806. 旅の九日目 ~親方とイーアン・民家の休日
その日。ザッカリアの熱が下がり、ドルドレンが執務の騎士に命令されて手紙を書き、フォラヴが娘さんとデート(※畑紹介)へ出かけ、シャンガマックが精霊の話を夫婦に聞いて過ごした、静かな一日。
イーアンはタンクラッドと久しぶりに、二人でお話していた。
ドルドレンは嫌がったが(※『放っておけば』)イーアンは、空で聞いた話をしないとならないので、タンクラッドお見舞いということで客室へ。午前に少し、午後は長め。親方は幸せな日。
一日通して伝えた話。いくつかあるにしても、一貫して『今後への対処』である。まずはコルステインとの夜の時間(※表現がこれしかない)。続いて、魔法使いに操られないための処置。そしてサブパメントゥの人攫いとの交渉。
この手の話をしていると、午前10時過ぎに訪れて話し、あっさり昼。昼食後にまた来て話して、あっさり夕方。という具合で時間が過ぎた。
第一話【コルステインとの夜間】については。
「そうか。コルステインとお前が一緒に寝ても。お前は身長が低いから、そこまで体に負担がなかったのかな」
この親方の意外そうな言葉の前。初めに訊かれたことは、『昨晩、どうだった』の質問。
前日夜。イーアンは、コルステインに事情を話し(※『タンクラッドの代わりに私が側にいたいから』)自分が一緒に眠ると伝えたことで、コルステインがそれはそれでと。そんな感じで受け入れてくれた。
朝、体が痛くなかったか?との問いには、思ったよりも大丈夫と伝える。この返答に、親方が『身長もあるのか』との解釈をしたのが、上記の答え。
実際、イーアンがコルステインの胡坐の中で、コロンコロン寝返りを打っても、コルステインは『よしよしナデナデ』して、小さな龍との時間を楽しんだようで、起こされることも抱え直されることもなかった。
「でももし。あれで寝返りが打てないと、きっとタンクラッド状態になります。私は丸まって眠れたので、コルステインの広い股座で寝返りが出来」
それを聞き、目をかっぴらいて驚いたタンクラッドは慌てて遮る。
「うっ。そうだ、ダメだ。ダメだ、イーアン!あいつはイチモツがあるんだぞ。寝返りで顔に付いたら(※露骨)ダメじゃないか!今日はよせ、俺が代わる」
「付きませんよ。ちゃんと顔や頭は覆っているし。それに大丈夫です。あの方、お胸もあるもの」
「お前は胸があれば、女だとでも思うのか!イチモツあるんだぞ!そこで転がって眠るなんて」
イーアンが思うに。胸がある上に、顔が女の人。股はあれだけど、別にコルステインは反応するわけじゃない。男龍と一緒で、あるだけなのだ。
人間の男性に同じことは絶対出来ないけれど、地下と空は人間ではない。感情と体の関わりが異なる以上、イーアンは『そういう種族』としか思わない。
顔を赤くして、何かを想像しているらしい(※羨ましい)親方を丁寧に宥め『早めにコルステインと眠れるベッドを作る』ことで解決しよう、と。そこは押さえておいた。
はーはー、息の荒いタンクラッドの視線に(※自分の股間に寝返りを打つ誰かを想像中)イーアンは無表情で頷いて流し、先へ進む(※100%無視)。
第二話【魔法使いに操られない処置】の話。
「それでですね。今夜はコルステイン。もしかしますと、遅くにいらっしゃるかもしれません。頼み物をしましたので」
「何を?何か頼んだのか?」
「ちょっと話しましたけれど、グィードの皮です。これをあなたにと、男龍が話していた、その理由もお話します。魔法使いに操られ苦戦した、そのことを報告したら。
あなたとシャンガマックにも、お守りがいるだろうとなりまして」
タンクラッドは少し眉を寄せて首を傾げる。『お守り』小さく呟き、同じ色の瞳を見つめて先を促す。イーアンは、ドルドレンにはビルガメスの毛があることを話す。
「フォラヴは妖精の血を引き、ザッカリアも龍の目として生まれて来ている子です。私も龍ですし、私たちは思うに、操られる対象ではありません。人間にない力を備えているからです。人間は操られてしまいます。
ドルドレンも本来そうですが、彼は早い段階でビルガメスに毛を頂いて。以来、彼はそれを身に付けています。だから守られたのですね。
でもシャンガマックとタンクラッドは、それがありません。
シャンガマックも、精霊の力を発動すれば違うでしょうが、彼の場合は『精霊と連携を取る人間』で、普段は人間の状態です。
タンクラッドも時の剣を持ち、その存在は生まれ変わっても引き継がれる特別のようですが、しかし人間の肉体であることに変わりありません。
なので。あなた方2人は操られてしまったという。あの相手は、オリチェルザムの力を受け取った魔法使いだと、ビルガメスは話していました。そんな相手だと、普通の龍の皮だけでは、人間が抵抗出来ないとか」
イーアンがそこで話を一度切ると、タンクラッドは神妙な面持ちで頷いた。
「そうか。ここから先はああしたヤツが、もっと出てくるだろうしな。あいつが塵になる時、頭に赤い石が見えた。コルステインの力の前には粉砕したが。あれがオリチェルザムの。俺の剣もガタガタしていたから」
タンクラッドは、自分を見ているイーアンに言いながら、しかし気掛かりがあることも伝えねばと思う。『お前は。どうするつもりなんだ』少し心配そうに訊ねる親方。
「俺も、何かを受け取った方が良いだろうが。しかし・・・それが理由で確か総長は、コルステインと一緒にいられないんじゃなかったか。俺にそれは出来ん」
「そこが心配でした、私も。その解決策こそ、海龍の皮です。私が着ている、これ。
私はこれでコルステインと触れ合えます。タムズが気が付きました。普通の龍の皮では、コルステインは無理です。それにオリチェルザムの力に対抗するのも、不安はあります。
でも。グィードなら特別な龍ですし、サブパメントゥに影響も与えません。それでタンクラッドも」
イーアンが言い終わる前に、タンクラッドの顔がパッと明るくなり、ベッドの横に座るイーアンの両手を掴んだ。驚くイーアンに、タンクラッドはイケメンスマイル。
「それなら万事解決じゃないか。コルステインも困らない。魔物にも操られない。お前と同じ服」
「タンクラッドは、クロークじゃ熱いでしょうし、私ほどがっちり固めなくても良いので、もう少し身軽な衣服を用意しましょう。服でも防具でも良いけれど」
思いがけないご褒美に、タンクラッドは嬉しくて仕方ない。頑張って体の痛みに耐えたからか!と、大喜びして受け入れた。
それも、イーアンがまた作ってくれる。イーアンと自分の、正当な理由付きでお揃い(※ちょっと違う)!
イーアンは、ドルドレンは襟巻きのように首に巻いているだけでも、魔物に操られていないことから『タンクラッドも、そのくらいの大きさの品で良いのでは』と提案した。
親方は何でも良かった。イーアンが作ってくれて、自分とお揃いの海龍の皮の品なら、何でも。そう言うと、彼女はハハハと笑い『それなら思いつき次第、すぐに作る』と言ってくれた。
そうしたことで、この『海龍の皮グッズ』あれこれを話し合って昼になり、お昼の後にまた来て、イーアンは候補の品を幾つか伝え、タンクラッドもニコニコしながら意見を出し。
久ーしぶりに、自工房でよく過ごしていたような二人の時間を味わうタンクラッドは、帰したくないので、仕事を引っ掛けながら話を長引かせ、3番目の話題に移る頃は昼下がりも過ぎた午後。
第三話【サブパメントゥの人攫いとの交渉】に話が及ぶ。
「もしもですよ。こうしたグィードの皮の品や・・・シャンガマックの場合は、彼の守護精霊からの贈り物ですが、そうしたものを用意していないと、この先は結構、大変に思えます。
魔法使いの攻撃を交わすのが大きな目的ではあるものの、サブパメントゥへの対処も関わってくるからです」
イーアンの話が変わり、味方であるはずの『サブパメントゥの対処』が話題に出されたことで、タンクラッドは浮かれていた気持ちを引き締める。
「その意味は。お前がこの前、攫われた」
「そうです。男龍たちにもこの話をしました。彼らは相手を知っていそうでしたが、多くを私に話しませんでした。あの相手にどう対応するか。それは一緒に考えて下さったけれど。この話も後でします。
話を戻しますと、サブパメントゥの性質に立ち向かえるかどうか、と。そうした部分が問われる場合もあるこれから。
やはり、身を強くする物を手に入れ、それで向かい合うべきと思いました」
タンクラッドは意味を訊ねた。イーアンはそれを細かく教える。
「この前のあのサブパメントゥは、人を操る力に長けている気がします。そして変化の能力も高いような。悪者ではないにしても、人間のタンクラッドやシャンガマックが、いつ操られるか怖いです」
「操られる可能性があるのか?何かそう・・・万が一にでも、その懸念がお前にもう在る、という意味か」
「はい。次回に彼に会ったら、私は交渉をします。その交渉の仕方をビルガメスが教えて下さいました。ただ、ビルガメスの言うとおりに持ちかけると、私を交渉相手に選ばない方向も出てくるのです。
即ち、私では不足だから別の誰かに交渉を」
「それが、俺とシャンガマックにも向けられるかも知れない、と。だな?」
そうだとイーアンは頷く。だから先に手を打っておく必要があり、打った手が功を奏したなら、今後も重視する点であること。それに、もしも使えない方法だったなら、即対処をしないといけないと思うことを話す。
「重視の意味は『有効な方法』の意味だけではありません。有効であった時点で、向かい合う相手の存在を意識しておかねばいけない、その意味も持ちます。
味方になるまでは、誰が敵の一手を担うか分からないのです。敵の一手を引き受ける行為のつもりがないとしても、間髪入れずにそこに本物の敵が入り込んでしまえば、大変なことが起こってしまいます」
「理解出来る。早いところ、防御を整えないとならんな・・・・・ お前。そうだ。その、さっき話していた、ビルガメスの教えてくれた交渉とは何か、訊いても良いか」
重要度をしっかり理解した親方は、自分たちの身に降りかかるかもしれない『交渉』内容を訊ねる。イーアンは、こちらが条件を出してしまうことが基本だと教え、ビルガメスがどう言ったのかをそのまま伝えた。
「ほほう・・・ビルガメスも、そんな人間臭いことを考えるんだな。失礼かもしれないが、いや、ちょっと身近な意見にも思える」
「ね。ビルガメスは知恵の幅が広いのです。凡そ私たちが知り得ないことも、あの瞳の奥に携えつつ。
それでも、私たちのような感覚で、利口とも感じるような・・・そんな人間的な差し引きも考えられるのです」
相手が男龍なので、二人とも言いにくい誉め方に困る。苦笑いしながらも、彼のような大きな存在の出した案に、自分たちなりの誉め方を捧げた(※聞かれたら怒られそうなビクビク感もある)。
そして。この話はもう総長にしたのかと、タンクラッドが訊ね、イーアンは『親方が最初である』ことを教えた。親方優越感。理由は一応、訊いておく(※余裕から)。
「グィードの話をしたので、流れで話しています」
あ、そう。イーアンの答えに面白くないものの。とにかく自分が一番乗りなのは変わらないので、そこは満足することにした。
「タンクラッド。そう言えば。私の話ばかりでしたが、体はどうなのです。昨日は一日、眠っていたようでした。今日は体を起こしていますけれど、痛みはあるのですか」
「ある。勿論、体はそう簡単には治らん。だが、自由に眠れたことと、起きてから幾らか体を動かしたことで、かなり回復している」
風呂も入れたし、と親方は話す。民家でお風呂を貸してもらえたので、イーアンたちは助かった部分。お風呂大事。
『テイワグナは温泉が多いと。主人が話していたぞ。この道の近辺にもあるそうだ』温泉がある場所は、出来るだけ寄りたいと話す親方に、イーアンもそれは大事な癒しと頷く。
「温泉。一緒に入ろうな」
「いえ。無理です」
ニコッと笑った親方の、全く立場を無視した誘いを、イーアンはしっかり断る。親方の仏頂面をじっと見て『無理って分かっているでしょう』と切り捨てた。
「何でだ。お前一人が女だからか。ザッカリアや総長は一緒なんだぞ。そこに俺がいたって(※言ってることがおかしいことに気が付かない)」
「もし。皆さんが一度に、温泉に入るとなったら。私は空で水浴びしますので、心配要りません。意外と温かかったし」
「何だと。空で水浴び?誰とだ!」
「何を怒っているのですか。この前、ファドゥに連れて行ってもらった川で、龍と水浴びしたのです。だから、一緒と言ったって龍ですよ」
だって、そこが龍の水浴び場だから、と教えると。タンクラッドは悔しそうだった。『それ。ファドゥは見ていたんじゃないのか』悔しさから絞り出す質問に、イーアンは眉を寄せて首を振る。
「相当、離れた場所でお待ち頂きました。見えていません。龍とは一緒ですが」
今度空に上がったら、絶対に確認しないとならんと親方は心に誓う(※どうでも良いこと)。そして、テイワグナでは極力、温泉が近くに二箇所ある地域も調べようと(※男湯女湯を祈る)決めた。
何か心に強く誓ったであろう、目つきの親方を見て、イーアンは元気になっていそうな親方に、まぁまぁ良かったと(?)思った。
そしてイーアン、自分はオーリンが残した作業の続きを夕方行うと伝え、残すところは何となく見当が付くから、と親方に言うと。
「俺も見ている。一緒に行く」
親方はベッドから出て、さぁ行くぞとイーアンの背を押す。なぜか一緒にベッドを作る羽目になった。
自分一人でも大丈夫だと思う、と何度も言ったが、なまじ元気になったタンクラッドは『いや。お前は木工に明るくないから』とか何とか言って、久々、ワガママ親方としてくっ付く。
仕方なし。イーアンは親方に指導されながら、馬車の荷台でせっせと簡易ベッドを作る夕方。親方は大真面目な顔をしながら、二人の時間をしみじみ味わって幸せだった。
ドルドレンの午後は、机を借りた居間で手紙を書き続けるだけで過ぎ(※よく字を間違えるから書き直し)シャンガマックは総長の横で、聞いたばかりの民話を、丁寧に資料に書き写しながらの午後。ザッカリアは、食事とおやつの後は、再び睡眠時間(※子供だからよく寝る)。
娘さんと外に出たフォラヴは、それなりに大変な休日を過ごした。
午前中からの畑観賞後も戻れず、お昼持参の娘さんに引っ張りまわされ、あちこち一緒に歩き、いい加減に『もう日が傾いていますから』を理由にして、ようやく帰ることを了承してもらった夕方。
帰ってすぐ。休む暇もなく慌てる事態が待っているなんて、この時、疲れたフォラヴは想像もしなかった。
お読み頂き有難うございます。




