782. 旅の五日目 ~フィギの石柱
戻ってきた仲間に手を振り、ドルドレンとシャンガマックは、降りてくる龍やイーアンたちを待った。
「お帰り。どうだった。魔物は結構あったのか」
「そうでもなかったので、良かったです。早く戻れましたか。お待ちになりました?」
側へ来たイーアンの言葉に微笑み『そう待っていないな』と、ドルドレンは褐色の騎士に訊ねる。シャンガマックも頷いて『さっきここに』待っていないことを教える。
それからすぐ、イーアンに、自分が書き写した石柱の模様と文字を見せると『こうしたものを、これまでにどこかで見たことがあるか』と訊いた。
イーアンはじっと見て、ハッとしたように顔を上げた。漆黒の瞳が見つめている。
「あれ。そうかも。ちょっとお待ち下さい。ミレイオ、タンクラッド」
二人を呼び、シャンガマックの手に持った紙を見てもらう。『これ、パッカルハン』ミレイオが眉を寄せ、タンクラッドに目だけで確認を求める。タンクラッドも少し頷きかけて、頭をぴたっと止めた。
「どうしたの。痛いの」
「そっちじゃない。痛いが。パッカルハンは文字があったか?模様と言うか、絵はこんな感じだったが」
ミレイオに体が痛いのかと訊かれ、苦笑いした親方は、そうじゃなくてと遺跡のレリーフを説明する。それから総長を見て『お前。祭壇はこんな絵だっただろう』そっちはどう思うと、考えを振った。
「うむ。俺もこれを見せられて、思い出したのはお皿ちゃん・・・ロゼールのな。あれと祭壇だったが。しかしあれらは、文字がないから。馬車の民は文字を持たない。だから違うのかと」
「そうだな。俺もそう思う。ミレイオ、なぜパッカルハンだと思った。絵だけ見てイーアンがそう言うなら分かるが。お前は何度か足を向けているだろう」
「だって。あの続きにもあるもの。あ、そうか。あんたたちは知らないのか。あのさぁ、イーアンほら。砂浜に何か出ていたって話してた。覚えてる?あれよ、あれ」
シャンガマックはその話を思い出す。同じように思い出したイーアンと目を見合わせ、『あれか』と声が重なった。ドルドレン、ちょっと複雑(←思い出さなかった人)。
「そうか。そうだな。あの文字と近い。幾つか異なる点があるが・・・時代か?地域性か。でもあの年代に近いと仮定すれば」
「ちょっとさ。良い?シャンガマックはどこでそれを見つけたの?」
突然、訊かれた話だから、最初が知りたいとミレイオが言う。シャンガマックは壊れた建物を調べた時に、床下から出ていた石柱に、これがあったと教えた。ミレイオは関心を強める。タンクラッドも『そこはどこか』と、すぐに訊いた。
「反対側の川沿いで、町の外れです。橋を渡って道なりに進んで行けば、対岸に見えると思います」
ミレイオ。気になる。気になっているミレイオに、シャンガマックは訊きたいことがある。だけどそれは、個人的に訊いた方が良い気がして黙った。ただ、言えることはある。
「ミレイオと一緒に。そのう、お皿ちゃんだったら早く町を動けるから。俺と見に行きますか?ここを出る前に」
褐色の騎士の子犬ビームに、ミレイオはコンマ5秒で頷く(※カワイイから)。お皿ちゃんに乗ると、シャンガマックの背中に回って、彼の胴体に両腕をがっちり組んだ。
『行くわよ。案内して』そう言うと、誰の返事一つも待たず、ミレイオは攫うように褐色の騎士を抱えて町に飛んだ。
「どうするんだ。戻ってくるの、待つのか」
「まぁ。すぐ戻るだろう。何か理由がありそうだし」
あっという間にシャンガマックを抱えて消えた刺青パンクに、総長と親方はうんうん頷いて、その場で待つことにする。
龍を降りた仲間は、龍を帰して馬車へ移動。イーアンはこの間に、オレスさんに片付けた挨拶・・・ということで、パタパタ飛んで行った(※歩くより早いし転ばない)。
通りの人々に二度見されながら、シャンガマックとミレイオは屋根の高さを飛んで、町外れの壊れた家へ飛んだ。到着してすぐ、シャンガマックは石柱へ案内した。
「これなんですけど。ここまで埋まっているので、下にも続きがあるかもしれなくて。ただ、人の家だし」
「そうね。シャンガマック。退きなさい」
え?褐色の騎士は、ミレイオに言われてさっと目を上げる。ミレイオは片手を横に振って『離れなさい』ともう一度言う。
言われたとおりに2mほど離れると、脊柱の前に屈んだミレイオは、片手を耳に添えて考えた後、ふわっと青白く光り、もう片手を土に当て『消滅』と呟いた。
シャンガマックの目の前で、青白い光を顔に浮かべたミレイオ。その手の触れた土が、抉れるように消えた。目を見開いて驚く褐色の騎士。ミレイオは、石柱の埋まった周囲の土を消したのだ。立ち上がったミレイオに、シャンガマックは驚いた顔を向ける。
「今の。今のは」
「それは後でよ。見てご覧。どうかしら?こんなもんで分かる?」
慌てて側へ寄り、シャンガマックは気を取り直して、石柱の現れた部分を下から調べ始める。
頭の中では、ミレイオの力を直に近くで見たことで、驚きがひしめいていたが、それはさておき。折角、出してくれたのだからと、見える部分を出来るだけ読んだ。
分かりにくい部分は写すことにし、紙の手持ちがそこまでない分、詳細よりも概要を急いで書き写す時間。
石柱はどうも、川の水位くらいから伸びていそうに感じたが、さすがに全部を出すわけにもいかず。シャンガマックは、見えている部分を全力で記憶する。紙に書ける部分は理解が追いつかないところ。表にも裏にも隙間にも、出来るだけの情報を書き込み、シャンガマックは頷いた。
「馬車に戻ったらすぐ。清書します。有難うございました」
「うん。待ってる。教えて頂戴」
褐色の騎士はミレイオを見つめる。どうしても、今。二人だけだから訊いておきたいことがある。
「あの。ミレイオのその模様は。前もちょっと聞きましたが、ヨライデの前の国の・・・伝説でしたっけ」
「うーん。そう・・・そうね。そうよ。でもヨライデだけではないから。って、私もちゃんとは知らないのよ。悲しいことに」
ミレイオも困った様子で笑った。それは隠しているようではなく、本当に困っていそうに見えて、シャンガマックは謝った。ミレイオは微笑んで首を振る。
「良いのよ。謝らないで。あんたはすぐに気が付いていたから、何でだろうって私も知りたかった。それ。この石柱の。似ているからでしょ?」
「はい。最初に思い出したのは、俺が前にアイエラダハッドで見た遺跡でした。次が、もう・・・していないみたいだけど、タンクラッドさんとイーアンの腕輪の文字で。それでミレイオの模様も。
パッカルハン遺跡の文字は、イーアンに以前見せてもらっていたので、さっき思い出したんです」
ミレイオはシャンガマックが旅の仲間にいる理由が、何となく理解出来た。彼は貴重な資料そのもの。ミレイオにとっても、彼にとっても、お互いが謎解きの対象だと分かる。
とりあえず、皆を待たせているからと、シャンガマックとミレイオは再びお皿ちゃんに乗り、橋へ戻った。
その間。ミレイオは何かを考え込んでいるように黙っていた。シャンガマックも、何を言えば良いのか分からず、でもミレイオに協力してもらえそうな気もして、切り出せないまま黙った。
オレスさん夫婦に挨拶したイーアンは、橋からそう遠くないオレス宅だったので、あっさり戻った。手にはお土産(※何かもらう運命)。
戻ってきたイーアンを見たドルドレンは、その手に小さな袋を持っているのを見て、ちょっと笑った。イーアンもニッコリして御者台に座る。
「挨拶、出来たのだな。また何かもらって」
「下さるんですもの。昨日もお菓子頂きましたから、良いですよと一度お断りしたのですが。これは違うのです」
「食べ物じゃない。イーアンは食べ物じゃなくても貰えるのか」
何ですか、それは!と笑うイーアン。袋を開けて、可笑しそうな伴侶に中身を見せた。『私、読めません。読んで下さい』ほら、と渡す。
「本か。誰かの記録に見えるな。薄い本だが・・・あ。これ、俺は読めないぞ」
「あら、そうですか。じゃ、シャンガマック」
ぬぅ。ドルドレン、外国はシャンガマックの出番が多いと理解する。今度はシャンガマックの舞台か、と自分の脇役加減を自覚せざるを得ない(※そんな予定じゃなかった)。
「これ、何なの。大事な本じゃないの」
「オレスさんの奥さんが下さいました。オレスさんはこれをもう一冊、自分で書き写して、自分の資料も追記したものを持っているから、もし良かったらどうぞと。染色の本です」
不思議そうに見る灰色の瞳に、イーアンは大真面目な顔で頷く。『私がね。ものづくりをしていると知って』だから、と教えた。
「昨日。オレスさんを魔物から助けた時。彼は染色の布を水で濯いでいたと思われました。彼を助けた後、川原に散らばった布を集めておきましたら。
染色を知らない人なら、ただ集めて重ねるところを、私が色別にまとめたことで、染色をしたことがあるのかという話題になり」
「そうだったの。イーアンが知っていると思ったのか。それでこれ」
これから染色をする際にこれも参考に、と渡してくれたことを話すと、ドルドレンは感心していた。『貴重なものを貰った。制作に大いに活用できると良いね』伴侶の言葉に、イーアンも同じように思った。
この世界の本は手書きで、刷りが出来ない分だけ冊数は少ないのだ。それも専門的で、職業の情報に関わる物を、赤の他人に渡すなど。本当にお礼をしたかったと感じる。だから受け取ってきた。
二人が御者台で本のことを話していると、ミレイオたちも戻ってきて、ようやく馬車は出発する。シャンガマックが調べ物で馬車の中へ入ったので、フォラヴとザッカリアが寝台車の御者台に。
荷馬車はドルドレンとイーアンが御者台。オーリンとタンクラッドとミレイオは、荷馬車の溜まり場に落ち着き、馬車はフィギの町の橋を渡る。
橋を渡って、緩く伸びる下りの道を馬車は進む。魔物はどこにでもいるのだろうが、やはり、人里のある方に集中するだろうと、皆が思った。
それを思うと。ドルドレンは腑に落ちない。『何であの家を壊した魔物は。空き家なのだ』呟くドルドレンに、イーアンも推測が訊かないので首を捻る。二人で、不思議だ不思議だと言い続けていた。
溜まり場では、タンクラッドが『体の痛みが深刻だ』と嘆いていた。同情するものの、ちょっと笑えるオーリン。『あんた。優しいからさ。もうちょっとはっきり言えば』コルステインにも妥協してもらわなきゃ、と言う。
「そんなこと言えるわけないだろう。あいつは嬉しいだけなんだから。変に困らせたら、悲しむに決まってる」
そう言いながら、うーんうーん呻く痛みに、体を揉み続ける親方。ミレイオもオーリンも苦笑いで、首を傾げる。オーリンは『しょうがねぇな』と笑って、提案。
「あのさ。簡易の寝台作っても良いけど。あんた、コルステインと寝るんだろ?コルステインって、体重あるの?」
「そういう言い方をするな!誤解があるだろ」
「口挟むわよ。コルステインは重さはないはずよ。力はあるけど、あれ、筋肉とか関係ないもの」
ミレイオの情報に『あ、そう』と頷くオーリン。少し顔を赤くして、抵抗する親方を無視して『じゃ。寸法だけね』と簡易寝台を引き受けた。ミレイオに、丈夫な布を繋いで縫ってと頼み、簡易寝台の形を伝えると、積んだ材料の中から木材を選び始めた。
「良かったわね。オーリンが引き受けてくれて」
「助かるな。毎晩じゃ、体が持たん」
「それさぁ。危険だよね、言い方が」
ハハハと笑うオーリンに、タンクラッドは過敏に反応し『おかしな方向で取るな!』と喚いて叱る。ミレイオも笑いながら聞いていたが、頭の中はさっきの石柱の場所が、こびりついて離れなかった。
ミレイオは感じていた。石柱の近くに進んだ時。
自分の耳に付けた、小さな輪が。この、壊れた小さな指輪が。
匙で叩かれたように鳴った音を聴いた。その音は甲高く、とても遠くから響く声のように、ミレイオの脳に走った。
それが誰を意味するのか。ミレイオは感じていた。フィギの町の気になったところを、少しずつ丁寧に組み合わせてみれば、感じた誰かの影が、如何せん。思い過ごしとは、捉えにくいのも分かっていた。
お読み頂き有難うございます。




