表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅路 ~テイワグナ入国
784/2955

784. 羊飼いシサイと7頭の龍

 

 馬車で待つドルドレンたちは、こちらへ近づいて来た二人を見つめていた。


 イーアンと、横を歩く若者。

 彼は質素な身なりで、日焼けをしている細身の体つきに、少しあどけなさが残る顔。正直そうな印象だった。

 大きなカバンを肩から提げ、手に木の枝を持ち、赤い真っ直ぐな髪の毛と、青い目の組み合わせ。ドルドレンは、南支部のベレンも赤い髪と青い目だったのを思う。彼の後ろには、30頭近い羊とヤギがついて来た。



「ドルドレン。彼はシサイ。私が驚かせてしまいましたが、話を聞いて下さって、あの龍の彫刻のことを教えて下さるそうです」


「そうなのか。急に驚かせてすまなかった。俺はハイザンジェル騎士修道会のドルドレン・ダヴァートだ。魔物退治で先日テイワグナに入ったばかりで」


 長身で精悍な男の挨拶を貰い、シサイは少し気後れしたように目を逸らした。イーアンはすぐに気が付いて微笑む。


「ドルドレンは私の旦那さんです。雰囲気が硬く見えるかもしれませんが、優しくて分け隔てない方ですよ。大丈夫」


「え。イーアンは龍なのに、人間と結婚してるのか」


「結婚はまだなの。でも旦那さん」


 ふーん。シサイは違う部分で緊張が解けた様子。ちょっと笑ったドルドレンは、馬車を降りてシサイに手を伸ばし握手をすると、龍の彫刻に興味があるから、是非、話を聞かせてほしいと頼んだ。


 頷いたシサイに、馬車の中にいる仲間を紹介する。龍の話をしてくれる地元民がいる、とドルドレンが言うと、彼らは集まってシサイの側へ来た。

 年齢層が高く大人が多いことと、皆が統一したように見栄えが良いこと。そして、異様に派手な刺青の男がいること(※怖い)にシサイは驚く。しどろもどろで『こんにちは』を呟いて終わった。


 イーアンを振り向いて『イーアンが一番普通に見える』と小声で言うシサイに、イーアンは笑って首を傾げる。

『私は人間じゃないのですが』そう笑うイーアンに、シサイもちょっと笑い『でも。こんな人たちの集団、見たことないよ』と囁いて付け足した。


 イーアンは、シサイの言いたいことは何となく分かるので、うんうん頷いて、とりあえず彼を、馬車の溜まり場へ連れて行き、床に座らせる。

 動物たちは大丈夫かと訊くと、いつもこんな感じだから平気、と答えが戻った。


「旅をしているなら、時間は大事だろうから。俺が知っている話だけするよ。

 もしかするとこの先、また誰かに龍の話を聞かせてもらうかも知れない。地域で少し違うみたいだし、聞くと面白いかも」


 8人は、羊飼いのシサイをやんわり囲んだ状態で腰を落ち着け、彼に話をお願いした。シサイは、龍の彫刻を施した柱の数本を、手に持った枝で示すと『あれは7頭の龍の話なんだよ』と話し始めた。


「昔。大きな龍がいたんだって。地上が魔物に襲われた時、龍に助けを願った人たちの気持ちが通じて、龍は空から来て、小さな人間の代わりに魔物を退治した。龍は後2回助けてあげると約束した。


 それからずっと時間が流れて、また魔物が地上を襲ったんだ。地上の国を少しずつ、魔物は襲い始めて・・・・・

 俺、この話を今思い出すんだ。ハイザンジェルだけに魔物が出ているって聞いてから。もしかして次の国もあるのかって。

 ハイザンジェルはどうなったか知らないけど。テイワグナも最近だよ、魔物が突然出て、皆大変なんだ」


 俯きがちに心配を繋げたシサイは、溜め息をついて、顔を上げて話を戻す。


「そう。それでね、魔物が少しずつ地上の国を襲い始めて、何年も苦しめられた。勿論、テイワグナも。人間も家畜も海も山も川も、魔物にやられて、テイワグナの人々は祈り続けた。


 ある日、テイワグナの魔物に、それまでになかったくらいの大きな魔物が現れて、もうこれまでと皆が思った時。7頭の龍が空から降りてきて、龍に乗った人たちが魔物を倒し始めたんだ。一頭はとても大きくて、青い龍だった。他の龍も美しくて、それは信じられないくらい強かった。


 龍と龍に乗った人たちが戦うと、大きな魔物は三日三晩で倒されてしまった。

 倒し終わった後。

 人々はお祭りをして彼らを讃えた。大きな青い龍に乗った人は、テイワグナの人に『自分は龍だ』と教えて、いつでもあなたたちを助けに来ると約束してくれた。その人は女の人で、見たことのない顔だった、と・・・お話にはあるよ。お話には、絵もあって。イーアンと似ている顔の絵もあるんだ」


 シサイはそう話すと、7本の龍の柱に顔を向けて『あれは、その時の記念だ』と言う。昔からあるけれど、朽ちては作り直すらしかった。あの7本の柱の配置は、いつか龍が降りる時に目印になるようにと、そうした意味もあると教えてくれた。

 それから羊飼いは、向かいで話を聞いているイーアンを見て微笑む。



「驚いたけど。イーアンが龍だと言ったから、俺はすぐに話を思い出したよ。助けに来てくれたんだ。昔と同じ、テイワグナの皆が困っているから・・・でも、馬車か。龍はさすがにいないんだね」


「龍ですか。そうですね。思い当たるのですけど、どうしましょう」


 イーアンが答えると、仲間が少し笑った。シサイは彼らを見て、彼らがお話の龍のことを知っているんだと思った。

『イーアンたちも知っているのか。何を知っているのか、俺に教えてもらえる?』こんな時勢に入り、シサイは不安な数日に苛まれていた。これも縁なら、希望を見たい。



「イーアンが良ければ。少しだけでも」


 ドルドレンがそう言うと、オーリンが『ガルホブラフだけでも良いんじゃないの』と若い羊飼いを見て、可笑しそうに言う。

 シサイは誰の名前なのかも分からない。彼らが龍の話を教えてくれる、この、魔物が出始めた恐怖に、希望を与えてくれる、それだけは分かるので、お願いした。


 イーアンはシサイを見つめて微笑む。『あなたは見も知らぬ私を信じ、私たちに親切にお話も聞かせて下さいました。お礼と言っては何ですけれど。この出会いにお礼を』そう言うと、仲間を見て『良いと思う』と笑った。


 ミレイオは微笑んで、馬車の壁に寄りかかったまま。シサイの前で、イーアンと男たちが馬車を離れて、夫々がいきなり笛を吹いた。その音色は聞いたことがなく、不思議な音だった。


 草原に草を食む家畜たちも笛の音に耳を動かしたが、動物たちはそのまま。シサイは何が起こるのかとドキドキしていた。すると目の前の空が明るく光りを放ち、白く輝いたと思ったら。


「来るわよ。見てらっしゃい」


 横の壁に寄りかかった刺青の男が、面白そうに呟いた。シサイは言われるまでもなく、輝く空に見入る。『あ!』驚く羊飼いの目に、黒い点が幾つも映ったと見るや否や、あっという間にそれは――


「龍!龍だ!!」


 慌てて立ち上がる羊飼い。急いで馬車を降りて、空を見上げる。龍は7頭。翼のあるものと、翼ではなく四肢があるものがいて。そのうちの一頭は青く大きかった。


「まさか。まさか、本当に。あの、あれ?あれですか?俺の話した」


「そうじゃないの?あんたの話のまんまに見えるけど」


 ミレイオは笑って答える。シサイの背中をそっと押して、側で見てこいと促した。足がすくむシサイは動けない。そんな羊飼いの青年に微笑み、ミレイオは彼の手を引いて龍の側へ歩く。


「怖い。怖いですよ」


「何言ってるのよ。怖かないでしょ。平気よ」


 ミレイオに手を引っ張られて、龍の前に連れて来られた羊飼いに、イーアンたちは笑顔を向ける。イーアンの横に大きな青い龍。男たちそれぞれに、一頭ずつ龍が寄り添う。彼らは少し自慢げに自分の龍に乗り、浮上する。目を丸くするシサイ。


 イーアンはシサイの側へ歩いて『良かったら。乗りますか。私と一緒にでしたら、この龍に乗ります』そう言って青い龍を見せる。


 答えられないシサイ。鼓動が早くなり、怖いような嬉しいような信じられないような。目を丸くして見つめるだけ。ミレイオに背中を押され、イーアンがゆっくりシサイの腕を取って引く。


 抵抗するに出来ない、素朴な羊飼いは、翼を出したイーアンに持ち上げられて(※半ば強制的)青い龍の背鰭の間に座らされた。座った途端、腰に鞭のような背鰭が巻きつく。


 驚いて声を上げるシサイに、イーアンは笑って『落ちないためです』と教え、自分も前に乗った。


「ではミレイオ。申し訳ありませんが5分程度で戻ります。馬車を見ていて下さい」


「分かった。気をつけて」


 ミレイオに手を振られて、イーアンはミンティンに『飛んで下さい』とお願いした。羊飼いを乗せた青い龍は、ふわーっと浮上して、あっという間に雲の上へ飛んだ。



 シサイには何が何だか。白昼夢のように、今、全ての不思議が自分の体に流れ込む。


 突如現れた、翼のある女に導かれ、馬車の旅人たちに龍の話をしてやったら。

『俺、俺。空飛んでる』何度も唾を飲み込み、龍の飛ぶ速度で顔に受ける風と、前に乗る、角の生えた女の振り向く笑顔に、何もかもが夢のようだった。


「シサイ!どうですか!あなたのして下さったお話は、今また蘇ったではありませんか!」


 ハハハハと軽快に笑う龍の女。シサイは驚くような可笑しいような。もう現実離れしているにも程があって、一緒になって笑い出した。


 後ろから同じように大きな笑い声を立てて、真横に付いた龍の背に乗る黄色い目の男が、こっちを見た。『どうだ?龍、いただろ』アハハハと笑って、びゅっと青い龍の前へ抜けた。


 次々に自分の横に並ぶ、色とりどりの龍。笑いそうにない鋭い目つきの男も、ニヤッと笑って『信じろ』と言うと、大きな青い龍を掠めて飛ぶ。


 イーアンが嬉しそうに振り向く。くるくるした黒い螺旋の髪に、白い角が突き出ていて、笑顔が子供のように見える。いきなりイーアンは翼を出して、龍から飛び上がった。


「シサイ!私と飛びましょう」


 イーアンは叫ぶと、シサイの両腕を掴んだ。それと同時に、シサイの体から鰭が解かれ、慌てる羊飼いの体が空に放り出される。シサイが悲鳴を上げたところを、イーアンが背中から彼の胴を抱えて、勢いをつけて飛んだ。


 笑うイーアンは、その両腕にしがみ付く羊飼いをがっちり抱きかかえて、6翼を宙に打ち付け、青い龍と並んで飛ぶ。


 体が浮いている状態で、翼のある女に抱えられて飛ぶ空。


 シサイは信じられないこの時間に、なぜか溢れて出てくる涙と、嬉しい笑い声が止まらなかった。7頭の龍。翼で飛ぶ龍の女。まさか、こんな日があるなんて。


 イーアンは彼を抱えて、遊ぶように7頭の龍を翔け抜ける。抜かれた龍が意地になって追いかけ、それを笑って旋回しながら、イーアンは振り切って空を飛ぶ。


 青い龍が、凄まじい速さで突っ込んでくるのを見たイーアンは、笑顔でその鼻先に待機し、焦って怖がるシサイをしっかり抱えたまま、ポンと龍の鼻で突かれると、回転してその首に跨った。

 若い羊飼いを自分の前に抱えたまま、イーアンは振り向く青い瞳に笑った。『楽しかったですか』シサイの涙が流れた後の頬を見て、イーアンは殊更ニッコリ笑う。


「さぁ、帰りますよ。ミレイオが待って下さっています」


 そう言うと、ミンティンに馬車へ戻ると伝え、青い龍は角度を変えて地上へ降下した。気が付いた他の6頭の龍もすぐにそれに倣い、次々に地上の草原へ向かった。



 馬車へ戻った龍の群れと仲間を迎えるミレイオ。シサイと一緒に降りたイーアンに微笑んで『あんたはちゃんと5分で戻る』と満足そう(※時間大切)。


「どうだった?龍のお話は本当だったの?」


 微笑む明るい金色の瞳に覗きこまれた羊飼いは、疲れた笑いを見せた(※現実離れ疲れ)。『本当だった。すごいよ』首を振りながら、龍と皆を振り返り、お礼を言った。


「今日は仕事にならないよ。信じられない。まだ信じられない。でも、素晴らしい時間を有難う。

 俺、会う人、皆にこの話をするよ。これから旅を続けるだろうから、きっとテイワグナで龍が見れるなんて知ったら、皆は心強いし、応援してくれる。俺もそうだもの」


 そう言うとシサイはイーアンに握手を求め、イーアンとしっかり握手してから、仲間の男たちにも順々に握手を求めた。彼らは若い羊飼いに微笑みながら、良い出会いと龍の民話にお礼を言った。


 それから彼らは龍を空に帰すと、お別れの挨拶をして馬車へ乗り始める。シサイが『どこへ向かうのか』と訊ねると、御者台に座ったドルドレンが答えた。


「この先の旧道へ出て、そこから街道へ向かう予定だ」


「そうか。街道から方向は?」


「ええっとな。この旧道沿いにとりあえず用があって、食料を買い足さないといけない」


 ドルドレンは地図を取り出して見せると、羊飼いはじっと地図を見つめ『ここにも道はあるよ。描いてないけど。俺が家畜を預かる村があるんだ。アゾ・クィ村っていう。

 そっちの方が近いし、夜までには着く。種類はないけど食料を売っている店もある』地図に指を置いて動かしながら教えた。


「集落がこっちにもあるだろう。そこへ行こうと思ったのだが」


「その集落は人はいるけど、店なんかないよ。村に買いに来るもの。

 ええっとさ、この道を真っ直ぐ行くだろ?そうするとね、左にこう・・・ちょっと下るように続く、道が出てくる。草原の中だから、馬車がすれ違うことも出来るよ。

 そこを進むと、今そっちに見える森を抜けて、村に行く近道だ。旧道まで出ると、村が遠くなる。道はね、村を抜けて暫く進めば、旧道の最後の方に出て、街道に繋がる。それじゃダメかな」


 ドルドレン。思わぬ情報を仕入れて、シサイにお礼を言う。『そうなのか。ではそうすることにしよう。有難う』羊飼いはニコッと笑って『もしかしたら、また村で会うかもね』と答えた。


「俺は朝と夕方しか村に行かないから、会わないかもしれないけれど。運が良ければね」


 彼の言葉にドルドレンは、横に並んで座るイーアンと顔を見合わせて、微笑む。それから羊飼いを見て『村で馬車を停めさせてもらえれば、村で一泊する』と教えた。シサイは嬉しそうな顔をして頷く。


「じゃ。俺と会うかも。会えなかったとしても、俺は今日の日を死ぬまで忘れないよ。本当に有難う」


 若い羊飼いは笑顔で、もう一度お礼を伝えると、後ろに下がって手を振った。ドルドレンたちも『またね』と手を振りながら、馬車を出す。



 昼下がりの午後も中頃。

 旅の馬車は、見送る羊飼いに手を振りながら小さくなり、予定変更して近隣の村へ向かった。

お読み頂き有難うございます。


ブックマークして下さった方に、心から感謝します。とても嬉しいです!本当に有難うございます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ