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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅路 ~テイワグナ入国
788/2955

788. アゾ・クィの魔物 ~人質

 

 木の枝を縫って、降りてきた龍たち。ミンティンを空中に残し、5頭の龍は湿った土を踏む。龍は何を感じるのか、首をゆっくり動かして、夫々反応している様子。


 それを見て、フォラヴが小さな声で総長に伝える。


「彼らは。魔物が今し方まで、ここにいたように感じているのです。でも私たち・・・いえ。きっと龍でしょう。龍の気配で隠れたか、散らばったか」


「そうか。イーアンもいるしな。龍が近いと魔物は逃げることが多い。命令されれば向かっても来るだろうが。つい逃げたと、そんな具合かもな」


 ドルドレンは頷く。イーアンにも訊いてみると、イーアンもちょっと首を傾げて『でもね。どうかしら』と言う。


「何かまだ()()()なのです。見える範囲は静かなものですが、何だか近くにいるような」


「何?ここに魔物がいると言うのか」


「ドルドレン。冠を被っておいて下さい。もしや戦うかも知れません」


 え~ 恥ずかしい~ 突然『冠』命令を受け、どうしてそうなるの、と困って訊ねるドルドレン。イーアンは真顔で『そういう相手かもしれませんよ』と答えた。周りの皆も少し笑った顔が引き締まる。ドルドレンは眉間にシワを寄せた。


「そういう相手・・・ちょっと待ってくれ。イーアンは冠について何かを知っているのか?効果のある相手とか」


「いいえ。何も。だからお願いしているのです。気配が消えないのに側にいないような、そんな相手がここにいるのでしたら、それは強敵に思うでしょう。

 冠はあなたのため、とグィードが渡したのです。戦う時に使うなら、今は丁度良いではありませんか」



 ドルドレンやシャンガマックも、2年間の魔物との戦いで、魔物の気配は感じるくらいにはなった。だが、それを越える人間以外の感覚で、フォラヴも含め、イーアンや龍、ミレイオたちは魔物を感じる。


 そのイーアンが言うなら。ドルドレンはちょびっと恥ずかしいものの、ベルトに下げていた冠を外し、そっと頭に被せた。体が温かくなる。筋肉に潮が満ちる。頭の中に柔らかな明るさと、大きな空間が広がるように感じた。



 イーアンを見ると、彼女はニコリと笑って『とても似合います。あなたの為に作ってあったみたい』と頷いた。ドルドレンは、自分でもそう思った。


 騎士やタンクラッドが側に来て、総長の冠姿を見ると『何だか。昔から()()()()()ように見える』と不思議な言葉を呟いていた。

 誰も、彼の冠姿を面白可笑しくは言わず、ただ、あるべき場所に戻ったように見えるその冠を、意外そうに眺めた。


「さて。シサイを探すか。龍はここに残ってもらって」


 タンクラッドが促す。皆はそれを了解し、森の中心と思われる近辺を、二手に分かれて探し始めた。魔物がいたら、すぐに倒すように決めて。



 龍を待たせた場所から、さほど距離を置かないように動く6人。ドルドレンとイーアン、ザッカリア。タンクラッドと、シャンガマック、フォラヴ。反対方向へ向かって、魔物の痕跡を探す。


 ドルドレンの組にはイーアン、タンクラッドの組にはフォラヴがいるので、気になる場所は彼らに任せて調べる。


 イーアンは、何か奇妙な気がしていた。歩いて探している痕跡は、少しずつ見えている。最近傷が付いた木の皮、捲れている幹、折れた枝の多さ。それは良いのだが。


 イーアンはザッカリアの体を自分に引き寄せ、周囲を見渡した。ザッカリアはイーアンの目つきが変わったのを見て、魔物の距離かと察し緊張する。

 ドルドレンは、何かを感じ取ったイーアンを見て、視線で報告を促す。


「ドルドレン。もしかしますとね。私たちは魔物の遊びの中かも」


「ん?魔物の、何だって?」



 同じ頃。フォラヴは、動物がいない樹上を見上げて、溜め息をつく。ゆっくり歩いていた足が止まり、一本の木の前にフォラヴは立つ。先を歩いていたタンクラッドは振り返り『何かあったか』と訊ねた。


「はい。何かあったというべきなのか。ずっと何かあるのです」


「どういう意味だ」


「そうですね。私たちは同じ場所にいるという意味です」


 驚く目を向けた親方とシャンガマックに、フォラヴは空色の瞳を向け、小さく首を振ると自分の武器を両腕に付ける。彼らはそれを見て眉を寄せたが、妖精の騎士は彼らに、離れるように無言で指示を出し、横にあった木に向き合った。


「私は木が好きなのですよ」


 寂しそうに呟いたフォラヴは、両腕の武器から緑色の閃光をほとばしらせたと思うと、目の前の大木を、両腕一度ずつの動きで切り倒した。


 ビックリした親方が、フォラヴに何かを言おうとして黙る。左右に分かれてずり落ちた大木の幹の向こうに、揺らぐ空気の壁があり、その向こうに見えるのはドルドレンたちだった。彼らもこちらを見ている。


「こんなことをしたくありませんでした。でもここでしたね」


「フォラヴ。なぜそこに」


 フォラヴの声に、空気の壁の向こうから、その姿をぼんやりと見たドルドレンは部下に話しかける。ザッカリアはイーアンに貼り付いて驚いて声も出ない。

 イーアンは何度か小さく頷いた。『そこでしたか』どこかなと思ったけれど、と呟く。



 ぼやける蜃気楼の向こう側のような、両者。お互いの姿は形が分かる程度。声が響いている。状況に察しが付いているのは、妖精の騎士と女龍だけ。


「イーアン。あなたならどう続けますか」


 フォラヴが、揺らぐ空気の壁向こうから問いかける。イーアンは少し大きな声で『あなたは。私ならどうするか、常にご存知です』と伝え、両腕に爪を出した。


 フォラヴのコロコロと響く笑い声が聞こえ、フォラヴたちの姿が後ろへ下がるのが見えた。ドルドレンはイーアンを振り返る。イーアンはザッカリアを伴侶に預け『私が()()()()、剣を抜いて下さい。()()()()よ』と伝えた。


 ドルドレンはぞくっとしたが頷き、ザッカリアを引っ張り寄せ、急いで後ろへ下がる。『ザッカリア、剣を抜け』不安そうなレモン色の瞳を向ける子供に命じ、ドルドレンは剣の柄に手をかける。



 両腕の爪を振り上げるイーアン。一瞬で翼を出して飛び上がったと同時に、真上から一直線、揺らぐ空気の壁を切り裂いた。


 その瞬間、壁の切れ間から飛び出てきた大きなイヌの群れ。ドルドレンも騎士たちもタンクラッドも、急いで剣を引き抜き、飛び掛ってくるイヌの群れに応戦する。


『フォラヴ!中へ』イーアンは叫ぶ。向こうに見えたフォラヴが頷いて、イヌの群れの溢れ返る空気の壁の中へ跳んだ。


「後から行きます」


「お待ちしていますよ。お早く願います」


 空中で交わしたイーアンとフォラヴの挨拶。フォラヴは群れの真ん中に飛び込み、自分を襲いにかかるイヌの魔物を切り裂きながら、赤黒い水溜りの中へ落ちて行った。



「イーアン、フォラヴは」


 ドルドレンが魔物を斬りながら叫ぶ。イーアンも斬り落として振り返り『中です。シサイを助けに』と言いかけ、急いで真横に来た魔物を払う。


「シサイがどこにいるのか知ってるのか?」


「この中です。フォラヴは見つけます。私たちも、ここを片付けたら行かないと」


「一人で?フォラヴは大丈夫なのか」


 ドルドレンに答えると、今度は親方が向こうから叫んで訊く。イーアンも大声で『彼じゃないと見つけられません』と答えた。


「もしくは私」


 呟いて、地上から飛び上がる魔物を爪で裂く。とにかくこの、溢れ出した魔物を全部片付けてから。一匹でも逃すわけにいかない。一匹でも逃がしたら、恐らくそれは村へ行ってしまうのだ。

 だから、これが終わったら中へ飛び込むと、イーアンは魔物に応戦する4人に伝えた。


 ドルドレンとザッカリア、シャンガマックは、近距離にいる魔物を相手にする。タンクラッドは離れた場所へ走った魔物を倒し、イーアンは翼に出来る限りの小回りで、他の4人の剣を逃れた魔物に回り込んで倒した。


 斬りながらイーアンは微妙。この魔物は全部、犬の種類のよう。村で話を聞いた時から、ハイエナに似る気がしてならなかった。


 犬の種類は多くがそうだが、群れになる。つまり()がどこかにいるのだ。

 そして。目の前で、斬っては倒れる魔物は、やはりハイエナがモデルに見える。こうなると、村で聞いた『牛を襲って井戸へ投げた』理由が分からない。


 ハイザンジェルの魔物は、モデルにされたと思われる生き物の習性を継いでいた。これはテイワグナでもそうだと思うが、そうであれば。ハイエナがモデルであれば。獲った獲物を咬み潰す気もする。

 井戸?井戸に放り込む()()があるのだろうか・・・・・ あったとすれば、頭の命令に従った犬の集団のようにも、イーアンは感じていた。その()()は――



 *****



 この間。赤黒い水溜りを落ちて行ったフォラヴは、自分が魔物の手の内にいるのかと思うと、気分が良くなかった。

 どんよりした空間には魔物が一頭もいない。穴は奥へ続き、途中に幾つも脇道が見える。天井の土から木の根が垂れ下がっているのを避けながら、妖精の騎士は()()()()()()()()道を選びながら奥へ進む。

 この道を、まやかしに向かって進んでしまったら。一体、何が待ち構えているのか。自分かイーアン、いるならミレイオでもないと、惑わされると思った。


 フォラヴが通り過ぎると、まやかしの道は消える。まやかしの穴から聞こえていた、様々な音や声がすっと引く。歩き進めるほどに、道はただの一本に絞られる。フォラヴはひたすら本物の道を進んだ。


「何でもイーアンにお任せするわけにいきませんし・・・とはいえ。こんな相手、気が滅入りますね」


 フォラヴが気が付いていたこと。これは魔物ではなく、魔法使いだと。こんな相手は初めて遭遇する。

 イーアンは恐らく、どこかで魔法使いの類と戦ったのだ。だから彼女はすぐに気づいていた。


 同じ場所を歩き続けていた先ほど。思い込みが罠に嵌る。フォラヴは雰囲気がおかしいと感じた。空気が流れないことが不自然だった。シャンガマックとタンクラッドは気が付かず、歩き続けている感覚でいた。


 疑わないと、不自然を自然と思い込む。一度、気が付いてしまえば、あちこちに不自然を見つけるもの。


 どこかが変わっていないのだ。それを知れば全てが飾り物と分かる。そのどこかは、あの大木だった。歩いているはずなのに、何度も大木を通り過ぎていた。大木を中心に、自分たちは狂った次元を歩き続けていた。


「そして、私がまやかしの木を倒し、イーアンの龍の爪が次元を切り裂いたから」


『お前がここへ来たわけか』


「そうですね」


 フォラヴは目の前にいる、シサイを抱えた男を見つめた。


 到着した穴の奥。木の根が絡み合う大きな洞に、赤い玉座と赤い炎が揺らぐ。怯えるシサイの体を片腕に抱えた若い男は、玉座の肘掛に腰をかけたまま、妖精の騎士をじっと見た。


「彼をどうして攫ったのですか」


『助けに来るから』


「どうやって彼に気が付くかも、あなたはご存知でいらしたのですか」


『サブパメントゥの者が仲間にいれば、気が付くだろう?』


 シサイは人質。フォラヴは首を振った。若い羊飼いの赤い髪の毛は、炎に照らされて燦然と輝くが、その青い瞳は恐怖を湛え、顔は蒼白だった。いつ囚われたのか、彼は震え続けていた。


 後ろの男は、長衣と被り物で覆われて顔が見えない。シサイよりも背が高く、フォラヴと同じくらいの背丈で、空気に滲む声は割れ鐘のようだったが、体つきが細くて若いことは分かる。時々、見える顎元は若い男を示していた。


「シサイを離すために、あなたが私たちに望むことは」


『全員死んでもらうこと』


 すぐに答えた声は意地悪く笑い、それから『だけど。龍がいるんだっけな。ちょっと手強いか』と続けた。そして男は指を鳴らす。


 鳴らした指の音と一緒に、フォラヴの前に、太い蔓が一斉に地面から伸び上がり立ちはだかった。驚いたフォラヴは後ずさる。すぐに武器から緑の閃光を出して蔓を切り裂いたが。


『その蔓。切ると増える』


 面白そうに言う声が、魔法を掛ける。フォラヴが切り落とした蔓は、地面に落ちると再び根付いて伸び上がってしまった。


『そこで待っていろ。仲間がどうせ全員来るだろう。そうしたらお互いに刺し合ってもらうか』


 どうせなら、死ぬ姿を見届けた方が安心・・・ゲラゲラ笑う若い男に、フォラヴは眉を寄せた。シサイは、蔓の隙間に見える妖精の騎士を見つめて、怖がっている表情のまま、謝るように涙を落としていた。



 それから。フォラヴがそこに立ち尽くして、数十分後。後ろから気配が近付く。


 この間、妖精の騎士に解決策は浮かばなかった。一人でどうにか出来るとは思えず、仲間に来るなと言うことが出来なかった。

 そしてフォラヴの心には、きっと仲間の誰かにこの相手を倒すのではと、淡い期待もあった。


「フォラヴ!」


 後姿を見つけて駆け寄るドルドレンに、フォラヴは振り向いて困ったように見つめた。ドルドレンの後から、イーアンやタンクラッド、シャンガマック、ザッカリアが続いて駆けてきた。


「シサイは」


『ここだよ』


 ドルドレンは蔓の壁の向こうから聞こえる声に、ハッとした。閉ざすように穴にはびこった、太い蔓の向こう。その隙間から見える、赤い光と、手前にいるシサイ・・・その後ろにいる誰か。


「シサイに何をした」


 怒鳴るドルドレンに、耳障りな声が笑う。『何もしてないよ。餌だ』そう答えて、男はシサイを片腕に抱えたまま、蔓の壁の側に近寄った。


『見えるか?この哀れな羊飼い。昨日の夜から俺に捕まって、怖くて眠れないままだ。お前たちに出会わなければ、餌にならずに済んだ、哀れな若者だ』


「そこまで言えるなら放してやれ。・・・おっ。おお?!」


 言い返したタンクラッドが慌てる。腕が勝手に動き、剣の柄を握る自分に驚く。『おい、おい!何だ』抵抗するタンクラッドは剣を掴みながら、仲間の視線をざっと見渡し『俺から離れろ』と叫んだ。


 ぞくっとした全員が、ばっと飛び退く。タンクラッドの右腕が、剣を引き抜いた。目を丸くして驚くタンクラッド。それを見ている笑う声が響く。



『大きい剣だ。それなら一人、一太刀か』


 タンクラッドの顔が怒りを浮かべる。『貴様』呟いたすぐ。タンクラッドの右腕が剣を握ったまま、シャンガマックを襲った。

お読み頂き有難うございます。

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