787. アゾ・クィの魔物 ~夜明け
翌明け方。
タンクラッドと一緒にいたコルステインは、やはり昨日と同じ気配を感じた。布団に包んだタンクラッドを馬車に置いて(※簀巻き)ニッコリ笑ってから立ち上がる。
馬車の外で体を霧に変えた瞬間。昨日の気配は掻き消えた。同じだと理解する。コルステインは青い霧に変わったままで、気配のある場所へ動いた。
その場所はびしょ濡れで、特に他に何もなかった。コルステイン、考える。
誰だか知っている気がする。サブパメントゥの誰か。でも誰だか思い出せない。
ずっと前に知っていたような気もするのに、キョーミないと忘れる・・・誰だっけと思うのも束の間。やはりキョーミがないので、これも忘れることにした(※この辺が鳥的感覚)。
こんなことよりも大切なことが今、コルステインにはある。
最近は毎晩、会いに行けば必ず、タンクラッドが待っていてくれる(※連れ出すから)。それが、とても幸せなコルステイン。
ギデオンも好きだった。ドルドレンも好き。イーアンも好き。でもタンクラッドはいつも優しくて、ずっと一緒にいてくれる。だから一番好き(※ギデオン敗退)。
青い霧はふわふわ浮きながら、ピンクや黄色やオレンジに色を変えて(※嬉表現)暫くの間、村の井戸の上を漂うと、徐々に薄れて空気に消えて行った。
宿屋のベッドで眠っていたザッカリアも、この日は目覚めるのが早かった。夢ではなく、嫌なものを見たから。ぱっと目が開いて、体を急いで起こす。
「シサイ。シサイが」
ザッカリアの頭に飛び込んできたのは、彼が魔物の群れの中にいるところ。昨日の羊飼いのお兄ちゃんは、暗い木の影に埋もれて、魔物に取り囲まれていた。怖がる顔を、後ろの誰かが笑っている。
慌てて服を着て、ザッカリアは朝も早くから、隣のフォラヴの部屋の戸を叩いた。
ザッカリアに事情を訊いた妖精の騎士は、シャンガマックも起こす。3人で馬車へ行き、声の掛けにくい状態と思いつつも馬車の扉を叩くと、すぐにイーアンが出てきた。起こした理由を伝えると、彼女は頷く。
「ドルドレンに今、話します。隣の馬車はタンクラッドが寝ているので、彼も。多分、布団で包まれていますから、解いてあげて」
布団で包まれる?どういうことかと、騎士3人が隣の馬車へ行くと、開け放たれた扉の手前で、簀巻きにされて転がるタンクラッドを見て驚いた。
何の被害かと慌て、シャンガマックがタンクラッドに急いで声をかけると、目を開けた剣職人は苦しそうに『バニザット。すまないがこれを解いてくれ』体が痛くて動けない、と打ち明けられた。
この言葉に、彼が3日間、夜になるたびにこの状態でコルステインと眠っていると知った3人は、心から同情した。
そしてシャンガマックは、イーアンがタンクラッドを起こすよう、自分に頼んだ理由も知った(※アレ)。
これは確かに・・・女性には衝撃が強いと理解し、顔を赤らめるシャンガマックも、そっと違う方向に顔を向ける。タンクラッドは『痛い』を連発しながら、呻いて体を起こしていた。
ドルドレンもイーアンに起こされて、股間が落ち着く暇も与えられずに着替える。
早く落ち着かせろと愛妻(※未婚)に急かされ、急かされてもどうにもならないと困ったものの、緊急事態だと焦る愛妻に、股間以外の場所は服を着せられた(※微妙な状態)。
「ここが落ち着くくらいの時間はあると思うのだ。シサイは危険かも知れないが」
「一分一秒ですよ。早く助けに行かなければいけません。だからあなたは、それ何とかして」
それ、って言われても・・・ドルドレンは寂しそうに、直立を丁寧にズボンにしまいこみ、ちょっと無理があって痛いものの、愛妻に『早く行くぞ』と追い立てられて馬車を出た(※股間不自然)。
同じように、その部分が不自然な状態のタンクラッドも、丁度馬車から出てきて、宿にいた全員で緊急の話し合い。
「というと。森の中だな。シサイは捕まっている状態で、何か別の目的に使われている感じだろうか」
「分からない。魔物がいて、シサイの後ろに誰かいたんだよ。魔物と違う、人間みたいな」
ドルドレンの質問に答えるザッカリアの言葉。フォラヴたちは眉を寄せる。人間のような相手が魔物にいる。そのことが重く感じた。
イーアンとタンクラッドはそこは気にしない。人間型と意識するが、それはそれ。相手は人間ではない、魔物と見做す。
「分かった。では、とにかく急ごう。まずは宿の主人に事情を話して、馬車を置いたまま退治に向かうことと、朝食を後で摂ると伝えねば。
その際に村長に魔物退治の申請をして。俺は後から行く。シャンガマック、お前も俺と一緒だ。他の者は森へ向かってくれ」
ドルドレンは行動に移る前の流れを話し、イーアンには、ミレイオとオーリンに連絡をするようお願いした。
イーアン、ここで思い出したことがある。『ミレイオは今日から数日、用で留守ですって』それを言うと、皆が一瞬、驚いたような顔をしたものの、それはまぁと受け入れた。なのでイーアンは、オーリンだけに連絡をすることになった。
「じゃ。もう行くぞ。龍で行かないと間に合わないだろうから、村の外に出てすぐ龍を呼ぶ。ドルドレン、それを村民に話しておけ」
親方の言葉に、ドルドレンはここが難関だなと思う。
自分たちの説明よりも先に龍を見れば、村人がどう反応するか分からないのだ。村の外に出て呼んだところで、降りてくる龍を見たら、下手をすると自分たちも魔物扱いされるかも知れない。
「ちょっと、やっぱり待ってくれ。説明が先だ。先にしよう。
こうした小さな地域は、見慣れないものや恐怖の対象を、多数決で排除する傾向がある。誤解は避けないと」
苦い表情でドルドレンは首を振って、大きく溜め息をつく。総長の言いたいことは分かるので、止むを得ないと思うタンクラッドたちだが、一刻を争うかもしれない中、気持ちが急ぐ。
「それならとにかく、早くしろ。昨日笑顔だった羊飼いが、今もしや傷だらけなんて想像もしたくない」
タンクラッドの焦る思いが、皆の胸をぎゅっと握る。龍と飛んだ、シサイの喜んだ顔を思い出すと、彼がこの時間にどうなっているのか。それを想像するのが怖かった。
ドルドレンは頷いて、すぐに宿屋の主人を呼びに行き、取り急ぎの事情を話し、自分たちが龍を使って魔物を退治することを教えた。
「龍ですって?本当に?龍って、お話のでしょう?そんな・・・あなた方は、一体何者なんですか」
「驚くなという方が無理だろうが、龍の加護を受けている。これは本当だ。とにかく大急ぎの用事だから、村長に取り次ぎたい。シサイを助けに行きたくても、龍で飛ぶのだ。村の者たちに、龍と魔物の区別が付かないと困るだろう」
主人は驚き過ぎて言葉が出ない。でも『羊飼いが危険だから早くしてくれ』と詰められ、どうにか分かったと返事をすると、外套を引っ掛けて一緒に出かけた。
小走りに向かう村長の家へ行く間。龍は危なくないのか、万が一攻撃されたら、もしも村に何かしてしまうことがあれば、と心配事を思いつき次第、宿の主人は口にしたが、ドルドレンは取り合わなかった。
「そんなに愚かな生き物と思うな。崇高で気高く、人よりも多くを知っている。それ以上は、恐れがあっても訊くな」
少し気を悪くした様子の総長に、主人は困惑しながらも頷き、黙った。
そして村長の家に着き、宿屋の主人は門を叩く。小さな村の長の家だが、それなりに建物は大きく、奥さんが出てくるまでに少し時間がかかった。
「どうしたんですか、こんなに朝早く。魔物・・・あの、そちらの方たちは」
「デルフェさん。申し訳ない。羊飼いのシサイが魔物に捕まった情報が。ここにいる人たちは、ハイザンジェルから派遣された、魔物退治専門の人たちです。テイワグナに魔物が出ると知って、来て下さって、それで今もシサイを助けに」
驚いた村長の奥さんは、そこで宿屋の主人の言葉を遮り、門を開けてとにかく中へと促す。
ドルドレンとシャンガマックだけが入り、後の者は門の外で待機を申し出た。奥さんは全員に入るようにと言ったが、許可が下り次第、すぐに向かうと彼らが言うので、門を締め切らずにそれを了解した。
中に入ったドルドレンとシャンガマック。奥さんが急いで呼んだ村長のおじさんを見て、寝惚け眼の寝巻き姿を少し申し訳なく思う。
ここでも宿の主人が、同じように紹介をしてくれて、彼らの証明になるものを借りて見せると、村長も寝惚けた頭でうんうん頷き『そうか。ハイザンジェル国王の』と信用した様子だった。
それから背の高い二人の男を見上げ『騎士なの?シサイが攫われたって何で知ったんですか』と訊ねた。
急ぐ二人に、暢気に質問への応答している暇はない。魔物への取り組みが集中的なハイザンジェルだったから、すぐにそれが分かったと、それっぽい誤魔化し方をした後、『俺たちは龍を使う。龍を使うにあたり、村民に慌てないよう、それだけをお願いする』と言うと、村長は目を丸くした。
「龍。龍?そんな恐ろしい生き物がいるのか?本当に」
「恐ろしくない。崇高で気高い、聖なる生き物だ。龍の加護にある俺たち騎士修道会だ。これはハイザンジェル王国に確認をしてくれれば、国王が応答するくらいに確かなことだ。
とにかく、今は大急ぎだ。シサイを助けるために龍を呼ぶが、村民に決して怖がることはないと伝えてほしい」
「どこから来るの。本当に龍なの?龍って牙とかあるんだろ」
村長はあまり頭が良くない様子。イラつくドルドレンは、良いからシサイを助けに行かせろと怒り、『龍は何もしない。姿を見て驚くなというだけだ』それだけ言うと、部下を連れて大股で村長の家を出た。
急いでついて来た宿の主人に振り向き、『馬車を置いていくから。朝食は戻ってからにする』そう伝えると、頷く主人に後を頼み、タンクラッドたちと一緒に走って門へ向かった。
門番に、外へ出ることと、シサイを助けることを伝えると、あれこれここでも訊かれたが『良いから早く開けろ!』と怒鳴り、門の扉を開けさせた。
「龍を呼ぶ。俺たちは龍と共に戦う。決して恐れるな。聖なる力の加護のあらんことを」
ちょっと仰々しめに門番に言い、驚く門番の見ている前で、草原に立った騎士4人とタンクラッドとイーアンは龍を呼んだ。
イーアンは、自分が龍を呼んだ方が良いのか分からなかったが、もしかするとミンティンの方が、村の人も知っているかもと思い、一応呼んだ。
あっという間に空が明るく白く輝き、柔らかい輝きの中から龍が降りてきて、男5人と女一人は、龍に乗る。イーアンはよじ登る時間が惜しいので、ミンティンに鼻で突いて乗せてもらった(※乗り方がこれだと格別に印象が良い)。
背後で驚きの声を上げる門番を無視して、龍に乗った一行は森へ向かう。
イーアンが先頭で、ミンティンに『シサイが。昨日の彼です。魔物に囚われているのを助けます』分かるかしらと伝えてみると、青い龍は首を揺らしながら、躊躇うことなく森の奥を目指した。
上から見る森は思うよりもずっと広く、イーアンたちが降りてきた山の側まで、続いているように見えた。魔物はどこにいるのかと思う広さ。でもミンティンは探している。気配を探し、村から随分と距離を置いた、森の中心くらいの位置で止まった。
真下を見ても、黒い陰を作る背の高い木々が密集して、何がどうなっているのかは全く分からない。
イーアンとミンティンの後ろに付いた、ドルドレンたちは『ここか』と訊ねる。イーアンは多分そうであることを答えたが、ミンティンが降りられないことを言う。
「仕方ない。ミンティンは空中で待っていてもらいなさい。ショレイヤに乗り換えて。おいで」
出来るだけ近くにショレイヤを寄せ、イーアンを抱き上げてドルドレンは前に乗せる。ミンティンは待機、と教えると、青い龍は無表情にぷかぷか浮いていた。
ショレイヤたちなら入れると指示を出し、ドルドレンたちは暗く鬱蒼とした森の中へ龍を降した。森は一瞬、異様な音を立てたが、それは本当に僅かな時間で、ドルドレンたちが気が付くほどではなかった。
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