786. アゾ・クィの村の夜
草原を越え、近付くにつれて、村の様子が見えてきた。
塔は村の中央に立つ様子で、丸太を縦に並べた壁がぐるりと囲んでいる。どことなく、地方の要塞のような姿。凡そ『のんびり』とは見えない雰囲気の村に、イーアンもドルドレンも意外な気持ちを抱いた。
「まだ。魔物が出て、一週間も経っていないような」
「そうだな。そろそろ一週間・・・だが。それは津波から数えてだから。あの物々しい雰囲気は、別の理由があるのかな」
魔物防御ではなさそうだね、と。そう話し合いながら、馬車を進める。しかし近付くほどに、守りを固めている印象が強くなる。
「こうした村もあるのですね」
村の外壁を見上げるイーアンは、不思議そうにその様子を呟いた。
隙間一つない丸太の並べ方。一切、中を見せないような造りが、草原にポツンとある村にしては・・・先入観でそんなことを思う自分がいる。
もう夕方の時間なので、ドルドレンとしては、村の中で休めればと思うところだが。この雰囲気だと中へ入ることも怪しい。
壁に沿って馬車を進め、入り口を探すと、道とかなり離れた壁に扉があった。しかしその扉もまた、見た目は丸太を繋いだ戸で、中の人間が開閉する造り。何とも用心深く感じる。
扉の前で、どう呼ぼうかと考えていると、扉の近くから声がした。どこから聞こえるのかと思えば『上だ』と言われて、ドルドレンとイーアンは上を見る。
なるほど。門番は、支部の門番と同じで見張り台にいる。ツィーレインもそうだった。ここはそうした感じなのかと理解し、ドルドレンは『旅をしている。今日だけ中に入れてもらいたい』と大声で用件を伝えた。
門番は、そこで待つように言い、門戸を開けてくれた。馬車は中へ入り、入ってすぐに扉が閉められた。門番の男が2人来て、ドルドレンとイーアンを見て『どこから来たのか』と訊ねた。
「ハイザンジェルから来た。この村のことを知らなかったが、羊飼いの男が教えてくれたから、食料を買いたくて訪れた」
「ああ。羊飼いの。そうか・・・食料なら、贅沢を言わなければ、そこそこ売っている。宿は?人数に寄るが、多くないなら宿もある」
話してみれば普通の会話。ドルドレンは安心し『馬車もあるから、仲間の何人かは馬車で寝るが、宿も泊まれたら助かる』と言うと、門番は了解し、一人が案内すると申し出てくれた。
小柄な背の彼は、馬を引いてすぐ背中に乗ると、付いてくるようにと合図して、村の通りを進んだ。
通りは、大きい通りが一本と、脇に延びる各戸に続く細い道から、隣の通りを窺い知ることが出来た。全体が大きな円形にまとまった村で、通りを挟んで左右に広がる建物。
どこでもそうだが、大通りに面した建物は、大体が店。商業用に立ち並ぶ建物で埋まる。案内の男は、夕方時、そろそろ閉店しようとしている店の前に止まり、そこを指差して『ここで食品は買える』と教えた。
「どうする。宿も今、教えておこうか」
「この店はもう閉まってしまう。明日立つから、今買いたい」
「じゃあ。宿はこの先の、右に見えるか?黄色い看板があるだろう。あれの奥に・・・分かりにくいが、宿屋の看板がある。少し引っ込んでいるが、緑色の看板だ。近くまで行けば分かるだろう。食事は階下で出しているが、今日はどうかなぁ」
ドルドレンはお礼を言って、仲間に宿の値段や様子を訊かせると話し、案内してくれた男を返した。
馬車を降りて、イーアンとドルドレンは店屋に入る前に、仲間に状況を話し、自分たちは食材を買うから、誰か宿屋に詳細を聞いてほしいと頼んだ。
「俺が。行きましょう。ええっと、どうかな。フォラヴも一緒に行こう」
一人よりは二人の方が良いのか。理由はともかく。シャンガマックとフォラヴが、宿屋へ向かう。ミレイオが下りてきて、一緒に食材を買うと言うので、イーアンとミレイオが買出し中心。
オーリンは、まだもう少し作業するとかで馬車に残り、タンクラッドは眠っているので放置。ザッカリアとドルドレンは御者台で、荷物運びに呼ばれるまで待機となった。
店の前に止まった派手な2台の馬車に、村の店屋さんは物珍しげに見ていたが、さらに派手な男と、ちっこい女が入ってきて、買い物の内容を相談したので、店屋の主人は少し気圧されて返事を返す。
主人は、ちっこい女の方が、人懐こそうな顔をするので、そっちを専ら見て笑顔で商売。
ふかふかした髪の毛に、耳みたいな飾りを頭に付けているから、犬みたいに見える。ニコニコしている顔に釣られて笑顔が出た主人は、彼女に飴をあげたら喜んでいた(※イーアン犬、ここでも飴Get)。
時々、口を挟む派手な男はオカマと知り、そっちにはビクビクしながら受け答えした(※答えないと怒られる)。
「どこから来たの」
主人は派手な馬車とちっこい女を見ながら、荷物を箱に詰めてやり、質問する。『ハイザンジェルです』との答えに、山を越えてきたのかと訊くと、そうだと言う。
「ありゃ。国境の方は魔物が出るだろうに。大丈夫だったのかい。ここもこの前、出てね。夜になると、魔物がうろつく声がするから、昼の間にさ、壁の壊れた所とか直して。もう必死だよ」
「誰かが被害に遭いましたか」
「いやぁ。まだ、そういうのはないんだけど。羊飼いが毎日外に出るのは心配だよ。
魔物が出るからって、ここを通過して、山へ行く職人たちもいるんだけど、ついこの前、魔物が出たから今年は全然少ないし。暫くはお客さん、少ないかもなぁ」
お客が少なくなるだけで済めば良いけど。ミレイオは聞きながら思う。
イーアンが喋ると、大体の民間人は口を開くらしいと分かっているので(※さっき飴もらってた)ミレイオは口数を少なめに、買い物の大事な部分だけを押さえていた。
主人は、ハイザンジェルの旅人に『どうなの。ハイザンジェルも魔物がすごかっただろう』と不安そうに訊いた。イーアンは頷いて『少しは落ち着いたと思う』と答え、それまでは大変だったと教えた。
「そうだよねぇ。ここは国境が近いから。ハイザンジェルの魔物が入ってきたらどうしよう、って皆で怖がって・・・いや、ごめん。悪い意味じゃない」
「良いのです。分かります。でもこちらには特にこれまで、何もなかったのですか」
「そう。だけど、次は我が身だよ、本当に。今そうなるとさ、ハイザンジェルの人たちが逃げてきたのも、よく分かる。あんた方も大変だったね。これからテイワグナもそうなるだろうな」
「あのう。私・・・その、信じられないかもしれませんけれど。これでも魔物を退治したことがあります。お役に立てたら」
イーアンが気の毒そうに、不安な顔の主人に言うと、主人は少し黙ってから笑った。『あんたが?魔物を?そうか、頼もしいな。有難うね』完全に見くびられたイーアン。寂しそうに俯いた。
ミレイオは、これも仕方ないかと黙る(※見た目=ワンちゃん)。
「いいの、いいの。廻って来るんだよ、こういうの。命からがらハイザンジェルから逃げてきたんだから、ここで頑張らないでいいよ。ただ、テイワグナも安全ではないから、早くヨライデかどこかに出な」
主人は箱詰めした荷物を8箱用意し、代金をミレイオから受け取ると、イーアンの頭をぽんぽん叩いて『有難うね』とお礼を言った。その時主人は、耳飾りに見える白いのが異様に硬い気がしたが、それはそこ止まりだった。
イーアンとミレイオはお礼を言って、表の馬車にいるドルドレンとザッカリアを呼び、食材を馬車に運んでもらった。
主人はイーアンに、もう3つ飴を渡し『気をつけるんだよ』と微笑んだ。イーアンはお礼を言って『おじさんが本当に魔物で困ったら、私は役に立てるかも』と、もう一度トライしたが、主人はまた笑って『その時頼むね』と流した。
寂しいイーアン。無言で同情を伝えるミレイオに、背中を押されて馬車に乗り、次は、フォラヴたちが様子を見に行った宿へ向かう。
フォラヴとシャンガマックは宿から出てきてすぐ、馬車が来たのを見て、ここで泊まれることと、食事も出来ることを伝えた。
「そうか。料金は」
「安いですね。食事付きで150ワパンです。でも風呂がないので、そこは我慢ですね」
「風呂は仕方ないな。とりあえず、泊まりたい者はここで休め。俺とイーアンは馬車だ」
ドルドレン。イーアンとはいちゃつく前提。是非、馬車でと思う。宿泊はシャンガマックとフォラヴ、ザッカリアの3人だけ。タンクラッドは外じゃないかと言われたが、まだ寝ているので、後で訊くことになった。
3人が宿泊、食事は8名分と頼むと、主人は夕食と朝が出せると言う。合計700ワパンで済むと分かり、先に支払った。
『馬車は裏に置いて下さい。うちの馬車がありますけど、その横に2台入ります。それで飼葉と水はこっちですから、これは自由にどうぞ』裏庭に案内され、馬車を入れると、馬の食事と水を用意。
それからタンクラッドも起こして、食事の用意が出来るまで馬車で待った。
この日。シサイには会わなかった。村のどこに家畜が戻るのか、それは分からなかったが、家畜の声がしていたので、シサイとはすれ違いだったのかもとイーアンたちは話し合った。
夕食の準備が出来たと呼ばれ、全員で食事を取り、魔物の状況などを訊ねながらの夕食。他に客がいないので、年の頃60代の主人と奥さんは、旅人の側に来て近々の情報を喋り続けた。
「何日前だったか。魔物がね、突然。塀を越えて来ちゃって。それはもう追っ払ったけれど、塀の壊れている部分は急いで修復したんだよ。あんな塀じゃ飛び越えられるかもしれないけど、それでも隙間から、あっさり来られるよりはマシだ」
「どんな魔物だったのだ」
「うん?夜だからね。松明で姿を見た人が言うには、大きな狼みたいな姿だったようだよ。でも狼にしてはね」
主人は奥さんを見て、嫌そうに二人で首を傾ける。その様子を見つめる8人の旅人は、彼らの言葉を待つ。
「何だろうね。手当たり次第、噛み付いて壊したんだよね。それに声がさ。不気味で。笑うんだよ、人間みたいな声で。女の声みたいに笑う声。あれは気持ち悪いよ」
「どこが壊されましたか」
イーアンの質問に、家畜小屋と答えが返る。『夜ね。家畜小屋がどこにあるか、知っているみたいに走って、小屋を壊したらしいよ。それで家畜は牛が2頭やられた』群れが来たと話す主人に、イーアンはゆっくり頷いた。
追っ払った様子を詳しく訊くと、松明を振りながら追い詰めたら逃げたという。ドルドレンと騎士たちは目を見合わせる。そんなことで逃げる魔物がいるのかと思う。
「家畜は大事だからね。村の真ん中に小屋があるんだよ。水もさ、見たかね。井戸は村の真ん中。皆の財産だから中心にあるものなんだけど、井戸にね・・・牛の死体を投げ込んじまってさ。一度水抜いたりして、大変だったんだから」
「魔物が。井戸に牛を」
「そう。大きい魔物だからね。牛を引きずっていって、あれ、食べようとしたんだろうな。でも村人に追われるから、きっと諦めて隠そうとでもしたんじゃないのか?井戸に放っちまって」
イーアンは黙った。魔物は食べない気がする。モデルになった動物の習性で咬んだり口に入れるにしても、食べて生きているわけではない。それはハイザンジェルと同じなら、奇妙な行動に思えた。
それに。モデルになった生き物がイヌ系統であれば、隠すだろうかとも思う。
黙ったイーアンを見つめるドルドレンとシャンガマック、ファラヴ。彼女が何かを考えていると知り、主人と話す内容を変えた。
自分たちはハイザンジェルの騎士修道会で、魔物が出た情報を受けて、国王から任命された派遣の者と伝えた。宿屋の夫婦は驚き、それが本当かと聞き返した。
「魔物退治で?わざわざ来てくれたって?国王が頼んだのか」
ドルドレンは送り状の一枚をイーアンから受け取って、ハイザンジェル国の紋章の入った紙を見せる。
『これがそうだ。魔物を捕らえたら、一部を国に送る。退治が目的だが、利用も考慮しての派遣だ』そう教えると、甚く感心した宿屋の夫婦は、村長に明日話そうと言ってくれた。
「こちらの警護団にも通達が来ている。それを各地域で把握しているかは分からんが、魔物退治に不慣れな人々の役に立つよう、俺たちは派遣されているから、魔物が出たら倒す。そちらさえ良ければ」
「勿論ですよ・・・どうして良いのか分からないのに、断る理由がないです。
でもきっと、身元確認とかね。いやらしいけど、そういうこともあるかもしれないから、一応、村長の了解と、警護団からの連絡を照らし合わせてから、動いた方が良いかもね」
そのようにしたい、とドルドレンが言うと、宿屋の夫婦は見て分かるくらいに喜んでいた。控え目ではあるが、安心した様子が伝わる、お互いの表情と交わす話。
8名はそこで夕食を終えると、翌朝に村長に案内して貰えるよう頼み、それぞれ寝床に向かった。
ミレイオは一度イーアンを連れて地下へ。戻ってきてからドルドレンとイーアンは、夜間飛行でちょっと楽しんだ。ミレイオは地下へ戻った。
オーリンも空へ戻り、騎士3人は宿に泊まり、タンクラッドは案の定、コルステインにニコニコ攫われて、外で就寝を余儀なくされた。ベッドはまだ出来ていなかった。
草原の向こう。森の方から、誰かの笑い声が響いていた夜。
お読み頂き有難うございます。




