811. テイワグナから初発送
午前の道は静かに過ぎる。
時々、民家の馬車とすれ違ったが、彼らは派手な馬車を見ても『どこから来たの』と馬を止めることなく笑顔で訊くだけだった。
素朴な地元民の問いに、馬をゆっくりにしてから『ハイザンジェルだよ』とドルドレンが笑顔で返す、そんな和やかなやり取り。
すれ違った馬車も3台くらい。広くて民家が散らばっている地域だからか、本当に街道にも人が少ない。
魔物の影響もあるから、外出を控えているのかも知れないが、ハイザンジェルよりも伸び伸びした雰囲気を感じた。
そうして、辻が見えてきた。行き先は右だが、左へ折れるようにとシャンガマックに言われているので、馬車は左へ向かう。
10分も進むと、なだらかな坂の向こうに建物の影が見えた。幾つか点在する建物と、周辺に見える民家らしき家の様子を、離れた丘から見つめるドルドレンは、一番大きそうな建物へ馬車を進めた。
施設の前まで来ると、間違いないと分かる。時間が昼に近い午前だからか、馬車は出払っているようで少ないが、ここだけ人が多くいるし、皆が荷物を持っていた。
シャンガマックが来て、表の看板を見ると『ここですね』と総長に教える。頼もしい部下に感謝し、ドルドレンはイーアンを呼んで、馬車を停めてここから荷物を出すように伝えた。
「その前にちょっと聞いてこようか。送り状を見せて確認する。代金を支払う可能性もあるから」
ドルドレンに言われ、イーアンはカバンを取りに行き、入国前に揃えて入れた発送準備セットを持ってきた。シャンガマックも一緒に付き添い、まずはハイザンジェルに送る手続きの確認。
建物の中に入って、10数人いるお客さんらしき人たちの向こう、カウンターに並んだ職員を見つけると、3人はカウンターに行って用事を伝えた。
褐色の肌のおじさんは、同じような肌の色のシャンガマックと会話して『ハイザンジェル』と聞き返した。
それから机の脇に重なっている紙を一枚出し、並んだ欄を指でなぞりながら『ああ・・・』の一言。何となく微妙なその声に、シャンガマックはどうしたのかと訊ねる。
「えー。受け付けることは出来るんですが。どうなんだろう。
ここの地区の施設だと、ハイザンジェルには山越えの国境から向かうんですよ。魔物が多いって聞いてるので、もしかすると暫く届かないかも知れない」
「それは。いつ着くか分からない、という意味か」
そうですね、とおじさん。それに国境でも、ハイザンジェル側が受け付けないかも知れないし、と懸念を話す。
『ハイザンジェルもそうだったんですが、あちらの国で魔物が出た時。やはり隣国は輸出入に過敏になったんです。テイワグナに魔物が出たとなると、ハイザンジェルの国境警備がどう扱うか』とのこと。
シャンガマックは総長を見て『そうでしたか?』と確認。ドルドレンは首を傾げ『いや~?』そんなことないけどと呟く。
イーアンも伴侶の不思議そうな顔を見て、理解出来る。
だって。いなかったのだ。ハイザンジェル側に、国境の警備する人たち・・・一人もいないどころか、施設さえなかったと思うが。どうなのそれ、と思う部分。
「あなた方は、ハイザンジェルの人?あっちから来たの?だから荷物を出したいのですか?」
「そうだ。ついこの前、テイワグナに入国した。だから俺の情報は新しいと言うか、ふむ。
ハイザンジェルは、国境に直に警備隊がいないのだ。循環見回りで地域を担当する騎士修道会が、全部を担っているから、国境地区の税関施設に通すまで、特に引っ掛からないと思うが。税関施設も騎士修道会が入っているだけだし」
「そんなことないでしょう。魔物が出たって噂は、とうに回っていると思うので。ハイザンジェルも魔物が出るから大変でしょう?テイワグナから余計に入ってきたら、そちらも困るだろうから、何か対策を」
「そのな。俺が騎士修道会の総長だ。だから言えるのだ。ハイザンジェルの魔物は落ち着いた頃で、それで俺がテイワグナに派遣され、魔物退治業務だ。突然、こんな話をすると思わなかったが、本当だ」
えーーーっっ!!! おじさんビックリ。
「そうなの?お兄さん、総長?凄いじゃないの(?)!そんな若さでっ。いや、うちの息子も同じくらいの年だろうけど。いや、だからカッコ良いのか~」
お兄さん、カッコ良いものね!とか、違うことで総長と認めたおじさんは、自分の情報(←息子持ち)も漏洩しながら、ドルドレンの言葉に大声で感心する。
ドルドレンはちょっと恥ずかしくなり、咳払いして、周囲の人々の視線が向いているのをさっと見渡すと『少し静かに』とおじさんに頼んだ。
「そういうことだから。そのな、えーっと。何だ。ハイザンジェルに仕事で荷物を送るのだ。
ちょっと、これを見てくれ。イーアン・・・はい、有難う。これだな?これだ。この国章が入った送付状を使いたいのだが、これだと国が精算して後からテイワグナに支払う取り決めになっていて、俺たちは発送料金が掛らないはずなのだ。どこまで聞いている?」
おじさんは送付状を見て『見たことないな』と眉を寄せつつ、でも何か引っ掛かっているように『ちょっと待って』と席を立った。
ドルドレンたちが待たされていると、おじさんは若い男性を連れて戻ってきた。彼に送付状を見せ、事情を話し始めると、若い男性はすぐに『ああ、これですよ』ポンと手を打った。
そして壁際の大きな引き出しから、数枚の紙を持ってきて『これです。この前、警護団が持ってきたこれと同じです』と教えた。来客の3人にも見せて『同じですよね?』の確認。それは送付状の見本だった。
「一応、確認の為にお名前と所属というか。どこに発送するか伺って良いですか」
「俺は騎士修道会総長ドルドレン・ダヴァート。ハイザンジェルの魔物資源活用機構に宛てて、荷物を送る」
「はい。完璧です。で、もう一方、いらっしゃいますか?あの、えー・・・総長ではなく、その人が機構の副理事長と聞いているのですが」
ドルドレンはぴたっと止まり、シャンガマックを見た。シャンガマックはさっとイーアンを見た。おじさんと若い男性は、イーアンを見て『お名前は』と尋ねる。
イーアンは『イーアンです』としか言えない。ちっちゃく名前を言うと、若い男性は頷いて『はい、合ってます』とにこやかに了解した。
「総長は、付き添いと聞いています。副理事長のイーアンという女性が・・・あなたですね。あなたが、この送付状の管理と使用をされるって。内容物も大体は伺っています(※ここで若い男性は苦笑い)。
あの。先にこちらが名前を訊くと、違う人の場合はマズイので。それで確認しました」
なるほど、とイーアンは思う。意外にしっかりしてる確認で何より。ドルドレンも、田舎の割にはこんなこともあるんだ、と思った(※警護団がズルズルだったから)。
「イーアンは副理事長だったんですね」
シャンガマックが囁きで総長に聞く。『何か、イーアンの方が偉い立場みたいですよ』ちょっと笑う部下に、ドルドレンは首を振る。『そこじゃない。彼女が副理事なら、理事は甘っ子。それが問題だ』苦い顔で返した。
知らない間にフェイドリッド(※甘っ子王様)と関係が出来上がっていたことに、イーアンも複雑。そして『副理事長』が、どっか行っちゃってて良いのだろうか、と。それも気になった(※ダメだと思う)。
そんなことで。田舎の郵便とはいえ、意外にも良い対応を受けることが出来た3人は、荷物が大きいから、運ぶ箱の相談もする。
荷物を確認するため、若い男性が一緒に来てくれて、馬車の中の岩(※にしか見えない)を見ると『木箱でよければ』と外箱の用意をしてくれることになった。
親方が運び出して、若い職員の案内で用意された木箱に岩(※魔物)を詰めると、蓋を打ち付けて、いざ発送準備。
「輸送標識と安全標札を貼りたいです。何か・・・貼るものはありますか」
「あ。糊?ありますよ。ちょっとお待ち下さい」
イーアンが見せた札に、若い男性はすぐに糊を取りに行ってくれた。若いので動きがきびきびしている。あっという間に戻ってきて、彼はイーアンから受け取った標識と標札を糊付けすると、木箱に貼った。次は送付状に送り先を書く。これはドルドレンにお任せ。
「それと。送付状ですか。これですね。これも貼りましょう・・・えー。二枚重ねなので、炭板を挟みます。ここにお名前と宛先を書いて・・・はい。では、上の一枚はお取り置き下さい。これで良いかな」
なぜかイーアンよりも良く理解している職員に、てきぱき流してもらって、イーアンは番号札を最後に思い出し(※危なかった)慌てて番号札を渡す。
職員はそれも理解して、もう一度、紙を重ねると最初の番号『1』を書き込み、番号札も木箱にくくり付けてくれた。
素晴らしくスムースに運んだので、お陰さまでお昼前に完了。
最後に若い男性は、イーアンに握手を求め『魔物を活用する仕事なんて凄いですね!頑張って下さい』笑顔でしっかり握手して、応援の言葉をかけた。
ドルドレンは『早く離せ』と念じながら、無表情でそれを見ていたが、イーアンはちゃんと笑顔でお礼を言い『テイワグナの皆さんのために頑張る』と約束していた。
若い職員が握手を離さずに、イーアンに『女性なのにすごい』『ハイザンジェルは行ったことがないけど、どんな場所』『あなたを見ていると、憧れた龍の女を思い出す』とあれこれ・・・最後の言葉は気になるものの、話しをやめる気配がないため、ドルドレンは彼の肩を掴んで振り向かせ、手紙を渡した。
背の高い総長が真面目な顔で『これも出しておいてくれ』と手紙を持たせたので、若い職員は少し驚いたものの、すぐに受け取り送料を請求した(※切手代自腹)。
目の据わるドルドレンは、お金を渡して、抑揚のない声でお礼を言うと、イーアンと部下を連れてさっさとその場を立ち去る。
若い職員は離れていく馬車に手を振りながら『イーアン、頑張って下さいね!』と、最後まで応援してくれた。
御者台に座ったイーアンも笑いながら手を振り返し、見えなくなったところでドルドレンに『あまり握手をしてはいけない』と注意された。
「親方やオーリンには慣れましたのにね。握手は応援でしたよ」
「そういう話ではないのだ。タンクラッドとオーリンはもう、ある意味諦めた(※天然だから)。だが赤の他人は諦めないぞ。俺の奥さんだ。そうそう、ぎゅうぎゅう握手されてたまるか」
ハハハと笑うイーアンに、ドルドレンは肩を引き寄せて『ダメ』ともう一度告げる。そして、最近思うことも序に言う。
「イーアンは最近。俺が女に集られても、怒らなくなった。嫉妬しないのだ」
「嫉妬。された方が良いですか。最初の頃はそればかりで、あなたを困らせていました」
「そうだ。困っていた。だが全くなくなると、俺に興味が消えたのかと思ってしまう」
「何でそうなるのですか!そんなわけないでしょう。嫉妬しないように成長しているだけです」
何言ってるの、と驚くイーアンに、ドルドレンは寂しそうな顔で、片腕に抱いたイーアンの頭に頬ずりする。
「だって。男龍は皆あんなカッコ良くて、全員ムキムキイケメンで(※ドル視線憧れ)皆がイーアンが大好きだ。しょっちゅう抱きかかえられては、頭にちゅーされているし、イーアンは男龍がいるから、もう大丈夫になったのかと」
「ドルドレンは何を言っているのか。何かありましたか?
彼らは彼ら。私が卵を孵す存在だから、皆さんで大切にして下さっているだけでしょう。
私の気持ちが男龍になびいたから、嫉妬しないなんて、とんでもないことを言わないで下さい」
「それに。昨日の男もそうなのだ。俺は見ていないが、タンクラッドが教えてくれた男の姿は、腰巻一丁の筋骨隆々で大きな体のイケメンだったと」
「イケメンかどうか知りませんけれどね。腰巻で登場したのは本当ですよ。でもあんなクソヤロウ(※ニックネーム=注:仇名)なんて、あなたが気にすることありません。ぜーんぜん無視して構いません」
何やら口調が怪しくなった愛妻に(※未婚)ギョッとしたドルドレンは、さっと顔を離して、彼女の顔を覗き込む。
『クソヤロウ、などと言ってはいけない』恐る恐る宥めたつもりが、注意されたと捉えた愛妻に睨まれた(※失敗)。
「クソヤロウです。名前も知らないし。言わないし。図々しいし。自己中だし。あんなのクソです」
「クソ・・・って。イーアンは女の人だから、そんなことを言ってはいけない。ジコチューって何」
「自己中心的。自分のことしか考えていません。自分の利になることだけのために、相手も使う。そんなヤロウ」
ドルドレンは急いで、ちゅーっとして黙らせる(※怖い愛妻は夢に出る)。イーアンは目が据わっていたが、ちゅーでちょっと笑顔が戻った(※単純)。
とりあえず、愛妻に嫌なことを思い出させたと分かったので、ドルドレンはこの話題を打ち切ることにした。
イーアンが、自分にやきもちを妬いていた頃を、最近よく思い出す。
本人曰く『成長した』ためにか、嫉妬の態度の欠片さえ、なくなっていることに気付き、少し心配しているドルドレン。もう少し突っ込んで、イーアンの気持ちを聞きたいところだった。
彼女が自分だけを愛しているのは、魂で感じているのに、周りがカッコイイ男だらけになったわ、頼もし過ぎるわ、で。その上、彼女自身もめきめき強くなっていく様子に、ちょっと不安を感じる。
ミレイオが来たら相談しよう・・・(※ミレイオ相談所)そんなことを思いながら、横に座るイーアンを片腕に抱き寄せていた。
馬車は昼の休憩場所を求め、街道の脇に寄る。疎らに並ぶ木の間に寄せた、馬車の向こうから、ギンギラギンの服を翻す姿が近付いていた。
お読み頂き有難うございます。




