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魔物資源活用機構  作者: Ichen
出会い
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7. 別世界入り

(※ 今回は、泉の中にいた女性視点の話です。)


 *****



「何で、よりによって水の中・・・・・ 」



 さっき、私は公園にいたのだ。

 それが今、水の中に立っている。それも突然、頭っから飛び込んだように一旦沈み、大慌てで水面へ顔を出した。


 ゲホッ、と水を吐き出す。 「やれやれ。水を飲んだんだわ。 水は綺麗そうだから大丈夫だと思うけれど・・・・・ 」


 そうそう、それで。 水の中で足をばたつかせて、水底に爪先がついたから、実は浅い場所らしいことに気がついた。 落ち着いて立ち上がってみたのが、たった今、この状況。


 腰から下はまだ水の中だけど、とりあえず溺れる心配はないと知り、もう一度咳き込んで、濡れた顔を片手で拭った。



 水の中にしばし立ち尽くし、周囲を見渡した。


 湖にしては小さい気がする。 池みたいな人工感もない。 見上げれば澄んだ青空。水辺の周囲は背の高い木が隙間なく生えていて、森の中みたいに見える。 

 人もいないし、魚や動物の気配もない。生物の気配がないのは変な感じがする。



「ここって、多分違う場所よね」



 私が散歩をして寛いでいた、近所の湖ではないことは確かだった。


 思い出せるのは、公園の湖のほとりで寛いでいたこと。自分の家の前には公園があって、その公園は湖をぐるりと囲む形をしているから、朝から晩までジョギングや散歩をしている人たちが通るような場所だ。



 ―――――私は、公園前の借家で暮らしている。 年は、人生の折り返し地点を過ぎた40代。


 仕事は自営でものづくりをしている。『結婚前提』の男性と同棲しているが、いつまでたっても『結婚前提』で、この10年、実際の戸籍は『独身』である。10年も一緒に暮らせば、すでに家族くらいの存在なので、もう結婚も何も考えはしない。

 友達は、年齢層ゆえに全員家族持ち。彼らは家事や仕事や育児やら忙しい。なので、人付き合いはほぼない。


 私は家にこもる仕事だ。 もともと一人の時間は好きなので、交友関係が少ないのは気にならないが、健康的かと聞かれたら違う気がする。 あまりにも家から出ないので、時折、よく晴れて気持ち良さそうな日は、表へ出て湖の周りを歩くことにしていた。



 そう。さっきもそうだった。


 湖の遊歩道を歩き、学生や親子連れが遊ぶ姿を横目で見ながら、湖の水面へ近づいた。水際はフェンスのないところもたくさんある。

 すぐ側に水が打ち寄せるところまで降りて、靴が少し濡れながらも、静かに寄る波を見つめていた。



 ―――はずだったのに。 めまいがしたと思ったら体が浮遊感に襲われて、ぐらついた瞬間、瞼を閉じた。



 で、突然冷たい感覚を覚えて目を開けてみれば、よく見えないわ、息は出来ないわで、慌てふためいて我武者羅に水を蹴って浮上したのだ。


 40にもなると、もう、ちょっとやそっとでは驚かなくなる。 『水中』はさすがに肝を抜かれかけたが、とにかく今は生きていることで安心。怪我もない。

 何だか分からないけれど、夢か現実か、それとも何かしら私の知らない未知が起こったかで、深くは考えない。少なくともさっきとは違う場所にいることは認める。



「さて、どうしたものか」


 腰に手を当てて、大きく溜息をついた。

 まだ朝の時間みたい。日差しは強い。天気が良いし空気も暖かいから、水辺で服を乾かすことは出来るかもしれない。脱ぐのだけが抵抗があるが、見渡しても人影一つないし、仮に見られたところで女性らしくない我が身は関心の対象外のような気もする。


 腰から下が浸かっている水は、足元が見えるくらい透明で綺麗な水。ありがたいことに深度がないのか水はそれほど冷たくない。

 服を脱いで乾かしている間、水の中に戻っていようかな。 怖い生物もいるようには思えないし、さっきから本当に静かだから、もしかすると人気のない大自然の水辺かもしれない。それならまぁ・・・・・ 裸でも、水の中で過ごしている分には大丈夫かも。



 人っ子一人いない設定で個人的に納得した私は、まず服を脱ぐため、水から上がることにした。



『カチャン』


「 ! 」



 何か音がした。 カチャン、って自然の音じゃない。音のしたほうに反射的に顔を向けてしまった。

 先ほどまでの『人っ子一人いない設定』は呆気なく霧散した。 


  水際の枝の重なりから、男の人がこっちを見て立っているのが見えた。 最近視力が落ちてるからか、離れている場所はよく見えない。 どうも、黒っぽい羽織りものを着ているのは分かる。けれど、その表情までは・・・・・


 ―――絶対、私怪しまれてる。 この状態、普通にあり得ないもの。


  男の人は、呆然としてこちらを見て固まっているまま。 ですよね、でしょうね。 私も出来ればこんな状況でお会いしたくなかったです。大自然の只中、女性が水の中に突っ立ってるって、どんな経緯。



 頭の中で必死になって言い訳グルグルしていたが、緊迫した妙な雰囲気に耐え切れなくなった私はつい、



「あの、落ちちゃって」



 と苦し紛れの言い訳を、聞こえるくらいの大きさの声で伝えてみた。 が、すぐに、続く言葉が見当たらないことに気が付く。 落ちちゃって? どこから? どうして? 自分で自分の言った言葉にクエスチョンが生まれる。 何言ってるんだ、私は。 余計おかしいだろう・・・・・


 男の人は、そのまま動かない。 こちらを凝視しているだろうとは思うけど、表情もよく見えないし、身動きもしない。恐らく呆気に取られているのだ。



「どうしよう、ちょっと寒くなってきた・・・・・ 上がりたいな」



 日差しは強いし温かいけど。吹きぬけたそよ風に濡れた身がヒヤッとし、思わず両腕で体を包む。これじゃ脱いでも、裸で水の中なんて無理だ。というか、既に人に発見されているので計画は振り出し。


「いま上がったら、もっと警戒されるかな」 気になって独り言がこぼれる。震えるほど寒くはないけど、水を吸った衣服が体温を奪うのが分かる。


 どうしよう、どうしよう・・・ と困っていると、不意に男の人が動き、何歩か近づいて短く何か言った。 私は衣服に気を取られていて聞いていなかった。もしくは、彼の言葉は私には分からなかったのかも? と思い、頭を左右に振って『ワカラナイ』と態度で示してみた。


 すると男の人は更に近づいてきて、波打ち際まで来ると片手をこちらへ伸ばした。



「こっちへ。 冷えるだろう」



 今度は聞こえた。 それに理解できた。同じ言葉で大丈夫なんだ、と分かった。そして確認可能な視野に入ったその人の姿顔立ちに、ちょっとびっくりした。 ゲームの人??? 外人??? 日本語だった?



 一瞬、情報処理できず戸惑った。その人は、背が高い外国人で、服装がファンタジーの映画かゲームのようで。長いクロークと剣帯、長衣にズボン、ブーツに手袋、後ろで動いたのは ・・・・・馬ですよ。

 しかしよく見れば、彼がコスプレイヤーではないと気付く。着用しているものは随分と使い込んでいるし、馬も見たことのない色をした品種。 ――ということは。


 でもとにかく思うところはさて置き、水から出ることを思い出し、頷いて彼の方へ進んだ。


 水の中を歩くのは重い。 波打ち際に近づくにつれ、漂っていた水草が足元に絡み付いて重さが増した。水際に立つ男の人が伸ばし続けた腕に届きそうなところで、私も手を伸ばした。

 彼は私の手首をしっかりと握り、ぐっと引き寄せた。引く力がすごくて、勢いづいた私の体は水草に足を取られて倒れそうになったが、とっさに彼は私の両腕を掴んで支えてくれた。


 男の人の胴体につんのめりそうになり、どうにか踏ん張り、体を一歩後ろへ戻した。



「ありがとうございます。 すみません、手伝ってもらって」



 上にある男性の顔をさっと見てお礼を言ってから、足元を包む水草を足を振って落とす。水草も重いし、服もべたっとして気持ち悪い。水草の取れた足もとからそのまま、腰付近、体全体を確認し、溜息しか出なかった。この状態はどうすればいいのか。 絞っただけでは乾くわけないけれど、出来るだけ水を出すことにして、髪の毛やら服やら引っ張って絞った。


 掴めるところは全部、じゃーじゃー絞っていたが、男の人が黙っていることに気がついて振り返った。 すみません、放ったらかして。と思ったら、彼はじっと私を見ていた。



 ・・・・・観察されている。 私も改めて、彼を頭の先から爪先まで見た。


 目にかかるくらいの長さの黒髪に白髪がごそっと生えて目立つけれど、顔つきが若い。顔が良いからかしら、年齢は私より若い気がする。背は高くて190cm前後。羽織ものがあっても、日常的に体を鍛えているのが伝わる体格。 黒く丈の長いクロークの下も黒っぽい服で、所々に凝った刺繍が入っていることからすると、手が込んでいる仕立てなのか。総合的に整っている人だと思ったが、その人の瞳の色に一番驚いた。灰色の瞳って初めて見たけれど素敵だなぁ、と。光ると銀色みたいに見える。

 


 そう思ったらつい、綺麗なその色を誉めていた。


 彼は目を見開いて私を見つめた。何も言わない。

 あ、そうか、と気が付く。色だけ誉めても何のことやらでしょうから、と理解して、目の色が綺麗だと説明した。もし白髪のことだと思われたら困る。白髪って誉められても嬉しくないものね。 

 すると彼は瞬きをしてから、少し目を彷徨わせて途切れがちにお礼を言ってくれた。の、だけど――


 私のくしゃみで、最後までお礼の言葉が聞けなかった・・・・・


 冷えたんだわ、と体に両腕を回したと同時に、男の人は自分の羽織っていたクロークを素早く脱いで私に掛けてくれた。 私が驚いている間に彼は私の前に回りこみ、慣れた手つきでブローチをクロークにきちんと留めてから私の目を覗き込んだ。 この美丈夫、心臓に良くないですよ。 もう40ですから、期待はしませんけれど。



「とりあえず森から出たほうが良い」



 絹のような光沢の灰色の瞳が、私の目を捉えていた。有無を言わさないような雰囲気もある言い方。 

 私は自分がどこへ行くべきか、全てが突然で全く想像できなかったけれど『ここから出ることが最初の展開』と理解して頷いた。



 これからどうなるのか。



 ここはどこなのか。 自分に何が起こったのか。 思い巡らせば心配しかないけれど、この人にもう少し話を聞いてみたら、何かしら状況が見えてくるかもしれない。多分、この人は私を伴って森から連れ出す様子だし、そう恐れるばかりの状態にはならない感じもする。


 

 男の人に促され、青い光を跳ね返す金属のような毛並みの馬に乗った。 

 馬に乗るよう指示されたとき、私の服の水気が借りたクロークを濡らす心配があると伝えたが、男の人は取り合わなかった。彼は私の腰辺りを掴んでひょいと馬の背に乗せ、自分も私の後ろに飛び乗り、私の横から手を前に出して手綱を取った。 


 強引にも思える出発だが、全身水に濡れた女性を連れて動いてくれる善良な人はそうそう会えないし、私自身もどう行動することが一番良いのか分からない事態である。会ったばかりの他人に腰を掴まれたのは少々驚いたが、腰に触らないでとか、そんなことを告げる権利はこの状況の私にはない。

 

 私の胸中は穏やかではなかったが、そんなことは誰にも伝わらず。馬は静かに、何事もなかったかのように水辺を離れた。







お読み頂いてありがとうございます。

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