783. 木彫りの龍の柱
馬車はゆっくり進む。道中に魔物が出れば倒して、と思っているものの。そんな気配もない。
すれ違う馬車がたまにあり、それはフィギを目指していると分かる馬車だった。ドルドレンたちが通る道沿いには、集落もなく、民家の一軒もなかったので、フィギは国境近くの一番奥の町であることを知った。
最初に決めた順路では、ミレイオ推薦のフィギから下りて、次は集落。集落は距離で見る限り、明日到着くらいの遠さ。
ドルドレンたちにもう一つ、小さな心配があるとしたら、それは買い物だった。『フィギは食料品がほぼなかったのだ』ドルドレンはイーアンに話す。
「食堂を探した時に食材店が開いていなかったことを、夕食時に皆が話していた。
思うに食事処などは、最初に自分たちで材料を運んでいるのだ。それから食材屋が来るまでは、交代で買出しに食材を買いに馬車で下りるとか。開いていそうな店も見たが、人が来たばかりのようで店内はガラガラだったしな」
イーアンは頷く。オレス夫婦は、自分たちの食料を運んできていた。きっとこれから、徐々に町は稼動する。イーアンたちは、時期も早くに来てしまったのだろう。
「水は昨日、宿で井戸を使わせてもらって汲んだが。食料は、後どれくらいあるのだ。まだまだあるとは思うが」
「ありますね。ただ、思ったよりも、粉が減るのが早いので。粉は早めに欲しいところです」
ミンティンで買いに行けたらと思う。そんな顔をしていたのか、ドルドレンも頷いて『龍で動ければ違うのにね』と言う。『テイワグナはまだ、龍を紹介するところから始めないといけない』そう。龍はまだ使うわけに行かないのだ。飛んでいたら何を思われるか。
これから魔物を退治していくうちに、龍の存在も馴染んでくれると良いねと二人は話し合った。
フォラヴの手綱を取る馬車からは、ザッカリアの楽器の音色が聞こえる。ザッカリアは、何も話さない時間は、楽器を弾いて過ごすことが増えた。フォラヴは音楽が好きで、彼が同行している旅路を心から喜んだ。
前に進む馬車のドルドレンも、聞こえる曲に歌を思い出して、口ずさむ。そんな伴侶の姿を、イーアンはニコニコして見つめる。ドルドレンの声が好き。彼の歌声が好き。イーアンは、いつもドルドレンが歌ってくれたら良いのにと思った。
緑の道に音楽を流す2台の馬車は、午前の山道を穏やかに進む。すれ違う馬車の御者は珍しそうに、歌う御者や、楽器を奏でる御者台の少年を見て、ニッコリ笑って手を振る。
荷台の扉が開いているので、中にいる仲間も、振り返って手を振る、すれ違う馬車の人に、ちょっと手を上げて微笑んだりして、行き交う相手を見送った。
そんなことを何度か繰り返すと、ドルドレンたちの馬車の家族も、こんなふうに毎日を過ごしていたんだろうなと、イーアンに限らず誰もが思った。
魔物退治の始まりが穏やかで、何となくのんびりした時間を、味わいながら過ぎる午前。
空に太陽が高くかかった辺りで、休憩の場所を選んで馬車を寄せ、昼食の時間。火を熾して料理を始める。お昼は一品なので、あっという間に調理は終わり、待っている間に各々用事を済ませ(※トイレ)全員で食事。
食べ終わって後片付けを済ませると、馬車はまた西へ向かう。
この道の先、大きな街道に繋がる旧道が見えてくると、旧道沿いに集落があるはず。とりあえず、そこを次の目的地にしているので、馬車はどこで停止することもなく動き続ける。
午後の馬車では、オーリンとミレイオが、親方の簡易ベッドを製作中。シャンガマックは資料と一緒に解読中。フォラヴとザッカリアは音楽に浸り、ドルドレンの歌う横に座ったイーアンは、伴侶に寄りかかって過ごす。
そのまま暫く進み、実にのんびりした午後の馬車に揺られ、イーアンは眠くなった。うつらうつらしているところで、伴侶に突かれる。
ハッとして起きたイーアンに、ドルドレンが少し笑って『眠っていたのにすまない。見せたかった』そう言って、道の先を指差した。イーアンはじっとそっちを見て、『見えません』と答える(※遠目が利かない)。
「もう少し近付くと分かるだろう。ちょっと眠らないで待っておいで」
うん、と頷くイーアン。ぼけーっとして頑張って目を開けていると、『ほら』と微笑む伴侶の示す先に。なるほど、これかと思うものがあった。
「これ。龍ではありませんか」
木彫りの柱が忽然と現れたと思えば、よくよく見たら龍の彫刻である。
雨曝しでどれくらいの年月が過ぎているのか。灰色に色も変わった木は、ひび割れており、龍の彫刻は遠目からでは判別付きにくい。
「うん。そうかなと思ったのだ。ハイザンジェルでは、こうしたものはないな。石像はあったが、それも龍そのものは見なかった気がする」
トーテムポールに似ているのか。もとは太い丸太だったと思しき柱は、道の脇にポツンと立ち、離れて目にする分には、枯れ木が直立しているようだった。
「イーアン。見てご覧。あっちにもある。どうしてだろう。この旧道手前の地域には、何か残っているのだろうか」
伴侶に指差された場所に顔を向ければ、本当。ぽつんぽつんと、不思議な感覚で、一見疎らに見えるような配置で柱は立っていた。
「あれ、全てそうでしょうか」
イーアンの質問に、ドルドレンは首を傾げて『ここは人がいないから、イーアン飛んで見てきて』と促す。本当に人がいないなら、まぁ・・・と思い、イーアンは御者台に立つと、4枚だけ翼を出して浮かんだ。
それからささっと周囲を見渡し、特に誰もいないことを確認して、ぴゅーっと柱へ飛んだ。
上から見たらまた違うことに気が付いたイーアン。柱は不定形を模って配置されていたわけではなく、広範囲に点々と埋められ、それはまるで何もない草原を囲い守るように見えた。
「何もない・・・・・ 何も。ないはずです。昔は何かがあったのか」
見える範囲に7本の柱があり、それは道沿いに広がる草原の一部を囲っていて、草原の向こうは小さな森が続いていた。森の中にあるのかどうか、それは分からないが、イーアンが思い出したのは神社の鳥居。
「鳥居もこうした配置がたまにありました。森の中に社があって、そこへ導くように。その社への道を聖なるものとするように」
独り言を落としていたイーアンだが、続きは消えた。
誰かの悲鳴が聞こえ、イーアンは急いで振り返る。さっと馬車を見ると、馬車も停まった。もう一度悲鳴のした方を見て、イーアン、しまったと思う。
森の側。誰かが自分を見上げて、口を開けて突っ立っていた。その人を見つけたイーアンに怯えたのか、その人は再び悲鳴を上げ、走り出した。周りにいた家畜らしき動物も驚いている。
イーアンは慌てて、逃げ出した人の前に飛んで回り込み、『すみません』と謝る(※余計怖い)。引き攣るように恐怖に怯える人の顔を見て、ショックと申し訳なさを感じ、わぁわぁ騒ぐ人に、どうぞ落ち着いて下さいと必死に訴えた。
「驚かしました。すみません。逃げないで。大丈夫です、何もしません。お願いします。逃げないで」
「誰か助けて!誰か!誰か!」
腰が抜けかけても、走って逃げようとする人の前に回りこみ(※逆効果)イーアンは、自分は何もしないと、一生懸命話した。しつこかったからなのか。その人はようやく止まってくれた。
ぜーはーぜーはー息切れして、翼のある女を凝視するその人は若い男性で、姿格好から羊飼いのように見える。『誰?何で。どこから』何か思いついたことを口にする彼に、イーアンは旅をしていると急いで伝え、後ろの馬車を指差した。
「え?旅?何で飛んでるの」
「ごめんなさい。龍のその、木が珍しくて。それで見に来ました。あなたがいると思わず、うっかり飛んでしまいました」
イーアンは、立ちっぱなしの木の彫刻を幾つか指で示し、彼に事情を言う。ようやく。非常に怪しみながらも、彼は頷いてくれた。
「誰なんですか?どこから」
「ハイザンジェルから来ました。魔物を退治に国から派遣されて。馬車にいるのは仲間です。彼らは人間だけど、私は龍です(※一々不自然を感じる自己紹介)」
「へ?龍?ハイザンジェルの龍?ってこと?魔物じゃないんだ」
ちょっと傷つくイーアン。でも仕方ないと、すぐ思う。そりゃ人間が飛んでたら、魔物が出始めなんだからそう思うはず。
項垂れつつも、イーアンは首を振って『違います。私、龍なの・・・・・ 』見えないだろうけどと、しょんぼり答えた(※やっぱショック⇒化け物顔扱いの過去=ここで魔物扱い)。
若い彼は、目の前で見るからに消沈した翼のある女に、少し同情したのか。項垂れた顔を覗き込んで、『ごめんね。でも、魔物が出るから。見分けが付かなくて』困ったように伝える。悲しそうに頷く女を見て、彼は角を見つけた。
「それ。角?もしかして」
イーアンは彼をちょっと見て、うん、と頷く。彼は出したままの白い翼を見ようと首を動かす。イーアンはそっと翼を一枚広げて『触っても良い』とサービスした。彼は立ち上がって恐る恐る、真っ白な翼に触れると『滑らかだけど鱗もある。龍って感じだ(※イメージ)』と驚いた。
それからイーアンをもう一度見て、『あなたは龍の人なの?』と訊ねた。イーアン、この言葉にハッとする。小さく頷くと、彼はゆっくり目を合わせて『本当だ。よく見たら、龍の女だ』そう驚いたように呟いた。
馬車で様子を伺っていたドルドレンたちは、すぐに行こうとしたが、イーアンがどうにか会話に漕ぎ着けたところまで分かったので、そのまま様子を見ていた。
荷馬車の後ろからオーリンがすぐに来て、自分が見に行こうかと言ったが、ドルドレンは待ったを掛けていた。何となく。ドルドレンには、彼女が何か新しい流れを作る気がしていた。
ミレイオも行こうとしたが、余計に怖がらせそうに思い、抗議するミレイオを止めた(※『何でよ』『行かせろ』『見た目で判断するな』)。
羊飼いの彼と、彼の家畜たちはイーアンの側で少し留まった。彼は、自分が怯えた時に、家畜が全く逃げなかったことに気が付いた。いなくなった羊やヤギは一頭もいない。
イーアンと名乗った女に、彼は少し興味が湧いて、馬車の仲間の人たちにも挨拶したいと伝えた。イーアンたちに時間があるなら、この龍の彫刻の話をしても良いと言うと、イーアンはちょっと笑顔になった(※立ち直る)。
「俺はシサイ。村で預かった家畜の世話をしてるんだ。もしかしたら、ここから先も龍の彫刻を見るかも知れないよ」
シサイの口ぶりに、何かが始まったような感覚を覚える。イーアンは翼をしまうと、羊とヤギを従えて二人一緒に馬車へ歩いた。
シサイは何度もイーアンの顔を見て『初めて見たのに。ずっと知っていた気がするよ』と微笑む。イーアンはその言葉に、もしかしてどこかに、ズィーリーや始祖の龍の話もあるのではと、期待が膨らんだ。
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