809. 獅子と女龍の交渉
民家で仲間が『イーアン連れ去り事件2』について、どうしようと話し合っていたのも、思ったより早く終わる。
家の中にいたタンクラッドは、夕焼けが濃くなる窓の外に悲しそうに顔を向け、すぐにハッとして目を見開く。『イーアン』彼はそう言うと立ち上がって外に急いで出る(※センサー付き親方)。
「何だって?イーアンが戻ったのか」
ドルドレンもビックリして後について外へ向かう。わらわらと騎士たちが外へ出ると、向こうの空から白い翼を広げて飛ぶイーアンが見えた。
「イーアン!イーアン!お帰り、イーアン」
泣きそうになりながら、愛妻の名を叫び、走って行くドルドレン。タンクラッドも名前を呼びながら、彼女の姿に飛びつかんばかりの勢いで駆ける。部下は二人に任せて、走らなかった(※待っていれば来る)。
イーアンが降りてくると、ドルドレンが目一杯跳んで、その胴体を抱き締める。ちょっと笑ったイーアンが腕に伴侶をぐっと抱いて、ゆっくりパタパタ降りると、横からタックルのように親方がしがみ付き、体勢を崩して3人は転がる(※痛ぇっ!て叫ぶ)。
身を起こしたドルドレンが怒って、何てことするんだ!と喚くが、タンクラッドはイーアンをがっちり抱きしめて『すまなかった。悪かった。俺がいたのに』総長の声なんか何も聞こえず、イーアンに頬ずりしながら謝り続けた(※イーアンは下敷きなので重い)。
「タ。タンクラッド。ちょっと。重い。重いです。助けて」
ぐぬぅと呻くイーアンの潰れる声に、親方はようやく気がついて慌てて起こしてやり『早く言え(※人のせい)』とイーアンの髪を撫でて、困った顔をした。横ではドルドレンがきーきー怒っている。
イーアンは、よっこらせと体を起こすと、伴侶に落ち着くように言い、親方にも『気にするな』と伝え(※男らしいイーアン)手短に戻った理由を告げた(※業務的)。
「はい。ではね。用件ですよ。私はもう一度、交渉に出向きます。でも」
「何で?戻ってきたのだ。もう行ってはいけない」
親方の腕の中から愛妻を引っ張り出し、ドルドレンは隙間なくしっかり抱き締めて『行かない!』の一言を顔真ん前で告げる。イーアン目がまん丸。
「行ってはダメだ。何されるか」
「何もしないはずです。約束しました。交渉だけです。私の龍気で具合が悪くなってしまったから、休んでから交渉なのです」
何それ~ ドルドレンは眉を寄せる。タンクラッドも意外そう。『え?お前の龍気で?平気そうだったじゃないか』さっきのヤツだろ?と同一人物かどうかを訊く親方。イーアンは頷く。
「そうです。男龍にも言われましたが、私の龍気を当てて無事なサブパメントゥは少なそうです。ミレイオは特別って。だから手加減するように、と言われていたのですが。
グィードの皮を着ていない私は、触っただけでも辛かったみたいで。ぐったりしています」
「攫ったくせに・・・あんなナリして。ぐったりとは」
そんなヤツに動きを封じられたのかと、親方の顔が曇る。ドルドレンはどんな相手か見ていないので、見た目が強そうなんだろうな、としか思わない。
イーアンは、とにかくそういうことだから、と二人に言い、民家の建物の外で待つ、こちらを見ているフォラヴたちに手を振って『もう少し出かけます』と大声で伝えた。
「それではね。二人で交渉、と約束しました。どなたも追跡されないで下さい。約束ですから守らないと。コルステインが来ても、もし気にされたら、私のことは大丈夫と言っておいて下さい。
長く掛らないと思いますが、先にお食事食べて下さいね」
じゃあねドルドレン。ベッド試して下さいね、親方・・・・・ ぼうっとしている男二人に、必要なことを全部伝えると、イーアンは立ち上がって翼を出し、また飛んで行ってしまった。
彼女が夕焼けの光に見えなくなるまで見つめた後。
ドルドレンは親方の顔を見て『どんな相手だった』と様子を訊ねる。タンクラッドは少し考えて、見たままを教えてやった。
ドルドレンの眉間にシワが寄り『何だと~~~』歯軋り混じりの悔しそうな声が漏れる。溜め息を吐くタンクラッド。
「お前の気持ちは分かる。男龍もだが、人間以外がなぜか、やたら男らしいヤツが多い」
「俺だって!俺だって、背もあるし、筋肉も付いてるのに!!そこそこイケてる顔だと思うし」
「悔しがるな。俺もお前と同じような気持ちだから。分かるから」
親方は、見知らぬ男前にわぁわぁ怒るドルドレンの服に付いた草を、ぱっぱと払ってやり(※自分がすっ飛ばしたから)『怒ると負けを認めたみたいだぞ』と言って聞かせ、ぴたっと大人しくなった総長の背中をナデナデしながら、一緒に民家へ戻った。
片や、女龍と獅子。
戻ってきた女龍に顔を向け、土手に背中を預けたまま、動かなかった男は満足そうに頷いた。翼を畳んで近づいて来た女龍に『戻ったな』一言かけると、無表情で『約束だから』と返る。
「喋れるの?交渉は」
「喋れるくらいにはな。よし、交渉だ。欲しいものを言え。俺が出来ることは選んでしてやろう。仲介にお前が立ち、ミレイオとシャンガマックに俺が質問することを伝え、その答えを戻してくれ」
「欲しいものとは違うけれど。仲介に私が立つなら、私がお前さんに伝える答えを選ぼうか。
そんな顔するな。ミレイオとシャンガマック宛の質問を、私が受け取って質問をする。ここまでは手付かず。
この続きが、私の采配。私が彼らの答えから、何かを選んで、それをお前さんに伝えよう」
男は眉を寄せて『何言ってるんだ。それじゃ何の意味もないだろう。全部の答えだ』と怒る。イーアンは笑って首を振った。
「怒る元気は出たか。何よりだ。でも『欲しいものがあれば』と言うなら、仲介に立つ以上、私が答えを選ぶことを求める」
イーアンの『意味のない交渉』に、男は冗談じゃないと苛立つ。何度もイーアンに『そんなもの交渉にならない』と言い続けたが、イーアンは暮れ行く空を見たまま『少しは得られるでしょ』何てことなさそうに、答えるだけ。
「交渉って言うけど。お前さんが唐突に来て、どこの誰かも分からない状況で、私の仲間の協力を求め、それも私に頷けと言う。これをどんな角度から見れば、お前さんが正当に見えるのやら。
今、私の判断だけで可能な『交渉』をしていることを、よーく考えて頂戴」
ライオン男は、仲間が相手だから力ずくで押し通すわけにもいかない。
いずれ、仲間として参加することになっている相手に、下手なことは出来ないのだ。もしそんなことをすれば、そこから先の大きな扉に自分から背を向けるようなもの。
「くそっ。お前が選ぶなんて。10あるうちの1つしか言わないかもしれない、と前置きされているのに。それに頷かないといけないのか」
「それはお前さんの自由」
「質問は言葉の答えばかりではないぞ。行動も入っている。俺は最初に話した。『やり取りに応じて、彼らを動かしてくれ』とも言った。それはどうする気だ」
イーアンは少し考える。そうねぇと言いながら、首を傾げて一人で想像する時間。
男はそんな女龍を見て、子供みたいな顔をしているなと思う。こんな顔で、牙を剥いてがなり立てる・・・捕まえた時も、体は小さいし細いし、暴れると異常に力が強いが、見ている分には空の最強なんて思えなかった(※なめられるイーアン)。
ミレイオが。なぜこのイーアンを気に入ったのか。気が強くて口も悪い。
仲間には、口の訊き方を気をつけていそうだけれど、こんなガラの悪い面も遠慮なく見せているだろう。あんな(※獰猛)こいつ(※イーアン)で、あの気位の高いミレイオが平気とは。
顔も。素朴だし(※素朴顔なイーアン)。目立って派手なわけでもない。目を引く光が好きで、美的意識の強いミレイオは、こんな(※地味)こいつ(※イーアン)の何に惹かれたんだろうか。
男は不思議に思いっぱなし。何の魅力があるとは到底思えない、地味な子供みたいで獰猛なガラの悪い女龍(※エライ言われよう)が、コルステインと並ぶほどの強さと立場にいるとは。
世界は不公平だなと、嫌気が差す(※イーアン=嫌気が差す存在認定)。
その、嫌気が差した顔をしていた男を、考えが決まったイーアンはちらっと見る。
「なんてツラしてんだ(※男がさらにイーアンを嫌いになる一言)。人が丁寧に考えてやってるのに。
行動を望んだ場合も同じだ。私がお前さんの要求する行動を彼らに伝えるが、彼らの意思が伴う範囲で行う。意味も分からない行動を取らせろ、ってのは無理だ」
イーアンの答えに。男はいい加減、頭に来た。『そんなの交渉にも譲歩にもならんだろう!断られたら諦めろと』怒鳴って言い返す間に、白い爪がひゅっと自分に向けて伸びた。
「お前さんの立場が。信用に値してない。それをとことん理解しておけ。分かってなさ過ぎる。
お前さんは自分が仲間だと言うが、お前さんの満足に付き合う仲間なんざ、こっちにゃいねぇんだよ。
何怒ってんのか知らねぇけど、勘違いすんなよ。こっちは話に乗ってやってんだ。そんくらい、分かれ」
白い爪が光を放つ。じわじわと明るくなる光に、男は苛立ちを浮かべた顔を向ける。『イーアンめ』憎々しげに呟く。
「名前なぁ。お前さん、勝手に呼んでくれちゃってるけどな。てめぇの名前も言わねぇのに、図々しく人の名前でムカついてんじゃねぇ。
お前さんが名乗る日まで。今後私の名前を口にするな。殺すぞ」
「殺すだと?調子に乗るなよ、お前の名前で俺が殺される?こっちが黙って聞いててやれば、つけ上がりやがって」
言い終わる前に、爪は男の眉間に伸びた。男はぐらっと眩暈を覚え、顔を逸らす。『よせ』吸い取られるような脱力感に、爪を離せと命じる。イーアンは半目で舌打ちする。
「私の名は。私の愛する男が名付けた名だ。お前のような自己満足ヤロウに、イラつかれるたびに呼ばれたかねぇんだよ。
そんなどうでも良いヤツの口に、名前が上る悔しさに・・・ある時、うっかり。つい殺しちまうかもしれねぇ。
先に言っといてやったんだぞ。有難く思え。クソヤロウ(※命名:男=クソヤロウ)」
静かに予告すると、イーアンは爪を下げ、夕方の明かりも消えていく空を見て『帰る』と一言呟くと、翼を出した。
「待て。まだ」
「終わりだ。私に用があればこっちまで来て『龍』と呼べ。私の仲間に何かしてみろ。お前が誰だろうが、私は彼らを守るため、喜んでお前の敵になる」
イーアンは怒っていた。言いたいことを言い終わると、6枚の翼を広げ、男を見向きもせずに白い光の玉になって飛び去った。
暗がりが広がる夜の始まり。
男は白い光が見えなくなってから、暫くして自分も根城へ戻ることにした。サブパメントゥに一度降りて、気力を満たしてから、自分の城へ。
戻ってから、腰に巻いた布を取って棒にかけると、獅子の姿に戻った男。集めた遺跡の宝の横に寝そべり、目を閉じてイーアンの言葉を考える。
不思議と。名前の話を聞いた後に、イラつきはなかった。
イーアンが『殺す』と言ったその時は、生意気どころか、身の程知らずに腹が立ったが、その後の言葉に気持ちが変わった自分がいた。
「俺は。ミレイオの名前を。俺の名前を。守った理由が、愛だったことがあるだろうか」
操られては困るサブパメントゥの特性。名前を教えることは極力しない。本当の名前を知る相手は少なく、通り名を教えるのが普通だが、それさえ言わない。
イーアンは。自分の愛する男に名付けられたと言っていた。だから、下手に呼ぶなら殺すと。殺すに値するほど、相手の男への愛が強い。そんなふうに考えたことがあっただろうか。そんなふうに――
「俺の名を。思った誰かがいただろうか」
獅子の体を床に寝そべらせて、男は呟く。
自分がそんな些細な何かに反応すること自体、おかしなことだと、後から気が付くまで。暫くその変化のある気持ちに心を囚われていた。
それは決して不快なものではなく、どこか、ずっと求めていたもののように感じていた。
*****
民家に戻ったイーアンは、翼を仕舞って、ぷりぷり怒りながら民家の扉を叩いた。
おじさんがすぐに開けて、今食事だよと中に入れてくれた。美味しそうな料理の香りに、イーアンは苛立ちを沈め、待っていた伴侶たちに挨拶して、美味しいお食事をご馳走になる。
話し合いの様子を聞かれたので、後で馬車の溜まり場で話すとし、食後に皆を集めて、どのようなことがあったかを伝えた。
シャンガマックは、この話を知らなかったので驚き、困ったように眉を寄せたが、すぐに親方が丁寧に説明して、大丈夫であることを教えた。
大丈夫の理由。それは、この話は男龍が全員(※ファドゥ知らないけど)関わっている・・・それが大きな安心材料であるからだった。親方の話に、シャンガマックは了解したけれど、イーアンに少しだけ非難めいた気持ちを持った。
イーアンはその視線に気が付いてすぐに謝ったが、ドルドレンが間に入り『イーアンは、シャンガマックとミレイオを守るつもりだった』と、彼女を擁護したのもあり、褐色の騎士は頷き、その夜は解散となった。
実のところ。シャンガマックは『自分の知らない間にされた取引』に不快を示したわけではなかったが、それは言わなかった。
自分としては。その相手のことを知りたかったし、呼んでもらいたかった。俺を守るのではなく、俺を対等に扱ってほしいと思った。
俺は、イーアンと対等・・・それは誰にも言えなかったが、彼女の在り方を憧れに思う好意を持つシャンガマックに、守られるだけの自分が感じる『弱さ』は嫌だった。本音はそれだけだった。
解散し、それぞれがお風呂を済ませた、この夜。
コルステインは遅くに来て、グィードにもらって来た皮をイーアンに渡してくれた。イーアンは、優しいコルステインに何度もお礼を言って、嬉しそうな顔のコルステインを見つめ、心から・・・本当にちゅーって出来たら良いのに(※不純)と悲しく思った。
そしてこの後、コルステインと一緒に横になれるベッドが出来たということで、親方は外にベッドを出し(※晴れてて何より)コルステインにも横になるように言い、自分もその横に眠った。
それは非常にイケない感じの構図だったが、誰もそのことは決して茶化しもせず、一言も触れないでいた。コルステインは幸せだった(※翼があるから基本横向き=向かい合うorうつ伏せ)。
イーアンは濡れた皮を吊るし、親方専用お守り作りを翌日から始めることにする。
親方グッズは小さめでも良さそうだし、出来れば多めに余らせて、自分のパンツも作ろうと思った(※快適グィード皮製パンツ目論む)。
碧の目の男のことを度々思い出すものの。それはもう忘れようと決めて、イーアンは伴侶と一緒に眠る。ドルドレンとしては、男前の人攫いが気になって仕方ないが、聞くに聞けず、悶々とした夜になった。
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