793. テイワグナ入国3日間のまとめ ~夕食時に
イーアンがコルステインにお願いして戻ったのは、夕方前。
馬車が村を出て進み、石碑のある丘へ寄って、一悶着あってから。時間はそう経っていなかったと知った。ミレイオが『サブパメントゥは時間が曖昧』と、よく話しているのを実感する。
『イーアン。明るい。コルステイン。帰る。後で。夜。来る。いい?』
『有難うございます。コルステインのお陰で戻れました。はい。夜に来て下さい。待っていますよ』
コルステインは丘の影に隠れながら頷いて、大好きな龍の胸を、鉤爪でちょっと撫でると、空気に馴染んで消えた。
助けてもらったイーアン。お墓の横を歩いて、石碑を見上げてから、丘を上がって街道へ続く道を見下ろした。馬車はすぐ近くに停まっていて、さっきの場所から動いていないと分かり、イーアンは丘を駆けて降りた。
「ドルドレン!ただいま帰りました」
イーアンが大声で叫ぶと、馬車から勢い良くドルドレンが飛び出して走り出す。『イーアン!!』伴侶の後ろから、タンクラッドも出て、フォラヴたちも馬車を出るのが見えた。
「ドルドレ」
手を振りながら、笑顔で走って降りた丘。イーアンは最後まで伴侶の名を呼ぶことは出来ず、足が縺れて転んだ。
「あっ、イーアン!!大丈夫か!」
うきゃっ、と悲しげな声が響き、イーアンが丘を転がる。ビックリするドルドレン。全速力で走って、転がる愛妻(※未婚)を抱きかかえて止めた(※ボールのように)。
「イーアン、怪我は?大丈夫か!走るから」
「お手数かけます。大丈夫」
恥ずかしそうに、えへへと笑うイーアンを、ドルドレンはぎゅっと抱き締めて『心配したのだ。帰ってきたと思ったら転んで(※不可抗力)』せっせと頬ずりしながら、無事で良かったと何度も言う。
後から来たタンクラッドも、ドルドレンからイーアンを引っぺがして抱き締めると(※ドルドレン&イーアン目が据わる)『お前は。どうしてそう』そこまで言って止め、髪に付いた草を払い、よしよし頭を撫でて『俺がどれほど心配したか』と困った顔を向けた(※横恋慕やんわり再発)。
シャンガマックたちも来て、何があったのか、大丈夫かと心配を伝える。イーアンは、馬車へ戻って話すと言い、コルステインに助けてもらったことも話した。
イーアンが戻り、皆と同じように心配してその場に来たザッカリアは、『コルステイン』の名前を聞いて、また少し不安そうに目を瞑った。
6人は馬車に戻ると、ドルドレンの提案から、もう少し先に進んでから夜営することになり、馬車は動き始める。イーアンの話も馬車を停めた野営地でとし、少しの間イーアンは休む。
「今すぐにでも聞きたいが。しかし、休んでいなさい。夕方になる頃まで進んで・・・後1時間もかからないから。その間、水を飲んだり、横になって」
ドルドレンはイーアンに、御者台に座らず、馬車の中にいるように勧めると、心配そうにキスをしてから彼女の頬を撫でて、自分は御者台に戻った。イーアンは溜まり場に座り、縫い物をしながら起こった出来事を纏めることにした。
――さっきの。ライオン。彼について分かったこと。
見た目ライオン。碧の目。姿を変えることが出来る対象・・・最初にシャンガマックだったのを思うと、ヒョルドなんかよりも長けていそう。固定した変化の姿ではないかも知れない。
――『今回の女龍は面倒だな。前も手古摺ったが』・・・・・
あの言葉。彼はズィーリーを知っていた。その時代から存在していて、その時、既に同じように『遺跡の謎』を追いかけていた。遺跡に執着があるのは分かる。ズィーリーにも交渉した『旅に関わる誰か』でもあり。
そして、ミレイオのことも知っている。コルステインも知っている。サブパメントゥだからだろうが『仲間』の言葉を出しているところから、もっと深く食い込んだ事情がある気もする。
「彼は『暫くの間、イーアンを仲介に』と。なぜかしら。どうせ仲間になるなら、回りくどいことをしないで、さっさと仲良くなった方が、協力的に思えそうなものだけど・・・ズィーリーの時も同じように動いたようだし、何か理由があるのか。
ズィーリーたちは、きっとあの男にかかずらってる状況ではなかった(※そんなことより勇者がヤバかった旅)から、それであの男の目論見と言うか。目的は露見しなくて済んだの・・・かな」
イーアンはちょっと思う。ミレイオは確か50代。人間の体の様子から見て『50代の設定』なのか、実際に現時点50年ちょいの人生なのか。
ズィーリーの時代に、いたわけではないミレイオ。となれば。あのライオン男は、当時においては、他の誰かの力を借りて、目的を追ったのだろうか。
「どの道。彼は目的を手に入れていないのです。
恐らく、ズィーリーの時代に追った目的は、まだ成し遂げていない。彼一人では、越えられない場面があるのでしょう。それが遺跡の謎を解くことで得られる・・・と。それイコール、で、仮設定してみると」
イーアンは、デカイ独り言を落としながら、針をチクチク進める(※仕事はする)。
「えーっと。彼の目指す目的は、かなりのお宝級ってことですよ。それも、お金持ち系のお宝ではありませんね。もっとそう・・・個人的に得られる、権力や特別な力かもしれない。
何百年も諦めが利かない対象ですからね。彼の執着もさることながら、向かい合う謎もとんでもないスケールなのでしょうね。
で、きっと。思うにだけど。それ、あんまり良くありませんことでしょうね・・・だから、目的がバレると援助や協力を断られる心配があるとか、ね」
目の潰れた魔法使いが口にした『厄介な長生きヤロウ・サブパメントゥの支配』その言葉。何を意味しているのか、分からないにしても。
それがあの、ライオン男のことであれば。彼が求める宝の齎すものが、コルステインを凌駕する力か、立場を約束されるようなお宝とも想像出来る。
考えると怖過ぎる。長い時代を頂点に立つコルステインたちは、そんな我欲がないから安全だが、欲を持って動く輩が、サブパメントゥを手に入れるとしたら。
それを知れば私の仲間は、止めてしまう気もする。自分なら止める、とイーアンは思った。
「もしくは独り占めしたいけど、他人に知られたら、自分だけが見つけていた秘密を嗅ぎつけられて、トンビに油揚げ掻っ攫われてしまうと。それで、ギリギリまで隠したいような。そんなところかしら」
どうなんだろう~と呟きながら、イーアンはライオン男の目論見を、幾つか仮定して過ごした。
でもどうやっても、彼が何かを独り占めしたいようにしか思えなかった。
彼自身が話していた『イーアンたちにも、都合良いことが出てくる』についても、彼の追いかける範疇ではないと聞こえもする。つまり、早々簡単に見破れない何かを彼は知っている。
「だけど、念には念を入れて。自分側の情報を与えないに越したことはないって、そんな態度でしたね。名前も言いたくない。姿も知られたくない。私を仲介にする以上、私に手引きしろと言っているわけで」
仲間になる、一人。なのに、まだ参加しようとしない。どうしてもの場面までは、自分の存在さえ知られたくないと、来た。
「いろんな仲間がいますね。こんな相手も仲間とは。生きている時間も、背景も違うからこそ」
ちょっと育ちに問題あり、とか、性格合わない、とか。そんなカワイイ範囲ではない。何やら不穏な目的を抱え込んで独走中の、年季の入ったサブパメントゥ。
どうなることやら、とイーアンは溜め息をつく。針を置いて、開け放した扉の外を見ながら思う。
「彼は。知られたくないのですね。自分の存在も、名前も。まだ。
うーん、仕方ない。そこだけは伏せてあげましょう。次の取引とやら、きっとその時には分かるでしょうから」
ゴトゴト揺れる馬車の荷台。イーアンのデカイ独り言は、相手誰ともない空間に響く。
それを暗がりで聞いていた、碧色の目の小さなネズミが、馬車を飛び下りたことまでは。今日、一日通して疲れたイーアンは気が付けなかった。
夕方の時間を進む馬車は、そろそろ、と車輪を止める。前の馬車が停まったので、後ろの馬車も停まった。
「ここで今日は休もう。焚き火を」
ドルドレンが降りてきて、後ろの馬車とイーアンに声をかけると、後ろの馬車からタンクラッドたちが出てきて、火の用意をし始めた。イーアンは食材を下ろし、調理器具なども焚き火の側に運ぶ。
「俺も手伝う」
ニコリと笑うドルドレンが、イーアンの側に来て、一緒に食事を作ると言ってくれた。イーアンは嬉しい。宜しくお願いしたら、親方も来て『ミレイオがいないからな。俺も手伝えることはする』と申し出てくれた。
ドルドレンが、親方に休んでいて良いと言おうとすると、シャンガマックが済まなそうな顔で近付き、『イーアン。俺のせいで迷惑を』と謝ってきた。イーアンは首を振って『そんなふうに思わないで下さい』と彼に伝えたが、シャンガマックは『あの時、自分に何があったかを話したい』打ち明け話を切り出した。
で。フォラヴも『体は。大丈夫ですか』の心配と共に側へ腰掛ける。朝の件からザッカリアも、胸中複雑ながら、不安だからこそ頼りたいイーアンママ(=ムー○ンママ)の側に来た。
結局、全員がまとまったので『料理しながら話そう』と決まる。ドルドレンは微妙だった(※二人でいちゃいちゃ料理しようと思っていた)。
ドルドレンは肉料理。イーアンは野菜と穀物の料理。人数分を調理しながら、焚き火の側で話し出す。まずはシャンガマックの話から始まった、先ほどのこと。『俺が立て碑を前に、書き写していたら』褐色の騎士は眉を寄せる。
「声が聞こえた。風の音かと思ったから、最初は振り返らなかった。また聞こえて、それが質問と分かった時。警戒した。誰だ、何をしている、と声が響く。振り向いても誰もいないから、俺は立ち上がって『この石を調べているだけだ。俺はハイザンジェルの騎士・シャンガマック』と名乗った」
イーアンとドルドレンは目を見合わせた。名前を言ってしまった、そのことが頭に過ぎった。シャンガマックは続ける。
「その後。俺の名前を誰かが呼び、同時に頭の中で何かが揺れた。突然眠くなって、そのまま。
気が付けば、総長に名前を呼ばれて、周囲の土臭さに、何があったかと驚いた。次の瞬間、総長がイーアンの名を呼んで走り、誰もいない場所を叩いているのを見て」
「俺が状況を説明した」
ドルドレンが話を引き取った。褐色の騎士は頷いて、イーアンを見る。『イーアンが攫われたなんて。俺のせいだ』本当に済まなかったと、彼は申し訳なさそうに項垂れた。
次はイーアンの番。話し出そうとした時、伴侶が横で質問した。『イーアンはなぜ。すぐに相手がシャンガマックではないと分かったのだ』見て分かると思えない、と言う。フォラヴも頷く。『私も。馬車で彼を見た時、恥ずかしいけれど見抜けませんでした』彼も総長に同意した。
「私も見抜いていませんでしたよ。だけど、これは賭けですね。あのシャンガマックに案内された私とドルドレンは、石碑の横に倒れた魔物を見ました。まずこれが気になりました。
シャンガマックは、自分が倒したと話していたのです。剣は腰に帯びていたし、魔物は切り裂かれていましたが、見てみれば切り口が違うのです。大顎の剣で切れば、切り口は独特なのに。
私は、シャンガマックが魔物を倒すのに、他の刃物を使うだろうかと疑問が浮かびました」
ドルドレンは、へぇ・・・と一言。他の者も興味深そうに黙って聞く。イーアンは続ける。
「すぐにそれを質問しないで、次に見つけたものから、どう行動すべきか考えました。石碑の周囲を歩くと、いつもシャンガマックが使う炭棒が落ちていました。また、石碑の近くの墓石側の土も返してありました。
土の返された大きさが、魔物の体と同じくらいであったことも引っかかりました。
それから、炭棒を拾って、あのシャンガマックに手渡しました。受け取りながら会話をしていた彼の手は、炭棒を使えば黒くなる場所が、何ともありませんでした。
普段。シャンガマックは夢中になって、書き写すのです。知らぬ間に力が指に入り、彼の指に炭が付くのを何度も見ています。それがまっさら。だから、違うんだろうなと」
褐色の騎士はぽかんとして、くるくる髪の女を見つめる。そんな細かい、自分のことを見ていたのかと思うと、感心するような、恥ずかしいような。
それは他の者も同じで、ドルドレンたちも『そうなのか』と呟く。可笑しそうに、フフッと漏らしたのは親方だけだった。イーアンらしいと思う観察。自分も同じように感じる気がした。
「それで。イーアンはシャンガマックじゃないと判断して、脅したのか」
「え?脅した」
驚いたシャンガマックが総長を振り向く。ドルドレンはちょっと眉を寄せて頷く。『脅したのだ。怖かった』正直に気持ちを打ち明ける。イーアンは恥ずかしそうに目を逸らして『怖くありませんよ』と呟く。
「イーアンは爪を出して、シャンガマックの首に押し当てたのだ。『本当のシャンガマックを返せ』と何度も相手に言った。しらばっくれていた相手も、結局は首を切られかけたから負けて。それでお前を土中から出した。そのすぐ後、イーアンはそいつに連れて行かれたのだ」
首を切られかけた・・・そこにシャンガマックは止まる。自分の首をそっと触り、ちらっとイーアンを見た。イーアンはさっと目を逸らす。
フォラヴとザッカリアも俯いて、容赦ないイーアンに黙る。タンクラッドも少し固まったが、イーアンはそういう人物、と分かるので『お前らしい』と言っておいた。
咳払いしたドルドレン(※やっちゃった感を払拭するため)。『それで。イーアンは地下へ連れて行かれたのだな』と話を進めた。
愛妻、元気をなくして頷く。促すと、イーアンはお鍋に蓋をして話し始めた。
「シャンガマックの姿を真似た相手。先に言いますが、名前を知ることは出来ませんでした。本当の姿も知りません。
彼の用件は、危害を加えることではなかったのです。理由は何も分からないままですが、彼は私と交渉したかったようでした。内容も実はよく知りません。何度も聞き直し、何度もはっきり言うように伝えたけれど」
イーアンは困ったように首を傾げる。それから鳶色の瞳に焚き火の明かりを映して、自分を見ている全員を見渡した。
「今。はっきり分かっていることは、彼はまた、私と交渉をするために来るだろうことだけです」
その言葉に、ドルドレンたちは唾を飲み込む。得たいの知れない相手が付きまとう・・・その意味を探りたい欲求に誰もが駆られた。
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