813. 黄色い岩の温泉で ~一っ風呂前
午後の道は、シャンガマックが誘導するため、寝台馬車が先を進む。
シャンガマックは、ザッカリアが風呂に入れた方が良いと思っていて、宿泊施設以外で入れる環境 ――温泉くらいしかないが―― が、あるなら、そこに立ち寄れるよう道順を組んでいた。
民家の息子さんに教えてもらった、本部までの道のり。それと温泉の場所。大きな通り。食料の買出しや宿のある町、村の場所は、地図に印を付けてある。
それを昨晩見直して『民家から本部まで10日ほど』と言われていたのも考慮して、同じような距離で進める道の候補を2つほど選んだ。郵送施設は町以外にも、街道沿いに集荷所があるから、それも入れた。
先ほどの郵送施設は集荷所で、思ったよりも融通が利くと分かったので、安心して予定した道順を進むことにした。
集荷所に入った道をそのまま進んで、更に岩山の見える左へ方向へ折れる道に入る。温泉はその先にあると、息子さんは話していた。岩場が続いて真っ直ぐ道なりで、道が終わる場所がそうだとか。
地元の人間が利用していたようだが、魔物が出たことで恐らく誰も行かないだろうという話。
魔物退治で来ている自分たちは、魔物が出れば一仕事。その後、温泉でザッカリアを温められたら、それで今日の風呂は済む。それに、もしかしたら。
エザウィアの名のこの辺は、精霊が遊びに来ると言っていた。自分が呼ばなくても、会うことが出来たら。そうした偶然も、少し楽しみに思いつつ。
褐色の騎士は、街道の分かれ道から大凡1時間と少しと聞いている、温泉の湧く岩場へ馬車を向ける。
荷馬車の中では、イーアンとミレイオが縫い物。ひたすら縫う、グィードの皮。イーアンは親方用グッズ。ミレイオはイーアンの相談を聞いて、イーアン用パンツ(※ズボン)。
「ミレイオは、グィードの皮も全く平気ですね。クロークのフードも作ってくれたけれど、その時も」
「今更何よ。全然大丈夫だわよ。グィードの皮なんか、私でも着たら強くなれる気がするくらい。これ、特別よ、やっぱり。龍の皮の上着はちりちりする・・・時も、まだあるけど。グィードは私に向いてるかも」
そうなんだ、とイーアンはミレイオの手元を見つめる。
ミレイオは龍(※ミンティン)に触っても平気だし、イーアンを最初から撫で回したり抱え込んだりしても、体には無害だった。上着の皮を身に着けた時、本人曰く『ちりちり』したらしいが、それも深刻ではない。
普通のサブパメントゥなら。イーアンが一番苦手な龍気の相手だと思うし、ミンティンも微妙なラインだろうが、ミレイオは順番的に逆で、龍の皮の上着が体感する違和感>ミンティンはまぁまぁ>イーアンは長く、くっついても無事・・・である。
言ってみれば、龍気がちりつく加減は『1に上着で、2にミンティン、3・4がなくて、5にイーアン』・・・・・ 自分は最下位か、と思うイーアンだが、この場合は最下位で良いのだと思い直す。
こんなことで、ちくちく縫いながらミレイオに話す、お空の意見。イーアンには、サブパメントゥ寄りの要素があるのではと言われた話をすると、ミレイオは興味深そうに目を向けた。
「それ。誰が言ったの」
「ビルガメスです。彼は前もそんなことを言っていました」
「ふぅん。そう思うんだね。私も前から、そう思っていたけど。あんた、貴重よね。龍で一番強いのに、サブパメントゥにも何か近いって言うか。似てるところある」
そうですか?と訊ねると、ミレイオは普通に頷いて『じゃなきゃ、ヒョルドも近寄らない』と言った。
「取り付く気なら分かるし、相談があの時、あいつの目的だったけど。でも男龍が相手だったら、絶対、側になんか行かないわよ。あいつは見たこともないと思うし、考えたこともないと思うけど。
気配よりも、もっと・・・こう。本能的なものかな。ヒョルド、あんたが怒っても何してもヘラヘラくっ付いてきたじゃない。サブパメントゥが、相手が龍って知っても警戒しないなんて、多分そうないわよ」
「ミレイオは?私たちは、ミレイオがサブパメントゥと後から知りましたが。ミレイオが私と出会った時には」
「好きになっただけよ。あんたが何だかカワイイから。面白い子って思ったし。龍なんて考えなかった。
っていうか、あんたから龍気感じてなかったと思う。角生えたら格段と違ったけど、それまでは」
ミレイオは首を振って、気にならなかったと教えた。
それを聞いたイーアンは、ふむふむ頷き『それ、私がサブパメントゥに近い龍気だとしたら、分からない可能性はありますか』と別の質問をした。これが大事のような。
頷くパンク。『もしそうなら、それはそれで感じるだろうけど、ビルガメスたちの龍気とは違うわね。これみたいに。うん、気にならないって意味では似てるのか』手に持った海龍の皮を少し持ち上げた。
「だからね。ビルガメスが気がついたのは、合ってるかも知れない。確かめようがあるのか分からないけど。あんた、グィードみたいな龍なのかも。空も地下も相手に出来るような。
でもまぁ。さすがに、直にサブパメントゥに触るわけいかないと思うけどね・・・・・ 」
コルステインのことを思い出したミレイオは、ちょっと笑ってそう言いかけ、それからすぐに『サブパメントゥに攫われた』話を思い出して、笑顔を引っ込める。
イーアンはその表情の変化から気が付き、二人は少しの間、目を合わせて黙った。ミレイオは『夜ね』と話をすぐに終えて、微笑む。『夜。ゆっくり教えて』それでいい、と言うパンクに、イーアンは有難く配慮を受け取り、縫い物を続けた。
ドルドレンと親方は、御者台に並んで座る。親方チクチク中。ドルドレンは苦笑いで頷き続ける時間(※説教)。
出発してから、何も言わずに御者台に乗り込み、馬車が動いたくらいで説教が始まった。親方は説教のつもりはないけれど、ドルドレンからすると小舅。
「ミレイオに警戒しないのは、分からんでもないが。いくら何でも脱いだりとか、そんなのは許すべきじゃないだろう。イーアンは空でも脱いだんだぞ(※語弊)」
親方ダイナマイト発言にビックリするドルドレンは、さっと振り返って『どうしてそんなことを』と、それしか声にならない。
灰色の瞳をまん丸にして、自分を見つめる総長に、親方は気の毒そうに頷く(※誤解を大きくする行為1)。
「昨日な。テイワグナに温泉があると、その話をイーアンにした。温泉があれば一緒に入ろうと、俺は言った(※堂々とし過ぎて、ドルドレン更に驚いて固まる)。
するとな。イーアンは『皆が温泉に入るなら、自分は空で水浴びする』と答えた。それは、この前もそうしたからだ、と。
驚いた俺は、誰と一緒だったのかを聞いたが、彼女はファドゥに連れて行ってもらって、龍の水浴び場で、川の水浴びをしたと話した」
親方発言に、ドルドレンは困惑中。
イーアンが空で水浴びしたのも知らなかったし、親方が愛妻に『温泉に一緒に入ろう』と、堂々、自分の前で言うのも信じられなかった(※幾ら天然でも、軽くショック)。
そんな総長に、親方は小さな溜め息をついて眉根を寄せる。
「だから。お前がしっかりしないと(※自分は放置してもらってるけど)。例え、龍と水浴びとはいえ・・・ファドゥは離れた場所で見えるわけない、と言っていたが。もう少し、気にさせた方が良いだろう。
イーアンは順応力が高いから、これはこういうもの、と思い込むと、あっさりこなしてしまう。それはお前が手綱を取らず、彼女に優し過ぎるのもあると思うぞ(※親方は自分の立場が分かっていない)」
ドルドレンはショック。かなりショック。
イーアンが水浴び・・・でもまぁ。龍と一緒なら良いか、と思うし、ファドゥの印象は覗き見するような性格ではないだろうし(※ちょっと見てた)。
彼女は多分、人のいない場所を選んだのだ。それが龍の水浴び場だっただけのように思う(※後で聞くことにする)。
だから、これに関しては理解が出来なくないものの。
問題は、タンクラッド(※横恋慕)。彼の発言の方がショックである。
どうしてこの人、こんなに全然、全く気にしないんだろう・・・俺がいるのに。俺が横にいて、俺に話しているのに。
俺に困った顔して、『お前がしっかりしないと』とか言っちゃうけど、自分が人(←俺)の奥さんと風呂入ろうとしたこと、平気で言ってる・・・・・
ドルドレンには、天然タンクラッドをどう扱えば良いのか分からない(※大体の人がそうなる)。
うーん、うーん悩む総長に、同情の眼差しを向けるタンクラッドは、彼の肩を撫でて『お前は優しいからな。難しいだろうけれど』と理解を示し(?)でも、頑張れと励ました。
後につく馬車の御者台に座る二人が、真面目な話をしている様子を見るフォラヴは、彼らがいつの間にか、心を打ち解け合う相手になったことを微笑ましく思う(※博愛の理解によるとこうなる)。
ザッカリアに勉強を教えながら、自分の悩みを気にしないように過ごす時間。妖精の騎士は出来るだけ、悩みに囚われないよう、そこに目を向けない時間を作ることに勤しんだ。
ふと、硫黄の臭いが鼻に付き、ちょっと外を見た。『おや。ザッカリア。もしかすると温泉かも』外は黄色がかる岩場で、硫黄の臭いも強くなる様子。
温泉へ近付いていると分かるので、子供にそう言うと、ザッカリアは目を丸くして喜んだ。
「温泉!イーアンとお風呂に入るんだよ」
「え。イーアンと。あなたが・・・一緒に入られるのですか」
そう!ザッカリアは喜んで、温泉に来たかったんだと妖精の騎士に、満面の笑みを向けた。
彼らが一緒にお風呂に入ったことがあるのを、知っているとはいえ。フォラヴは困る笑顔で返し『そうでしたか。では、思うに。間違いなく、温泉に入ることになりましょう』そう言いながら、苦笑いが浮かぶ。
馬車はゴトゴトと、少し石の粗い道をそのまま進んでいく。馬車に乗る皆は、特有の臭いに誰もが温泉と気付き、これは旅の一っ風呂かと楽しみを過ぎらせた。
そんなことで、馬車は止まる。シャンガマックは後ろを振り向いて『着きました』の声をかける。荷台からフォラヴとザッカリアが出てきて、数歩走って止まり『わぁ』と目の前の光景に驚く。
すぐにドルドレンとタンクラッド、後ろからミレイオとイーアンが出て、皆は目の前の様子を暫く眺めて感嘆の声を漏らす。
温泉は黄色い岩に包まれて、突出した岩場の内側にあるのが見える。面白いのは、温泉の色。緑色と青い色を湛え、白い湯気に黄色が混じる。岩は湯の付いた場所がオレンジ色に変色しており、何とも目に豊かな色彩だった。
皆は少しずつ散らばって、それぞれ気になるところを調べ始めた。色や、温度、触った感じ。
イーアンの記憶では・・・以前の世界で、これと似た様な温泉が、思い出されてならなかった。あれって。入っちゃダメなんではなかったか。水質が人体に危険とか、そんな話を読んだことがあるような・・・・・
すごーく気になる、有害説。どうなんだろうと心配で眉が寄る。
地元の人が、本当にここを利用しているのか、シャンガマックに訊ねてみると、彼はニッコリ笑って『綺麗な色の温泉だと聞いた』と教えてくれた。
「民家の息子に聞いたとおりだ。想像が付かなかったが、これほど見事とは。湯の色は青にも緑色にも見えるし、大地は夕焼けの色と黄色で統一されていると。そのままだ」
「ま~・・・そう~・・・ あら~・・・どうしましょうね・・・・・ 」
イーアンは悩む。地元民がこの状態の温泉に浸かっていると、情報を貰ってしまっている。ということは、入れると判断するべきなのだろうが。でも、体痛くなったらどうするんだろうとか、異様に心配(※日本の温泉は透明とか白濁の印象)。
「入ろう」
シャンガマックは少し恥ずかしそうに、イーアンに言う。
え。イーアンが振り向くと、笑顔のシャンガマックはシャツをガバッと脱いだ。イーアンはビックリして、走って逃げた。
シャンガマックとしては、ちょっと大胆な行動に出たと思うものの、別に脱いでどうこうする気などなく、悩んでいるイーアンに『入れるよ(※部活のノリ)』で示したつもりだった(※この方も軽く天然)。
脱いだシャツをそのままに、逃げたイーアンの後姿を見つめる褐色の騎士(※逃げる先はミレイオ)。
シャンガマックは、イーアンが男龍といつも一緒なので(※男龍=全裸)そういったことは気にしなくても大丈夫のような気もしたのに、何だか一人、恥ずかしい思いをして寂しくなった。
これを見ていたドルドレンは複雑な気持ちで、彼の悲しそうな顔を見て、側に寄り『いきなり脱げば、そりゃ驚く』とちゃんと伝えておいた(※コイツも天然部分があると理解)。
イーアンを抱き止めたミレイオは、『ひぇ~』と情けない声で走ってきたイーアンに笑い『シャンガマックは変なこと考えない』そうでしょ、と言い聞かせる。『普通に、温泉入ろうって思っただけよ』脱いだ意味を教えてから。
「あんた。私が脱いでも平気じゃないの・・・って、私は人間扱いしてないの?!」
笑って言いかけたミレイオは、自分が人間じゃないからかと、イーアンに疑いの眼差しを向けた。
イーアンはこっちも驚いて『そんなことはない』と必死に宥める。ミレイオは『前にもこんなことあった』と苦しげに眉を寄せて抗議した。
そんな二人を見ながら、親方は『ミレイオは人間じゃないのに』と呟きつつ、側から離れてお湯に手を入れる。そして、数秒してからそっと手を引き抜くと、そのまま馬車へ戻った。
「タンクラッド?」
フォラヴは彼がなぜ馬車へ戻ろうとしているのか、気になって名前を呼んだ。親方は、ちょっと振り向いて『いるぞ』と一言答えた。
妖精の騎士はその言葉に目を見開き、急いで湯の中を見る。湯には何もない。さっと見渡しても、何も変なものはない。それから、イーアンとミレイオを見たが、彼らも自分たちの話に夢中で(※宥めてる)何も感づいては・・・・・
その時。フォラヴの足元から血でも吸い取るかのような、ぞわっとする冷たさが這い上がった。飛び退いて『危険です』と叫ぶフォラヴ。
皆がその声に振り向いた時、馬車から親方が出てきて『退いていろ』の命令と共に、金色の大剣を抜く。
「俺がやろう。休んでたからな」
彼が剣を向けた先は温泉の一つで、温泉は少しずつ泡立ち始め、その動きに合わせるように、彼の金色の剣の柄頭は赤い光を揺らしていた。
「これは俺の仕事だ。お前たちじゃない」
タンクラッドはそう言うと、温泉に向けて、剣を振り上げて剣身を勢い良く下ろした。彼の剣から金色の光がほとばしり、光は湯を撥ね上げる。撥ね上げた湯のすぐ後、地震が起こった。
足元を震わす大きな揺れは、次の瞬間、温泉の中から立ち上がった大きな黒い姿に変わる。
それは形だけは龍の様子を持ち、しかし、すぐに気が付くのは、身の崩れた生き腐れの魚のそれにも見える肉体。崩れてぶら下がる肉や皮が揺れながら、下に灰色の骨が出ている体だった。
タンクラッドは笛を吹く。他の者に馬車へ下がるように言うと、ドルドレンが『一緒に』と叫んだ。親方は『違うぞ、ドルドレン。これは俺の相手』何かを知っているように、そう伝える。
ドルドレンは躊躇いながらも、腕に触れたザッカリアを抱き寄せ、部下たちと一緒に馬車へ下がった。
イーアンとミレイオは、これまでと何か違うものを感じて黙っていた。それに、タンクラッドが自分から告げたように、何かあるのだろうと・・・どこかで分かっていたので、ここは見守ることにした。
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