802. 龍の手助け
シャンガマックも応戦していた、街道のど真ん中。
フォラヴも出てきて、ザッカリアとタンクラッドだけが馬車の中にいる状況。二人で街道付近を担当し、怖がる馬に魔物を近づけないようにしながら、馬車を中心にして戦う。
「シャンガマック。キリがありません」
「だとしても、止めるわけにもいかない。総長が帰るまで、ここを守らないと」
フォラヴの武器は広範囲に渡って攻撃出来るが、それでも魔物が減る様子がないことに、妖精の騎士も戸惑っていた。思い出すのは津波の浜。
「あの時と似ています。津波の、あの時です!どこかに本体がいるのでは」
叫ぶフォラヴの声に、シャンガマックも魔物を斬りながら頷く。『そうかも知れない。探す方法を考えよう』そう答えるのが精一杯。余所見をすると、岩の魔物は飛びかかってきて、剣を奪おうとする。
斬り続けながら、シャンガマックは必死に考える。本体を見つける力・・・それは自分たちではなく、イーアンやミレイオ、コルステインの領域のようにも感じる。
「こんな時に限って」
今。一番必要な仲間。シャンガマックは、彼らが側にいないこの状況に残念に思う。
まるで腕試しのように、襲い掛かった魔物退治。特別な力を持つ者がいなかったら、どこまで出来る?と見えない誰かに訊かれているようだった。
精霊の力に頼りたいが、落ち着いて魔法を唱えることも出来ない。一瞬で発揮する力を持つ、特別な彼らと違う自分を、悲しくさえ思う時間。そう思うのはシャンガマックだけではなく。
「私の力。もっと、なぜ。なぜ私は非力なのか」
情けなくなるフォラヴの気持ちも、緑色の閃光を岩の向こうまで放ちながら呟かれる。悔しく思うのも違うと、頭の中では分かっているが、上には上がいることを実感した最近は、自分の力の範囲を比較してしまうことを繰り返していた。
そして彼らよりも、もっと情けなく感じている人は馬車の中。
「俺の体さえ動けば」
悔しいだけのタンクラッド。起き上がろうにも激痛に近い筋肉や関節に、震える。ザッカリアは熱が出始めで、とにかく寝ていろとベッドから出さずにいるものの。
「俺は何をしているんだ。時の剣を持っている俺が、馬車で守ってもらうなんて」
本当は自分が守る立場と思うだけに、悔しくてならない。情けなくて仕方ない。小窓から見える外は、岩が勝手に動いているように見える、魔物の群れが埋め尽くす。フォラヴの武器が放つ光と、シャンガマックの剣が切り裂く音が聞こえてくる。
舌打ちしてもどうにもならない。この明るさでは、コルステインを呼ぶことも出来ない。総長は民家を助けに行っている。『俺が。動ければ』剣の柄を握り締め、体を起こそうとして呻くタンクラッド。『情けないったらありゃしない』畜生!と吐き捨てて目を瞑った。
「シャンガマック!龍を呼びましょう。私は上から攻撃します。もっと範囲が増やせるかも」
「俺はここから動けない。馬車を守らなければ。お前だけでも」
フォラヴは頷いて、笛を吹く。すぐに空が明るく光り、フォラヴは味方の龍が来ることを感謝した。無力な自分に心強い龍を与えられた恩恵に、感謝の祈りを心で唱える・・・光り輝く空を見て。
「あ。あれは」
自分の龍だけではない、輝き。真っ白な光と共に、魔物が少し怯む。カッと光ったすぐ、あっという間に真っ白な光の玉が突っ込んできたかと思ったら、翼を広げた女が両腕の爪を振るって、フォラヴの前にいた魔物を一気に薙ぎ払った。
「イーアン!」
フォラヴとシャンガマックの声が重なる。フォラヴの龍も来て、妖精の騎士はすぐに飛び乗った。高速で飛ぶイーアンの横について、泣きそうな笑顔を向けるフォラヴ。『待ちました。あなたを』そう言いかけて、イーアンの鳶色の瞳が彼を見る。力強く微笑むその笑顔。
「サボってしまって申し訳ありません。よく、これだけの量に立ち向かって下さいました。ここからは私たちが」
「私たち」
フォラヴが繰り返すと、イーアンは翼を大きく宙に叩いて加速した。『ビルガメス』その名前を叫んだイーアンに答えるように、辺り一帯の空気が振動する。ハッとして見上げた、褐色の騎士と龍に乗るフォラヴ。
真っ白な空の輝きの中、大きな龍が光を弾けさせて現れた。咆哮を上げて魔物に向かうと、カーッと開けた口から歪む次元のような何かが噴出す。
龍の前にいた魔物が、姿形もなく消えていく、その光景。あっという間に魔物がどこにも見えなくなった。
唖然とする二人の騎士。コルステインが消した時と同じように、一瞬で消えてしまった魔物。
豊かな輝きの中で体を捻った龍は、違う方向へ飛び、イーアンも側について山の方へ飛んで行った。彼らの上には、青紫色の多頭龍が浮かんでいた。
龍とイーアンの姿が見えなくなった頃。眩い光が地平線を伝い、すぐに白い光は消える。見ていたフォラヴとシャンガマックは、山の連なる影を見つめて、何事があったのかと状況を待った。
すると、待つ時間も僅かにイーアンたちは戻ってきて、馬車の前にいる二人に『ドルドレンは』と訊ねた。シャンガマックが急いで事情を話し、『向こうの民家へ』と言うと、イーアンはそちらを見て頷いた。
「魔物はどうですか。全て消えてしまったように見えるのですが」
フォラヴの心配そうな質問に、イーアンは微笑む。『はい。大丈夫です。山際で大元をビルガメスが見つけて下さって。それを倒しました』きっともう出ない、と教えた。妖精の騎士はホッとして頷く。
白い大きな龍は再び光を放ち、頭上で男龍の姿に戻る。『イーアン。どうする』ビルガメスが馬車を見下ろした状態で訊ねたので、イーアンはドルドレンを助けに行くと伝えた。
「良いだろう。行くぞ」
ビルガメスに促され、イーアンは騎士の二人にここで待つように言うと『ちょっと行ってきますからね』と微笑み、男龍と一緒に民家へ向かった。
「フォラヴ。俺は今ほど。自分の力が及ばないことに、何を求められているのか。感じたことはない」
龍を見送った褐色の騎士は、横に佇むフォラヴを見ずに呟く。小さく笑った妖精の騎士も『私だって』と答えた。
「私たちよりも、圧倒的な強さの彼らがいても、なお。なぜ、私たちが旅の仲間として選ばれたのか。その意味を必死に自問自答しています」
シャンガマックは友達を見つめ、『意味があってこその俺たち』と返す。漆黒の瞳を見つめ返したフォラヴもゆっくり頷き『龍たちは私たちを手伝っている。そのことを忘れないようにしなければ』自分に言い聞かせるように呟いた。
民家に向かったイーアンとビルガメス。表にいたドルドレンと民間人を見つけた。
気配に気付いたショレイヤが、じっとイーアンたちを見ていて、側にいる民間人は、懸命に家族の名前を呼んでいる。
イーアンは、ショレイヤがすぐ近くにいても、女性の二人は怖がっていない状況を意外に思った。倒れた男性から血が流れているので、それどころではないのかも知れないが・・・・・
ドルドレンも気が付いて『イーアン、ビルガメス!』と名を呼んだ。民間人の女性たちは、その声でさっと顔を上げ、宙を飛んでいる二人の異様な人間に目を見開いた。
「龍?龍の人。本当に?」
女性二人は、信じられないと言ったようにそれを口にした。驚いたのはドルドレン。『今。何て』と訊き返し、彼女たちが灰色の瞳を向ける男に、首を小さく振りながら、宙に浮かぶ彼らを指差し『龍です』と答えるのを聞いた。
「あなたたちは。彼らが龍の姿ではないのに龍と呼ぶのか」
「だって。あれこそ、龍が人になった時と伝えられています」
ドルドレンの驚きと、女性二人の驚きは異なるものの。降りてきたイーアンとビルガメスに、驚く3人は立ち上がって迎えた。
「イーアン。彼らは魔物に攻撃を受けて。死んでしまいそうだ」
ドルドレンはすぐに状況を伝え、どうしようと相談した。悲しそうな顔をしたイーアンは、ビルガメスを見上げる。男龍は鳶色の瞳を見て『俺にどうしろと』と微笑んだ。
「ビルガメスなら、彼らを救えるのではありませんか」
「そうだな。そうかもしれない。しかし、そうした采配をするのは、少し男龍の役目と違うんだがな」
「ビルガメス」
イーアンは垂れ目を垂れさせて、頼みを伝える言葉を探す。男龍はフフッと笑って、彼女の頬を撫でると『お前に貸しだぞ』と言い、倒れた人間二人の側に屈み、指を彼らの体に当てた。その指に白い煙が伝い、するすると揺れながら煙は彼らの体を包む。
男性の体を包み込んだ煙が、倒れた場所の土も這う。そのすぐ後に、男の人の声がした。呻くような声が小さく聞こえ、様子を見ていた女性の顔がハッとする。『お父さん!』『セテレ!』彼女たちが名前を呼ぶと、男性二人は体を動かした。
目を丸くするドルドレン。ビルガメスは指を離して立ち上がり、満足そうに彼らを見つめる。イーアンも膝を着いて側に屈み『大丈夫ですか』と、女性たちと一緒に声を掛けた。
「魔物。魔物が」
起き上がった男の人は、髭の生えた年配の男性で、もう一人の男性も首を持ち上げて『早く逃げないと』と喋る。
二人の女性は涙を流して喜び、彼らの体に抱きつくと『良かった』と何度も言った。何が何だか分からない男性たちは、自分たちを抱き締めた家族の体を抱き返し、地面に座り直しながら『無事だったのか』と答え、ハッとして真横にいる大きな男龍と翼のある女に気が付く。
「え。まさか、龍の」
「龍の人だ。龍の女と」
男の人たちは抱き締める女性と、側に立つ龍を交互に見て『なぜ、ここに』と驚きを口にした。ドルドレンもイーアンも、この反応に驚く。
ビルガメスは笑みを浮かべたまま、静かに目の前の人間たちを見ていたが、彼らの反応に何を思ったか、イーアンに小さな声で話しかけた。
「彼らの言う、龍の人。お前が思う相手と違うかも知れんぞ。この国をもう少し探せ。サブパメントゥの者が現れた理由もここでこそかも知れん」
「え。それは」
「後でな。お前には貸しも出来たことだし。また近いうちに空へ来い。その時に・・・覚えていたら、話してやろう」
「今はいけないのですか?覚えていたらって。ビルガメス、そんなに記憶力、怪しくありませんでしょう(※ウン百年前のこと覚えてる人)」
驚くイーアンに、ハハハと笑ったビルガメスは、自分を見ている人間とドルドレンに目を向けてから『お前たちの龍が導いたな』そう言うと、イーアンの頭にキスをして『俺は戻る』の言葉を言い終わるや否や、あっさり帰ってしまった。
イーアンはさらに驚いて慌てて、おじいちゃんを止めようとしたが(※『待ってー』と呼ぶが無視される)彼はハハハハ・・・と笑い声だけを残し、上空に待機していたアオファと一緒に消えた。
残された民間人の家族は、手を合わせて感謝の祈りを捧げ、振り向いたイーアンにも涙を流して、笑顔でお礼を伝えた。そのお礼はまるで、信仰の対象にするような言い方だった。
そして母と娘は、ドルドレンの手をしっかり握ってお礼を何度も言い『あなたが来てくれたから』と感謝する。そして、良かったら休んで行ってほしいと願う。
ドルドレンはちょっと困った。街道を指差して、彼女たちに示す。
「俺は仲間がいて。向こうで馬車を守りながら、戦っていた仲間が待っている。俺一人で休むわけには」
ドルドレンがそう言うと、男の人たちも立ち上がって頭を下げ『皆さんが近くにいてくれた。私たちはその幸運で生き延びた』そう話して、仲間の人も一緒にどうぞと誘った。
家族の誘いを受けて、ドルドレンはイーアンを振り返る。イーアンは『少しなら』と伴侶に促した。ビルガメスの言っていたことが気になるのもある。ドルドレンも緊張が解けたように微笑み、頷いた。
ドルドレンはショレイヤにお礼を言って帰し、イーアンはシャンガマックたちを呼びに馬車へ飛んだ。
「あの人は龍の女ですね。あなたの仲間なのですか」
若い娘がちょっとドルドレンに赤くなって訊く。ドルドレンはイーアンの後姿を見つめて頷き『俺の奥さんだ』と答えた(※女性からは距離を取るドルドレン)。娘はビックリする。
「奥さん!龍の女が?あなたは人間ですか」
「俺は人間だが。彼女も人間だったのだ。元々は。事情あってな」
驚く娘と同様、助かったばかりの父親と息子も、目を丸くする。『人間だったのが龍に変わるの』と黒髪の騎士に質問。ドルドレンは笑って『そうだよ。いろいろあった』と答えた。
そんな中。彼らの驚きとは別に、母親だけは何かを思い出したように、ゆっくり頷いて『お話のまま』と呟いた。
ドルドレンは年配の女性の言葉に、そっと目を動かして彼女を見た。彼女は真剣な表情で『お話にあるままですね』と。まるでドルドレンも承知のように言った。
お読み頂き有難うございます。
昨日。活動報告にも詳細を載せたのですが、少々体調を崩していまして、本日の昼と夜の投稿が難しい状況です。ご迷惑をお掛けしますことをお詫び致します。
いつもお立ち寄り下さいます皆様に、心から感謝して。どうぞ宜しくお願い致します。




