814. 黄色い岩の温泉で ~仕事後の温泉
魔物は頭の奥から、暗く赤い光をぼんやり見せていて、長く伸びた首を捻って、目の前に立つ、剣を持つ男を品定めする。
それから口を開け、男に向かって吼えた。
タンクラッドは、時の剣を自分の前に円を描くように一度振る。
その円は金色の盤となって、何かを弾いた。魔物の口から出た、見えない礫が、魔物自身に撥ね散って戻り、魔物の体の肉を吹っ飛ばす。
後ろから突っ込んで来たバーハラーの気配を察したタンクラッドは、目端に自分の龍を捉えると、滑空する燻し黄金の龍に飛び乗り、その首に片腕をかけて龍に命じた。
「バーハラー!コイツの首を取るぞ」
龍はその声に応えるように瞬時に加速し、魔物の向こうへ飛ぶ。そして急旋回で体を捻ると、時の剣を持つを男を背に乗せて、魔物の背中に向かって突進した。
剣を構えた親方は、振り向く魔物の口が開くと同時に、バーハラーの背から飛んで、その首に剣を振り下ろした。剣身よりも長い光が、黒い大きな首をすり抜ける。
タンクラッドは、剣が放った光を見届けると、戻ってきた龍の背に降りて、再び空を翔け上がり、もう一度戻ってきて、次に魔物の胴目掛け、同じように剣を振った。
「終わりだ」
呟くタンクラッドの鳶色の瞳に、魔物が大きく3つに分解して崩れる姿が映った。
「強いな」
呆気なく終わった戦闘の感想を、シャンガマックは少し笑って呟く。自分だったら、あんなにすぐに倒せるだろうかと過ぎる思い。
「時の剣を持つ男。タンクラッドに相応しいですね」
側に来た妖精の騎士も、燻し黄金色の龍が戻ってくる様子を見て微笑む。その微笑がどこか寂しそうで、友達の胸中を察するシャンガマックは、フォラヴの言葉に頷くだけに留めた。
力強く、堂々として、大きな古代の剣を振り上げる剣職人は、彼によく似た雰囲気の龍に乗り、剣を背中に背負った鞘に戻して、皆のいる馬車へ悠々帰って来る。
迎えるドルドレンも、ビミョー。何でこの人。こんなカッチョエエんだろうと、こういう時、ひしひし思う。
何この人。何でイケメンで、体デカくて(※アレもでかいし)、渋くて、強くて、何でも出来て、頭良くて・・・えぇ~~~???(※裏声)
額に手を置いて、うんうん苦しそうに呻く伴侶(※『俺、勇者なのに』)に気が付いたイーアンは、ドルドレンの体調が悪いのかと焦って心配した。ドルドレンの背中を擦って『少し休んで』と言いながら、馬車の足台に座らせるために連れて行く。
ドルドレンは優しい愛妻(※未婚)にしがみ付いて、暫くの間、声にならない羨みを呻き続けていた。
そんな二人を見ながら、龍を降りたタンクラッド。近くに来たミレイオに『あれ、どうした』と、総長に顔を向けて訊ねる。ミレイオはちらっと見て『知らない』で終わる(※正直)。
「温泉。こんなのいたのね。これじゃ、汚いし気持ち悪くて入れないわ」
「奥にないのか?この魔物は多分、中心だぞ。こいつから派生する魔物は、もう出ないだろう。こいつも思ったより弱かったから、もし他に残っていても、そう面倒じゃない」
ミレイオは温泉を楽しみにしていたので、シャンガマックに他にあるかどうかを訊き、まだ奥に続くような話から、ちょっと馬車を置いて歩こうと決まる。
「馬車からは、それほど離れないです。魔物がいれば片付けて・・・いや、どうかな。俺が結界を張りましょうか」
「シャンガマックが結界を張ると疲れない?私も出来るけど」
シャンガマックは少し考えて『小さな結界なら大丈夫』と答えてから、ミレイオに微笑む。『あなたは地下の力を使うの、気になるでしょう』静かに囁く思い遣り。
ミレイオは少し笑って、褐色の騎士の頭にキスすると、優しさにお礼を言った。
それから一行は、意識の飛んだシャンガマックを起こしてから、道案内に立たせると、歩いて温泉地帯の奥へ向かった。
向かった先は、岩壁の突き出た裏側。10mほど出ている壁の向こう、少し下るような地形に、先ほどよりも色の淡い温泉が点々とあった。
ここも入れるのかどうか、丈夫そうな人が確認することにして(※ミレイオ)ちょいちょいお湯に触れ、岩の様子を調べ『大丈夫でしょ』と結果が出る(※簡単)。
「じゃ。俺が結界を張ります。精霊の力を使うわけじゃない結界なので、それほど強くはないですが、魔物が来たら、俺たちに伝わるくらいのことは出来るでしょう」
シャンガマックはそう言うと、自分たちの立つ場所に幾つか石を置いて、その石に耳慣れない言葉を呟く。それから一人で奥へ進むと、かなり先まで歩き、その場所にも同じように石を置いて言葉をかけた。
戻ってきた褐色の騎士は『あちらとこちら、その間は結界で包んであります』と皆に教えた。
それから、イーアンが篭に体を拭く布を入れて持ってきたので、銘々それを受け取り、適当な場所で温泉に浸かることになった。
温泉の間隔は近いと5m程度。離れると15~20mくらいの間があった。
温泉の大きさ自体はそれほどでもなく、直径で言えばせいぜい4~5m。不定形なため、広くも狭くも見えるが、深さは一律の様子で、どこも深さは1mもなかった。
湯煙も濃い。風が吹くと少し隙間が見えるが、これだけの温泉があると、谷のように両脇に壁のある空間は、湯気が溜まってはっきり見えない。濃霧のような印象の場所。
ドルドレンは、イーアンを連れて一番離れた温泉へ歩き、そこそこ広さもある湯に決定。
ちょっと手を入れて、刺激や熱を確認すると『大丈夫そうだ』とイーアンに教えた。イーアンも真似して手を入れたが、おっかなびっくりの割に無事と知る。
「総長。俺も入る」
ドルドレンの背後からザッカリアの声が響き、苦笑いのイーアンが振り返ると、嬉しさ一杯の子供が、白い湯気の中を小走りに近寄ってきた。
これは・・・と思うものの。断れないドルドレン。渋々頷いて許可した(※お父さん代わりだし)。
子供にも湯を触らせて、体に痛くないか確認させると、ザッカリアは『大丈夫』の元気良い一言と共に、シャツを脱ぐ。
あっさり素っ裸になりかねない勢いなので、ドルドレンは待ったをかけて、一緒に脱ごうと落ち着かせた。
イーアンは、脱衣着衣のみ、どうにかしないといけないので、適当な岩影で、衣服を脱いで体に布を巻いて入る。
布。しっかり押さえないと落ちる(※体形の都合)。嫌だなぁと思いながらも、ここは家族団らん温泉のため(?)布を巻いて、そそくさ移動して、じゃぶっとお湯に入った。
水の色が鮮やかで、肌荒れたらどうしようと、最後まで恐れたものの、意外に問題なく、異世界はまた違うのかと理解する。
先に入っている伴侶とザッカリアが、嬉しそうにこっちを見て手招きするので、イーアンは彼らの側へ寄って屈んだ。
ザッカリアは、支部の風呂と同じようにイーアンの横に来て、よいしょと母の肩に頭を乗せる。ドルドレンの目が怖いが、イーアンは見ないことにする。ザッカリアは総長無視(※満足で目を瞑る子供)。
「良かった。温泉あるの。テイワグナはいっぱいあるって、シャンガマックが言ってたよ」
「そうですね。ここは火山もあるのか。こんな形で温泉が湧いているなんて・・・時間があったら上から地形を見てみましょう」
「イーアンとお風呂入るの。旅で何回大丈夫かなぁ。俺まだ子供でしょ」
「うーむ。そうねぇ。子供だけど、男の子ですから。お母さんといつまでもは」
「俺とは入れるぞ。いつでも俺が入ってやる」
二人のやり取りで、ドルドレンは存在が薄くなりかけたのを感じ、会話に割り込む。子供はちらっと総長を見て『総長とはいつでも入れるから』すっぱり切り捨てた。
「あのね。今度、宿に一緒に泊まれば良いんじゃない?お風呂のある宿なら、もっと一緒に入れるよ」
「そうですねぇ・・・(※絞り出す声)あのう~・・・そうねぇ。そうですけど。お金の都合もね」
「俺も稼ぐ。だから一緒に入ろうよ。俺、すぐ大きくなっちゃうもの」
「んまー。何て健気。そう言われちゃったら、断れませんよ」
「断って良いんだ、イーアン!」
ん? 振り返るイーアンは、ドルドレンの顔が怖いのでビックリ。ザッカリアもビックリ。『総長、怒っちゃダメだよ。顔が怖い』とすぐに教えてあげた(※ドルドレン、ぶすっとする)。
ドルドレンからすれば。二人で入れるところに、成長後が恐ろしいイケメン子供が割り込んで、愛妻の裸の肩に頭を乗せたや否や、いちゃいちゃ(※違う)二人の世界で話し合っているわけで。それも内容が『次の宿泊は一緒にお風呂』と、とんでもないご案内が出ている事態。
これを止めずに、旦那としての立場があるか!の、気持ちだったのだが。
「何だ。こっちは広いじゃないか」
ゲーッ!!! 渋い中年の声に振り返ったドルドレンは、目が飛び出るかと思った。湯煙から現れた親方がニコニコしながら、布を腰に巻いただけの姿で乗り込んできた。
イーアンも仰天。親方出現に恐れ戦いて、ザッカリアに貼り付く。ザッカリアは貼り付かれて、ちょっと頼られたみたいな状況に嬉しいので笑う(※それ以上の感覚がまだない安全年齢)。
「大丈夫だよ。タンクラッドおじさんが入っても狭くないもの」
「そ、そ。そういう、そういうことじゃないんですよ!」
「タンクラッド、なぜお前が!お前、俺の奥さんだって言ってるのに!!」
「良いじゃないか。皆で入るのも悪くないぞ」
ハッハッハ・・・・・ 親方は愉快そうに(※二人きりじゃないならOKだろうと思っている人)止められるのも構わずにじゃぶっと入った。ドルドレンは急いで、愛妻と子供を引っ張り寄せて抱え込む。
「お前、いくら何でも!」
「ちょっと、何してんのよ。変態じゃないの!常識考えなさい!あんた出なさいよ」
ドルドレンが親方に抗議しようとした言葉を遮る、オカマの声。ドルドレンはもう、声が出なくなる(※いろいろ諦め)。
ミレイオが親方を攻撃しながら、なぜか湯に入る。タンクラッドが怒って追い返そうとするが、ミレイオは気にしない(※『お前が出ろっ!』って感じ)。
「気持ちワルっ。いい加減、フツーじゃないって気が付け!
おいで、イーアン。こっち来な。ザッカリアもこっちおいで。おっさんに手ぇ出されたら、たまんないわよ」
おいでおいで、と刺青パンクが、二人をドルドレンから引き剥がす。ドルドレンはどうして良いのか分からない。いや、そりゃそうだけど、でも、と言いながら、ミレイオに二人を奪われた。
親方はミレイオに怒る。ぎゃあぎゃあ喚いて『俺にそう言うお前だっておかしいだろ!』を繰り返すが、ミレイオに『うるさい。あっち行け。変態』と最後まで詰られ、口で敵わない悔しさに歯軋りしながら黙った。
結局。刺青パンクは腕を広げて、両脇にイーアンとザッカリアを抱える(※保護してるつもり)。その横にドルドレン。向かい合ってタンクラッド、の構図で落ち着いた。
ドルドレンはもう諦めていた。ここまで来ると、きっと。彼の予感。それは間もなく当たる。
「5人も一緒なら、ほら。あの子たちも一緒で良いんじゃない」
刺青パンクは被保護者を抱えて安心したため、シャンガマックとフォラヴまで呼び寄せ(※牛耳るミレイオ)少しすると、テレテレしながら二人も来て、同じ湯に入った。
イーアンは、もうどうにも身動き出来ず、肩も沈めて湯に潜む。ザッカリアとしては、ミレイオに肩を組まれているのは微妙にイヤだったが、言い返すのも怖いので我慢(※これを人付き合いの学びと呼ぶ)。
何がどうしてこうなるんだ、と思うドルドレン。何で温泉まで全員一緒なんだろう、その疑問がグルグル頭を回る状態で、ちっとも癒しの時間にならない。
それは親方も同じで、何とも言えない悔しさに心が癒されることはなかった(※ヤロウと一緒でも嬉しくない)。
でも。何のかんの言いながらも、温泉は人の話題を増やす、憩いの場所。
シャンガマックは、向かい合うミレイオの、胸から腕にかけて見える細かな刺青を見つめ、もっとよく見たいと思う。その視線に気が付いたミレイオは『こっち来ちゃだめよ。私と二人なら良いけど』と笑った。
照れるシャンガマックは、小さく頷いて『行かないです』のお返事をして、赤くなって俯いた。あの絵を見たいけれど・・・横にイーアンがいる。そこまで考えると意識が飛びそうで、慌てて頭を振る。
そんなシャンガマックの横で、少し笑ったフォラヴ。彼もまた、横にいる剣職人を何度か気にして見ていた。
親方は妖精の騎士と目が合って、視線で質問を促す。フォラヴは少し側へ寄り『先ほどの』と切り出した。
フォラヴの質問 ――どうしてタンクラッドだけが、魔物の気配に気が付いたのか。
それは皆の疑問だった。フォラヴは自信喪失中。気配にまで鈍くなったかと、我が身を悲しく思いもしたが、悲しんでも仕方ないので、タンクラッドにそれを訊ねてみた。
するとタンクラッドは、事も無げに答える。『俺の敵だからだ』それだけだと言うと、湯を両手に掬って顔を洗った。フォラヴは彼を見つめて『あなたの敵』その意味をもう少し訊きたく思う。
タンクラッドは彼を見て、『俺の剣が。先に魔物を見つけた。俺に倒せと剣が告げる。だから俺の敵だ』そう教えてやった。
イーアンとミレイオ。ちょっと目を見合わせた。あの、時の剣。あれが理由かと思った。
タンクラッド自体に何か因縁があるのではなく、時の剣が絡んだ魔物がいるのだろうと、そうした理解で納得する。
彼は剣と連動するのだ。剣の記憶と、その時代の彼が。
分かるのは今、ここまで。時の剣は謎が多いが、タンクラッドは突き動かされることがあるのだと分かった。
妖精の騎士は親方の答えに、少しの間、考えてから質問する。
「あなたは・・・気配で見つけたのではなかったのですか」
「気配か。そうだな、勘みたいなものはあっただろうが。実際に魔物がいると意識したのは、俺と剣が繋がっているからか。剣は馬車にあったが、剣に示された気がした」
「そんな感覚もあるのですね。あなたと剣が繋がって」
「俺も、確かだとは言い切れん。言ってみれば、そんな具合だと。それくらいだ」
妖精の騎士は、自分よりも20年ほど年上の逞しい男を見つめ、小さく何度も頷いた。彼は人間だけれど、自分よりも多くの力をその体に内包している。それは聖なる力ではなく、もっと身近な力強さのように思えた。
そんなフォラヴの空色の瞳をちょっと見て、親方は彼の肩に腕を伸ばすと、掴んで引き寄せる(※イーアン体温急上昇&ドルドレンもちょっとポッとする)。
「お前は、妖精の力をその身に託されたんだぞ。そんな男が、俺と自分を比べるな。
お前の顔が悲しそうで敵わん。しっかりしろ。お前にはお前にしか出せない強さがあることを、見失うな」
力強い剣職人に肩を寄せられ、顔を覗き込まれて励まされたフォラヴ。少し躊躇いながらも、頷いて『はい』と消えそうな声で返事をした。彼には自分の気弱さが伝わっていたのかと、それが恥ずかしく思えた。
親方はフォラヴの白金の髪を優しくかき上げて(※イーアン倒れそう&ドルドレン、自分とタムズも!と願う)空色の澄んだ瞳を見つめて教える。
「求める意味を間違うなよ。求めるのは、無いからじゃない。今以上に大きくなるためなんだ。
無いことに気が付いて、誰もが求め始める。だがその時は既に、無い地点を出発している。求めに出かけているんだ。お前はもう、無い状態じゃないんだ。分かるか」
「はい。分かると思います」
「そうだ。お前は、無かった場所を出発している。手に入れる物がどこにあるか、探している。
しかし、その手は常に、小さくても、それまで持っていなかったものを掴み、その足は新しい限界を越えているんだぞ。自分を信じろ」
低い優しい声に、フォラヴは微笑んだ。白い肌が温泉の熱で少し赤くなっていると、妖精の騎士は年齢よりもずっと若く見える。
タンクラッドは少年のような彼に、ニコリと笑うと『大丈夫だ。お前は選ばれたんだ』と自信を付けさせた。
ミレイオはじーっと見ていて『そんなこと言えるのねぇ』と冷やかして笑う。
フォラヴの横で聞いていたシャンガマックは、自分にも言われているように感じて、彼らの話をしんみり聞いていた。
ドルドレンとイーアンは、別の扉が開いているので、ドキドキしながら二人を見ていた(※似たもの夫婦)。お子様だけが、『ちょっと熱くなってきた』と、ミレイオに上がるように訴えていた。
お読み頂き有難うございます。
本日は、この朝の回と、夕方の2回投稿です。お昼の投稿がありません。
いつもいらして下さっている皆様に、心から感謝します。
どうぞ良いお休みをお過ごし下さい。




