800. お空で近況報告
翌朝。コルステインは早々戻ることになった。
さっと気がついた龍の気配。それはイーアンではなく、もっと刺さるような遠慮ない龍気。
オーリンとガルホブラフは、夜の間に空に戻ったので彼らでもない。それに来るのは、彼らの龍気よりもっと大きい。
コルステインの炎の空間さえ無視して、龍気は勢い良く近付いてくるので、止むを得ないコルステインは地下に帰ることにした。
コルステインは、抱えたタンクラッド(※うんうん苦しんでいる)をそっと下ろすと、介抱した(※つもり)のに、良くならない彼を可哀相に思いながらも、頬を撫でて霧となって消えた。
そして。イーアンも起きる。龍気にハッとして、ぴょこっと起き上がり、急いで着替え(※本能)さささっと縫い物篭に仕事用品を押し込むと、馬車の扉を開けて外を見た。
「ぬはっ。来ましたよ、やっぱり」
そんなに用事ないでしょ~ 嘆いてみるものの、無情にも龍気ムンムンの白い発光体は近付いて、どーんと参上。
「行くぞイーアン。初めて来てみたが、意外に平気なもんだな」
ハハハと笑う光り輝く大角のシム&ミンティン連れ。イーアンびっくり。『あらやだ。シムが来ましたか』思ったことをそのまま言うと、シムが眉を寄せて『何だ、嫌なのか』と返した。
「嫌じゃありませんけれど。どうしてかなと」
「ん?気分だ。タムズが行くとか、ビルガメスが行くとか言っていたから。先に来てみた。さっさと戻らないと何を言われるか分からん。早く来い」
「え~。私が朝食を作るんですよ。皆さんにまだ挨拶も」
「じゃ、早く挨拶しろ。待っててやるから(※朝食の意味は知らない)」
どこまでも上から目線なので、仕方なし、イーアンは了解する。まずは伴侶に挨拶して『シムが来ています』と言うと、伴侶は素晴らしい勢いで飛び起きて、股間を隠しながらすぐに外へ出た。
「お。ドルドレン。お前も来ても良いぞ。これからイーアンを連れて行く」
「シム。シムが地上に来てくれるなんて。感激だ。俺も一緒に行けたら良いのに。さすがに旅の仲間を置いて行く訳にいかない」
「そうか。残念だな。また来い。ニヌルタとティグラスが仲良くなったぞ。会いに行ってやれ」
ニコリと笑うシムの笑顔に、ドルドレンは幸せ(※男龍大好き)。シムとはこの前初めて会ったけれど、少しビルガメスに似て、それでいて若者のような解放感がたまらない魅力(※浮気)。
朝一番で男龍に会えて、それも貴重なシムなもんだから、ドルドレンは本当に一緒に行けないことを悲しんだ。
悲しむドルドレンに、シムはドルドレンの頭を撫でると、灰色の瞳を覗きこんで『出来るだけ早く来いよ』と笑顔で伝えた。
ちょっと赤くなるドルドレン(※揺れる心)。うん、と頷いて『頑張って早く行く』と約束した。
「じゃあな。イーアンを連れて行くから。まぁ、今日中には返す。気をつけて進めよ」
黒髪の騎士の背中を撫でると、他の皆さんに挨拶して戻ってきたイーアンを抱え、シムはミンティンと一緒に白い光の玉となり、空へ一気に飛んで戻った(※愛妻しょっちゅう攫われる)。
そして。イーアンはお空へ到着。シムと一緒は初めてだが、何となくシムが一番早い気がした(※快速特急)。
シムはイーアンを片腕に抱えて、まずは一緒に子供を引き取りに行こうと、龍の子の、子供部屋へ向かう。そちらでシム・ベイベ・・・すっかりベイベを越えた大きさのお子たまを引き取ると、片手にイーアン、片手にベイベで、シムは家に戻った。
「ここにいれば。ビルガメスも来るだろう。タムズも。多分、皆来る」
ベイベを下ろしてその辺に遊ばせ(※放牧)結界を張ると、シムはイーアンを長椅子に座らせた。イーアンはちょっと考えて質問する。『今日は何かあったのですか』どうして皆さんが来るのかと訊くと。
「うん?お前がしょっちゅう、龍気を出しているから。魔物が多いのか、とかな。まぁそんな感じだ。
お前が今、着ているのもグィードの皮だろう。コルステインとも仲が良いし。そんな話を聞こうとさ」
「あら~・・・そうでしたか。つまり私の近況報告」
そんなところだ、とシムはあっさり。
シムだけだったら、地上で近況報告しても帰ってくれそうだな、とイーアンは思うが、ビルガメスやタムズはそうは行かないので(※根掘り葉掘り聞きたがる方たち)。これはそういうもの、と理解する。
なので、皆さんが集まるまで。大きくなったシム・ベイベに(※既に『名犬ジ○リィ』大)イーアンは遊ばれ(※転がされる)ちゅーっとされては窒息しそうになり、ぎゅうぎゅう抱き締められて、おえおえ言いながら(※シムは笑って助けない)必死に頑張って相手をしていた。
この前生まれたんではなかったか、と眩暈の続く頭で思い出す。
シム・ベイベがこの大きさとなれば、先に生まれたファドゥ・ベイベは一体、どのくらいの大きさになっているやら。想像すると怖かった(※子牛くらいありそうと怯える)。
いつまで龍の形で子供時代を過ごすのか分からないし、いつくらいから人型になるのかも聞いていないけれど・・・と思ったら。シムが笑いながら教えてくれた。
「もう少しの辛抱だ。こんなに早く、ここまで大きくなるのも異例だから、なってみないと分からんが。
普通は、これよりもう少し大きくなると、姿を変えられるようになる。人の姿を模して、自分の力を出し入れし始めるんだ」
「え!では。この子たちは・・・もうお子様になると。ついこの前に生まれたのに」
なぁ、と笑顔で頷くシム。倒されるイーアンの横に座り、子供をよいしょと取り外すと、イーアンの体を起こして座らせ、乱れた髪を直してやった。
「だからな。皆がお前を求めている。龍の子の女たちの範囲じゃない。こうなると、間違いなくお前なんだ。お前の影響が、俺たちの未来を握っている。
子供がこれほどの勢いで成長するのも、孵った卵たちの多くに、男龍の特徴がすぐに現れたのも。イヌァエル・テレンにいる者が見れば、一発で異常事態だと分かる。お前は慎重だけれど、もう誰も疑っていない」
イーアンは、自分を優しく見つめるシムの、金色の瞳を見ながら思う。もしかして。近況報告ではなく、今日自分が連れて来られたのは、その話なのではないかと。
懸念はある。その話は本当に大切なのだろうが、自分の旅は始まったばかり。空で一日過ごしている間に、オーリンじゃないけど、仲間が魔物と戦うかもしれないのだ。それを思うと、協力するにもどうなのかと考える。
考え込むイーアンを見て、シムは背中を撫でながら『そろそろ来るぞ』と話を変えた。シムは分かっている。タムズも話していた心配―― 彼らは旅の最中、というそれを。
「ほら来たぞ。ビルガメスだ」
言われて顔を上げたイーアンの目に、ベイベを腕に乗せたおじいちゃんが映る。彼はすぐに降りてきて、自分の子供をシムの家に放すと(※放牧2)イーアンに微笑んで近くに来た。
「イーアン。どうだ、調子は。コルステインも毎夜通っているようだし、お前もグィードの皮なんか着て。やはりお前はサブパメントゥ寄りの龍なのかもな。面白い」
そう言うと、イーアンが羽織るクロークを撫でた。それから自分の子供をちょっと見て指差し『大きくなっただろう』と嬉しそうに言う。イーアンも微笑んで頷き、とても成長が早いと答えた。
「そうなんだ。ファドゥの子は少しずつ、形を変えようと頑張っている。早くて5~6年の変化時期が、半年どころか、生まれてあっという間に訪れているんだぞ。知らないだろうが」
「その話を今していたんだ。イーアンに」
シムがビルガメスに、子供の成長に伴う変化を話したことを教える。ビルガメスも笑顔のままで頷いて、イーアンを見た。『また。お前に卵を孵してもらおうと思う』単刀直入に伝える用件。イーアンはそう来るだろうなと思っていたので、微笑を引っ込めて頷いた。
「すぐじゃない。でも。機会はあっても良いと思う。
俺たちも、状況を考えていないわけではない。イヌァエル・テレンが攻撃を受ける戦いの時、子供たちが多過ぎるのも心配に繋がる。守れる者が少ないのが悩みだ。
それも踏まえて、お前に卵を孵してもらう時期を話し合いで決めたくてな」
ビルガメスが話していると、別の龍気が近づいてタムズが現れる。すぐにルガルバンダ、ファドゥ、ニヌルタと続き、男龍が全員揃った。皆さんはお子様連れで来たので、シムの家はいきなり狭く感じるくらいに龍が溢れかえる。
ニヌルタが最初にイーアンに近寄って、ニコニコしながら『ティグラスが探し始めたぞ』と言った。何かと思えば、ティグラスがロデュフォルデンを探していると言う。
「始まったばかりだ。でも大した男だな。精霊の声を聞きながら、ピレサーと一緒に、日中はあちこちへ出ているぞ。夜は俺と一緒に確認に出たり、報告もしてくれる。イヌァエル・テレンの隅々を回る気だ」
「ティグラスが。そうですか。それは素晴らしい。何て頼もしいことでしょうか」
うん、と頷く、嬉しそうなニヌルタ。『あいつは頑張っている。お前や母親が地上にいてもイヌァエル・テレンと繋がるように』とイーアンに教えた。笑顔が深まるイーアン。シャムラマートに教えてあげたくなる。
「さてな。その話も大事だが、最近の龍気のことを聞こう。イーアンが中間の地でどう過ごしているか、だな」
ビルガメスが話をやんわり遮り、イーアンに近況報告を促す。皆が側に来て座り、落ち着いたので、イーアンはここ数日で起こった出来事を話し始めた。
タムズが一緒にいた夕方。その翌日、旅の馬車はテイワグナへ入り、その日の夜に魔物を退治した。最初は自分一人で、夜にコルステインと一緒に。ほぼコルステイン任せとなった話もする。
翌日は移動し、道中で龍の柱を見つけたことから、話を教えてくれた羊飼いに道を聞き、次の町へ泊まった。龍の柱を調べた時に翼を使ったことも言う。
その次の日。町に出た魔物が近くの森にいると分かり、羊飼いも捕まっているとザッカリアが教えたので、急いで森へ向かって魔物と魔法使いのような人間を倒した。これもコルステインが来たことを伝えた。
この夕方。自分はサブパメントゥの誰かに捕まり、捕まる少し前に爪を出していることで龍気を使ったと。その話もする。
で。さらに次の日の晩。昨晩のこと。イーアンはここが一番緊張する。内容を言いにくかったので、きちんと、自分がどう対処したかを、言葉を選んで丁寧に伝えた。ショレイヤたち龍と自分で、人間相手に龍気を使ったことを『ちゃーんとやった』と念を押して話し、皆さんの反応を見た。
黙って聞いていた男龍たちだったが。話を終えたイーアンをじっと見つめたまま、ルガルバンダが最初に『終わりか?』と訊ねた。イーアンが頷くと、男龍は皆で顔を見合わせて、最後にビルガメスを見る。
イーアン。緊張の瞬間。おじいちゃんの顔が笑っていないのがイヤ。ビルガメスはイーアンを金色の瞳で捉えたまま、暫く黙っていたが、居心地悪そうな女龍に少し笑った。
「俺に何か言われると思っているだろう。そんなおかしなことは言わんぞ。困った顔をするな。まぁまぁ、良いんじゃないのか。お前にしては進んだように思う」
「あら。そうですか。良かったです~」
「ふむ。その、魔法使いとお前が言った相手。それはザッカリアと、同じような能力を持っていたと。しかし、その様子からすると。彼らが授かった力の範囲ではなく、魔物の力を取り込んでいる。コルステインが倒したのは正しい。生かしておけば、多くの被害に繋がっただろうな」
「魔物の力を取り込む。人間だったのに、そんなことがあるのですか」
ビルガメスは何てことなさそうに首を傾げ、ルガルバンダを見て『よくあるよなぁ?』と言う。ルガルバンダも小さく頷いて『魔物が現れると、元から力のない人間は囚われるぞ』と答えた。
「そういうことだ。龍やサブパメントゥは、魔物の力が及ぶ隙間がないが・・・当然だが。人間は種による力を持たない生き物だから、入られるし、使われる。
ザッカリアたちは、元より力を持つ存在として生まれて来る分、本当なら取り込まれることはないと思うが。その魔法使いとやらは、受け取る意思を持って、その体になったか」
ビルガメスの説明を、イーアンは理解する。容量があれば。人間には、他の力が入ってしまうのだ・・・空っぽだからこそ、影響を受けるのか。あの魔法使いは自分から進んで、と。それも考えると恐ろしい。
ビルガメスは、黙るイーアンに続けて伝える。
「魔物を退治しているんだからな。それはその男も退治だ。既に人間ではない。ふむ、お前。その男が魔物らしい感じはなかったのか」
「魔物らしい感じですか。えー・・・あ。あれ、そうかも。コルステインが彼を消した時、赤い光が見えて。それもすぐに消えましたけれど」
「それだ。オリチェルザムの力を受け取っていたんだろう。僅かでも繋がっていれば、お前の仲間が操られるのも無理はない。とはいえ・・・少し気にしてやらんとならんな。タンクラッドと、もう一人か」
イーアンは、タンクラッドの他に操られたのが、シャンガマックという精霊の力を使う男だったことを言うと、ビルガメスはルガルバンダを見た。
『タンクラッドに授けた祝福。弱いだろう』おじいちゃんの投げた言葉に、ルガルバンダは目が据わる。
「弱いわけじゃない。ドルドレンが無事だったのは、お前の毛があるからだ。タンクラッドにも俺の証があれば」
イーアンはハッとする。急いでそれは止めた。なぜだ、と不思議そうに訊くルガルバンダに『タンクラッドはコルステインが気に入っている』と教えると、彼らは大笑いした。
「それじゃ気の毒だな。タンクラッドは自分で回避しないとならん。もしくはコルステインに何かもらうかだな。あいつにそれがあるか、全く分からんが」
「グィードは?グィードの何かを与えれば良いだろう。イーアンがコルステインに触れるくらいだ。タンクラッドにもグィードの皮を持たせれば」
ビルガメスが『ムリ』の判定を出したすぐ、タムズがイーアンの上着を見て意見を出した。イーアンも『それなら』とナイスなアイデアに笑顔を向ける。タムズもニコリと笑う。
「そうか。ではタンクラッドはグィードに頼むか。普通の龍の皮だけだと、オリチェルザムに人間が抗うことは、まず無理だろう。後は、誰だ?精霊の力を使う男?見たことあったかな」
ビルガメスは記憶を探る。イーアンは津波の後の神殿で、シャンガマックがいたことを話すと、ビルガメスは何となく思い出したようだった。
「ああ。いたな。あの男か。妖精の横にいた・・・・・ そうか。あれは大地の精霊だな。となれば。俺たちじゃない方が良いだろう。大地の精霊に証をもらうのが、彼にとっても楽だろうな」
イーアン。分からないけど、覚えておく。シャンガマックに教えてあげねば。
ビルガメスは、帰りに送った時にでも、その男を見てやろうと言ってくれた。イーアンは宜しくお願いした。
頷いたビルガメスは、続けて昨晩の対処に話を移す。
「ドルドレンたちが捕まったという。彼らが龍を呼んだことを知ったお前も出向き、相手に譲歩した、それ。
まぁ。良いんじゃないのか?相手は特にそれまで、龍の話も出していなかったようだし。
ドルドレンを守るために、呼ばれた龍とお前が存在を示し、それを受け入れるかどうかと投げた後。彼らはすぐに恐れたようであることから、お前が命を取るか、ドルドレンたちを放すかと。ふむ。まぁまぁだ」
ちょっとホッとするイーアン。そうなんだ。よし、と思う。可笑しそうに笑みを深める男龍たちをちらっと見て、イーアンはちっちゃく頷いていた(※良い例として覚えておく)。
「で。気になるのはもう一つだな。サブパメントゥにお前が攫われたことだ」
ビルガメスは次の話を出すと、すっと外を見てから考えている。『俺には。ミレイオの影が見えるんだがな』呟くようにそう言った。
タムズもニヌルタも、彼の言葉に同意するようにお互いの顔を見る。ルガルバンダとシムも同じように、何かを感じたよう。ファドゥは知らないのか、彼らを見た後にイーアンと目を合わせ、ちょっと首を傾げた。
「ガドゥグ・ィッダンか」
ニヌルタが、うんうん頷きながら、理由を口にした。
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