803. ザッカリアの熱・インガル地区エザウィア民間伝承
馬車へ飛んだイーアンは、シャンガマックとフォラヴに、一緒に民家へ行こうと伝える。民家の家族を助けたら、休んで行くようにと言ってもらえたことを話すと、騎士の二人は有難く好意を受けた。
「ザッカリアが。少し熱が出ています。彼を休ませたいのです」
「あの子が熱?やだ。どうしましょう」
イーアンはフォラヴに聞いてすぐ、慌てて寝台馬車へ駆け込む。フォラヴたちは、とにかく民家へ向けて馬車を出した。
馬車に入ったイーアンは、呻く親方に軽く挨拶して(※大急ぎ)親方から返事が戻る前に2階へ上がって、扉の開いた隙間から『ザッカリア』と名前を呼んだ。ベッドで動いたザッカリアは、暗がりでよく見えない。
「入っても良い?熱があるのですか」
「入って良いよ。ちょっとだけ。熱い」
イーアンはワタワタと狭い室内へ入ると、ザッカリアの顔に手を当て、その熱さに眉を寄せる。『大変です。シャンガマックに薬を作って頂かないと』気持ちは焦るが、彼は御者で、すぐすぐとはいかない。
イーアンの手が冷たくて気持ち良いザッカリアは、息をゆっくり荒くつきながらも微笑んで目を閉じる。
「ひんやりしてる。気持ち良い」
「待っていて下さい。お水を持ちますからね。それに今、民家の方が招いて下さったので、もしかすると、果物か何か頂けるかも知れません」
両手で子供の顔を包んで、大きなレモン色の瞳を見つめ、イーアンはすぐに戻ると伝えると、水を取りに慌しく荷馬車へ戻った。ザッカリアは体が熱い。でもイーアンが心配してくれるのが嬉しかった。
下のベッドでは。心配してもらえることもなく、痛みの続く体に情けなさで呻く親方が転がっていた(※心配してほしいけど、さすがに大人だから我慢する親方)。
イーアンが、水やら体を拭く布やらを用意したところで馬車が止まる。扉の開いた外を見ると、民家の敷地にいると分かった。ザッカリアを下ろすのは無理だし、事情を話して自分は彼の世話をすることにしようと思うイーアン。
水を汲んだ壷を持ったまま、すぐに馬車を降りると、民家の中にいるであろう伴侶を探す。名前を呼ぶと彼は出てきて、中へ入ってとイーアンに言った。
「ザッカリアに熱があります。かなり熱くなっている気がするので、私は彼の側にいます。シャンガマックにも・・・彼も疲れて気の毒なのですが、薬を作って頂いて」
「え。そうなのか。ザッカリアが」
子供だから熱が上がるのが早いのだろうか。彼の体が大きいから、あまりすぐに熱が上がると思っていなかったドルドレンだが、慣れない馬車や緊張が続いていたのかと思えば、弱っている可能性を考えた。
「ここのおばさんに訊いてみる。熱を下げる薬があるかどうか」
薬はドルドレンにお願いし、イーアンはザッカリアのいる馬車へ戻る。フォラヴとシャンガマックは、ドルドレンと一緒に、民家にお邪魔しておもてなしを受けながら、自分たちのことやテイワグナの最近の話をした。
紹介は部下の二人に任せて。自分も『龍の人』の話を聞きたいドルドレンだが、とりあえず仲間の子供に熱があることを先に相談する。おばさんは、すぐに熱冷ましの薬を出してくれて、子供用にと砂糖漬けの果物を分けてくれた。
『水と一緒に食べさせて』おばさんはそう言うと馬車まで付いてきて、馬車を覗き込み、出てきたイーアンに薬の飲ませ方を説明して果物を手渡した。
お礼を言うイーアンに、おばさんは笑顔で首を振り『その子をうちで少し寝かせたら』と提案した。ドルドレンを見上げるイーアン。ドルドレンは少し考えるところ。
「馬車では落ち着かないんじゃないの?子供って幾つくらいの子?あなたたちのお子さん?」
ドルドレンはその質問に、ザッカリアは仲間で、イーアンが親代わりであることと、彼は11才(※~くらいと思う)と教えた。おばさんは驚いて『そんな子供を、熱があるのに動かしてはいけない』と態度を変える。
「旅の最中でしょうけど、医者も遠いのよ。熱が引くまで動かさない方が良いわよ」
部屋ならあるから泊まって良い、と言い始めるおばさんに、ドルドレンは困る。
申し出は有難いが、もう一人(※親方)もいるし、夜になればコルステインも来るし。下手すりゃオーリンも来る(※別に困らない人なはず)。うっかりミレイオまで来たら、素朴な民間人は心臓に悪い(※ミレイオに失礼)。
悩む黒髪の騎士に、おばさんは子供優先で譲らない。『下ろして運んであげて。もっと酷くなったら大変』今なら、休んで早く治せるかも知れないと、強引に迫られ、ドルドレンは言いたくはないものの、一応事情を先に話すことにした。
「ちょっと。その、中で皆を相手に話そう。俺たちの仲間は、龍の他にも、人間ではない仲間もいるから」
「人間じゃなくたって、あなた方の仲間なんでしょ?人助けしているなら、誰が仲間でも関係ないわよ。
その人たちを怖がると思っているのなら、そんな心配は要らないから。子供を早く介抱しないと」
なかなか驚くことを言うおばさんに、ドルドレンとイーアンは顔を見合わせる。こんなふうに、すぐに口に出して言えるものだろうか・・・本当にそう思っているのか、微妙なところ。
「その。俺たちは、万が一。子供をこちらに寝かせてもらったとして、その後に仲間に驚かれてしまうと、子供が折角休めたと思った時に動くことが心配で」
「だからそんなことを気にしないで、と言っているのよ。魔物は怖いから嫌だけど。世界には、龍もいれば精霊もいるのよ。この辺の人は皆知っているわ。本当に龍がいたじゃない」
イーアンをさっと見たおばさんは、信じている人の眼差しそのもの。
イーアン、意外。ドルドレンも、ちょっとビックリ。だから大丈夫と、民間人に説得される自分たちが、何だか変な感じがしてきた(※混乱中)。
おばさんは、躊躇う旅人の二人に困っているようで『心配なら。中でお父さんたちにも聞いて頂戴』と言った。彼らも同じように言うから、とか。
ここまで言われると、本当だろうかと思うドルドレンは、愛妻を馬車に待たせ、おばさんと一緒に確認を取りに家の中へ戻った。
イーアンはザッカリアが心配。そして。すぐそこにいる親方も気になる。体の大きな親方も、出来れば広い寝床で休ませてあげられたら、と思う。
馬車に上がって、親方の部屋をそっと覗くと、目を薄っすら開けている親方と目が合った。微笑むタンクラッドに、イーアンは『話が聞こえていたか』と静かに訊いた。彼は頷き『ここで休憩かもな』と答える。
側に来てくれと言われ、イーアンは少し、タンクラッドの部屋にお邪魔した。
「今の女性の言うことは尤もだ。ザッカリアは抵抗力がまだないから、休めるなら、気持ちをまず安心させた方が良いだろう。だが、俺は中に入れないな。夜にコルステインが来る」
「私がコルステインと一緒に過ごしましょう。タンクラッドは、一人でお休み下さい」
「お前じゃ無理だ。俺でもこんなザマだぞ。戦おうにも、全く体が痛くて動けないような有様で」
イーアンは少し微笑んで首を振り、親方の腕に手を置いた。『私がコルステインと一緒にいます。交代で、体を痛めましょう』そう言って笑った。タンクラッドも最後の言葉に笑い、腕を伸ばすとイーアンの頭を撫でる。
「コルステインと一緒にいられる場所。必要だな。俺の体が動けば作る」
「はい。そのためには私が今夜・・・あ、そうだ。朝、私は男龍たちと話したのです。その時、あなたにもグィードの皮の何かを作ればと。そうした話が出ました。
今日。コルステインに相談して、貰えるならまたグィードに皮を頂きましょう」
「何と。俺もグィードか。どんな経緯でそんな話に」
それは、とイーアンが言いかけると、馬車の外から伴侶の声がしてイーアンはそちらを見る。親方。ちょっと残念。でももし馬車がここで数日休むなら、またイーアンと二人で話す時間も出来る気がした。
イーアンは親方に挨拶して、馬車の外へ出る。ドルドレンとおじさんがこちらへ向かって歩いているので、どうやらザッカリアを休ませる方向で決まったらしいことが分かった。
「タンクラッドもだ。事情をいくらか説明して、タンクラッドとザッカリアは部屋を貸してもらえるから。彼らを中へ運ぶ」
後ろからフォラヴが来て、ザッカリアを運び出してくれた。タンクラッドはドルドレンが担いで出す。情けなさそうな親方に、イーアンは苦笑い。彼も同じように苦笑いで首を小さく振った。
おじさんは、出てきた二人のイケメン具合に驚いて『あなたたちは、どんな基準で派遣に選ばれたの』と本気で、総長に訊いていた(※イケメン通過条件)。ドルドレンはそれに笑って、適当に答えていた。
イーアンも後ろでちょっと笑ったが、誰でもそう思うだろうなと、おじさんの気持ちは理解した(※自分はシサイに『一番普通に見える』と言われた女)。
タンクラッドとザッカリアが客室へ運ばれた後。
ここの娘さんは、突如、不幸中の幸いで訪れた、選り取り見取りのイケメン集団に参った様子で、中でもお気に召した、好みの男性の側から離れなかった。
フォラヴは(※お気に召しNo.1)微笑みながら質問に答え、娘さんのお相手を丁寧に務めた(※博愛精神の塊)。
ドルドレンは急に世話になることに礼を言い、宿泊の代金を払おうとしたが、おじさんはそれを断り『お礼のお礼で、お金を貰う気なんてない』と総長に伝えた。
「都合もあるだろうし、ゆっくりは出来ないだろうが、2~3日でもいれば熱も下がる。魔物から助けてくれたんだ。安心して、休んでほしいです。仲間の人が人の形をしていなくても、私たちは怖くない。これを見て下さい」
おじさんは、ドルドレンとイーアンを台所へ連れて行くと、台所の柱に掛った彫刻の板を見せた。イーアンは目を丸くする。『ウィハニの女』幾つかの彫刻を見た後だから、呟いた言葉に、おじさんは振り向いた。
「それはティヤーの言葉ですね。ここでは龍の女です。『ゼーデアータ龍』とも言う。
テイワグナの海はまた違うと思うけど、山脈沿いの地域は、遥か昔に現れた、大きな龍の話が今も大切に語り継がれています。
『ゼーデアータ龍』が最初で、次が『7頭の龍と龍の女』。同じ女の龍かどうか分からないけど、魔物が世界を襲う時。女の龍が助けに来てくれるのです。彼女は必ず、男の龍や龍たちを伴って来る。あなたのように」
彫刻の板を手で触りながら、おじさんは言う。『こうしたものは、テイワグナでは沢山あります。お土産ではないですよ。各家にお守りであるんです。土着信仰かもしれないから、よその人は知らないでしょうね』そう言って、もう一つ、台所の天井近くから下がる人形のようなものを指差す。
人形は少し不気味な雰囲気で、素材は布ではなくて植物のようだった。大きさは60cmほど。だらんと垂れた手足は長く、模様が幾つも描かれ、体には尾がある。体色は褪せたのか、ひなびたオレンジ色が僅かに見えた。
「あれはね。精霊です。畑を守る精霊。うちは家畜もいるけど、仕事は農家だから精霊はこの姿です。土地に根付いて、恵みを受け取る仕事で精霊の種類が違う。川で魚を獲る仕事なら水の精霊だし、森が相手なら木の精霊、いろいろです」
ドルドレンは、精霊の形をした人形を見つめ『見たことがあるのか』とおじさんに尋ねた。おじさんは、うんと頷いて、フフッと笑った。
「私が子供の頃に見ましたよ。ここが地元なんだけど、この先にね。ええっと、街道はこっちでしょ。うちのもっと向こうへ進むと、農道があるんです。その道をずっと右へ下りると段々畑が見えてくる。
そこがうちの畑で、子供の時に手伝いをしていたら、段の間に座っている精霊を見てね。もしかして、と話しかけたら、やっぱり精霊でした」
やっぱり精霊でした・・・って。そんなフツーに言えるものなの?ドルドレンは不思議に思う。イーアンも『へぇ』と一言漏らす。意外にフツーで、そっちの方が新鮮だった。
「私の親も、おじいさんも見ている。精霊はいつも守ってくれるし、災害が来る時は教えてくれる」
おじさんたちにとって、精霊や龍は守り神なのかとイーアンは理解する。テイワグナの殆どがそうなのか、それは分からないにしても、ハイザンジェルよりも土地への意識が強く残っている国なのかもと思った。
おじさんとドルドレンたちが台所で話していると、客室の世話を済ませたおばさんが戻ってきて、イーアンを見つめた。おじさんはおばさんに、自分たちは彼らの、龍以外の仲間の人を怖がらない説明をしたと話した。
「そう。ハイザンジェルは知らないけど。ここはそうよ。どこへ行っても、皆怖がらないと思う。初めて見たら驚くかも知れない。でも、すぐに気が付くわよ。あなたも人間だったと聞いたし、やはり民話で語り継がれているでしょ」
おばさんはイーアンの顔を覗き込んで頷いた。イーアンは知らないお話なので、ちょっと首を傾げる。
おじさんも知らないようで『お母さんは違う話を知っているのか』と訊いていた。おばさんは『最初よ、ほら』と答える。
「龍の女の最初の。あの龍は初め、空を作るじゃないの。神様が人間の女を連れて来て、空の母にするのよ。それで空が出来て、彼女は龍の人をたくさん生んで、龍が空をまず作ったでしょ」
おばさんの話に、イーアンはビックリ。何でそんなこと知ってるの、と口を開けて驚く。ドルドレンも驚きっぱなしで、質問するのも難しそう。イーアンはすぐに訊ねる。
「あのう。それは何か、本や記録にありますか?私たちも見られるような形で残っていますか」
「本。そうね、子供向けの本なら、絵の付いたものもあるけれど。本自体は少ないかも。でも、龍の祠に行けば、どこでも同じような彫刻で残っている話よ。祠は行ったことないの?」
ない、とイーアンが答えると、ドルドレンは急いで地図を腰袋から出して、祠のある場所を知りたいと夫婦に訊いた。
「遠くは知らないよ。私が知っている祠・・・小さいから見落とさないようにね。後、崩れている場合もあるけど。近くの人に訊けたら、話を聞くと良いよ」
おじさんは、自分の知っている祠のある場所に、ペンで地図に印を付け、大まかに道も書き込んだ。そして祠のある場所は、大体空が広く見える場所だと、そうした条件も教えてくれた。
「ここら辺はね。インガル地区って大別されているけれど、昔の呼び名がエザウィアと言うんだよ。エザウィアは『願いの土地』って意味で、精霊や龍が遊びに来ると、今も信じられている。
総長とあなたは、午後にもし休む時間があれば、祠を見て来ては?魔物はもう倒してくれたから、外へ出ても危なくないと思うよ」
おじさんの提案。イーアンとドルドレンは、この際だから行ってみようと話した。
『その前にお昼を食べないと』とおばさんが言い、一行は、助けた民家で遅いお昼を摂ることになった。
お読み頂き有難うございます。
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昨日は熱が引かずに一話の投稿でしたが、本日は、この朝の回と夕方の投稿です。
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