791. 旅の六日目 ~井戸調査・午後の道
午前の魔物退治後。朝食をお昼に出してもらい、やっと満腹になった6名は、村を出発前に、被害のあった家畜小屋と井戸へ案内してもらった。
イーアンは今回の魔物について、倒しながらも思ったのだが、動きが気になって仕方なかった。だから、井戸に放り込んだとの話しは、調べてみたいと考えて、ドルドレンにお願いしていた。
もう一つ。あの魔法使いにも似た男が口にした『サブパメントゥの支配』『長生きヤロウ』も引っ掛かっていた。彼は、私たちの仲間の誰かと言った。
その誰かを追いかけて・・・・・ 追いかける?ということは。その仲間がここに先にいた、とも思えた。
もしもそうなら。村に痕跡があるのかもしれない。それが、魔物の襲った理由なら。
「次のお仲間の影が見えるような」
呟く独り言。
イーアンの言葉を拾う者はおらず、案内してもらった壊された家畜小屋を見る6人は、酷い状態の小屋に顔をしかめる。
ドルドレンはここでも『なぜ家畜小屋を』と首を傾げていた。人間ではなく・・・その意味が、フィギの町と被ったようだった。
「次を見よう。井戸だな。もう水も入れ替えて使用されているが、外側だけでも」
ドルドレンは家畜小屋の修繕前の様子を、これ以上見ても何も、と判断して外へ出た。家畜小屋の近くにある井戸は共同の水汲み場で、6人が立ち寄った時も、何人かの女性が水を汲んでいるところだった。
事情を話すと、女性はちょっと旅人に見惚れたものの、快く了解していそいそと退いた。
この女性たちの態度も、イーアン以外が感じたことだが『こういうものだろう』と男たちは思った。フィギの町に寄った最初の、あの手厚い歓迎はやはり異常だったと改めて感じる。あれは何だったのか。
それはさておき。
イーアンはそそくさと井戸へ寄る。井戸は大きめで、なるほど。牛が放り込まれるくらいの広さがあった。しかし、放り込むとなると、牛がぶつかりながら落ちただろうから、きっと井戸はとても汚れただろうことも想像が付いた。
上には雨避けの屋根があり、井戸から距離を取った広さに添えられた、4本の柱を支えにして、屋根は井戸を覆っていた。
覗き込んで見て、そこの深さに目を凝らす。水面が見えるが深く、綱と桶を見る限りでは、水を汲むために桶をかなり下まで落とすように思えた。どうやって牛を引っ張り上げたのか。それも想像するとキビシイ。牛も勿論だが、村の人たちは災難だったとイーアンは思った。
「どうだろう。何か見つかったか」
ドルドレンはイーアンの側へ来て、一緒に井戸を覗き込む。井戸の横壁なども見たが、特に何があるわけでもなく、それを話すと、ドルドレンは眉を寄せて『テイワグナの魔物の動きが奇妙』と言っていた。
「そうですね。なぜかしら。何をしたかったのでしょう」
イーアンも腕組みして、うーんと唸りながら顔を上げた。そして目に映ったものを見つめ、ハッとする。
『シャ、シャンガマック!』急いで褐色の騎士を呼び、気が付いてすぐに来た彼の腕を引っ張り(※ドルドレン仏頂面)屋根の内側を指差した。シャンガマックも目を見開く。
「これは。これ。あの」
「そうだ、イーアン。小さいが同じに見える」
屋根の内側に吊るされた、一枚の板。井戸の名前でも書いてあるのかと思えば、それは石版で、どこかのレリーフのように見える、古めかしい絵と文字が刻まれていた。
シャンガマックは井戸の縁に上がり、石版を見つめる。暗がりの屋根の下で、板までも距離があるためによく分からない。『イーアン。よく見えない』困ったように言うシャンガマックに、イーアンはすぐに翼を出して、彼を背中から抱えて持ち上げた(※ドルドレンと親方が仏頂面)。
「重いだろう。すまない」
「いえ。少しなら大丈夫です。書き写すなら、対象が小さいし、どうぞ」
赤面するシャンガマックは振り返ることも出来ず、言われたように紙と炭棒を急いで取り出すと、必死に集中して石版の文字と絵を書き取った(※集中しないと意識が飛ぶ)。
イーアンはこういう時。自分に胸がなくて何よりだとしみじみ思う(※空しいが前向き)。これで胸があるなんてなったら、きっとシャンガマックのような照れ屋さんは、お胸に当たって失神するだろう。
有難いことに自分は筋肉のみ・・・思いながらガッカリするイーアン(※自分で言っていて凹む)をよそに、シャンガマックは『終わった』と頑張った報告をした。ヨロヨロとイーアンは彼を下ろし『お役に立てて何より』と呟いた。
気を取り直して、イーアン。自分の勘が当たりそうな気がしていた。もう一度くらい、同じことがあれば。その時まで、結論を急がないようにしようと思う。
「この井戸の話を、村民に聞く時間はありますか」
褐色の騎士は意識が探求に向いたので、総長に早速交渉。
目の据わっているドルドレンは、短く頷いて『早く行け』と流す。馬車を村の門に近い場所へ移動して待っていると伝え、ドルドレンたちは先に門へと馬車を移動させた。
シャンガマックは、村人にあの井戸の内側にあった石版は・・・と話しかけて、情報集め。
これは何の意味が在るのか。他にもあるかどうかを訊ねると、何人かが話しながら『村の中にはないけれど、少し進んだ先の墓地近くに、これと同じような立て碑がある』と、教えてくれた。
「井戸の板の意味までは分からないけど。何かほら。お守りだよ。水がきれいで安全であるための。そういうものだよ」
人々はあまり感心がないようで、詳しい話を知っている者もいなさそうに思え、シャンガマックはお礼を言ってすぐに馬車へ戻った。
こうして、全員揃ったところで出発。馬車は、村に入った時の入り口から出る。門番に挨拶し、シサイに宜しく伝えてと声をかけた。門番も旅人の馬車に『またどうぞ』と見送った。
少し前までは通過出来た村の中だったようだが、魔物に襲われた後日、出入り口を一箇所にしてしまった話で、そうしたことから、馬車はぐるっと回って裏へ出る。
入り口と丁度反対側の位置に、新しい木材で塞がれたばかりの出口が見えた。出口からも道は続き、草原の中に敷かれた道を、街道に向けて馬車は進む。
シャンガマックが教えてもらった、墓地の立て碑も、右手に見える丘にあるというので、そこで少し馬車を寄せることにした。
「シサイは眠れなかったのでしょうね。彼はあなたに運ばれている時、眠っていたようでした」
御者台に座るイーアンはドルドレンに、意識を失ったままだったシサイの話を出した。
ドルドレンも頷いて答える。『そうだな。彼は身動きが取れなかった様子だったから。もしかすると睡眠も妨げられるほどの・・・あれは何だろう。魔法の類なのか。そんなものを喰らっていたかも』何か思うところありそうな声の小ささに、イーアンは伴侶を見つめた。
自分に向けられた鳶色の瞳を見つめ返し、ドルドレンは正直な気持ちを伝える言葉を選ぶ。
「うん。何ていうかな。ああした魔物は、ハイザンジェルで遭わなかったのだ。ザッカリアの知り合いの子供だから、異能の持ち主だと思うが。魔物を操る魔法使いと呼ぶべきか。今後の敵の怖さだな。まさか、味方に剣を向けられるとは」
ドルドレンの気持ちは、驚きと怖さと知ったイーアンは、ゆっくり頷いた。
「私が以前、イオライセオダで倒したものも。あれも魔法使いと呼んで良いのか、分かりませんが。でも系統としては同じように思えます。
ああした類の敵となれば、苦戦もあるでしょうね。きっと、私たちの誰でも良いから、手っ取り早く仕留める気でいるのでしょう」
「イーアン。怖くないか?いつも君はそうして淡々と語るけれど」
「怖いですよ。魔物ではなく。また、私が死ぬことでもなく。それらは気にしませんが。私の大事な人たちが、傷ついたり命を落とすことを思うと怖いです」
前を見ながら話すイーアンの言葉。当たり前のように出てくる、躊躇いのない言葉に、ドルドレンは、彼女はいつもそうした気持ちで戦っていると感じる。だから、誰よりも先に前に出て一人で担おうとする。
「イーアンの強さなのだ。だけど、俺だってイーアンが怪我をしたり。言いたくないが、恐ろしい目に遭ってほしくない。自分のことは気にしないなんて、言わないでくれ」
優しい伴侶の気持ちに、イーアンは振り向いてニッコリ笑う。『はい。気をつけます』フフッと笑って、伴侶の方に頭を凭せ掛けた。
ドルドレンは勇ましい奥さんの頭を撫でて、『そうしてくれ』と念を押して笑った。
イーアンに今日、剣が掛かりそうな一瞬を見た時、自分の魂が悲鳴を上げかけた。次の一瞬で体が勝手に動いて、自分はシャンガマックの剣を押さえていた。
もし、気が付かなかったら。もし、間に合わなかったら。そんなこと、考えたくもない。イーアンが死んでしまうなんて絶対嫌だった。
それが何の理由でも嫌だが、味方の剣にかかって命を落とすなんて、決してあってはならないと思った。その怖さが、ドルドレンの中に重く残っていた。
少しして、右手の丘に石が見える位置まで来た。見晴らしの良い草原なので、シャンガマックは馬車を停めて、調べてくると言うと、石碑へ出かけて行った。馬車の皆は暫し待機。
「今夜までに次の町は無理だろうから。どこかで馬車を着けないと。魔物が出るかも知れないが」
ドルドレンはイーアンに心配を伝える。イーアンは心配要らないと微笑み『夜はコルステインが来て下さいます』と教える。ドルドレン、ハッとして『そうか。そうだった』と笑った。
「そう言えば。ミレイオはどうしたのだろう。それにオーリンも来ない」
「ミレイオは昨日、私を地下のお風呂に入れて下さった後、地上へ戻してから『調べたい場所がある』と言っていました。数日掛かりそうだから、進んでいてと。
オーリンは朝方に連絡しましたが、体調が良くないみたい。本当かどうか知りませんが」
イーアンがフフンと笑ったので、ドルドレンは彼女を覗き込んで、オーリンのことで何かを知っているのかと訊ねた。
「いいえ。多分。また・・・どなたかお好きな方でも出来たのかと思って」
「そんな話が出たの?オーリンがそう言ったのか」
「やんわりですよ。やんわり。オーリンが夜に空に戻りましたらね。ご実家に、友達がいらしていたんですって。それで遅くまで話しこんで、どうとかこうとか。体調が悪いから、今日は行けないかもと」
ふーん・・・ドルドレンも可笑しそうに思う気持ちが顔に出る。イーアンと目を見合わせて『そうでしょ?そう思うでしょ?』と聞かれて、頷いた。『オーリンらしい気がする』ちょっと笑うと、イーアンはその通りだと言っていた。
「じゃ。また、あれなのだ。イーアンにどうにかしてくれって言うぞ。オーリンのことだから」
笑うドルドレンに、イーアンも苦笑いで首を傾げる。『次にそれやったら、私はきっと平手打ちしますよ。いい加減にしろって』アハハと笑うイーアンだが、イーアンの平手打ちなんて、歯が折れそうだと思ったドルドレンは笑えなかった。
そんな他愛もない話をしていると、丘からシャンガマックが戻ってきて、こちらへ来た。
「どうだった。収穫になったか」
「そうですね。イーアンに見せたいと思いました」
何で、とドルドレンの目が据わったものの、シャンガマックの目が笑っていないのに気が付く。『総長。魔物がいました。一頭だったので倒しましたが、ちょっと気になる』向こうの丘を振り返り、一緒に行こうと言う。
「もういないと思いますが。ああした魔物は群れになるのか、俺には分からないから」
「分かった。では、馬車番を残して、ちょっと見に行こう」
ドルドレンは後ろの馬車へ行き、タンクラッドとフォラヴに馬車番を頼む。ザッカリアも残してと、フォラヴに耳打ちされ、それは了承する。
留守を頼んだドルドレンと、イーアン、シャンガマックは、すぐに石碑のある丘へ向かった。
「墓地なんです。村の人が話していた墓地なので、荒らすわけにいきませんが」
「どこから魔物が出たのだ」
「俺は書き写すので集中していたから、ちゃんとは見ていないです。気が付かないうちに影が見えて。急いで剣を抜きました」
丘を上がりながら、ドルドレンは魔物の話を部下に聞き、丘を上がり切ったところで、下る斜面に並ぶ墓地と、その中に立つ石碑が目に入った。石碑は角度で道からも見えるようで、実際はすごく大きいというほどでもなかった。
「あれか。魔物は」
「石碑の裏に。死んだと思うから、多分そのままです」
シャンガマックが前を歩いて、二人は後に続く。墓地の中に入って、石碑の立つ場所まで来ると、イーアンが近寄った。墓地の石の間に土を返した場所があり、続く石碑の裏側には、凭れかかるように倒れる、毛のない犬に似た魔物の死体があった。
イーアンは、シャンガマックに切られた魔物の体を見て、その切り口と中身を見つめる。それから立ち上がって石碑をぐるっと回り、落ちている炭棒を拾い上げた。
「シャンガマック。この魔物はこれ一頭だけだったのですか」
「そうだ。俺も探したが」
イーアンは炭棒をシャンガマックに渡しながら、この辺りにまだいるのかもと、見渡す。ドルドレンも石碑を見上げ『こんな場所にも』と呟き、『魔物がどこにでもいるんだな』と寂しそうに言った。
炭棒を受け取ったシャンガマックは、イーアンを見つめて『他にもいるか探すか』と訊ねた。イーアンは首を振る。
「探すこともないです。シャンガマックはどこですか」
イーアンは、見上げた褐色の騎士の顔に向かって、質問した。イーアンの右手は白い爪に変わっていて、彼の首に当てられていた。
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