないわよ。それだけ苦しいって分かるもの。


 それをあんた。自分と同じ土俵に置いて、あんたがやきもち妬いていたんじゃないのかなって思う。あんたが誰かに、笑顔で話して抱き締めるのと、あの子の場合は訳が違うのよ。

 まずそこでしょ。そこ、分かってなさそうだから・・・まぁ。ある意味、あんたはホントに平等で良い性格だから、そう分からないままって感じもするけど」



 ミレイオの話すことを、黙って聞いていたドルドレンは、自分が分かっていたつもりで、本当にそこまで、いつも気にしていたかを心配した。ミレイオはその表情を見抜く。


「あの子。私と仲が良いのはさ・・・すぐ仲良くなったんだけど。私の刺青とか金具を見たからじゃないの?異質で同じ、って感じたんだと思う。私もあの子に対してそういうの、あるけど。


 あんたの性格は、とっても素敵よ。私も好きだし。だけど、平等に見て悪いことはないにしても、どうやったって根本が違うんだから、そこはいつも覚えておいてあげないと。


 その上で。考えてみて。見た目に差別されるイーアンと、見た目で誰にでも受け入れられるあんた。


 もっと分かりやすく言おうか。すっごい貧しい子供が、いつも貧乏人扱いされて苦しい中。優しい誰かがその子供に、例えば、食べ物をくれたとする。

 受け取ったその子は嬉しくて、もらった食べ物半分、その相手にあげようとするの。どう思う?

 それ、怒れる?『何で相手にそんな笑顔で、そんなことするんだ』って。あんた、言う?」


「い。言わない」


 ミレイオは頷く。『普通に持ってたり。普通よりも持ってると。それなりの苦痛はあるでしょうけど。持ってない誰かの苦痛は、自分の階段からは深刻に見えないもんよ』イーアンはそうじゃないの?と続けた。


「あんたにさ。妬かなくなった理由。あの子の理解でしょうね。本人も『成長した』って言っていたらしいけど。その成長、あんたが思うよりキッツイわよ。あの性格で、あの過去背負って、それで理解だもの。

 それ、『妬かないと心配だからまた戻せ』って思うなら。その前に、ドルドレンが何かしてみるもんでしょ」


 ドルドレンは黙る。そうだなと思う自分がいる。ミレイオは黒髪の騎士の顔をちらっと見て『誰だって。その立場なりに苦労するけどさ』と同情はしてくれた。


「でも。あからさまに否定的な苦労と、恵まれてる状態の苦労って。全然、心に及ぼす影響違うわよ」


「うん。そうだな・・・そう思う。その、何で俺はこうなんだろう」


 ドルドレンはしょんぼりして、大きな体を丸める。その姿がちょっとカワイイと思うミレイオは笑って、彼の背中を撫でた。


「あんたはホントに、性格がイイ子なのよ。差別しないでしょ?だから、そこはすごく素敵なんだけど。

 うーん・・・きっと。どこまでも『イーアンと自分は同じ』って、自然にそう思えてるのよね。イーアンは、出来た伴侶と一緒になれて良かったと思うけど、そこであんたが引っ掛かっちゃうのも確かね。


 彼女が嫉妬しなくなったのは、あんたに嫌な思いさせないために、頑張ったって思えない?イーアンはそのために理解したのよ。

 自分の葛藤を押さえ込んで説得して、納得して、あんたの立場を理解したわけよね。見栄えの良いあんたの苦労を、珍獣扱いされてる彼女が、あんたを怒らせないために羨みを消したの。

 あんたを困らせないためよ。それってすごく大きな努力でしょ?それだけ愛されてるの。分かる?」



 悲しそうに、しょんぼりする大きな背中を撫でながら、ミレイオは鍋の蓋を取って、火の通りを見る。ちょいちょい中身をヘラで合わせると『食事できた』と微笑んだ。


 食べよう、と声をかけて、灰色の瞳が自分を見ているのを見つめ返し、艶やかな黒い髪を撫でてやる。


「愛されてるの。よーく考えて。愛されてるから、彼女は自分とあんたが居心地良く生きられるよう、努力してるの。

 どっちかじゃダメよ。二人で幸せになるためには、我慢じゃないの。時として、理解する努力の方が、我慢より大変よ。それが分かれば、不安は消えるわよ」


 ドルドレンは頷いて、自分の作った料理もマゼマゼし、ミレイオに小さな声でお礼を言った。


 二人の料理は好評で、イーアンはいつものようにドルドレンの馬車の料理を絶賛した。ドルドレンは横に座る愛妻の笑顔に微笑み、自分はもっと側に寄れる男になろうと思った。

お読み頂き有難うございます。

これまで度々登場している精霊・ナシャウニットの絵を描きました。



挿絵(By みてみん)



もう少し飾りを着けている姿のイメージがあります。

でも前腕や膝下に多くは着いているため、この絵では表せませんでした~

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